魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

6 / 59
第六話 歪な名前(前)

 

 崩れゆく庭園、深い虚数の海へと沈み込む狂える母の嘲笑。

 アリシアが最後まで覚えていたものはただそれだけだった。

 

 自分はよっぽどこの感覚に愛されているのだなと、アリシアは既に慣れかけている感覚に導かれ緩やかに意識を取り戻した。

 

「あ、えっと……起きた? アリシア……」

 

 目覚めた視界に映りだしたのは、白色に塗られた面白みのない天井と緩やかな光に調整された人工の光だった。

 隣から聞こえる凛としていながらも、どこか儚い声は最近になって聞き慣れた声だった。自分の声にとてもよく似ている、同じ母を持つ少女の声。

 

「うん。おはようと言えばいいかな」

 

 言うことを聞きそうにない身体を何とか動かし、首を横に倒すと、そこにはどこかおどおどとした様子の金色の髪の少女、フェイトがアリシアの表情を伺っていた。

 何となく奇妙な感覚がするとアリシアは思った。今、自分をのぞき込んでいる顔は自分ではない他人のもの。しかし、その姿形、髪の色から目の色、声の質さえも同じなのだ。

 まるで自分が自分をのぞき込んできているような感じをおそらくフェイトも感じているのだろう。彼女もまた少し困惑した表情を浮かべていた。

 

「う、うん。おはよう、アリシア」

 

 フェイトはそのままアリシアと挨拶を交わすと、そのまま黙り込み、まるで椅子に縮こまるようにうつむいてしまった。

 

(まあ、あれだけのことを言ったわけだから、怖がられたり嫌われたりしても無理ないか)

 

 別段仲良くする気もないがと思い、アリシアは身体の各部を細かく動かそうとして失敗した。痛みは感じない、しかし、まったく力が入れられる感覚がしない。

 顎が動き、まぶたが上下でき、眼球を動かせる事が何かの奇跡と思えるほどまったくダメだった。

 

(20年以上死んでたんだから、しかたないか)

 

 プレシアの牙城、時の庭園で動き回ったところ、アリシアは自分の身体が4?6歳程度の年齢だという事を確認した。

 

 318年の時を生きた魔術士が、今では身体すら満足に動かせない幼子になり下がった。ベルディナの超常的な精神力を受け継ぐアリシアでも、それまでの努力と研鑽がただの知識でしか役に立たないと考えると、少しまぶたを濡らしてしまいそうな気分に襲われるようだった。

 

「命が助かっただけでも良かったかな……」

 

「え?」

 

 今まで黙りこくって会話もなかったところに、いきなりのアリシアの独白にフェイトは眼を白黒させた。そして、混乱の納まりきらないまま、フェイトの背後の扉が機械質な駆動音を奏で開かれた。

 

「そう思うなら、もう少し大人しくしていて貰いたいものだ、アリシア・テスタロッサ」

 

 アリシアは再び首を傾け、その声の主を追った。

 

「クロノ・ハラオウン執務官と、リンディ・ハラオウン艦長でしたね。それと、白い魔導師にユーノ・スクライア、フェイトの使い魔も」

 

 アリシアは正直さっさとベッドをリクライングして楽な姿勢を取らせてほしかったが、あいにくそこまで気を回せる人間はここには居なかったようだ。

 

「ひとまず、ご苦労様と言っておくわアリシアさん。それで、二、三聞いておきたいことがあるのだけど、いいかしら?」

 

 リンディはそう言うと柔和な笑みを浮かべながら、アリシアに最も近い丸椅子に腰を下ろし、にっこりと微笑みかけた。

 

(うん、魅力的な笑みだ。やっぱり、女性はこうでなくては)

 

 アリシアはその笑みに少しだけ癒されると、少し真面目な表情をしてリンディの目をしっかりと見た。

 

「ハラオウン艦長。一つお願いがあります、聞いていただけますか?」

 

「あら、何かしら?」

 

「もう少し楽な体勢が取りたいんです。背もたれがいただけると」

 

 キョトンとした表情を浮かべたのはリンディだけではなく、フェイトを初めとした少年少女たちも同じだった。

 

「あらあら、ごめんなさい。気がつかなかったわ、すぐにマットを起こすわね」

 

 ベッド脇の端末を操作しようとするリンディを制して、彼女の部下とも言えるクロノが代わりにそれを操作した。

 ゆっくりとアリシアは背を押され、普段ソファーに腰掛ける程度の自然な体勢になった。

 

「やっぱり、重力がないと人は生きていけませんね。そう思いませんか、艦長」

 

「あら、なかなか詩人なのね。確かにそうだわ。この重力のない時空間の海でも私たちはわざわざエネルギーを使って疑似重力を発生させている。結局の所、文明がどんなに栄えたとしても人間の根本は変わらないということかしら」

 

「その通りですね、艦長。そして、人間が望むものも根本的には変わらないんでしょう。たとえば、死者の復活だとか、心の有りどころの創造だとか」

 

