魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~ 作:柳沢紀雪
アースラより強制転移を行ったアリシアは、そこにいた魔導師の誰よりも先行して戦場へと降り立った。
まるで、床から生えてくるかのように生命体ではない兵士が既にその城門を囲みきっており、冗談ではないが今のアリシアではとうていそれを越えることは出来ないと悟った。
(だからどうした!!)
無駄な体力を使用できないのなら、ただひたすらに真っ直ぐ最短距離を付き進むまで。アリシアはそう決意し、傀儡兵の群れの最も密度の高い場所へと足を運んでいった。
走ることさえも出来ない、攻撃されれば回避する暇もなく身体を両断されるだろう。しかし、アリシアの眼には恐怖はみじんも浮かんでいない、そして、アリシアはその兵団を何の障害もなく歩いて抜けることが出来た。
(敵と思われていない? というよりは、ターゲットに設定されていないだけか)
ある意味それは当然とも言える。アリシアの身体は間違いがなければ、この城の城主、プレシア・テスタロッサが自らの生涯を掛けて呼び戻そうとしたもの。ならば、その城を守る兵隊が、アリシアを攻撃するなど本末転倒だ。
「所詮は融通の利かない人形兵だ。これなら、あの塊の方がよっぽどましだな。まだ分別があるし、何より見目麗しい」
自分が男で彼女がもう少し成熟していれば、脇目も振らず求愛していただろうとアリシアは笑みを浮かべる。しかし、すぐにその思考を切り替え、この間に自分自身を理解しておく必要があることに気がついた。
「魔術神経は、基部構造は既にできあがっている。この年齢でこれなら、以前(ベルディナ)の身体よりよっぽど資質があるな。だけど、リンカーコアがあまりに小さい。ミッド式の魔法は諦めるしか無いか。何より、この身体は身体能力が低すぎる。成長に期待するしかないか」
一長一短。この状況では短所ばかりが目立ちそうだが、将来性はまだ捨てる必要はなさそうだと結論づけると、アリシアは更に神経に魔力を通し、この身体で運用できるギリギリの身体能力を模索しつつ先を急いだ。
外傷は皆無。飛び散った破片で付いた傷は出血すらしていない。
ひとまず致命的な損傷さえ被らなければ何とか生きて戻れると結論づけ、アリシアは安堵の息を飲み込んだ。
アリシアの記憶か、魔術神経が勝手に拾い集めた情報が原因か、アリシアはこの城の構造の細部まで把握しており、既にプレシアが何処に居るのかをも見当が付いていた。
そして、プレシアはおそらく彼女をモニターしているはずだ。取り戻したこの身を遮ることは無く、むしろ全ての障害を無くしてでもアリシアを自分の所へと誘おうとするだろう。
(交渉か、決別か、殺し合いか。会ってからのお楽しみというわけだ)
背後に群がり、まるで自分を守るかのように密集する傀儡兵を尻目に、先程からその遙か後方ではじけ飛ぶ魔力の鱗片を感じ取りながら、アリシアは急いで歩き続けた。
****
「クソ! 何であの子を行かせたんだ!!」
高性能誘導弾【Stinger Snipe】を駆使し、傀儡兵の一団をなぎ払う黒き魔導師、クロノは乱暴に舌打ちすると自らのデバイス、S2Uを振り上げ更に群がる敵勢力をその最小の労力でなぎ倒していく。
アリシアがアースラを去った直後、プレシアはジュエルシードを臨界まで発動させてしまった。
その反応を検知したアースラは、即座に彼らの投入を決定した。その目的は、ジュエルシードの封印、プレシア・テスタロッサの逮捕と、アリシア・テスタロッサの保護。クロノは背後に白い魔導師なのはと翡翠の結界師ユーノを従え、猛進を続ける。
