魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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第七話 歪な名前(後)

 さてと、どこから話したものか。と、アリシア目蓋を閉じながら、現在の状況からここに至った推移の記憶を一つずつたどっていった。

 その局所々々で彼女は自分を納得させるように小さく頷き、その仕草はまるでゆりかごに身を任せる幼子にも見え、クロノは何となくアリシアの肩を揺すりたくなる衝動を感じた。

 

「まあ、こんなものかな」

 

 誰もその様子を咎めないのをいいことに、アリシアはたっぷり10分の時間を掛け、ようやく目蓋を持ち上げた。

 

「考えはまとまったか?」

 

 クロノは、苛立たしげに腕を組みアリシアをにらみつけていた。

 

「一つだけ解決できない問題があるけど、まあ、ひとまず要点だけ」

 

 アリシアは説明した。自分はプレシア・テスタロッサの娘、アリシア・テスタロッサである事。

 自分は5歳までの記憶しか持たず、気がついたらカプセルの中で眠らされていた事。

 プレシアは、自分を復活させるために様々な違法研究を繰り返していたと言うこと。

 そのあらましが、まるで他人事のように語られる様に、二人のハラオウンとユーノは眉をひそめながらも特にその話を中断させることなく聞いていた。

 そのおよそが調査した内容と合致し、クロノは少しだけ安堵して、不意に眉をひそめた。

 

「まるで他人事だな。自分のことをそこまで冷静に話せるのはなぜだ?」

 

 その話が一区切りしたところで、クロノは口を挟んだ。

 自分が死んだこと、自分の母親が狂ってしまったこと。そして、もう二度と会うことが出来なくなったこと。そして、その娘である少女がそれに対してほとんど何も干渉を持っていないと言うことにクロノは不快感を感じた。まるであのときの自分のようだとという考えを彼は打ち払い、アリシアの言葉を待った。

 

「そうだね。これでも全然悲しくないってことはないんだ。だけど、信じられないと思うけど……私にとっては他人事でもある」

 

「どういう事だ?」

 

《Before continuing the story, give me only a little opportunity.》(その前に、私から少しよろしいですか?)

 

 アリシアがそれをどう話すか考えていたところに、レイジングハートがそれを制するかのように口を挟んだ。

 

「どうしたの? レイジングハート」

 

 ユーノは首にかけたレイジングハートに目を下ろしそう聞いた。

 

《The original master,Make Alicia have me.》(元マスター、私をアリシア嬢に持たせてくれませんか?)

 

 どういうつもりなのだろうか。レイジングハートの思惑を読み取れないユーノはその判断をクロノとリンディに託した。

 リンディは少しだけ考え、どちらにせよ身体の動かせないアリシアでは警戒状態にあるクロノを出し抜くことは無理だろうと考え、それよりもここまで積極的に関わろうとするレイジングハートに興味がわき、それを許可した。

 

「いいわ、ユーノ君、渡してあげなさい」

 

《Thank you,Captain》(ありがとうございます、艦長)

 

 ユーノは、椅子から立ち上がり少し警戒心を残してアリシアにレイジングハートを手渡した。

 

「えっと、どうぞ。アリシア」

 

「ありがとう。ユーノ」

 

 礼を言いながら嫌みのない微笑みを浮かべるアリシアに、ユーノは少しだけときめきながらも、先ほどから疑問に思っていたことを聞いた。

 

「どうして、アリシアは僕の名前を知っているの? 会ったこともないのに」

 

《It thinks that it can be now proved.The original master captain》(それは、これから証明できると思います。元マスター)

 

「本当に?」

 

《Is not to be trusted sad and before, will the original master that only that was behaving to me like the baby have disappeared ? Oh, that pretty YU-NO had become dirty.》(信用されないことは悲しいですね、昔はあれだけ私に甘えていた元マスターはいなくなってしまったのでしょうか。ああ、あの可愛かったユーノが汚れてしまいました)

 

「わっ! ごめん、レイジングハート。信用してないなんて有り得ないから。ただ、少し心配で……」

 

《When it became possible to do anxiety for me, it became an adult.Or, will it be her influence?It catches fast beforehand and it is YU-NO.Because it is not readily about such a facility stop》(私の心配が出来るようになるとは、大人になりましたね。それとも、彼女の影響でしょうか。しっかり捕まえておくのですよ、ユーノ。あんな器量よしはなかなかいませんからね)

 

「な、何いってんのさレイジングハート。僕となのははそんなんじゃ……」

 

