魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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やっと書けた……今回はネタありです。分かる人は偉い、分からなくてもそれは当たり前、つまり、お気になさらずと言うことでヨロシク。


04

 聖王の庭園は古代ベルカの聖王によって作られたものではないということは、意外にも知られていないことだ。そもそも、古代ベルカの首都ゼファード・フェイリアはここより遙かに離れた世界に位置しており、かつての崩壊戦争の以前に、聖王を名乗る人物がこの世界、ミッドチルダを訪れたという記録は残っていない。

 なぜなら、その当時、このミッドチルダはまだまだ未開の次元世界でしかなく、フロンティア精神旺盛で物好きな移民による開拓の真っ最中だったため、次元世界のどこからも見向きもされない世界であったためだ。そんなところに、当時次元世界最高権威とも言われた聖王がわざわざ足を運ぶはずもない。

 

 今では次元世界第一の発展を遂げたこの世界を思うと、何とも時の流れとは不思議なものだ、と、はやては教育係としてグラシアから宛われた修道士見習いのシャッハ・ヌエラと査察官候補生であるヴェロッサ・アコースによる歴史の講義を聴きながらそんなことをつらつらと思ってたものだった。

 

 歴史的に見れば聖王ゆかりの庭園でも内にもかかわらず、ここは作られた当時から聖王の庭園と呼ばれていた。

 

 では、誰がここを作り、そして誰がここを聖王の庭園と名付けたのだろうか。

 

 それには諸説あるが、はやてが思う最も有力な説は、最後のゆりかごの聖王が幼少期に、まるで兄妹のように育ったシュトゥラの覇王が、戦死した彼女を想ってここを作った憩いの……ある意味で過去を懐かしみ、そして思い出に浸るために作った庭園であるというものだった。

 

 そして、それは現在ではベルカの最大の聖域として神聖化され、創設から100年以上が経過した今でも、この庭園は人々の信仰を集め、美しく保たれている。シュトゥラの覇王は、終戦後この庭園にとどまり、天寿を全うしたと言われている。そして、その末裔は今もこの世界で生きていると言う。

 

 同じ古代ベルカゆかりの者として、いつか会ってみたいとはやては思った。

 

 

 

************

 

 

 二人の人間がようやくすれ違うことがようやくできる程度に狭い通路には、灰白色の照明が等間隔に並んで伸びている。

 

 美しい庭園の地下に位置するにしてはあまりにも殺風景な通路は、むしろ巨大な排気口と言っても間違いはないと思えるほど人間味にかけた場所だといえた。

 

 ともすれば傾きなど感じない程度に緩やかに落ちていく通路の先には、四角く形成された通路の四辺が交わり、どこか不気味な雰囲気を醸し出している。

 

 通路は曲がることなく、分岐することもなく、ただ一直線に伸ばされていてその先に何があるのかを想像することは難しかったが、時折ほほを撫でる空気の流動からは、少なくともこの先は行き止まりではないことを感じ取ることはできた。

 

 空気の流動はあれども、それを生み出していると思われる送風機の音はなく、地上の夜の静けさにも様々な音色が混じっていたのだと思わせるほど、ここは静まりかえっていた。

 

 進める歩が生み出すコツコツという音が、妙に印象的な響きとして耳を撫でる。

 

 一人歩きするにはあまりにも不安をかき立てる空間ではあったが、はやてはそれでも歩調を緩めることなくただ、まっすぐと前を向き、何のつぶやきも漏らすことなくそこへと近づいていった。

 

 もう、どれほど歩いたのか。時間間隔を喪失させるほど変化の内風景だったが、それもようやく終わりが見えかけてきていた。一歩を重ねるごとに大きくなっていくそれに、はやては緊張を押し隠すように「ふぅ」と息を一つはいて、八神はやては眼前にそびえる無骨な扉を目の前に、まるで天に祈りを捧げるように右の拳を胸に当て、凛々とまなこを持ち上げた。

 

