魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~ 作:柳沢紀雪
アル・ボーエン提督が天才であると言うことを疑う人間はおそらくいない。しかし、彼が気さくな人物であると言われて納得できる人間は次元世界広しといえども、その数は五本の指で数えられるかどうかと言ったところだろう。
彼は今は引退して故郷に帰ってしまったギル・グレアム元提督の古いなじみで、一番の理解者であり、彼の一番弟子であることを自称しているが、その馴れそめをしる者を探そうと思えば、おそらく無限書庫にでも調査依頼をかけない限り知ることはできないだろうと言われている。
それほど謎に包まれた二人の来歴ではあるが、彼らのコンビは時空管理局史上においても伝説と呼ばれるほどであることは、その辺にある情報端末で二人を連名にして検索をかければ、一生かけても読み切れないほどの量の情報が出力されるほど有名である。
彼らの魔導師の戦闘力にしても、四年に一度の割合で開催される、管理局総合戦技演習にて、常にトップの二座を争い続けてきた歴史からも明かであるといえる。
しかし、彼らが書いた始末書の数もまた、管理局歴代一位であると思えば、何とかと天才とは紙一重の違いしかないという言葉が思い浮かべられる。
英雄として名を連ねてきた彼らが、幕僚なり議会なり、そういった政治的な世界に身を置かずに歳を重ねてきていることには、上記のような理由があるのではないかとまことしやかに噂されているが、深く知ろうとすれば減給12ヶ月は覚悟しなければならないため、注意を。
とはいえ、ボーエン提督にそれを聞いたのなら、
「政治屋のやることに興味はない。くだらないこと聞いてる暇があったら本の一冊でも読んどけ」
と返されるのは間違いない。
以上のような不良がそのまま老人になったような人物が、どうして提督などになれた理由を知るには、無限書庫に一年でも潜ればよいのかもしれない。。
彼は決して慈善家ではないが、物事の筋の通し方はわきまえている人物であることは、グレアム辞職後に彼がフェイトの保護観察官とはやての法的保護者を引き継いだことからも明かだろう。
老人と言われるような歳にそろそろなろうかという彼は、生涯にわたって独身を貫いたが、はやてという義理の娘を持つことでその人柄も柔らかくなりつつあることをしる人間は、リンディ・ハラオウンを除けばほとんどいない。
はやてにとってこの新しい義父は、グレアムの古いなじみだと言ってもグレアムとあまりにも性質が異なっている故に、3年たった今でもまだなじめずにいるのだった。
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八神はやての朝は早い、と言うわけではない。教会の王という立場上、やるべきことはいくつかあるが、そのほとんどは彼女が(名目上)所属する従王機関の事務局がそのほとんどを代行しているため、実務的な仕事は全くと言っていいほど回ってこない。
教会の大聖堂に隣接する従王機関事務局の最奥にはたしかに、夜天の王のために作られた特別な部屋と座席があるが、実際そこにはやてが座るのは、一年に2度か、3度もあればいい方だろう。
さらに言うと、はやてはつい先月まで海鳴の学校に通っていたため、ベルカ自治区を訪れる頻度も、月に4度程度、その理由もほぼベルカ医療院でのパートタイムの医療補助士の仕事をするためで、それ以外となると、教会の重要な宗教的儀式に出仕するぐらいのものだ。
今は海鳴の小学校を卒業し、次の学校に登るための準備をする時期……つまり、春休みに入っているため、ベルカに長期滞在しているため、ベルカ医療院に出勤する頻度も高くなっている。夏冬春の長期休暇は聖王の庭園に逗留することが、ここ3年間の習慣となっている。
この日も、普通の会社員と同じぐらいのスケジュールで起床、出勤を果たしたのだが、そんな彼女が補佐役のカリム・グラシアからのプライベートメッセージを受け取ったのは、食事休みに入った直後のことだった。
「入学手続きの締め切り? それって、来週やなかったっけ?」
行きつけの医療院近くの食堂で、いつもの日替わり定食をつつきながら、はやては中空に投影された通信モニターの前で首を横にかしげた。
