魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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なのは、起つ! (10/19)


第十話 Twister

 

 助けてと懇願して、それでもその願いは届かず彼女は消えてしまった。

 その光景をただ傍観するしかなかった自分は、いったい何のためにここにいるのか。

 なのはは歯を食いしばり、風に靡くバリアジャケットの裾をきつく握りしめる。

 

《落ち着いてください、マスター。まだ、希望は残されています》

 

 なのはの左手にたたずむレイジングハートも、自分自身奇妙な憤りを感じながらも主をなだめるべく言葉を投げかける。

 

「…………」

 

 モニターに映るユーノはただ虚空を掴み、その表情にはレイジングハートの言う希望が宿っているとは到底考えられなかった。

 

 なのはは自分の周囲を覆う薄緑の結界を見上げる。

 ユーノの魔力光に比べると幾分鮮やかな緑の結界

 これは、せめてなのはが早く回復できるようにとシャマルが残していった回復結界だ。

 その効果はユーノがかつて用意してくれたラウンド・ガーダー=エクステンドの効果に似ている。

 湖の騎士であり、風の癒し手を名乗る彼女は流石にそれに特化した魔法特性を持つだけにそれはユーノの展開したものよりも高い効果を持つようになのはは思う。

 

 しかし、それでも、シャマルには悪いと思うが、彼の結界の方が包み込まれる暖かさを感じられて安心できるとなのはは思った。

 

「ユーノ君が戦ってる、戦ってるんだよ、レイジングハート。守るために戦ってるんだ」

 

 なのははレイジングハートに目を落とした。

 ユーノから賜り、アリシアによってすべてを取り戻したデバイス。世界最古にして最強の魔杖。人が扱うにはあまりにも強大な力を持ち、ひとたびこれのすべてを暴走させれば、都市の三つや四つを容易に蒸発させる事が出来る最終兵器。

 

 何とかなるはずだとなのはは思った。

 あの時、彼の言葉を聞かず、ただ独りで戦地へ赴いた。そして、自分は彼に助けられた。

 彼の胸を貫いた腕。彼に抱きしめられた感触。そして、ただ自分を守りたいと告白され、そして別れを告げられた。

 

 なのははあの時、本当にユーノが二度と戻れ得ぬ場所へと旅立ってしまったかと思った。

 

《…………》

 

 レイジングハートは何も答えを返さない。こういうところはずるいとなのはは思った。

 普段はお節介な姉のように、何かと自分に小言を呈するくせに、こういう重要な場面になるととたんに機械然と口を閉ざしてしまう。

 ただ何も言わずに、正悪を問わず、ただ全力でこちらの要求に応えてくれるのだ。

 

 

  そんな愛機(レイジングハート)をなのははこの上なく頼もしく思う

 

 

 なのはは天を仰ぎ、立ち上がって自分を包み込む緑の魔力光をそっと打ち払った。緑の魔力が光の残滓となって空気の溶け込み、ヴィータは虚空を見上げていた視線を背後で立ち上がった少女へと向け直した。

 

「何のつもりだ?」

 

 ヴィータはその言葉のまま杖にしていた大槌――グラーフ・アイゼンを持ち上げ、その尖端をなのはの足下に向けておろした。

 

「見ての通りだよ、ヴィータちゃん。私は、もうこれ以上見てるだけなんて嫌だ。私はユーノ君の所に行く」

 

 その瞳には一切の曇りも陰りもない。純粋すぎる眼差しにヴィータは僅かに気後れを感じた。

 

「あたしは……イージスとテスタロッサからお前を守れって言われた。だから、あたしはお前を行かせるわけにはいかねぇ」

 

 足手まといになるとは言わなかった。シグナムに強制的に蒐集され、本来なら満身創痍であるはずのなのははそんな雰囲気を一切感じさせない。あるいはただの強がりかともヴィータは思うが、たとえ強がりであってもなのはは揺らぐことはないだろうと思い直す。

 彼女はあまりにも強い。故に脆いとヴィータは感じた。

 

「ねえ、ヴィータちゃん。ユーノ君とフェイトちゃんとの約束と、二人の命。どっちが大切なの?」

 

