魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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《質量波センサーに反応あり。EPMに反映します。どうやら、オプティックハイド(熱光学迷彩)の強化版のようですね》

 

 とつぜん視界から消えた目標に一瞬慌てたなのはだったが、レイジングハートの鋭敏なセンサーに浮き彫りにされた対象が、すぐさま視界の面に浮かび上がってくる。

 

『センサー有効範囲は?』

 

 たとえ面の意識が慌てていたとしても、その奥底に生み出した冷静な第三者である自分を何とか揺り動かし、なのはは短くレイジングハートに問いかける。

 

《半径8mほどとなります。それ以上はほかの質量物質との判別がほぼ不可能となりますのでご注意を》

 

 なのはのEPM(Eye Projection Monitor:視覚投影型モニター装置)に本来なら肉眼で見ることのできないはずの対象の姿が、いささか薄ぼんやりと映し出される。目標の姿形はぼやけ、かろうじて人の形をとっている程度にしか見ることはできないが、それがそこにいることは理解できた。そして、おそらく対象もまた、彼女が自分を網膜の表面でとらえていることを理解しているのだろう。

 

 しかし、熱光学的に姿を消してもなお相手にとらえられている以上、彼の作戦行動は失敗したと判断するのは早計であることをなのはは理解している。

 

《これによりイルミネーター(照準器)の使用が不可能となりましたのでご注意を》

 

『分かってる、弾頭制御フラグの変更を急いで』

 

 それは、なのはの虎の子であるアクセルシューターの高速弾の精密誘導が事実上封じられたことがレイジングハートから伝えられ、なのはは少し歯ぎしりしたい思いに駆られた。事実、先ほどまで空間を占拠していた20を超える数のアクセルシューターが目標を見失い、迷走し、あるいは障害物に接触し霧散する様子からも明かだ。

 

 レイジングハートに設えられた高性能誘導装置と、レイジングハート本体の有り余るリソースによってもたらされる弾頭制御システムがなければ、これほど高速度に空中を飛び回りながら、通常ではない数の高速弾頭を制御することはできない。

 

 その核となる誘導装置……イルミネーターの魔力波による反応を消されてしまっては、アクセルシューターによる大規模飽和攻撃による早期決戦を諦めざるを得ない。

 

(いつの間にこんな魔法を覚えたのかな? すごいよ)

 

 しかし、なのはの心に浮び上がってくるのは、相手に対する純粋な賛嘆ばかりだった。

 

(私じゃこんなこと、絶対できない……)

 

 自他共に補助魔法に対する適正不足が認められる自分では、このような戦術をとる発想さえ生まれなかっただろうとなのはは思う。

 

《制御システムの一部変更を行いました。射程および同時制御数は大幅減ですが、誘導制度は確保できます》

 

 視界に映る薄ぼんやりとした目標に、再度アクセルシューターのロックオンサインが表示された。

 

「逃がさないよ――――ユーノ君!」

 

 そして、なのははAWS(Artificial Wing System)を魔導炉に直結し、もたらされる強烈な加速力に歯を食いしばりながら、目標――ユーノ・S・ハラオウンに対して肉薄をはかった。

 

(ユーノ君なら、絶対何か罠を用意してるはず。だけど、今なら対処できる)

 

 たとえ、設置型のバインドが向かう先にあっても、それが発動する瞬間に方向舵を切りさえすれば、回避することは可能だとなのはは判断した。

 レイジングハートの400MWの出力を誇る魔導炉に直結したAWS(三軸高加速推進システム)の機動力は瞬間的であれば、最高速のフェイトにすら並ぶ。

 

 熱光学どころか、魔力反応さえ消してしまう幻術魔法だ。本来ならレアスキルにも分類されるそれを、その適正のない彼がそれほど長い間使用していられるなどとうてい思えない。たとえ、長い間それを使い続けたとしても、それによる魔法消費は、カートリッジを持たない彼にとってきわめて重く影響することは間違いない。

 

 そう、間違いないのだ。

 

「いくよ! レイジングハート!」

 

 薄ぼんやりとした彼のシルエットとも思えるそれは、回復したなのはの高速誘導弾に翻弄され、陽炎のように揺らぎ始めた。

 

《Stand by Ready》

 

 槍のように先がとがったレイジングハートのフレームから魔力で構成された刃――ストライク・フレームが展開された。

 

『AWS全開、スーパー・アクセル・ウィング最大出力』

 

《All Readily》

 

 なのはの声に呼応し、レイジングハートのフレームが展開し、三対計六枚の身を包むほどに大きな光の翼――スーパー・アクセル・ウィングが雄々しくきらめき羽ばたいた。

 

 白兵戦はなのはの得意とする戦法ではない。それでも、これ見よがしにストライク・フレームを展開して見せたのも、半分はったりのようなものだ。初見の相手であれば、ミスリードを誘発することも出来るが、相手は公私ともにパートナーであるユーノだ。

