魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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第八話 少年と少女達

 部屋に残されたアリシア、ユーノ、そしてレイジングハートは暫くお互いに目をやりながら一言も言葉を口にしなかった。

 

「……後悔してたんだ……」

 

 ユーノは静かに口火を切った。

 

「予想はしていたよ」

 

 アリシアも静かに答えた。

 

「僕がジュエルシードなんて発掘しなければ良かった。そうしたら、ベルディナは死ななくてすんだし、なのはを巻き込む事なんてなかった」

 

 ああまったく、とアリシアは天井を仰いだ。まったくこの子は、何でもかんでも自分の責任にしたがる。

 聡明なユーノはおそらく、そんなことを言ってもどうしようも無い事だと分かっているだろう。それでも自虐にならざるを得ない彼を、アリシアは哀れに思ってしまう。

 

「責任云々を言ったらあれを見つける切っ掛けになったのはベルディナだったし、最終的に発掘を完遂させる判断を下したのは族長だ。ジュエルシードが飛散した原因は輸送会社にあって、あれの危険性を知りながらもまともな護衛をつけなかった管理局にも責任があし、この事件の首謀者は母だよ。それは、分かってるんだろう」

 

 あの事件は、災害のようなものだとアリシアは考えていた。

 何も言葉を返そうとしないユーノに、アリシアはさらに言葉をつなげる。

 

「『聖王陛下でない身に運命を知る術はない。神の決めたる厄災から逃れる術はない』だ。ユーノ、君は余計な責任を感じてる。そんなのはただの重荷だ」

 

 かつてベルディナは言った、「人間死ぬときには必ず死ぬ。ただそれが早いか遅いかだけの違いだ。始まったときに既に終わりは約束されている。ただ、俺たちはそれを待つだけのこと」と。

 かつて不死身と称されたベルディナでさえもその運命から逃れることは出来なかった。

 

「だけど、考えてしまうんだ。どうしようもないんだよ。事実、僕があんなものを掘り起こさなかったら、今回の事件は起こらなかったかもしれないんだ!!!」

 

 それでもユーノは自虐を抑えようとしない。どうして、この子はここまで自分を責める生き方しかできないのか。

 アリシアは諦め混じりに口を開こうとした、しかし、それは開かれた扉の音に遮られた。

 

「それは違うよ! ユーノ君! 絶対違う」

 

 そこに立っていたのは、眼光を鋭くさせ今にもユーノに襲いかかりかねない雰囲気を纏った白い少女だった。

 

「え? な、なのは? ど、どこから聞いてたの?」

 

「あんなもの掘り起こさなかったら・・ってとこから! それ、本気なの?」

 

 なのははどうしても許せなかった。彼女はユーノに感謝していた。それは、一つの言葉で言い表すことは到底出来ないが、彼女は自分だけの道を選べるかもしれない切っ掛けを彼から与えられたのだ。

 そして、それは彼女の隣に立つ金色の少女も同じ事だった。

 

「私は、なのはが居てくれたから母さんと向き合えた。ユーノがいてくれたから私はなのはと出会えた。だから、そんなこと言わないで」

 

 あの事件が幸いだったとは言えるはずがない。多くのものが失われ、幾重もの消えない傷が残された。

 アリシアはそのすべてを知らない。彼女が知っているものは僅か一部のみ。

 それでも、二人の少女、なのはとフェイトが失い傷つきながらも得られたものは痛んだ心の支えになっている事だけはアリシアも理解でき、そして残された者達の多くはその発端となった原因を怨んでいないということを想像することが出来た。

 

「だけど、僕は、僕があんなものを見つけなければプレシアは計画を諦めたかもしれないし、なのはをこんな危険なことに巻き込むこともなかったんだ」

 

 それでも、ユーノは頑なだった。

 

「ユーノ君の、ばかぁ!!」

 

 ただじっと聞いていたなのはの掌は次第にきつく握りしめられていき、ついにはそれに耐えきれず爆発した。

 パァーンという何かが弾ける音が医務室に鳴り響き、振り切ったなのはの左手の先に、頬を押さえて倒れ込むユーノの姿が酷く鮮明に映し出される。

 

「それって、ユーノ君と私が出会ったことが間違いだったってことなの? 私はユーノ君と出会わなかった方が良かった? 私は嫌、そんなの嫌だ。そんなこと言うユーノ君なんて、大っ嫌い!!」

 

 それは子供らしい拒絶であり羨望だった。無かったことにしたくない、なのはの中にはただそれだけの思いがあり、そしてなのははただ呆然と自分を見つめるユーノの酷く狼狽した表情に耐えきれず、それから顔を背け彼の前から走り去っていった。

 

「何をしてる、ユーノ。さっさと追いかけろ!」

 

 アリシアはしっかりと見ていた。部屋を出て行ったなのはの目蓋には大粒の涙が浮かび上がっていたことを。

 ユーノは言ってはならないことを言ってしまった。

 