 ゾクリとヴィータは背筋が震える気がした。まっすぐと突き刺さるなのはの視線を直視できない。その表情は朗らかで柔らかな笑顔。しかし、この状況で、そんな笑みを浮かべて彼女は命の選択をヴィータに迫った。

 天使が悪魔のフリをしているなんて生やさしいものではない。それはまるで墜ちた天使が浮かべる愉悦の笑みのようだとヴィータは思う。

 

「…………」

 

 ヴィータは何も答えられない。命に代えても約束を守ることと、利害を同じにした共闘者達の命。それを天秤に乗せることは出来ない。

 

「私を行かせて。お願いだから」

 

「あたしは、イージスとテスタロッサの約束を破らない。それは絶対だ」

 

「……そう……」

 

 なのははその呟きと共に落胆に肩を落とした。たとえ一時的に共闘関係になったとしても、本質的に自分たちはわかり合えないのかと思ってしまう。

 たとえ言葉を尽くして語りかけても、頑なな相手の心を解きほぐすには足りないのかとヴィータの口調を鑑みて思う。

 

「それでも……私は……」

 

 パートナーの所へ、ユーノの下へ行くことは何も変わることはない。言葉で理解してもらえないのなら、実力を行使してもなのはは目的を果たす。

 

 

  それは、とても悲しいことだ

 

 

 武力を用いるのは、最終手段であるべきだ。しかし、時間がそれを許さない。何度も何度も立ちはだかり、そしてついには戦い勝つことが出来なかった相手を前にして、ともすれば言葉をかけるよりも長い時間が必要になるかもしれない。

 だが、今すぐにでも飛んでいかないとすべてが手遅れになりかねない。なのはは痛みを伴う鼓動をそのままにレイジングハートを両手で握りしめ、その先端をヴィータへと向けた。

 EPM(Eyes Projecting Monitor:視界投影式モニター)の色彩が変わり、レイジングハートの戦術情報支援システム(TISS:tactical information support system;旧称=アビオニクス)が刹那の時間もかからずに起動し、自動制御式イルミネーターの照準がヴィータへと向けられる。

 

[Battle preparation complete]

 

 戦闘準備完了。EPMのすみにその文字が浮かび上がり、なのはは息を飲み込んだ。視界の中で目標を示す赤い円形とそれにまとわりつく十字の交点が対象のロックオンをなのはに知らせる。完璧にとらえたとなのはは実感した。

 レイジングハートの最終アップデートバージョンとして追加されたシステムは完璧に作動している。追加され、二基になったアクティブレーダーは探査精度と距離を広げ、イルミネーターは自身の視線を追従する半自動制御とレイジングハートが制御する完全自動制御、そして本人が制御する手動制御の三つで構成されている。アビオニクス(航空情報支援システム)より名前を変えたTISS(戦術情報支援システム)。

 

 それはまるでシステムの鎧だとなのはは感じた。

 半年前まではすべて自分の感覚だけで行ってきたことを、今となってはプログラムされたシステムに頼っているという現実。そして、その恩恵により自分の戦力は格段に向上することとなった。

 

 

  自分がシステムを支配しているのか、それともシステムが自分を支配しているのか

 

 

 今考えるべきことではないとなのははその思考を遮断する。

 ヴィータは動かない。得物を万端ななのはの足下に向けるばかりで、その表情には何も浮かんでいない。闘争心に身を焦がすこともなく、悲しみに暮れることもなく、そして蔑む表情も浮かび上がってこない。それはまるで乾いたマスクで覆われているようで、なのははレイジングハートを握りしめただその場に張り付けられるしか出来ない。

 まるで、あの時の逆だとなのはは思った。今思えばなにやら遠い昔のように感じられてしまう、つい先程の屋上での戦いを、まるで再現されているような感触になのはは陥った。

 

「……ふん……!」

 

 鼻を鳴らす音が聞こえた。そして、ヴィータは僅かに足を動かした。

 

「!!」

 

 緩みかけた緊張が彼女のそんな小さな行動に誘発させられてビクリと反応する。

 しかし、なのはが見たものは大槌を構えてこちらに向かってくるヴィータではなく、足下に向けられていたグラーフ・アイゼンを翻し、そしてこちらに背を向ける少女の姿だった。

 

「ヴィータ、ちゃん?」

 