 

 この戦法もおそらく見破られているだろう。

 

『レイジングハート、なにか、設置されてる?』

 

《今のところはなにも反応はありませんが、油断は禁物です》

 

 そして、同時に、なのははユーノの戦い方を熟知している。3年間、ともに空を飛び続け、今では“天秤座の双子(The Twins of Libra)”と呼ばれるようになった。

 

 家族よりも理解し合う二人。二人で一人の魔導師。

 

 精密に調整された天秤の両皿は決してどちらかへ傾くことはない。オプティックハイドによって一時的になのはの追尾を振り切ったユーノだったが、それほど特殊で高度な魔法が何時までも続くはずはなく、質量波センサーを全開にしたレイジングハートから、完全に姿をくらませることは出来ず、一進一退の攻防がその後タイムアウトまで続くことになった。

 

 

************

 

 

「お前らの模擬戦が、新人の手引き本(マニュアル)に使えるようになるのには、あと何年かかるかね」

 

 模擬戦後のシャワータイムから上がってきた二人にボーエン提督は、皮肉交じりに出迎えた。

 

 警備艦アルトセイムに新たに配属になった新人に対する公開模擬戦の最後を飾った二人の模擬戦は、ベテランにとっては味わい深いものだっただろう。しかし、当該の新人達は何が起こっているかすら分かっていなかったのかもしれない。

 

 訓練場から退場していった研修中の札を下げた年上の新人達がどこか放心状態だったことが、少し気がかりだったが、提督の様子からはそれほどの問題にはなっていないのだろうとユーノは勝手に判断した。

 

「僕と高町執務官だと、どうしても何でもありになってしまいますからね」

 

 シャワーでぬれたなのはの髪や頬をタオルでぬぐいながら、ユーノは苦笑を浮かべた。

 

「それにしても、ユーノ君……じゃなかった……ハラオウン補佐は、あんな魔法、いつの間に覚えたの?」

 

 あんな魔法という曖昧な言葉だったが、ユーノはそれが何を示しているのかすぐに理解が出来た。

 

「この間、無限書庫に行ったときにたまたま見つけたんだ。元々は軍用のステルス魔法だったんだけど、そのままじゃちょっと使えなかったから、オプティックハイドに組み込んでみたんだよ」

 

 ユーノは、なのはの髪に櫛を通しながら、何のこともなく答えるが、それを魔法研究に携わっている者が聞いたら、何百という白い目を浴びることになっていただろう。

 

「へぇ、無限書庫で……そうなんだ。一瞬レーダーから消えちゃって、ちょっとだけだけど、焦っちゃったよ」

 

 なのはとしては、ユーノが何を言っても今更驚くことはなかった。ユーノが無限書庫でいろいろ拾い物をしてくることは、今となってはさほど珍しいことでもない。

 

 ユーノはなのはの補佐官として、戦闘や訓練以外にも様々な情報収集を行い、それをレポートにまとめることも重要な仕事の一つだ。特に、二人が主に担当する案件と言えば、古代遺物の捜索や封印であるため、必然的にユーノが無限書庫や古代遺物管理部に出入りする頻度は高くなる。

 

 そのため、ユーノはアリシア同様、無限書庫の所属ではないにもかかわらず、無限書庫の司書資格を持つという、珍しい職員になってしまったわけだ。

 

 そのため、最近でいえばユーノが「情報収集に行ってくる」といえば、8割方無限書庫に顔を出してくるという意味になり、なのはは、無自覚ではあるが、それが何となくおもしろくないと感じているようだった。

 

「僕としては、もう少し優位に立てるかなって思ったんだけど、やっぱりなのははすごいね。すぐに見破られちゃった」

 

 やはりユーノはずるいと、なのはは思った。それぐらい切り札にしていた魔法を、あの短時間で見切られたにもかかわらず、その表情に浮かべられるのは、純粋な賞賛だけだったのだから、何となく自分がちっぽけに思えてしまう。

 

「べ、別に私がすごいんじゃなくて……レイジングハートがすごいんだよ」

 

 謙遜しているのかしていないのか、微妙に判断しづらいことを言いながら、なのはは、少し小さくなる思いだった。

 

《エッヘン》

 

 レイジングハートの誇らしげな音声をまともに聞いている者はいなかったが、実際の所はなのはの言うとおりなのかもしれない。

 

 あのとき、レイジングハートがユーノの魔法の特性にいち早く気がつき、モニターを質量波センサーに切り替えたために、戦闘態勢を何とか維持することが出来たのは確かなことだった。

 

 しかし、その状況変化に速やかに対応できたなのはの柔軟性も特筆するべき事だろう。

 

 ともかく、状況が早く動きすぎて、入局して日の浅い新人職員では理解が追いつかなかった部分が多かったのは事実だ。

 

