魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~ 作:柳沢紀雪
しかし、この二人と一機は書きやすくて困る。
『というわけだ。本日10:00より、ベルカ教会の最重要人物が、この船の視察に来る。おまえらは、この艦専任の執務官とその補佐として、そいつの護衛および案内をしろ、以上だ』
と、上官のボーエン提督より一方的な命令を聞かされたのは、なのはとユーノがまだ寝間着姿で、そろそろ朝ご飯を食べようかとだらだらしていた時だった。
幸い、通信自体は【Sound Only】だったため、寝乱れた寝間着や髪を見られずには済んだが、朝っぱらからあの口調で話されるのは精神衛生上良くなかった。
《ふむ、この時期に視察とは、ずいぶん物好きなお偉方ですね。何者でしょう?》
ボーエン提督の回線をつないだレイジングハートは、おまえこそ何様のつもりだと言われんばかりに表面をチカチカと明滅させた。
「確か、昨日の昼ぐらいじゃなかったかな? 『ひょっとしたら面倒な人が来るかもしれない』って副長がぼやいてたのは」
仕事用ではない、艦内では唯一のプライベートな自室の、少しゆったりした椅子の上で足を組み、ユーノはゆらゆらと上体を揺らしながら、起き抜けでまだあまり早く動かない頭を指でたたきながらつぶやいた。
「それ、私知らない……」
髪を下ろしたままのパジャマ姿で、少しむくれるような表情のなのはは、仮にも上官である自分より、補佐官であるユーノの方がいち早く情報を仕入れていたことに納得いかないようだった。
しかし、上官にとって重要な情報をいち早く仕入れておくのも補佐官の仕事であるため、ユーノは「まあまあ」と悪びれることもなく、なのはをなだめすかした。
それでもふくれっ面を直さないなのはに、ユーノは少し肩をすくめながら立ち上がって、「なのはにはもっと大切な仕事があるんだから、こんなことぐらいですねないでよ」といいながら、椅子から立ち上がり、彼女の頭をなでつけた。
「なんだか、扱いがだんだんぞんざいになってきてる気がするの」
果たして、この補佐官は上官の頭さえ撫でておけばご機嫌が取れると思っているのだろうかとなのはは思う。
「そんなことないさ。なのはの気にしすぎだよ」
しかし、ユーノの表裏のない笑みを見せつけられたら、何でも許してしまえるのは、幼なじみである弱みなのかもしれないとなのはは思う。少なくとも、彼が自分にとって最高の補佐官であることには間違いないのだから、それでいいかもしれないと思ってしまうのは、彼女がユーノの策略にまんまとはめられてしまっている証かもしれない。
《お二人とも、仲睦まじいのは大変結構なのですが、そろそろ準備をしないと仕事に遅れますよ?》
いい加減見飽きた光景を前に、レイジングハートは何ら思うことなく二人の空間を破壊しにかかった。
「うん、分かった」
ようやくユーノの懐柔作戦から解放され、なのははゆるゆるとベッドから腰を上げ、一度大きく背を伸ばした。
「じゃあ、僕は一度部屋に戻るよ」
ユーノの方も実にあっさりとなのはを解放すると、片手をゆるゆると振って、部屋の奥にある扉の向こうへと引き上げていった。
念のために言っておくが、別段二人は同じ部屋で夜をともにしたわけではない。二人の寝所は扉でつながれているとはいえ、壁一枚で隔たれた場所であり防音も完備されている。ただ、二人は日頃、先に起きた方が片方を起こしに行くという習慣を作ってしまっているので、以上のような様子がほとんど毎日繰り広げられているだけで、特に他意はない……と本人達は考えている。
まあ、何というか、仕事上のパートナーとして、プライベートの親友として、古い(といってもまだ二人は過去を懐かしむほどの年齢ではないのだが)の幼なじみと言う関係が、どこか悪いところに深まり続けた結果と言っていい。
なお、この結論はレイジングハートが出したものであるため、割と信頼性は高いと申し添えておく。
ともあれ、ユーノも去って行ったので、なのはは今では習慣となってしまった起き抜けの準備体操よろしく、パジャマのまま屈伸運動や腕立て伏せ、腹筋などを行いながら、就寝時に固まった身体を解きほぐし……ふと気がついた。
「ねえ、レイジングハート」
《YES Master》
「今日来る教会の……最重要人物の人? なんて人だっけ?」
言われてみれば、それほど重要な人物であれば名前を知らされていないことは、奇妙なことだった。
《はて? 私のデータベースには存在しませんね……この艦のメインサーバーにアクセスすれば得られるかもしれませんが、いかがいたしましょう?》
「レイジングハート! そういういけないことは冗談でも口にしちゃだめっていってるでしょ!」
今にも艦に対して不正アクセスを敢行しようと表面を光らせていたレイジングハートになのははしかりつけた。
《冗談でなければ良いのですか? と聞くのはあまりにも普通すぎてつまらないですね。とりあえず善処いたしますと答えておきましょう》
レイジングハートのそんな人を食ったような言いざまにももう慣れてしまった自分に、なのははため息をつきたくなった。
「あのね、レイジングハート。私は真面目に言ってるんだよ? 執務官の私が少しでも法を犯すようなことをしたらどうなるかって、いつも言われてるでしょう? 自覚してよね、私のデバイスとして」
《ほほう、小さなマスターが私に立場としての自覚を説きますか。ずいぶん大きくなりましたね、Little my master》
「もう……私ももう中学生になるんだよ? いつまでも子供じゃないの」
《そういうことはせめて義務教育を終えてから言うべきでしょう。My sweet》
むむむ……となのはとレイジングハートは詰めより……というよりも、自立行動できないレイジングハートになのはが一方的に襲いかかり、交差する視線に火花を散らせ……といってもレイジングハートには目がないため、なのはが一方的ににらみつけ、一触即発の雰囲気を漂わせていた。
『そろそろ行くよ、なのは。準備はできた?』
しかし、その険呑さはユーノからもたらされた念話の一つであっけなく霧散することになる。
『う、うん。すぐ行くから、先に行ってて』
『分かった、ちょっと急がないと、食堂がいっぱいになっちゃうからね。場所だけとっておくよ』
『ありがとう、じゃあ、また後で』
廊下の向こうから、隣の部屋の扉が開く音がかすかに聞こえた。そんな小さな音でさえかろうじて聞こえるほど、なのはとレイジングハートの間は静寂に包まれていた。
《そろそろ着替えた方が良いのではありませんか?》
「そうだね、急ごうか」
そうして、二者の何度目になるか分からない、事実上の休戦協定が結ばれたのだった。
以上が、時空管理局次元航行部隊所属時空警備艦アルトセイムにおける、割とありふれた日常の一コマである。
以上、「リア充爆発しろ!」の回でした。二人に爆弾を送付したい場合は是非感想欄へ。