《I said " her " only but as expected, the original master was thinking of the master.I cheer you ,original master.》(私は"彼女"と言っただけなのですが、やはり元マスターはマスターの事を考えていたのですね。応援していますよ、元マスター)

 

 単純な誘導尋問に引っかかったユーノはそのまま顔を真っ赤にして固まってしまった。

 幸いなのは、この部屋の状況が記録されていないと言うことだろう。もしも、エイミィがこれを見ていたら、ユーノにとっての悪夢の始まりだとクロノは少し背筋を冷やしながら、仏頂面を崩さず、ため息をついた。

 

「いい加減話を進めて欲しいのだが」

 

《A hasty man is disliked,The law enforcement officer. All right. Then, let's begin.》(せっかちな男は嫌われますよ、執務官。まあ、良いでしょう。それでは始めます)

 

「とりあえず、握っておけばいいのか?」

 

 レイジングハートからは何をするのか聞かされないままアリシアはそう確かめた。

 

《Yes, we request kindly.》(ええ、優しくお願いします)

 

 アリシアの脳裏には少し品のない言葉が思い浮かんだが、それをしてしまうと話が進まないため沈黙を守った。

 レイジングハートは少しつまらなさげだったが、さっさとしろと睨んでくるクロノを見、ヤレヤレと溜息(のような点滅)を吐いた。

 

《Starting the scan of the Linker core.It ended …………….It is OK already.》(リンカーコアスキャン開始………………終了。もう結構です)

 

 てっきり暫く時間を有するものかと思いきや、あっさりと終了してしまったレイジングハートに怪訝な目を向けるアリシア以外の視線だったが、アリシアはなるほどその手があったかとレイジングハートの判断に感心を覚えた。

 

《I acquired the pattern of Linker core. There is corresponding of a case. It was to do you being as expected , previous owner.》(リンカーコアのパターンを取得。一件該当有り。やはり、あなたでしたか、元所有者)

 

「どういうこと? レイジングハート」

 

 レイジングハートが"元所有者"と呼ぶ人物など一人しかいないことを知っていたユーノは、返却されたレイジングハートを手のひらに置いた。

 

《Now, it analyzed Alicia's Linker core and the slipping pattern of the magic.I have never met Alicia. However, the pattern which it is possible to assume that is identical almost with that which is recorded from the previous analysis result into me existed with a case.》(いま、アリシア嬢のリンカーコアや魔力の放出パターンを解析しました。私はアリシア嬢と会ったことはありません。しかし、先程の解析結果から、私の中に記録されているそれと殆ど同一と見なせるパターンが一件存在しました)

 

「それは、何かの間違いではなくて? 今の言葉からはまるでリンカーコアのパターンが同じ人間が二人いるということに聞こえるのだけど」

 

 リンディは断じた、あり得ない、と。確かにその通りだ。リンカーコアのパターン、そこから発せられる魔力の色であったり放出パターンやその振動数などは、最近になってそれを用いた個人認証のシステムさえも実用化されているほど個人差が大きい。

 故に、リンカーコアのパターンが同じという事はそれは同じ人間を現すことに他ならない。例え、遺伝子的には区別の付かない一卵性の双子であってもリンカーコアのパターンが酷似しているということは非常に稀であるという統計も存在する。

 

《There is not a mistake.Undoubtedly, the output pattern of Alicia's Linkercore agreed with the one of Belldina Arc Blueness who is recorded into me.As much as not being exaggerated even if it says an one and the same person in the Linkercore level》(間違いはありません。間違いなく、アリシア嬢のリンカーコアの出力パターンは、私の中に記録されているベルディナ・アーク・ブルーネスのものと一致しました。リンカーコアレベルでは同一人物といっても過言ではない程に)

 

「いい加減にしてくれ、レイジングハート!!」

 

 ユーノの叫び声が全てを停止させた。

 

「あのとき、君も見ていただろう? ベルディナは、あのとき僕を守って死んでしまったんだ。僕のせいで、僕がいたから……。君は、またそれを蒸し返すって言うの? お願いだよレイジングハート。これ以上僕を惑わせないで」

 

 アリシアは、激昂しつつも意気消沈するユーノを見て、「ああ、やはりか」と面を下げた。十分考えられることだった。むしろ、そうならなくてはおかしいはずだ。

 心優しく、実直で、責任感の強い少年。そんな少年が自分を守るために誰かがその犠牲になったと知れば一体どうなるのか。どれだけ自分を責めたのだろう、ベルディナの命に報いるためにどれだけの事を考え、それをしてきたのだろう。