「だ、だけど」

 

 しかし、ユーノは立ち上がることさえも出来ず今にもその場で膝を抱え込もうとしていた。

 アリシアは、チッっと舌を乱暴にはじくと、苛立たしげにユーノを睨み付けた。

 

「君は女を泣かせたんだ。自分のしたことは自分で決着をつけなさい。フェイト、こいつを摘み出してくれ。それと、艦長にこいつがあの子を何とかするまで食事を抜きにしろと伝えておいて」

 

 いきなり名前を呼ばれたフェイトは、あまりの事に呆然と成り行きを眺めていただけだったが、自分と同じ声にハッと意識を取り戻し、力強く頷いた。

 

「うん、分かった。アリシア」

 

「ちょ、ちょっと。待って、フェイト」

 

 ユーノは情けなくも、まるで首根っ子を摘み上げられた猫のように襟を引きずられ、実に軽々しく部屋から追い出されてしまった。

 

「待たない。それに、なのはを泣かせたユーノは私も嫌い。仲直りできるまで顔も見たくない」

 

 フェイトはただそれだけを、まるでユーノを軽蔑するような冷たい視線で見下ろしながら告げると無情にも医務室の扉を閉じ、鍵をかけた。

 

《Sorry.Master and original master make noise.》(すみません。マスターと元マスターがお騒がせしました)

 

 それまで何の一言も挟むことなく、小物机の上でたたずんでいたレイジングハートが申し訳なさそうに光を明滅させると、そう二人に詫びた。

 

「問題ないよ、レイジングハート。痴話喧嘩が出来るって事は、若いって証拠。まあ、単なる喧嘩って訳でもなさそうだけどね」

 

 先ほどまでの激昂がまるで冗談だと言わんばかりに肩をすくめ、アリシアは少し疲れたのかベッドの背もたれに体重を預けた。

 

「アリシアも若い……」

 

「うん、そうだね。それで、君はどうする? あいにく、相棒達は行ったみたいだけど」

 

「私は、少しお話がしたいけど、艦長達に呼ばれてるから」

 

「それは災難だったね。待たせると印象がわるいから、すぐに行ったほうがいい」

 

「うん、そう、する……けど、ねえ、アリシア」

 

「ところで、君の使い魔の……」

 

「アルフのこと?」

 

「うん、彼女には会える?」

 

「えっと、部屋にいると思う。けど、アルフはあんまり会いたくないみたい」

 

「そう。まあ、仕方がないか。君と彼女には随分酷い事を言ってしまったしね」

 

「ごめんなさい。アリシアは何も悪くないのに、アルフがあんなこと言って」

 

「まあ、近いうちに会いに行って蟠(わだかま)りを直すしかないかな。ごめん、引き留めた」

 

「いいの」

 

「あの、アリシア。一つ……ううん、二つだけお願いがあるのだけど……」

 

「ん? なに?」

 

「私、フェイトです」

 

「うん、そうだね」

 

「だからその……。私の事はフェイトって呼んで欲しい」

 

「……まあ、難しい願いではないけど。いちいち確認することかな?」

 

「そう呼んで欲しいの」

 

「うん、良いよ、フェイト。改めて言うと照れるねこれは。それで、もう一つは?」

 

「えっと、その……、アリシアのこと……お姉ちゃんって呼んでも良い?」

 

「―――」

 

 アリシアは息をのんだ。今、目の前にいる少女はいったい何と呼んだのか。姉と呼んだのか、自分を。しかし、アリシアとフェイトの関係は――

 

「分かってる。私はアリシアのクローンで、劣化コピーに過ぎないんだって事は。だけど、私は母さんの、プレシア・テスタロッサの娘だって思ってる。そう思いたい。だから、アリシアには私のお姉ちゃんになって欲しい。我が儘だって分かってるし、アリシアの事情も分かる。だから、お願い。私のお姉ちゃんになってくれませんか?」

 

 俯き、まるで身体に回る毒に必死で耐えるようにスカートの布を握りしめるフェイト。その小さく震える身体をみて、アリシアはフェイトがどれだけの勇気を振り絞り、この言葉を発しているのかを理解せざるを得なかった。

 そして、彼女はその言葉を否定する術を持ち合わせていなかった。

 

「……私は、歪だ……。確かに私はアリシアでプレシアの実の娘。その記憶はあるし、遺伝子的にも私とフェイトは姉妹なんだと思う。だけど、私はまだ自分自身に納得できていない。だから、いきなりフェイトを妹として扱えと言われても、無理だよ」

 

 そして、それはベルディナであった頃の意識さえも阻害する。たとえ、300年間共にあった肉体が消失したとしても、自分自身であった頃の記憶と意識はそれを堅牢に固持し続ける。

 

「そう、だよね」

 

 フェイトの眼に諦めの光が灯った。彼女もまた、無理は承知だったのだろう。しかし、その失意は重い。

 