 目の前にそびえる重厚な扉は、はやての接近を予感していたのか、ぼんやりとした光を放ち、そして問いかけた。

 

『ここから先は、登録された乗組員以外の通行は、かたく禁じられております。定められた手続きを行い、セキュリティを解除してください。ゆりかごの許可なく侵入する者の生命は、保証のかぎりではありません。すみやかにひきかえしてください』

 

 はやてはその言葉に驚かなかった。はやてがここに来たのはこれが初めてではない。はやてが聖王教会の洗礼をうけた次の日、初めて聖王の庭園に連れてこられ、暖かく誇らしげに微笑むカリム・グラシアより「これからここがあなたの住む家になるのです」と告げられた日の夜、訪れた聖代(聖王代務官:聖王教会の管長職につく)とその枢機卿に連れられ訪れたのがここだった。

 

『指紋、網まくパターンおよび魔力反応の照合を行います。証を示してください』

 

 そのときもまた、はやては聖代の導きによりこの扉の言葉を聞いた。

 証を示せとはやては言われ、その証とは何かと考えた。

 同行の聖代も枢機卿も、その他、カリム・グラシアを筆頭にした聖王教会の重鎮たちも、戸惑い視線を揺らすはやてに何も告げず、彼らはただはやてを見守り続けるだけだった。

 

《あなたはあなたがここにいる証を立てるだけで良いのです、主はやて》

 

 そして、そのときはやてはその声を聞いた。自身と常にともにある夜天の魔導書の中にいるリインフォースの言葉によって、はやては迷いを消されたのだった。

 

「おいで、夜天の書」

 

 あのときも、はやてはそう言って右手を軽く掲げ、自身の奥底にあるただ一つの書物を思い浮かべていた。自分がここにいる証。自分が何を理由に、何を期待されてここに立たされたのか。その答えはそれしかなかった。

 

 手のひらの上に一握の闇があらわれ、それは徐々に形をあらわにし、一冊の書物がそこに出現する。自身が夜天の王としてここに立っている証はただそれだけしか存在しなかった。

 

 そして、扉はいっそう輝き、まるで、はやてのすべてを見通すように様々な色彩を持つ光を放ち、そして一瞬の後に静まりかえった。

 

『魔導書の起動を確認。使用者の指紋、網膜、DNA照合および魔力反応、オール・グリーン。データに若干の差異が認められるものの、測定誤差による許容範囲内と断定。96%の確率で最終登録された本人であることを確認。ロックを解除します』

 

 巨大な留め金が外される音があたりに重く響き渡り、真空中へとエアロックが投げ出されたかのような衝撃をもって、眼前の扉は一気に開放された。

 

『おかえりなさい、夜天の王(ロード・メルティア)

 

 歓迎の言葉が扉より放たれ、そして、再び静寂が場を支配した。

 

「おかえりなさい……か……」

 

 はやては、その言葉に対してまだ自覚的になれない。自身の帰るべき場所、聖王教会の風に言えば、帰依するべき場所をはやてはまだ見つけられずにいる。

 

 しかし、扉をくぐり、そして、目指してきた場所の前に立つと、それまでの緊張感がいくらか和らいでいくことだけは自覚的になれた。

 

「ただいま……みんな……」

 

 飾り気のない、一人の人間がいるにはいささか広すぎるとも思われるその場所に立ち、素っ気なく飾られたそれらを見上げてはやてはいつもの言葉をつぶやいた。

 

 ベルカ教会最深度地下施設。ここがどういう経緯で作られたのか、それを詳しく知るものはすでに存在しない。おそらくここは、聖王の庭園が造られた当時か、あるいはそれよりも前に存在してた場所なのだろうとはやては聞かされていた。

 

 そして、その上に聖王教会が設立されてから発掘されたこの場所には、その当時からこれらが安置されていたと言われている。これを持ち込んだのは、はやての信じる一説を信頼するのなら、おそらくシュトゥラの覇王なのだろう。

 