「さてと、お前ら、そろそろ約束時間だが……先方がトランスポーターの渋滞に巻き込まれたみたいでな、少し遅れるって事だ。その間に飯でも食っとけ」

 

 少し不機嫌そうな様子を隠さず、ボーエン提督は、なのは達の答えを聞かず立ち去ろうとした。

 

「了解しました。……えっと、その、今日来られる教会の要人って、いったい誰なんですか? レイジングハートも知らないって言うし……」

 

「来るまで秘密にしとけってのが、あっちの希望だ。ほかに質問は?」

 

「ありません」

 

「だったら、お前らは飯に行ってこい。要人が来るまでは通常業務でもして暇でもつぶしてろ。以上、解散」

 

「「了解!」」

 

 後ろ手を振りながら訓練所のミーティングルームから立ち去ったボーエン提督に、二人は背筋を伸ばし敬礼で見送った。

 

「提督、なんだか機嫌が悪かったね、あまり会いたくない人なのかな?」

 

 ドアの向こうにボーエン提督の姿が消えて、ユーノは少し疲労感のある腕をもみながら、そうつぶやいた。

 

「うーん、機嫌が悪いんじゃないと思うな。提督って、ちょっと天邪鬼さんなところあるから。嬉しいけど、気づかれたくなくて、不機嫌のふりをしてるみたいな感じじゃないかな?」

 

 先ほど無視されたせいでヘソを曲げてしまったレイジングハートを、指先でなだめながら、なのははボーエン提督のことを思いやった。

 

 なのはとユーノがボーエン提督の下で任務に当たるようになってそろそろ3ヶ月が立とうとしている。その辞令が二人に下されたのは、地球のクリスマスの数日前……ミッドチルダでは聖王崩御の鎮魂祭(ベルカ大祭)の厳粛さから、人々がそろそろ目を覚まそうかという頃だった。

 

 それまでアースラで執務官の研修を割と長い間行っていた二人には、全くの寝耳に水で、年末から年明けまでその準備に追われていたものだった。

 

 二人がそれまでアル・ボーエンとは何の縁もなかったというとそうでもない。アル・ボーエン提督が伝説的な天才魔導師で、管理局の英雄的立場にあったこともあるが、彼がハラオウンに縁のあるグレアム元提督の旧知の仲だったため、なのはとユーノにとってけっして無縁の老人というわけではなかったのだ。

 

 特になのはにとって、アル・ボーエンはハラオウン・ファミリーよりも縁のある存在といえるかもしれない。なぜなら、次元世界での市民権を持たないなのはの、保護者代理として法的な身元保証を自ら進んで引き受けてくれた人物なのだから、なのはとは義理の父娘のような関係でもあるのだ。

 

 ぶっきらぼうでありながら、どこか過保護な一面がある。ユーノが、その姿をかつて自分の父親代わりだった彼に重ねてしまうのも無理からぬことだった。

 

「……なのはの感は良く当たるからね。たぶん、それで正解だよ。そうなると、ますます先方のことが気になるなぁ。提督が喜んで……だけど、照れくさいから隠したくなる人……あんまり多くはないような気がするけど」

 

 ベルカ教会の要人で、おそらくボーエンの身内ともいえる人物。そこからユーノが想像できる人物と言えば、一人しか思い当たらなかった。

 

「私、答え分かっちゃったかも」

 

 おそらく、なのはもユーノと同じ答えに行き着いたのだろう。ある程度彼と交流があれば、それは容易に導き出せることかもしれない。

 

「だけど、抜き打ちみたいなタイミングで視察を入れる理由が分からないな。この船は、確かに管理局にとって重要だけど、教会にとって重要だとは思えないし」

 

「ひょっとしたら、提督に会いに来たのかも」

 

「それは……あり得るかなぁ、カリムさんとか、ヴェロッサさんあたりならニコニコしながらやりそう。ダニエル先生も、あれで結構悪のりするところあるし」

 

「きっとそうだよ。賭けてもいいよ?」

 

「法の番人である執務官が賭博をするのはどうかとおもうけどね……賞品は、明日の晩ご飯でどう? 負けた方が勝った方に好きな物をおごるってことで」

 

「うん、それで行こう。負けないからね?」

 

「こっちこそ」

 

 商談成立とばかりに悪い笑みを浮かべながら握手を交わしながら、ユーノはおそらくこの勝負はなのはの勝ちだろうと直感していた。

 

 しかし、たまにはなのはにおいしい物をごちそうしてあげるのも悪くはないと思っていた。ちょうど今は春休みで、明日は昼から非番で街に出ることもできる。

 

 二人で街を歩く口実ができたとばかりにユーノは、さらに笑みを深めるのだった。

 

 




やっぱり、この二人と一機は書きやすくて困る。

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