魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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とても久しぶりの投稿です。久しぶりすぎて書き方を忘れてしまった……。
且くはリハビリ感覚でいければなと思います。


03

 アルバート・ボーエン提督が乗艦するC級時空警備艦アルトセイムは、管理局における次元世界警備活動における主軸を担う艦の一つだということは、管理局に所属する局員であれば誰もが知ることだ。

 

 アースラに代表されるL級艦の主任務が特定警戒地域の定点監視任務およびその周辺世界への捜査活動にあることに対して、C級艦の主任務はミッドチルダを中心とした円形領域の巡回航行にある。その任務は長く、一度航海に出てしまえば、最低でも1年は寄港することなく航海を続けることにある。

 戦時中であれば、僚艦の2,3隻でもつけて時空連合軍の警戒網をくぐり抜けた敵性勢力との交戦を行うこともあるが、平常時である現在では単艦による比較的地味で平凡な警備航行をひたすら続ける事となる。

 

 実際に次元犯罪者や時空災害の前線で活躍するL級艦と違い、C級艦には安定した警戒網の主軸となることが求められており、艦内の業務はほとんど完璧といえるほどのルーチンワークが成り立っている。

 

 なのはやユーノのように、管理局の重要な職に就いておりながらも地球での学業を両立出来ているのも、C級艦における完全なローテーションのたまものであるともいえる。

 

 C級艦は一度航海に出てしまえば、滅多なことでは帰港しない。しかし、C級艦であるからこそ、位置の特定はたやすく、さらに言えば艦内のスケジュールも一定である。教会の王八神はやてが突然ともいえる視察をねじ込むことが出来たのもそのお蔭ともいえた。

 

 

****

 

 

 艦は家であり、乗組員は家族のようなものであると言われることがあるが、それに乗っ取れば自分はうろんな客であるといえるだろう。突然教会の重鎮から自分のような面倒な人物を受け入れろと言われて、ハイハイと従った管理局の上層部の対応もどうかと思うが、実際にそれを行う現場としてはややこしい客をどのようにすれば早急にお帰りいただけるのかをまず考えるはずだ。

 

 そのため、はやてはアルトセイムに乗艦して初めて向けられる視線は、非常に冷たいものであると覚悟していた。

 

「なんというか、これから管理局の警備艦を視察する要人には見えんな」

 

 はたして、そのはやての予想をこれでもかと言うばかりに実現してしまったのは、はやてが乗艦する目的となる初老の提督だった。

 

「あー、えっと、さすがに聖王の庭園へ、荷物の発送をお願いするのはどうかなって思って……ですね……はい」

 

 はやてはしどろもどろに、両手いっぱいにつり下げられたクラナガンの有名ブランドの買い物袋を、何とか背中に隠そうと身をよじった。

 

 もしも、この光景をカリム・グラシアが見たとなれば、額に手を当てて深くため息をついただろう。ついでに言えば、その夜はシャッハ・ヌエラとヴェロッサ・アコースを伴い説教の3時間コースも予想できるほど、王としての威厳は存在しなかった。

 

 従者であるリインフォースとザフィーラが荷物持ちとして機能していない理由は、単にその二人の両手背中もまた同様の(ブランドは異なるが)荷物に埋め尽くされていたからに他ならない。

 

《フォローの言葉も思い浮かびませんね。さすが、リインフォースのマイスター》

 

 レイジングハートの呟きが耳に入ることはなかった。自重しないデバイスの音声をあらかじめ切っておく事など、なのはとユーノにとっては容易なことだ。

 

「C級艦は観光客向けの遊覧船ではないんだがな」

 

「かんにんです、ボーエン提督……」

 

「別に怒ってるわけじゃない、もう少し自分の立場に自覚的になれとは思うが、気にするな」

 

 

 この口調でどこが怒っていないといえるのかとはやては思うが、ちらりと助けを請うように目を向けたなのはとユーノは、はやてに、

 

『大丈夫だよ、はやてちゃん。怒ってない、怒ってない』

 

『なのはの言うとおりだよ、ちょっと照れくさいだけだね、これは』

 

 わざわざデバイスを介した暗号回線で励ましの念話を送った。

 

『ほ、ホンマやろか?』

 

『怖がらなくても大丈夫だからね』

 

 なのはとユーノはニコニコとはやてに笑みを送っているが、それと対比するとなおさらボーエン提督の仏頂面が強調されて見えててしまう。

 

『お前ら、もう少し暗号の勉強しとけ、この程度なら筒抜けになるぞ』

 