 このまま自分を通してくれるのだろう。しかし、彼女の『絶対』という言葉は何があっても揺るがないはずだった。

 なのははヴィータの意図するところを理解することが出来ず、ただ呆然とレイジングハートを下ろしてしまった。

 

「じゃあ、行くぞ」

 

 ヴィータの投げ遣りとも受け取れる言葉を、にわかに呆然とするなのはにはどこか遠く聞こえた。

 

「え? どこへ?」

 

 自分はずいぶん間抜けな表情をしているのだろうなとなのはは自分で理解しながらもそんなことしかつぶやけなかった。ヴィータが背中を向けていてくれて助かったとなのはは益体もないことばかり思い浮かべてしまう自分を叱咤したかった。

 

「お前、イージスを助けるんじゃなかったのか?」

 

 まるで自明の理を説くような口ぶりで、ヴィータは若干視線を戻し、肩口越しになのはに目を向ける。

 

「なんで? ヴィータちゃんは私を止めるんじゃないの?」

 

 ヴィータの表情、視線には何も変化はない。何も諦めずに何も妥協をしてない。そんな強さをなのははかいま見た。

 

「約束は守る。絶対に。あの二人との約束とあの二人の命。あたしは、両方守るっていってんだよ」

 

「…………」

 

 強いとなのはは感じた。紅の鉄騎、かつて彼女が名乗ったその二つ名は確かに彼女のその有り様を明確に現しているとなのはは覚えた。

 

「約束通り、アタシはあんたを守る。あんたは、あいつを助ければいい。一緒に、はやてとテスタロッサ達を救えれば、それで完璧だ」

 

「ヴィータちゃん……ありがとう!」

 

 自分も彼女のように強くなれればと思う。

 そして、ヴィータもまたなのはの強さをまぶしく思う。自分には既に無い、どこまでも真っ直ぐで純真にして純朴な強さ。自分にもそんな時期があったのだろうかと、忘れさせられてさえいる記憶を掘り起こせなくてヴィータはため息を吐く。

 

「礼は終わってからだ、なのは」

 

「うん! レイジングハート!」

 

《マスターの御意のままに》

 

 レイジングハートはそう言って戦闘準備状態だったシステムを再起動させ、ヴィータに対する敵対マーカーをすべて一新させ、その表示を遊軍を示す緑の表示に置き換えた。

 

 もう、彼女に対してクロスヘアを向けることはない。なのははただそれだけを幸いに思った。

 

 そして、なのははバリアジャケットのポーチに腕を滑り込ませそこに入れられていた一枚のディスクを取り出した。

 それは、つい先日、早いクリスマスパーティーの際にアリシアから送られたプレゼントの中身。

 他の二人に比べてあまりにも飾り気のない。一見すればおよそプレゼントにはそぐわないものだったが、なのはは、ともすればアリシアはこの状況を既に推測していたのではないかとも思う。

 

「使うよ、アリシアちゃん」

 

 レイジングハートは気を利かせ、なのはの命令を待たずにディスクのスロットルをフレームの表面に出現させた。

 なのははその配慮に一言だけ礼を言ってそのディスクをカチリとレイジングハートの中に挿入した。

 

《ディスクの挿入を確認。システムアップデート開始……………………完了。エラーは認められず。システム全て正常。アップデート終了》

 

 直前までの調整が間に合わず、ただこのシステムのインストールだけを残していたレイジングハートが、ここに来てようやく全ての作業を完了させた。

 なのははゆっくりと頷き、レイジングハートの先端を遙か向こうにいるパートナーの方角へと向け、一呼吸ついた。

 

「レイジングハート・エクセリオン=モード・ストライクよりAWS(Artificial Wing System)起動。スーパー・アクセル・ウィング展開!」

 

《Yes Master. Mode Artificial Wing System load》

 

 一人と一機の声が重なり、なのはの足下より桃色の光が粒子となって湧き上がる。魔力の欠乏より若干の時間をおき、そしてシャマルの治療を受け、そして今はレイジングハートの魔導炉から多少無理のある魔力供給を受けている。魔力に余裕があるとは言えない。万全にはほど遠い。しかし、ヴィータにはそれが灰の中から起き上がる不死鳥のように思えて、しばしその光景に目を奪われた。