 おそらく、飛散したジュエルシードを出来うる限りの力を尽くして回収しようとしたはずだ。しかし、ユーノの力量ではそれも難しいことは容易に想像できる。

 

「大変だったんだな、ユーノ。本来なら"俺"がお前についているべきだったが、本当にすまないことをした。だが、分かってくれ。あのときの"俺"の行動は最善だったと思わせてほしい。とにかく、お前が生き残っていてくれて"俺"は十分満足だった」

 

ユーノの頭を撫でてやりたい。アリシアは切実にそれを願ったが、動かない身体ではそれも不可能だった。

 

「アリシア……君は、本当にベルディナなの?」

 

《You trust my data,original master.Even if the appearance is different, the consciousness Alicia doesn't have the thing boiling errancy of the previous owner.》(私のデータを信用してください、元マスター。アリシア嬢は、姿は違えどもその意識は元所有者のものに間違いありません)

 

「だけどね、二人とも。ベルディナはあのとき死んだ事に違いはないよ。今ここにいるのは、アリシアだ。それだけは変わらない」

 

 ベルディナは死に、その意識がアリシアへと移り変わった。ならば、後に残されたものはアリシアとしての存在のみ。

 受け入れがたいことだったが、アリシアはそう覚悟を決めるしか出来なかった。

 

「どうやって気づいた?」

 

《In together how many year with me as for you, is to be forgetting? My previous owner, Belldina Arc Blueness》(何年一緒にいると思っているのですか? 元所有者、ベルディナ・アーク・ブルーネス)

 

「そうだった」

 

《You were still alive,don't you? The ordinary vital of the cockroach seems to be a word for you.》(生きておられたのですね。まったく、ゴキブリ並の生命力とはあなたのための言葉のようだ)

 

「ゴキブリ? なにそれ」

 

「ええっと、なのはの世界の昆虫で、黒くて脂ぎっていてとても素早い昆虫のことだよ。まえに、なのはがそれを見てパニックになったことがあって」

 

「あー、なんか話が見えてきた気がする」

 

《Even the divine chuter of the master could not make graze, too.In that, if comparing, the master of Balldish was to do the partner being it is easy for which to fight more very much.》(マスターのディバイン・シューターでさえ掠らせることも出来ませんでした。あれに比べれば、バルディッシュのマスターの方がよっぽど組みやすい相手でしたよ)

 

「そ、それで、なのはがレイジングハートで直接……その、叩き潰しちゃったんだ。グチョッと」

 

《Sorry, previous owner.I whom you picked up had become dirty.》(申し訳ありません、元所有者。貴女に拾っていただいた私は汚れてしまいました)

 

「それはご愁傷様。お前が初めて奪った命が害虫だなんて泣けるね」

 

《May I cry seriously?》(本当に泣いても良いですか?)

 

「泣けるもんなら泣いてみてよ、石ころ」

 

 シクシクという効果音を鳴らしながら、器用にも球体の表面に水滴を生み出したレイジングハートをアリシアの代わりにユーノが撫でつけて慰めた。

 シュールな情景だったが、何となく仲良し家族のふれあいのように感じられるとリンディは少し頬をゆるめた。

 

「ひとまず、一体どうやってアリシアに転生したのか。その事は聞かせてもらえるのか?」

 

 アリシアとユーノ、レイジングハートの話に水を差すようで心苦しかったが、クロノは執務官としての業務を優先し、事情聴取を再開させた。

 

《Isn't it possible to read air, too, in addition to being hasty,Low enforcement officer? The bill which made the scene of the reunion of the family spoiling is high and is stuck? Specifically, it is about 1 day minute of my luxurious full maintenance tour.》(せっかちな上に空気も読めないのですか? 執務官。家族の再会のシーンを台無しにしたツケは高く付きますよ? 具体的には私の豪華フルメンテツアーの一日分ほど)

 

 レイジングハートほどの高性能でありながら旧式のインテリジェントデバイスはそのメンテナンスには莫大な技術が必要となる。それを一日かけてフルメンテナンスをしようものには、どれだけの人材と資金がかかることか。

 クロノは、自分のデバイスであるS2Uの保守点検をする傍ら、レイジングハートの簡易的なメンテナンスも行ったことがあり、そのあまりにも洗練された制御システムとそれを覆う筐体の優美さにひどく感銘を受けていた。

 それと同時にレイジングハートの一筋縄ではいかない整備をよく知っており、彼女(?)の言う豪華フルメンテツアー一日招待券がどれほどの値段になるかを想像し、頭部と腹部に鈍痛を感じた。