「止められなかったんだよ。あの子普通じゃないって、こう、『行かせろ、さもないと殺す』みたいな眼で睨むんだよ」
アリシアの転送要請を殆ど無意識のうちに行ってしまったクロノの補佐官、エイミィ・リミエッタは今にも泣きそうな表情でクロノにわめき散らす。
「エイミィ。戦闘中だ、無駄な会話は慎め」
「何よぉ、クロノ君が聞いてきたんでしょう?」
「無駄口は慎めと言っているんだ! リミエッタ執務官補佐」
「了解、クロノ執務官」
そんな二人の痴話げんかとも取れる会話を眺めるなのはとユーノは、じゃれ合いつつも効果的に敵を排除するクロノの手腕に感嘆しながらも自分に出来ることを模索する。
「あの、クロノ君、私が砲撃で一掃しようか?」
おずおずと、遠慮深そうな声を念話に載せてなのはは提案するが、クロノの温存しろの一言でそれを引っ込める。
「さすが執務官だね。威張るだけのことはあるよ」
クロノとは基本的にウマの合わないユーノだったが、彼の戦闘力を見せつけられてはそう評価せざるを得なかった。
「ねえ、ユーノ君。アリシアちゃんは、本当に中にいるのかな?」
この規模の戦団を非力な少女が超えていったとはとうてい思えない。なのはそう思いつつ、一瞬ごとに増えていく瓦礫の中に求める少女の姿がないかと心配して視線を左右に動かした。
「間違いないと思う。ここの傀儡兵はプレシアを守るためのモノだから、当然アリシアも護衛対象に入っているはずだよ。それも、かなり高い優先順位でね」
それは希望的観測も含まれていたが、不安に瞳を揺らすなのはを安心させるため、ユーノは断言した。
「うん、そうだね」
そして、なのはは少しうつむき、左手に持つ金の錫杖、レイジングハートを握りしめ呟いた。
「フェイトちゃん。大丈夫かな……」
瞳の光を失い、まるで糸の切れた傀儡人形のように崩れ去った少女。なのはが固執し、ようやくその人柄の一端をつかみかけたとたん彼女は動かなくなった。
本当は、自分はこんな所にいるよりフェイトの側にいた方がよかったのではないか。そんな感情が渦巻き、脚が上手く前に進んでくれない。
《There is only believing now. You did the best. Let's believe her,master》(今は信じるしかありません。あなたは最善を尽くしました。彼女を信じましょう、マスター)
「レイジングハート……」
「レイジングハートの言うとおりだよ。なのはは良くやってくれてる、後はフェイト自身が答えを見つけなくちゃいけないんだ。それに、アルフも側にいるから。フェイトを信じよう。きっと大丈夫、なんとかなるよ」
「うん、そうだねユーノ君。ありがとう、いつも背中を押してくれて。なんだかね、ユーノ君が居るって思うと背中が暖かいんだ。だから私は戦える。飛び続けることが出来る」
「嬉しいよ、なのは」
「側にいてね、ユーノ君。私たちなら絶対何とかなるって信じてるから!」
城門を突破したクロノが二人を手招きし、なのはは桃色の翼を羽ばたかせ焦げ付いた大気の中を疾空する。
「僕も信じてるよなのは!」
ユーノもその背中に寄り添うように飛び続ける。二人に恐れるものは何もなかった。
*********
間断なく振動が続き、時折震度の高い爆発が城内を駆け抜ける。
時折、足を取られ転びそうになる歩調を、しかし、アリシアはゆるめることなく緩慢な疾走を続ける。
(あの子達には悪いけど、傀儡兵がなるべく時間を稼いでほしいな)
アリシアには時間が必要だった。アースラを抜ける際に入手した情報によれば、プレシアはすぐにでも次元震を引き起こせる状態にあるらしい。しかし、と考える。はたしてあれは、この身体を置いて一人で自滅するのだろうか?
