魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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祭章
The only easyday was yesterday 01


 結局、あの事件とは何だったのだろう。

 

 リクライングされたベッドのマットレスに深く背中を預けながら、アリシアは公開されたその事件資料を、ただ同じ日々が繰り返されるばかりの病室の中で、ただゆっくりとめくり続ける。

 

 形式張ったその資料は、むしろ報告書というべきもので、何の面白味のない文章の羅列が続くばかりで、自分が僅か数日前に経験したはずの、あの強烈で鮮烈な日々がまるでただ味気のない方程式に沿って起こされただけの事象であるかのように示されていて、アリシアははっきり言ってこれ以上読み進めたいと思うことができなかった。

 

「こんなんじゃ、クロノのお願いなんて聞かなきゃよかった」

 

 アリシアが、あの事件が原因となった眠りより目覚めて数日後、つまり、昨日になってようやくお見舞いに訪れたクロノが、労いの言葉もそこそこに言い放ったことが、あの事件の中でアリシアがいったい何を行って、その結果どうなったのかという報告書を書けということだった。

 

 その時は、これから姉弟としてやっていくことになった家族の目覚めを前にして、よくそんなに事務的でいられるなと思ったものだが、少なくとも、これからしばらく続く入院生活の退屈を紛らわすよい材料になるだろうと思い、また、これから弟分になる彼の願いを聞き入れないのは姉として失格だろうという、今になっては後悔しかない感情のままに、アリシアはニッコリと笑って、

 

『分かったよ、クロノ。お姉ちゃんに任せなさい!』

 

 と、胸を張って引き受けたのだった。

 

 その言葉を聞いたクロノは、なにやら複雑そうな、何となく納得できないような表情で礼を言っていたが、アリシアはその態度を、いきなり頼れる姉ができた不出来な弟の持つ一般的な感情だろうと割り切り気にしないようにしたものだった。

 

 それを思い出してまた、アリシアは少し気分が沈み込むようだった。

 

「任せなさいっていっちゃったからなぁ……これで、やっぱりイヤなんていったら、お姉ちゃんとしての面子が保てないよね」

 

 アリシアは、手持ちの資料を読みながら、何度目になるか分からない陰鬱なため息をつき、エイヤッといってまだあまり自由にならない腕を振り上げてベッド脇に置かれた小型端末を取り上げ、そのモニターを立ち上げた。

 

 空間に投影されるモニターと、そこからスライドしてくる入力装置に手を置きながら、アリシアは指で何度か膝頭をトントンと叩きながら、目を閉じて天井を仰いだ。

 

 思い出されるのは、数日前の光景。彼女にとって数日前のことは、この世界では既に3年も前に過ぎ去った事に過ぎない。悲劇の中心にいた、憐れな少女は、今となっては両の足で地面を踏みしめ、力強く前を向いて歩み続けている。その根源ともなった悲しい魔導書は、常にその側にあって彼女をささえ、そして共に歩き続けている。

 

 アリシアは何となく寂しくなった。彼女たちは今、未来を信じて希望の道を歩んでいる。この3年間、彼女たちは歩み続けて来たことだろう。しかし、アリシアはそれを知らない。彼女たちの今がアリシアの知る僅か数日前の彼女たちと全てが一致しない現実に、納得できないでいる。

 

「なんで、私はあそこにいないんだろ……私だって、みんなと一緒に歩きたかったのに……なんで、私だけ取り残されちゃったんだろ」

 

 あるいは、それを紐解くためにクロノは自分にこの仕事を持ってきたのかも知れない。納得のできない今を受け入れるためには、ただ過去を振り返り、過ぎ去った時間を受け入れていくしかない。

 

「ま、クロノがそんな殊勝なこと考えられるはずもないよね。たぶん、リンディ提督か、エイミィの入れ知恵だよ、きっと」

 

 アリシアは「ふぅ……」と大きく息を吐き出し、肩の力を思いっきり抜いて、一度身体を解きほぐし、そして、「えいやっ」と拳を強く握りしめると、モニターからせり出した入力装置に、勇ましげに向き合い、手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 結局、私のとってあの事件とは何だったのだろうか。

 

 全く冷静な目から見れば、旧世代より世界の安全を脅かし続けてきた大規模災害級のロストロギアが封印され、次元世界が一つの安全を勝ち取っただけの、今のこの世界であれば、希ではあっても、そこまで珍しいとは言えない事象が展開されただけのことだったのだろう。そういうことは、現に今世界中で起こっていて、それが理由で消えてしまった世界も少なくはない。

 

 地球――第97管理外世界も、その前例に従うのなら、あの事件において消滅した世界の一つに数えられていたのかもしれない。

 

 だけど、そうはならなかった。

 

 地球は幸運にも、それまで次元世界で希に引き起こされてきた悲劇を免れることができた。それは稀有の中の幸運。殆ど奇跡とも言えるほどの事だったのだろう。そしてその過程は、私たちが最悪の壊滅を何とか回避しようとした結果起こった事象でもある。

 

 私が私の視点で、私が経験したその時の全てを書き記すことは、今後起こされる最悪の事態を壊滅の結果で終わらせないための一つの道しるべを示すためのものだと思う。

 

 できることなら、この一筆が、未来に引き起こされる壊滅を少しでも回避するための礎になることを、私は願わずにはいられない。

 

                   【新暦78年 アリシア・T・ハラオウン記す】

 

 

 


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