 

 さらに、その整備中のことあるごとに、

 

《Officer,The service of you is too disorderly.》(執務官、あなたの整備は乱雑すぎる)

 

 とか、

 

《The service of the device needs the fineness as it handles the body of the woman. but however, will be wasteful even if it says to you who don't have a woman experience》(デバイスの整備は女性の身体を扱うような繊細さが必要なのです。もっとも、女性経験のないあなたに言っても無駄でしょうが)

 

 等、聞けば心的外傷(トラウマ)になるほどの言葉を浴びせられた記憶が脳裏をよぎり、さらに落ち込む始末だった。

 

 次第に頭の下がっていくクロノを無視して、アリシアはその質問に答えた。

 

「執務官の質問には、ジュエルシードの影響だとしか答えようがないかなぁ。本当は私が教えて欲しいぐらいだよ。気がついたらこの身体になってたわけだから」

 

 そして、アリシアは返事を待たず、自分自身の推論を述べることとした。

 だが、それは推論であって全く証明の出来ないことだった。

 彼女の言うようでは、おそらく輸送船が事故を起こしたとき、四散するベルディナを見たユーノがとっさに願ったベルディナの無事を、発動したジュエルシードが正しく叶えたというのが妥当な線だろうということらしかった。

 しかし、無事を願うにもすでに身体はなく。魂と呼ばれるもののみをジュエルシードが保護したのではないか。そして、魂を失い入れ物のみだったアリシアの身体を発見し、保護していた魂を抜け殻に与えた。おそらくそれにはプレシアの娘を復活させたいという真摯な願いも含まれているはずだとアリシアは述べる。

 

「だけど、これはただの推論。ジュエルシードがどんな方法を使って私の身体にベルディナの魂を封じ込めたのかは分からないな。そもそも、魂にしてもリンカーコアにしても不明な部分が多すぎるわけだから」

 

 リンディはその推測に耳を傾け、

 

「確かに、ロストロギアならそれも可能かも知れないわね。というよりは、ロストロギアぐらいでないと不可能か」

 

 と呟いた。

 

「無限に転生を繰り返し、永遠に宿主に寄生し続けるロストロギアもあることですから、アリシアの言うことは全くの見当違いだとも言えないと思います。何よりの証拠は、今ここにアリシアが生きているということに他ならないのではないでしょうか」

 

 ようやく調子を取り戻したクロノもアリシアの説を支持した。

 

「……そうね……あの魔導書の例もあることだし、そう納得するしかないかもしれないわね」

 

 リンディの脳裏に十数年前の悲しい事件が一瞬浮かび上がる。しかし、リンディは自身の業務を優先し、その感傷を振り払った。

 

「良いでしょう、アリシアさん。これで事情聴取は終わりにします。ごめんなさいね、疲れたでしょう。今日はもう休んでいなさい」

 

「いえ、曖昧な話ばかりで申し訳ありませんでした」

 

 リンディの言葉にアリシアは僅かに肩をすくめ、曖昧な笑みを返した。

 

「では、君の処遇についてはこれから検討する。決まり次第連絡するのでもう少し待っていて欲しい」

 

 立ち上がったリンディに従い、クロノは最後にそう言い残すと、ユーノをつれて医務室を出ようとした。

 

「えっと、クロノ。もう少しだけここにいても良いかな?」

 

 そんなクロノに反してユーノは、リンディとアリシアの表情を伺うようにチラチラと目配せをした。

 なるほどと、クロノは先ほどのレイジングハートの言葉を思い返した。家族の再会のシーンを邪魔されたのは何もレイジングハートだけではなく、彼もその例外ではなかったということだ。

 

「あまり遅くなるなよ?」

 

 クロノは、ユーノからベルディナが彼の父親の代わりのような人物だと聞いていた。これは、越権行為にも近いことだったが、家族というものに特別な感情を持つハラオウン親子は何も言わず快諾した。

 クロノはユーノの肩をポンとたたき、そのまま医務室を出た。

 

「ありがとう、クロノ、リンディさん」

 

 閉まる扉の向こう側から漏れた声に、クロノとリンディは少しだけ安心を覚え二人はそのまま通常業務へと戻った。

 

(死んだはずのアリシアと死んでしまったベルディナ。その両方を背負う、今の彼女。アリシア・アーク・テスタロッサか……本当に、歪な名前だ)

 

 事後処理の作業をしていたエイミィから救援の連絡を受け、クロノはふとそう思いながらアースラの廊下を静かに歩いていった。

 

 


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