 湧き上がる魔力はその全てがレイジングハートの中心に位置する中央制御装置に送り込まれ、そのフレームのサイドの平坦な部分に切れ目のようなものが入り、それは正確な長方形を描き内部にスライドするように取り込まれ、開いた孔部に排気口のようなノズルが姿を示した。

 

《ノズル開放を確認、スーパー・アクセル・ウィング展開》

 

 出現した三対のノズルは、その発信音に呼応するように、何度か試運転をするように魔力を噴出し、そして最後に三対計六枚の桃色に輝く光の翼を展開した。ひときわ大きな主翼とも言うべき一対の翼と展開角を僅か上下にずらせた、尾翼とカナード翼と呼ぶべき翼が羽ばたくように魔力の粒子を周囲にまき散らせた。

 スーパー・アクセル・ウィング。それは、なのはにとって最後の課題であった機動力を、防御力と火力を削ることなく実現させる切り札だった。大型の加速魔法を行使し、まるで空飛ぶ戦車のごとく重装のなのはを莫大な推進力で無理矢理動かす。スマートとはほど遠いながらも、実に理にかなった方法だとアリシアが称したそれは、理論上であればライトニングフォームのフェイトの機動力も凌駕すると言われた。

 

「ド派手な杖だな。扱えんのか?」

 

 レイジングハートのフレームより展開された新たな翼がどのような機能を持つのか。それを直ちに推察したヴィータはそれを考え出した技術者の正気を疑いながらも、その発想が自分の武器に用いられている方式に似ていると感じた。

 ハンマーヘッドのインパクト部分に魔導推進器(マギリンク・ブースター)を搭載させることで、自分もまた高速機動の補助にしている。本質的にそれはハンマーの突破力を向上させるものではあるが、そう言う使い方もまた有効な手だてだった。

 

「ヴィータちゃんのロケットハンマーに比べたらおとなしい方だと思うよ?」

 

 確かに、見た目はあまりにも過多な装飾に見えるかもしれない。しかし、何となくなのははそれを認めたくなくて、少しだけヴィータのデバイスを皮肉った。

 

「ラケーテンだ。間違えんな」

 

 何となく見透かされた気がしてヴィータは憎まれ口のような言葉を返す。

 

《ベルカ語とミッド語の違いで意味は同じかと思いますが?》

 

 レイジングハートはモニターしていたヴィータの身体情報を読み取り、彼女がどこか焦りのようなものを感じていると分かっていながらもそう註釈を述べた。

 

《ロートルは黙っていなさい》

 

 レイジングハートの皮肉のような嫌みに、意外にも直ちに反応したのは普段は寡黙なヴィータのデバイス、グラーフ・アイゼンだった。

 

《クズ鉄男爵にロートル扱いをされたくはありませんね》

 

 実際の所、レイジングハートはグラーフ・アイゼンにロートル呼ばわりされる覚えはなかった。レイジングハートは最古のデバイスを名乗っているが、グラーフ・アイゼンとて既に数百年を稼働する老製のデバイスであることは確かなのだ。

 デバイスの年齢感覚をなのはは推察することは出来ないが、少なくともグラーフ・アイゼンがクズ鉄扱いされる言われもないと感じた。

 

《もう一度破壊してあげましょうか? ロード・オブ・ロートル》

 

 調子が狂わされるとヴィータは感じた。このデバイス――レイジングハートが関わると、なぜか知能を持つデバイスは穏やかにはいられなくなるようだとヴィータは思いやった。

 かくいう自分もまた、闇の書というロストロギア級のデバイスに属するものとしてレイジングハートの前では僅かに心根を揺さぶられる感触もあるのだ。

 

《真っ二つにしてあげましょう。クズ鉄卿》

 

 なぜか口げんかを始めてしまったデバイス達に両機の主は「はぁ……」と深いため息を吐いた。

 グラーフ・アイゼンとレイジングハートは割と……いや、かなり仲が悪い。

 初戦に二機は真っ正面からぶつかり合い、レイジングハートは(その当時はまだ武装解除されていた状態であったが)完全に競り負け、中破に近い損傷を受けた。そして、それ以降は主達の間ではある一定の決着が付いているにもかかわらず、デバイス同士としてははっきりとした決着が付いていない状態なのだ。