答えは否だ。それにあれは自滅する気など最初から持ち合わせていないだろうとも考えられる。
徐々に整理が付いてきた記憶を参照すると、プレシアは次元震を引き起こすことで失われた都アルハザード向かう予定らしい。
アルハザード、そんなところで何をしようというのか。アリシアは嘲笑を漏らした。
(確かに、アルハザードだったら死体を動かす技術もあるだろうけど、結局それは生きる屍を生み出す程度にしかならない。まったく、下らないね。そもそも間違ってるよ母さま。死者の蘇生は技術で達成できるものではないのだから)
しかし、この身がここにあって彼女の計画はどのような変更が成されるのか。例え歪とはいえ、アリシアの復活はここに成就し、腐肉に過ぎなかった肉塊に魂が吹き込まれた。
ならば、プレシアの計画は成就したのだろうか。
いや、プレシアはあくまであの当時のアリシアを取り戻したい、あの過去を取り戻したいというはずだ。
一際大きな震動が全体に響き渡り、城壁の一部が崩落した。感じるものは二種類の大規模な魔力。その二つが束となって絶大な破壊を引き起こしたことをアリシアは肌で感じることが出来た。
ユーノはこんなにも大きな破壊を引き起こす技能を持ち合わせていない。だったら、レイジングハートを何百年ぶりかに正規起動させたあの白い少女なのだろうとアリシアは思う。そして、もう一つの種類の魔力の持ち主を推測し、アリシアはふと口の橋に笑みを浮かべた。
(立ち直ることが出来たのか。強いね、君は)
徐々に近づいてくるその気配を察し、アリシアの旅もいよいよクライマックスを迎えようとしている。
(プレシア・テスタロッサ。アリシアの母親。私の母。しかし、私を失ったために狂ってしまった女性。認識が曖昧だ。私はいったい何者としてあれと顔を合わせるべきか)
アリシアか、ベルディナか。彼女/彼は今ここにいる自分自身を定義することが出来なかった。
*********
そこはまるで、毒の海に浮かぶ泥の大地のように思えた。
(虚数空間がむき出しになってるんだ)
壁により掛かりたいほど、いやむしろこのまま眠りに落ちてしまいたいほど疲弊した身体を何とか誤魔化しながらアリシアは立ち至った。
「……母さま……」
無意識のうちに出されてしまったその言葉。アリシアはそれにいいようのない不快感を感じ眉をきつく結んだ。
しかし、プレシアはそんなアリシアに向かって両手をさしのべ、まるで死者のような儚い笑みを浮かべながら血に塗れた口を開いた。
「アリシア、やっぱり帰ってきてくれたのね……、さあ行きましょう。誰にも邪魔されない、二人だけの世界へ」
泥の大地に膝をついていたプレシアの表情には僅かながら喜びが混じっているように思えた。
「残念だけど断るよ、プレシア・テスタロッサ。たぶん、私は貴女の理想のアリシアにはなれない」
プレシアと視線を交差させたとたん、アリシアは意識が揺らぐ感触を覚えた。
軽蔑する気持ち、 ―――愛しいと思う気持ち、
殴ってやりたいと思う気持ち、―――抱きしめて欲しいと思う気持ち、
殺したいと思う気持ち、 ―――笑顔を浮かべて欲しいと思う気持ち、
―――甘えたいと思う気持ち。
それらがグチャグチャになって解け合い、アリシアは感情を閉ざした。
「だったら貴女はいったい何? アリシアの姿をしていて、アリシアじゃない。アリシアは私にそんな事は言わない」
天蓋の一部が崩落し、むき出しになった虚数空間の海へと深く消えていった。
「やっぱり、貴女はそこに至るか。ねえ、プレシア。そもそも、人間の構成要素とは何なのかな。姿形、記憶、人格、感情。それぞれは確かに重要なファクターだけど、それぞれが別々であっても一つの人間たり得ないと思う。貴女がアリシアだと思う、思っていた人間は、いったいどれほどの要素を持ってアリシアだったんだろう」
「姿は遺伝子を複製すれば成り立ち、記憶や人格、感情なんてモノは所詮、脳の神経ネットワークの構成に過ぎないわ。結局は遺伝子と記憶、それさえ完璧ならアリシアは復活するはずだった」
「だけど、現実は貴女を裏切った。フェイトはアリシアではなかった」