 アリシアとリンディが世間話よろしくなにやら哲学的な事を話し出したために、置いてけぼりを喰らった若年組は、アリシアが突然はなった言葉の端々に敏感に反応を返した。

 

(当然、知っているだろうね。さて、どう言い訳をしようかな。困ったなぁ)

 

 プレシアの犯罪、フェイトの罪状、確かに管理局局員として犯罪者を取り締まる立場にある彼らだが、一番の興味どころというよりはネックともなり得るアリシアの存在は何を置いても確かめなければならない事柄に違いないだろう。本来多忙な身の上である艦長とその執務官が顔を揃えて、しかも件(くだん)の当事者であるなのは達を引き連れてまでアリシアの目覚めを待っていたのだ。

 

「本題に入りましょうか、アリシアさん。クロノから一度聞かれた事だと思うけど、貴女は何者なのかしら」

 

 にこやかな空気で腹の探り合いをするのは時間の無駄だと理解したリンディは、表情を引き締め上に立つものの顔を見せた。

 

(凛々しいのもいいなぁ。惚れちゃいそう)

 

 その思考を読まれないよう、アリシアは少しだけ目を閉じ呼吸を整えるかのように息を一つはいた。

 

「私はアリシア・アーク・テスタロッサ。この身体は間違いなくプレシア・テスタロッサの娘です」

 

 アリシアが意図的につけたアークの名に、ユーノは僅かながら反応を返した。しかし、この場での発言を許可されていないのか、彼がそれについて問いただすことはないようだった。

 

「プレシアの娘アリシア・テスタロッサは、既に26年前の事故で亡くなっている。それに関して何かいえることは?」

 

 クロノは苛立たしげな口調を演じ、アリシアをきつく睨んだ。

 

 どうやら、アリシアの交渉人は、いや尋問者というべき人物はリンディとクロノの二人となっているらしい。この調子では、この部屋の風景もあの利発そうな少女、エイミィが逐次モニターしていることだろう。

 うかつなことは言えないが、嘘をついたところでメリットはない。事実、アリシアはまともに身体を動かせる状態ではなく、どうあっても何者かの保護下に入らざるを得ない状態なのだ。

 対等の立場はあり得ない、正にこれは交渉ではなく尋問なのだ。

 だが、尋問ならある程度の黙秘権を行使させて貰ってもいいだろうと思い立ち、アリシアはその方針を決めた。

 

「でしたらDNA判定でもなんでもお好きにどうぞ。アリシアのDNA情報がなくても、フェイトのDNAと比較すれば答えは出ます」

 

 しかし、アリシアの予想ではそれは既に行われているはずだった。本来なら法執行機関の人間が例え拘束中の捕虜であっても、本人の承諾無しにそれを行えば明かな越権行為と見なされ処罰の対象となる。

 いくら現場の判断が優先される時空管理局次元航行部隊であってもその程度の権力の拘束はあってしかるべきだ。

 つまり、ここで彼らが既に調べ結果が出ている上での尋問を行っているのであれば、それを問いただすことでこちらに有利な状況が作れ、また、彼らが規定を遵守しいまだそれを行っていないのであれば、結果が出るまでの時間稼ぎが出来ると言うことだ。

 

「ふう……、いいでしょう。では、遺伝子サンプルの提供をお願いできるかしら?」

 

「もう持ってるんじゃないですか?」

 

「あら、私たちは法執行機関の局員よ? そんなことをすれば管理局員の規定違反で起訴されてしまうわ」

 

 リンディは椅子から立ち上がりにっこりと笑って私の手を取ろうとする。

 なるほど、とアリシアは目の前にいる局員を道理をわきまえた人物だと評価し、この人物は信用しても良いと感じた。

 アリシア/ベルディナはその経験上人を見る目には自信があった。

 

(少なくともこの人達にあるのは悪意じゃなくて善意だ。だったら、時間を無駄にすることはないかな)

 

「分かりました。私の分かる範囲で良ければ話します」

 

 リンディは驚きの表情を浮かべた、それはクロノも同様で彼もまたこの尋問は失敗だったと思っていたようだ。

 確かに、尋問は失敗だった。しかし、彼らはその代わりにアリシアの信用を勝ち取ることが出来たのだ。ドローゲーム、アリシアはこのテーブルをそう評価し、リンディとクロノ、そして、視界の外にある監視カメラに目を向け、居住まいを正した。

 

「ですが、条件を二つだけ。まず一つは、リンディ・ハラオウン艦長、クロノ・ハラオウン執務官、ユーノ・スクライア以外の退室。二つ目はこれから話す件は一切の例外なく秘匿義務が発生する事です。お願いできますか?」

 

 アリシアはこの二点のみは妥協するつもりが無かった。しかし、それだけ情報を限定することは、アリシアが本気で重大情報を公開する用意があるということでもある。

 リンディは一瞬だけクロノと目を合わせ、お互いに肯き合い、

 

「聞いての通りだ。なのは、フェイト、アルフは速やかに退室してくれ」

 

 終始狸の化かし合いのような会話を聞かされて退屈だったのか、気を張り巡らせていたのか、そういわれた三人の表情には安堵と同時にどこかのけ者にされる事への寂しさも含まれているようだった。

 

「うん、分かったよクロノ君」

 

 その中で一番落胆していたのはなのはだった。なにぶん人一倍正義感の強い少女であるため、いかなる事にも首をつっこまずには居られないのだろう。

 そんな彼女だったが、その首につり下げられた赤い宝石が突然言葉を発した事にはさすがに驚いた様子だった。

 

《Captain Lindy and master.Is it good even if I, too, am respectively left?》(リンディ艦長それとマスター、私もここに残ってもよろしいですか?)