 自分達と同じようなライバル関係にあるフェイトとシグナムの愛機同士はそれなりに互いに認め合い、尊重し合う間柄だというのに。

 

「やめろ! いい加減にしとけ、アイゼン」

 

「レイジングハートも、ダメだよ仲良くしなくちゃ」

 

《……》

《……》

 

 たとえ気にくわない相手であっても主から止められれば逆らうわけにはいかない。しかし、それでも詫びの言葉を発しないのはせめてもの抵抗だろうかとヴィータは思う。

 

「ヤレヤレ。そのデバイスがいると調子が狂うな……」

 

「ごめんね、ヴィータちゃん。後でちゃんと言いつけておくから」

 

「まあ、良いんだけどな」

 

 ヤレヤレと二人は肩を落としながら共に息のあった嘆息を漏らす。

 何となく、先程まであった緊張が和らいでいるように二人は思うが、それは口にすることではなかった。

 

「じゃあ、さっさと行くぞ。イージスが待ってる」

 

 すっかりと黙りを決め込んでしまったグラーフ・アイゼンを肩に背負いながら、ヴィータは飛行魔法をロードしようと足下に魔法陣を展開し始めた。

 

「うん。だけど、その前に一つだけ良い?」

 

「なに? 時間がないから早くしろよ」

 

 せっかく意気込んでユーノの下へ向かおうとするのを邪魔されて、ヴィータは若干いらだちを感じながらも律儀に身体をなのはの方に向けた。

 

「うん。分かってる。……ねえ、ヴィータちゃん。ユーノ君のこと、名前で呼んであげて?」

 

「……」

 

 そのことか、とヴィータは思った。

 

「イージスなんて呼び方じゃなくて、ちゃんとユーノ君のことを認めてあげて欲しいの」

 

 なのはにとって名前を呼ぶことは重要な意味を持つ。半年前、別れの際フェイトに告げた言葉。自分の名前を呼んで欲しいという願いは、彼女の真摯な感情だった。名前を呼び合うことでお互いがお互いを対等として認識できる。故になのはにとってヴィータがいつまでも彼のことを本当の名前で呼ばないことは、どうしても承伏出来ることではなかったのだ。敵対していない今だからこそ、それを願うことが出来る。

 

「…………別に、あたしはあいつのことを認めてないわけじゃないさ。むしろ……尊敬してる……と思う」

 

 ヴィータが常々ユーノを前にすると引き起こされる感情。その名前を彼女はまだまだ明確な一言で表すことが出来ない。ヴィータは言葉にしにくいその感情を、単なる尊敬という一言にまとめ口にした。明確な違和感を持ちながらもヴィータはそれで納得することとした。

 

「呼んであげて?」

 

「……分かったよ……」

 

「ありがとう。きっと、ユーノ君も喜ぶよ……ううん、絶対。絶対ユーノ君も喜んでくれると思う」

 

「ああ、そうだといいな」

 

 ヴィータはにわかに空を見上げ、煤けた緑色の天球の薄膜を通して差し込む月の光に目を晒した。

 月を見上げると、心の中に罪悪感が襲ってくる。あそこにいるのは、もはや記憶にはない歴代の主とそのために犠牲になってきた、おおよそ数えることの出来ない数の人々だ。

 おそらく、何も分からずに世界が滅びて亡くなった人々も多くそこに眠るだろう。たとえ、その世界の月がまったく別の場所にあったとしても、月は象徴としてそこにある。

 

 自分達はプログラムにすぎない故に、破壊されても月に昇ることは出来ない。ならば、自分達が行くべき場所はどこなのだろうとヴィータは思い浮かべ、その考えを打ち払った。

 

(そのうち分かる。今は、戦うときだ……)

 

 ヴィータはそう胸の内に言葉を吐き捨て、待機状態だった飛行魔法の残されたシーケンスを実行に移した。

 

 ヴィータは最大速度こそフェイトやなのはに比べれば早いわけではない。しかし、遊撃手として瞬間的な加速力は誰よりも高いという自身があった。

 

 しかし、飛び立ったヴィータの後方で少し遅れて飛び立つ彼女の反応がそんな加速を圧倒するかのような速力で迫る様子を伝え、ヴィータは少し面白くなかった。

 

 

 

 


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