「欠陥品よあんなもの。名前を聞くだけでも虫ずが走るわ」
プレシアは視線を逸らし、広大な海に広がる虚数の波をただ眺めて息をついた。既に立って、喋ることさえも億劫なのだろう。彼女の握る杖は小刻みに震え、その腕ももはや力を入れることさえ困難となっているはずだ。
アリシアは、深くどこか諦観の念を持つ吐息を吐き出し、ゆっくりと語り始めた。
「そもそも不可能だったんだ。失われたものを取り戻すことは不可能に近い。ジュエルシードも結局、テクノロジーによって発生したものだから。世界の因果を超えることは不可能だったと思う。現在あるものからそれに似通ったモノ、代換品を生み出すことが出来ても、一度失われたものは永遠に得ることは出来ない。だって、それが出来るなら、ジュエルシードを生み出した文明が滅びるはずない。結局、失われたもの、失われるものを再生することは出来なかったんじゃないかな。アルハザードも同じ、なぜ滅びたのか。答えは変わらないよ」
アリシアは感じていた、かつての自分と真実のアリシアが次第に重なっていくことを。
自分ではない誰かが、イレギュラーな記憶を己のものとする何かが次第に意識を侵食していく。これが、肉体に残った意識というものなのかどうかは分からない。あるいは魂の残滓というべきものが、一時の支配権をこの身体求めている。
「やめて、アリシアの姿でそんなこと言わないで。私のアリシアを返して!」
「母さまは初めから間違っていたんだよ。魂の器を保全することが出来ても、それに収まるはずの魂が無い。魂の定義は出来なくて、それが成功した文明なんてない。少なくとも超科学による現代魔法において神秘と秘蹟が度外視されている以上、それは不可能だったんだ。もしも、魂を完全な形で保存しておくことが出来ていたら、もしかすれば私は完璧な形で復活していたかも知れない。だけど、出来なかった。結局、肉体から離れた別の魂を持ってくるしか他がなかった。これは、藁をも掴み取るほどの偶然だったはず。私じゃだめ? 私じゃ満足できないの? 今の私なら、あなたと生きていくことも出来る」
そして、重なった。今この一瞬だけ、アリシアは残されたアリシアのセグメント共に一つとなり、母と認識できる女性へと語りかけている。彼女は気づいているのだろうか。ここにいるのは、確かに自分の娘だと言うことに。
「言わないで! あなたはアリシアじゃない!」
プレシアは杖を掲げ、もつれる脚を強引に踏みしめ、巨大に収束させた雷撃の球体をアリシアへと向けはなった。
鼓膜が破れるほどの爆音と、衝撃波。空気中の物質の電離による不快なイオン臭が漂い、粉塵が過ぎ去ったそこにはまったく無傷のアリシアが脚を付いて立っていた。
そして、その遙か左方に穿たれた巨大なクレーターはその電撃がいかにも強力なモノであったかを物語る。
当てることは出来なかった。いくら狂気に駆られたとしても、最後の希望だったアリシアを攻撃することは出来なかった。
何故、この思いやりを愛情を、あの少女に向けられなかったのだろうか。結局諦めきれなかった者の執念はそうして憎しみへと変換させる事でしか平静を保てなかったのか。
ならば、とアリシアは確信した。プレシア・テスタロッサは狂人ではない、所詮はその二歩手前で踏みとどまる、ただ狂っただけの常人だったのだ。
そして、アリシアは一瞬の邂逅から冷め、その熱は彼方へと消え去っていった。
「誇っても良いと思う。プレシア・テスタロッサ。貴女は、人類史上最初の死者蘇生を成し遂げた魔導師だ」
これは悲しみなのだろうか。アリシアの中に溶けて広がったかつての少女の感覚が今のアリシアの感情を揺れ動かす。
「あ、あ、あぁぁぁぁーーーー!!!」
プレシアは気づいたのだろうか。だから絶望しているのだろうか。しかし、彼女はその一瞬のチャンスを逃してしまった。もう、戻ることは出来ない、その絶望を感じただ狂いに身を任せることしかできないのだろうか。
「あなたにはもう、娘がいる。アリシアではない、けど、あなたが生み出した娘が。どうして、それで満足できなかった? どうして、それ以上を求めてしまったんだ。貴女さえそれを受け入れれば、おそらく誰も悲しむことはなかったのに」