 

「えっと、ダメだよ、レイジングハート。わがまま言っちゃ」

 

《I request by all means.In the reward, do I let's treat two to the lunch tomorrow? 》(ぜひお願いいたします。なんでしたら、お二人には明日の昼食を奢ってもかまいませんが?)

 

 なおも言い縋るレイジングハートに慌てたのはなのはのほうだった。

 

「ちょ、ちょっとレイジングハート。お金出すのは私なんだよ!?」

 

《Please relieve,master. We are always both 》(ご安心を、マスター。私たちはいつでも共にあります)

 

「そんなこと言ってもダメなものはダメなの。ユーノ君とパトロールするようになって出費が増えたんだから、節約するの」

 

「……ごめん、なのは。そうだよね、僕がなのはの所に止まるようになって食い扶持も増えたんだよね」

 

「ユ、ユーノ君、違うよだってフェレットさんのご飯なんてビスケットだけで十分なんだから。」

 

《Are you the man who depends on the girl in the food and clothing, not being in the ability? My original master》(甲斐性無しのヒモですか、元マスター。)

 

「レイジングハート!! そんなこと言うとまたお仕置きだからね!!」

 

《Endure only it.My best master style to respect》(それだけはご勘弁を、我が敬愛する最高のマスター様)

 

「おだててもダメ、お仕置きなの!」

 

「あ、あの、落ち着いて」

 

 レイジングハート相手に無茶苦茶怒りまくるなのはを宥めるフェイトに、すっかり気落ちして膝を抱えて部屋の片隅で震えているユーノを励ますアルフ(フェイトのヒモ)は見ていて飽きないが、アリシアはレイジングハートのさらなる成長に頭痛で涙が止まらなかった。

 

《By the way, can you get permission?》(ところで、許可はいただけるのですか?)

 

 ともあれ、レイジングハートが自らの主を生け贄に差し出してまで我を通すからには、何か重要な理由があるのだろうと、アリシアは元所有者として考えながら、クロノとリンディに肯き返した。

 

「いいわ、レイジングハートはここにおいて行きなさい。後で返しに行くわ」

 

「あ、はい。ありがとうございます。レイジングハート、くれぐれも大人しくして無くちゃだめだよ」

 

 まるで我が子に言い聞かせるように指を立てるなのははどう見ても背伸びしている子供にしか見えない。

 

《I understand it. Don't break into tears in the loneliness even if I am not.My small lady》(分かっていますよ。私がいないからといって寂しさで泣き出さないでくださいね、私の小さなレディー)

 

 なのはからユーノに託されたレイジングハートはその手のひらの上で何度か明滅し、何処となしか心配性な母親か姉のような雰囲気を醸し出していた。

 

「泣かないもん、レイジングハートの馬鹿」

 

 フェイトはアルフをつれ、なのはの背を押しながら部屋を去っていった。去り際にアルフが鋭い殺意の視線をアリシアに送り込むが、アリシアはこれ見よがしに弾けんばかりの笑みを送る事にした。

 

「あまり感情を逆撫でするのは良くない傾向だ」

 

 クロノは半ば呆れ、さっきまで腕を組んで立っていた体勢を崩し、フェイトが座っていた椅子を取り寄せると自分もそれに座って幾分かリラックスした表情を浮かべた。

 

「人の嗜好にけちをつけないでよ、執務官」

 

 アリシアはおどけた振りをして手を掲げようとしたが、手が殆ど動かなかったので止めた。

 

「それにしても、あの白い……なのは、だったっけ。あの子とレイジングハートは、いつもあんた調子で?」

 

《That state is an always and the same situation. Her reaction is very interesting. 》(おおよそ代わりありません。ノリの良い方ですから)

 

「なのは曰く、地球のテレビ番組の悪影響だと言っていたな。たしか、ワカテノゲイニンだったか、そんなところらしい」

 

《Yes, the culture of this country is onderful.Way, my recent my boom is a potted dwarf tree and that the swordplay enjoying is done. 》(ええ、この国の文化は素晴らしい。ちなみに、私の最近のマイブームは盆栽と剣術観賞です)

 

 うむ、枯れているなという言葉がどこからか聞こえてきたような気がしたアリシアはさっさとそれを振り払い、本題に入るべく表情を引き締めた。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。