 なのはとユーノの励ましに少し心落ち着きつつあったはやてだったが、その会話の中にボーエン提督が割り込んできて、思わず手を額に当てたくなってしまった。

 見ると、ボーエン提督の背後に整列するアルトセイムの士官の面々も、どこかほほえましそうな視線をはやてに向けていることから、先ほどの会話はボーエン提督の言葉通り、皆に筒抜けになっていたのだろう。

 

 恥ずかしさで顔が大火災になってしまいそうだった。

 

「……ところで、食事はもう済ませたのか?」

 

「えーっと、朝ご飯はホテルでしっかり食べたんですけど……お昼はまだ……」

 

「だったらちょうどいい……おい、高町執務官とS・ハラオウン執務官補佐」

 

「は、はい!」

 

「なんでしょうか?」

 

「教会の王閣下の荷物を客室に運んで差し上げろ。その後別命あり次第閣下を士官食堂へ案内のこと」

 

「了解しました」

 

「では、閣下、お荷物をこちらに……部屋へ案内いたします」

 

 一応業務としてはやてに最敬礼を行いながら、手を差し出すユーノに対して途方にもない違和感を感じながらも、

 

「よしなにお願いします」

 

 と、精一杯がんばって見せたはやては、なのはの先導に従い、そそくさとトランスポーターから撤退を果たすことが出来た。

 

 スライド式ドアの空気圧シリンダーが奏でる独特の音を耳に、アル・ボーエン提督は、「ふんっ」と勢いよく鼻から空気を吹き出して見せた。

 

「実に可愛らしい閣下でしたね、提督。流石の提督も、今にも下がりそうな目尻を押しとどめるのにご苦労なされた様子で」

 

 アル・ボーエン提督と長い付き合いのある者ならではの率直な意見を口にするアルトセイムの副艦長・ジョン・マイヤー二等海佐に、アル・ボーエン提督は、ギロリを目を向けた。

 

「口を慎め二等海佐。お前の目が節穴のせいで、いつまでたってもお前の上に居座らんとならん俺の身になってみろ。いい加減お前が提督にならんと下に示しがつかんだろうが」

 

「それは濡れ衣ですね、提督。天下のアル・ボーエン提督の下で働く者にまともな出世街道がおありとでも? ところで話は変わりますが、閣下との会食には何名ほど参加させましょうか?」

 

「士官には通常任務をやらせとけ。食事には俺とお前、高町とハラオウンだけでいいだろう」

 

「私もですか? 義理とは言え、家族水入らずのチャンスでは? それに、高町執務官以下はすでに食事を取っていたと思いますが……提督のご指示で」

 

「何とかするよう給養班に伝えておけ。なるべく地球風の味に仕上げるようにともな。それに、艦内で水入らずも何もない。会食も仕事の一環なら、お前も参加するべきだ、副長」

 

「提督がそれでよろしいのであれば、私は何も言いませんがね……。しかし、相変わらずの無茶ぶりですね。そういうことは事前に通達しておくべきですが……まあ、補給長になんとかするよう伝えてみます。準備ができ次第お呼びいたしますので、回線は空けておいてくださいね」

 

 アル・ボーエン提督の無茶なオーダーにジョン・マイヤー副艦長は指で眉間の皺をなでつけながら、早速回線を開き、様々に細かい指示をし始めた。

 

 二人の軽い口げんかの間に、以下の下士官はすでに退室しており、トランスポーターに一人残されたアル・ボーエン提督は、手のひらで顔を覆い、落ち着かない様子でたたずんだ。

 

「一番の無茶ぶりはカリム・グラシアだ。少しは心の準備ぐらいさせろ」

 

 この件の発端となった某教会のの女史の、朗らかにして腹の黒く染まった笑みを思い出し、ボーエン提督は深々とため息をついた。

 その様子は普段は交流のない娘を前にして話題を考えあぐねる父親の姿だった。

 

 

************

 

 

「やっぱり、私、ボーエン提督に嫌われてるんやろうか?」

 

 客室に荷物を置き、一息ついたはやてが付き添いの二人に初めて口にしたのはそんな言葉だった。

 

「それはないと思うよ。絶対」

 

 はやて達の上着を預かり、備え付けのクローゼットにしまいながらなのはは答えた。

 

「そうやろか? ボーエン提督、すごく怖かったし……。こんないきなりのことで、艦のみんなにも迷惑かけてるやろうし……」

 

「まあ、ちょっと大変だったことはあるけど、こういうサプライズはみんな結構歓迎するところはあるかな。それに、提督が不機嫌そうなのはいつものことじゃないか」

 