「来ないで、来ないでぇ!!」
「もう少し早く貴女と出会っていれば、貴女の暴走を止められたかもしれない。私は、それが残念だ」
「いや、さわらないで。アリシアの手で私に触れないで」
「だけど、私は感謝しているよ。この身体がなければ、私はすべてを失っているところだった。ずいぶん歪な形だけど、貴女が望むのであれば、私は貴女と一緒にいる、母さま」
「アリシアは、もう居ないの? 行ってしまったの?」
「うん、おそらく貴女がこの計画を決意する前に。輪廻転生を信じるなら、たぶんどこか別の人間に宿っていると思う。アリシアじゃない別の誰かとして」
「だったら、それを探せば」
「何千億、いや何十兆分の一の確率を掴み取る自信があるんなら、それも可能かもしれない。だけど、それでも同じ人間が帰ってくることはないと思う」
「無駄だった、私のしてきたことはすべて無駄だった」
「無駄じゃない、あなたには一つだけ残されたものがある。貴女を母と慕い、その愛情を求める人がいる。ほら、来た」
天蓋を貫く一条の光のレールをすり抜け、黒衣に身を包んだ黄金の少女がその従僕を連れ、この地に降り立った。
アリシアは祈った。許してくれと、おそらくフェイトは何も得ることは出来ない。渇望したもの、残って欲しかったものは全てその手からこぼれ落ちるだろう事を。
そして、その最後のとどめを刺してしまったのが紛れもないこの自分だったということを。
「母さん」
「何をしに来たの。目障りよ、消えなさい」
「私は、アリシア・テスタロッサではありません。ですが、私は、フェイト・テスタロッサは貴女の娘です」
「だから何? 今更娘として扱えとでも言うのかしら?」
「もし、貴女がそれを望むのなら。世界中の全てから貴女を守ります。私が貴女の娘だから、私は貴方を守る」
フェイトは毅然と胸を張り、その眼を真っ直ぐとプレシアへと向け、緩やかに手を差し伸べた。
「くだらないわ。私は失敗してしまったの。もう、何の希望も残されていないわ。アリシアも、もうアリシアじゃない。もう、どうでも良いわ。疲れた」
「……母さん……」
「どうして、こうなってしまったのかしら。私がアリシアの死を受け入れられなかったからこうなってしまったのかしら。だけど、私はどうしてもアリシアを取り戻したかった。穏やかだったあの頃に戻りたかった。ただそれだけなのに。こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかったのに」
それは諦観だった。絶望よりも濃く、圧倒的な最後を予感させる諦め。それは病より深く浸透し、全てを停止させる最後だった。
そして、静寂が包み込もうとした広間に隔壁を破壊する大きな音が響き渡り、そこには全身に鮮血を浮かべながらも強い意思の眼を持った少年、クロノが杖をつきながらも立ちはだかっていた。
「世界はいつだって…こんなはずじゃなかったことばっかりだよ、ずっと昔から、いつだって誰だってそうなんだ!!」
それは世界を振るわせる奏。
「こんなはずじゃない現実から逃げるか…立ち向かうかは、個人の自由だ! だけど自分の勝手な悲しみに無関係の人間を巻き込んでいい権利は何処の誰にも有りはしない!!」
アリシアはそっと涙を拭った。そう、だからこそ人は立ち上がっていける、それは諦観ではなく意志。それこそが、人を進ませる糧となる。
停止した世界、停止した命と感情に生きていたかつての自分(ベルディナ)は、何を希望としていたのか。アリシアはついぞそれを思い出すことは出来なかった。
プレシアは最後にふっと口元に僅かな笑みを浮かべ、崩落する大地と共に、停止した世界の海へと沈んでいった。
「フェイト、貴女はこの世界で生き続けるといいわ。優しくないこの世界で、こんなはずじゃなかった事を悔やんで生きるといいわ。その偽りのアリシアと共に、苦しんで生きていくといいわ」
フェイトは手を伸ばし、落ちていく最愛の母の手を取ろうとする。
しかし、その手は何もつかみ取ることはなかった。
最後の崩落は、そのすべてを飲み込み深く沈んでいった。