 今では、ベルカ聖王教会が所有する最重要宝物庫としてここは位置づけられている。はやての視線の先には、身の丈ほどもある一枚の布……聖王崩御の最、その亡骸を包み込んだとされる聖王の聖骸布と、かの聖王が身につけていたと言われる聖王の武具……聖王の剣、聖王の鎧、そして聖王の楯と、かの王の三方を守護したと言われる従王……夜天の王の魔導書(ヴィルムハーガス)翔天の王の剣(ブリュドガラン)、そして熾天の王の楯(ゼルドガリス)が、冷たい空気をまといながら静かにたたずんでいた。

 

 果たしてこれは、本物なのだろうか、それともレプリカなのだろうか。それに言及するのは、聖王教会では一種のタブーとされている。信仰の象徴であるものの真贋を問うことは信仰を疑うことと同義である、と、厳しい教育係に言われていらい、はやてはそういうものなのだろうと思うことにしていた。

 

 しかし、少なくとも、はやてが今手に持っている夜天の魔導書を考えれば、安置された夜天の王の魔導書はレプリカであると言わざるを得ないが、それもはやては考えないことにした。

 

「また、来てしまいました、聖王陛下……ほんまやったら、あんまりここに来たらあかんのやろうけど……堪忍してな、みんな……」

 

 はやては自分の言葉に苦笑いを浮かべた。

 

「それでな……やっと、アリシアが目を覚ましたんよ。私のために、ずっと眠ってたあの子が……今はもう元気すぎてちょっと困るぐらいやけど……やっとみんなが本当の笑顔を浮かべてくれるようになって、すごく……すごく嬉しい。がんばってきたことが無駄やなかったって、やっと思えるようになったんよ」

 

 思い浮かべるのは、あの日、親友の一人であるフェイトが涙をぼろぼろ流しながらも輝かんばかりの笑みで戻ってきた時のことだった。

 

「あの時は肩の荷がおりたって思った……やけど、まだ終わってない……アリシアの中には、まだ闇の書の闇が残ってる。師匠(せんせい)は、あれが悪いもんやって思ってるみたいやけど……私は、そうやないって思う。そう信じたい……だってあの子も、リインと一緒にいたんやから、ぜったい仲良くなれるはずや。そう信じたい」

 

 はやては手を握りしめた。

 

 答えは返ってこない。過去に声をかけても、過ぎ去った時が今にもどすものは、ただ記録された言葉のみだ。そして、彼らの生き様を知るものがいない今となってはその言葉さえも聞くことはできない。しかし、彼らがいたからこそ今があり、彼らを称えるからこそ道は開かれる。少なくとも聖王教会ではそのように教えられてきている。

 

 夜天の王であるからこそ、それを信じなければならない。

 

「みんな見ててな。私は絶対にやり遂げてみせるから……」

 

 はやては最後に胸に握り拳をあて、軽く頭を垂れるとそのままくるりと後ろを振り向き、来た道を引き返していった。

 

「それじゃ、お休み、みんな……良い夢を……」

 

 その言葉を最後に、宝物庫の扉は再び閉じられた。

 

 ベルカに生きる人にとって、そこは身もすくむほどの静謐に包まれたもので、それを目の前にすれば、いかに信仰から遠い生活を営んできたものでも、心の内に信仰心が芽生える感覚を味わっていただろう。それほどに、この場所はベルカの民にとって特別で、立ち入ることがはばかれる場所に違いなかった。

 

 そんな場所に一人立ち入ったにもかかわらず、懐かしさや望郷の念、そして仲間とまみえる心地よさを感じているのは、あるいは自分が夜天の王としての自覚が芽生えてきている証拠かもしれないとはやては思った。

 

 

 




次はいつになるのやら……気長に書きます。

次はなのはとユーノの話かなぁと思いつつ、アリシアとフェイトの話を書くかもしれません。どっちがいいのか、少し意見を聞いてみたい思いもあり、難産が予想されますが、がんばります。

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