 はやてのクラナガン土産の置き場所をようやく決めたユーノは額の汗をぬぐいながら、少女のような笑みを浮かべ、リインフォースが勝手に淹れたお茶を差し出した。

 

「ありがとな、ユーノ君。リインも、お茶淹れるの上手くなったね」

 

 淹れ立ての紅茶を一口飲み、はやてはようやく落ち着いた雰囲気を取り戻した。

 

《しかし、あの提督がどこぞの好々爺よろしく目尻を下げっぱなしにする様子は想像しても不気味なものです。あの老人は今がちょうどいいのではないでしょうか》

 

 ようやくプライベートを取り戻し、音声が復活したレイジングハートはここぞとばかりに表面をチカチカさせた。

 

「それは、レイジングハート卿といえど、ボーエン提督に対して不敬であると思いますが」

 

 手持ちぶさたで自然とはやてのそばに控えるリインフォースは、レイジングハートのあまりの物言いに苦言を呈するが、レイジングハートはどこぞ吹く風と言わんばかりに表面をチカチカさせるだけにとどまった。

 

「しかし、今になっても分からんことが一つ。なぜ、提督は主はやてや高町の、こちらでの保護者を名乗り上げたのか。ハラオウン縁の提督であることは分かるが、本来これはリンディ・ハラオウン統括次官の役割と思うのだが」

 

 リインフォースの対をなすようにはやてのそばに控えるもう一人の従者、八神ザフィーラは堅牢な面持ちを崩すことなく、常日頃からの疑問を明らかにする。

 

(あるいは、高町をハラオウンにしてしまえば、後々ユーノとの関係が面倒になるという配慮があったのかもしれんが)

 

 と、ユーノにくっついて思案顔を浮かべるなのはを横目で見ながら、ザフィーラは口にすることなくそう思った。

 

(しかし、主はやてがそのおまけと言うには無理があるか。教会の王をそのように軽く扱えるはずもない)

 

 

「どうでしょう? はやてさえよろしければ、一度ボーエン提督の経歴を細部まで洗ってみるというのは。私とレイジングハート卿の処理能力を合わせれば、一般公開されている以上の情報を手にすることも可能ではありますが」

 

 リインフォースは胸の前で腕を組み、そのわがままな身体を強調するように胸をはった。それを見る少女二人にとっては、実に挑戦的な仕草で、ユーノはそそくさと目をそらした。ちなみにザフィーラは、本来が狼であるためか特に興味を持っている様子はなかった。

 

《ふむ、それはおもしろい。世界最古にして最強のデバイス(私)とその2番目(リインフォース)の力が合わされば、管理局のセキュリティも敵ではないでしょう》

 

 なのはの薄い胸元から動けないレイジングハートは、対抗してかことさら派手に表面をチカチカさせ、その目に痛い明滅を注目する者は誰一人としていなかった。

 

「まあ、冗談はおいておいて……」

 

《私は冗談ではありませんよ?》

 

 何とか話を戻そうとするユーノを混ぜ返すようにレイジングハートは光り輝くが、誰もがそれを無視して閑話休題とする。

 

「自分から言い出したことではあるが、本人に確かめない限り話しても無駄と考えるべきか」

 

 比較的常識的な感性を持つ守護獣は、終始表情を変えず、レイジングハートととしては、まるでバルディッシュのような堅物だと言って不満げだったが、誰も気にもとめなかった。

 

「結構、分からないことが多いね、ボーエン提督は」

 

 なのはのため息がすべての答えのように思える。

 

「寡黙な人だからね。本音を引き出すのは至難の業かも。それができるのは……はやてだけかもしれないね」

 

「ユーノ君の言うとおりやといいんやけどな」

 

「だったら、今日はチャンスだよ、はやてちゃん。一緒にお食事なんて、すごく久しぶりなんでしょう?」

 

「そ、そうやね。ずいぶん久しぶりな気がする……」

 

 はやてが苦笑するのは、これが久しぶりどころか、初めてだからだ。食事や買い物、進路相談や雑談。そういった家族らしいことを面と向かってしたことがない。

 

 しばらくして、準備が整ったとの連絡が副艦長直々に通達され、はやては身を引き締めた。

 

 家族なんてものは一概に定義することはできない。かつて家族となった守護騎士達との関係と、これから何度も対峙していくことになるであろう新たな保護者との関係が同じとなることは絶対にない。

 

 今までお互いに逃げ続けてきたことを、一からやり直すきっかけとなればいいとはやては思った。

 

 そして、それは同時に、彼女をこの場へ放り込んだカリム・グラシアの思惑でもあった。

 




今後はいろいろと合流させていければなと思います。
焦らず、ゆっくりと。

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