『そうね、確かに、締め切り日は来週末だけど……書類自体はもうそろってないといけないわね。不備があったら大変だもの』
モニターの向こうの美女……カリム・グラシアもはやてにつられて小首を小さくかしげて見せた。紅茶をたしなみながら、緑いっぱいの庭園が映るラウンジを背景にされると、まるで美術館の絵画のように思えてしかたがない。
それでいて、作られたようなわざとらしさが一切感じられないのは、ひとえにカリム・グラシアの穏やかな人柄によるものだろうことは疑う余地のないことだ。
安い食堂で、出来合いの肉団子をフォークに突き刺しているはやてに比べれば、月にスッポン、提灯に釣り鐘と言われても反論できないだろう。教会の王がそれでいいのかという意見は聞こえないことになっている。
「書類か……そういえば、最近忙しくて頭からすっぽり抜けてたなぁ……リイン、あと必要なものって何やろ?」
カリムの映るモニターの向こうで、置物よろしくじっとたたずんでいたリインフォースに、はやては目を向けた。
「だいたいのものはそろっています。はやての顔写真は、私のアーカイブから一番出来の良いものを選んでおきましたし、はやての署名も先日いただきました……あとは……保護者の署名の欄ぐらいでしょうか」
リインフォースは自分の周囲にいくつかのモニターを出しながら、一つ一つ確認し、最後に残った空欄をはやてとカリムに見える位置に移動させた。
『大丈夫? ボーエン提督はお忙しいわよ? 今もたぶん航海中だったと思うわ』
はやては保護者という言葉をきいて、少し苦い表情をつくった。
「これって、電子署名でいいんやったっけ?」
「そうですね、この端末とボーエン提督の端末を直接リンクさせて送信されたものなら問題ないようですが……航海中の警備艦と、ここにある端末を直接リンクさせるためには、いくつか犯罪行為に手を染める必要がありますが……やりますか?」
リインフォースの表情を伺うに、「やれと言われれば、いつでもやれる」と言われているようではやては少し怖くなった。フルパフォーマンスの夜天の魔導書であれば、管理局の時空警備艦のセキュリティーなど豆腐に穴を開けるような程度のことなのだろう。
『教会の王が犯罪に手を染めたら、おそらく教会は木っ端みじんでしょうね。やめておきなさい』
カリムの笑顔も怖かった。
「や、ややなぁー、こんな軽いジョークに本気になるなんて、大人げないよ、カリム」
恐怖のサンドイッチを食らったはやてとしては、ジャパニーズスマイルを浮かべながら話を流す以外に方法はなかった。
『まあいいわ、ともかく、次のお休みにでもボーエン提督にアポを取って署名をもらってくるべきね。リイン、はやての次のお休みはいつ?』
怖い笑顔をいつもの笑顔に戻したカリムは、モニタをくるっと回してリインへと声をかけた。
「今から週明けまでお休みをもらいました」
ふと見れば、リインフォースの目の前のモニタには、レクター博士の署名入りの休暇申請が浮かんでいた。
「はやっ! 今からって、それは無茶やよ」
さては、聞こえないところでカリムとリインフォースが策謀を巡らせたのだろう。
「ついでにダニエル医師より伝言です。『君は子供にしては働き過ぎだ。労働局の査察が入ったら少し言い訳できないぐらいでね。この際まとめて休みを取りたまえ』とのことです」
しかも、レクター博士もすでにこの策謀の中にいたらしいことに、はやては全面的な敗北を感じた。
『そうね、その通りだわ。こちらも、私の名前ではやての乗艦許可を取り付けたところだし、この際ちょっと親子の親睦を深めてきなさいな』
すべては、そのためだけに、この三者は結託したのだろう。そして、自分はその決定事項を、録画されたお芝居のように告げられたに過ぎない。
まるで茶番劇だ。馬鹿馬鹿しすぎてため息が出る。
頭を抱えてうなだれるはやてだったが、その口元にはなぜか喜びが浮かんでいたのだった。
ともあれ、この日、はやての、ぶらりミッドチルダの旅の火蓋が切って落とされたのだった。
ちょっとインターバルです。
次はなのはとユーノ、あるいはフェイトがでてくるかも。
アリシアの出番が少なすぎるのが悩みどころ……