「だけど、歪であってもいいなら。私はそう努めるよ、フェイト。」

 

「うん、ありがとうアリシア。お姉ちゃん。それじゃあ、また明日。お休み、なさい」

 

「うん、お休みフェイト。良い夢を」

 

 アリシアの優しげな言葉に、フェイトは薄く笑顔を浮かべ部屋を去って行った。

 

《You got for the heart to be very kind , Ms.Alicia》(随分、心優しくなりましたね、アリシア嬢)

 

 フェイトの生体反応《バイタル・リアクション》が遠くへ消えていくことを確認し、それまで状況を見守っていたレイジングハートが軽口を叩いた。

 

「なんだ、まだいたの」

 

《Because unfortunately, I don't have a leg》(あいにく、私には足がありませんので)

 

「お前の減らず口も相変わらずだね。安心した」

 

《Can I have been useful?》(お役に立てましたか?)

 

「たたき壊したくなるぐらい」

 

《It is an extreme intimacy.Are you sadism?》(過激な愛情表現ですね。サドですかあなたは。)

 

「残念だけど、私は叩くのも叩かれるのもごめんだ。品のないジョークは嫌いだって知ってるだろう?」

 

《Of saying so comparatively, you don't have an emotion.You should attempt to touch Japanese culture a little more, Ms.Alicia》(それにしては情緒というものがない。あなたはもう少し日本の文化に触れてみるべきだ、アリシア嬢)

 

「……」

 

《――》

 

「変わらないね、私もお前も」

 

《It is as you say.Even if it supposes that your appearance changed, that you are you doesn't change.I was convinced so.》(そうですね。たとえ姿が変わったとしてもあなたがあなたであることは何も変わらない。そう確信しました)

 

「だけど、その変わらないモノでも、それ以外がすべて変わってしまった。これからどうしていけばいいのか、どうやって生きていけばいいか。予測も推測も出来ないよ……」

 

《Do you think that the condition in now is spicy?》(辛いのですか?)

 

「辛い、というよりは戸惑いかな。まあ、ともかく味方と思える人たちがいることだけが慰みだと思うけど」

 

《How if you can not decide a policy in the future, is your about your aiming at becoming the sister of Balldish's master Fate for the time being?》(方針を決めかねているのでしたら、ひとまずはバルディッシュのマスター、フェイト嬢の姉君になることを目標にされてはいかがですか?)

 

「フェイトの姉か……。そうだね、妹の手前ああ言ってしまったことだし。そうしてみるのも悪くないかもしれないね」

 

《That child is the commendable and good daughter.I don't like a few of her devices but his master is the impression which isn't bad.To that, the comparison, that device are the worst.It didn't think that it was the one which it is difficult for the partner who doesn't understand a joke to treat, being this much.》(あの子は健気で良い娘です。あのデバイスは幾分気に入らないところがありますが。そのマスターは悪くない印象です。それに比べ、あのデバイスと言ったら、冗談が通じない手合いがここまで扱いにくいものだとは思いもよりませんでした)

 

「お前にここまで言わせるデバイスとは、一度会ってみたいね」

 

《If possible, train him for becoming a a little more funny person.I permit》(出来るなら、もう少しおもしろい相手になるよう調教してやってください。私が許可します)

 

「馬鹿、お前みたいなモノをこれ以上量産したら、胃潰瘍になるマスターが続出するよ?」

 

《I want to have priority over a pleasure more than an utility.》(私は実利より快楽を優先したい)

 

「前に言ってたことと逆だね」

 

《It is adaptation to circumstances.》(臨機応変です)

 

「便利な言葉」

 

《There are only good boys and girls at all. Master Nanoha, Original Master YU-NO, Balldish's Master Fate, Low enforcement officer Crono, Captain Hraoun, Assistant officer Amy. Alf are the envoy maniac to be taking such a stand to you but to be undoubtedly good for Ms.Fate.》(良い子達ばかりですよ、ここは。マスター、なのはも元マスター、ユーノも、バルディッシュのマスター、フェイトも、クロノ執務官も、ハラオウン艦長も、エイミィ補佐官もですね。アルフも、あなたに対してはああですが、フェイト嬢にとっては良い使い魔であることに間違いはありません)

 

「お人好しばかりだ」

 

《You, too, become the part.》(あなたもその一部になるのです)

 

「私にその資格はあると? 戦場でしか生きてこなかった私が、彼らの中で生きていく資格はあるのか?」

 

《You are not Belldina arc Blueness now.You are Alicia arc Testerllosa.It will get the qualification now.Then, unless you leave, it continues to be in your origin.》(あなたはもう、ベルディナ・アーク・ブルーネスではない。あなたは、アリシア・アーク・テスタロッサだ。その資格は、これから得ていくのでしょう。そして、あなたが手放さない限り、それはあなたの元にあり続ける)

 

「もう寝る」

 

《Good night,Ms.Alicia.》(お休みなさいませ、アリシア嬢)

 

 


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