魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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第三話 運命の鐘は鳴り響かず

 ジュエルシード。それは、意識のある宿主に寄生し、それが内包する渇望を強制力を持って叶えてしまう古代遺失物だ。

 それだけを聞けば、様々な絵本や童話に登場する願いを叶える素敵な宝石で終わっていただろう。しかし、問題はそれが内包する莫大な、ともすれば時空間さえも脈動させるほどの莫大な魔力だった。

 魔力は概念的なものであり、それは発動させれば方向性を持った純粋なエネルギーとして発揮される。

 

 仮の話をしよう。

 

 もしもその魔力を物質化出来たとして、手のひらに載せられる程の小さな物質を形成するためにはいったいどれほどの魔力が必要となるか。

 質量はエネルギーであり、人間一人分の質量が全てエネルギーに変換された場合、その威力は惑星一つを容易に崩壊させるほどのものであると言われている。

 また、物質化された魔力は質量物質に比べ圧倒的に状態が不安定であり、僅かなきっかけでその魔力は容易にエネルギーへと変換されてしまう。

 ジュエルシードとは即ちそういったものなのだ。

 それが一つあれば、いかに巨大な都市であっても一瞬で全てが蒸発してしまうだろう。さらには、その余波によって発生する次元震によってその世界そのものの存亡の危機が訪れる可能性さえ否定できない。それほどに危険なものが、彼らの前には21個もの数が揃えられている。

 ベルディナは息を飲み込んだ。

 

「どおりで念入りな封印がされているわけだ、俺たちは石を茂みに投げて虎どころか、魔竜をよんじまったらしいな」

 

 そんなベルディナの軽口に答えられるほど余裕のある人間はそこには一人もいなかった。

 

*******

 

「後悔してるのか?」

 

 輸送船のシートに腰を下ろし、何時まで経っても顔を上げようとしない同乗者にベルディナは声を掛けた。

 

「うん。僕があれを発掘しようなんて言い出さなければ、あのままベルディナの言葉に従っておけばこんな事にはならなかったんだ。これは、僕の責任だよ」

 

 ユーノは、そういって再び面を下げた。

 

「そういうなら、最初から俺が見つけなければこんな事にはならなかったはずだ。わざわざ魔術探査を掛けなくても魔法探査で十分だったはずだ。つまりこれは俺の責任ってことで手を打つ気はないか?」

 

 まるで値切りの交渉をするかのような気楽さでベルディナは両手を掲げそう提案した。

 

「そんな、探査を頼んだのは僕の方だし。やっぱり僕が悪いんだよ」

 

「だったら、お前の調査に無理矢理付いていった俺にそもそも原因があるって事でどうだ」

 

「ベルディナの随伴を許したのは僕だ」

 

「だが、最終的な許可は族長の判断だ。お前の判断じゃないし、族長が否と言えばついて行けなかった。違うか?」

 

「それは、違わないけど……それでも、やっぱり他人のせいには出来ないよ!!」

 

 ベルディナは頑なな態度を崩そうとしないユーノに半ば呆れ気味に溜息をついた。

 

(他人のせい、か……)

 

 ベルディナは若干諦めのこもった視線をユーノに向け、目を細めた。彼は落ち込むあまり、ベルディナの視線に気がついていない。

 

(だがな、ユーノ。他人のせいには出来ないって事は、スクライアは所詮自分にとっては他人だって言っているのも同然になるぞ? お前はそれに気がついているか?)

 

 それは、決して口にしてはならないことだった。ユーノはスクライアに対して負い目がある。通常一般的な感性からしてみれば、なんだその程度と思える程のものだったが、ユーノにとっては生きる手だてとも言えるものだとベルディナは感じている。

 ユーノは正式にはスクライアの人間ではない。ユーノは孤児だ。そして、ベルディナに拾われ、その伝手でスクライアになった。

 つまり、ユーノは自分を受け入れ、育ててくれたスクライアに過剰とも言える恩義を感じているのだ。その故に、スクライアの者達を本当の身内とは感じてないのだろうとベルディナには思われた。故に、無意識からだされる言葉の端々には自分はスクライアの人間ではないという印象を醸し出してしまう。

 

(まあ、とにかく)

 

 と、ベルディナは貨物室に通じるスライドドアに目を向けた。

 

(封印は万全で、時空管理局の輸送船を手早く手配出来た。ちょっと警備が緩いが……この高速船なら問題ないだろう)

 

 ベルディナは楽観的だった。後悔するほど楽観的だった。

 

「まあ、ともかく俺たちの仕事はこいつを管理局に届けりゃあすむわけだから、そう落ち込むなって……」

 

 ベルディナは、席を立ち、ユーノの肩をぽんぽんと叩いた。

 そして、運命は扉を叩いてやってきた。

 それは突然だった、一瞬の出来事のはずがどういうわけか時間が緩慢になったかの錯覚を抱くほど、それはずいぶん長い一瞬に感じられた。

 突然にして船内の照明が赤く切り替わり、エマージェンシーの言葉とけたたましいアラートが鳴り響き、そして、船体全域を包み込むほどの爆音と衝撃、振動が襲いかかった。

 

(拙い……!!)

 

 船外殻を突き抜けてくる紫の閃光があっという間に内壁面を駆けめぐり、放電する雷の末端がまるでまとわりつく蔓のごとく内部を蹂躙する。

 

(くそったれめ!!)

 

 ベルディナは悪態を口にする暇もなくただ守らなければと考えた。

 それは、間違った判断だった。ベルディナが本来行わなければならないことは、ジュエルシードの確保であったはずだった。しかし、彼は選び間違えた。その選択の中にはジュエルシードの存在も、ベルディナの存在も含まれていなかった。

 ベルディナは、腕を掲げ、体中を網羅する神経に魔力を無理矢理流し込み、そして、その甲殻でユーノを包み込んだ。

 これがいったいなんなのか。天災なのか人災なのかそれすらも考える暇もなく、彼は自らが行える最高硬度の防御結界でユーノを囲い込んだ。

 そして、その内部にはベルディナ本人の姿は存在しなかった。

 紫線の末尾が体内に侵入する。痛みが身体を突き抜けるよりも圧倒的な速度でそれは体中を蹂躙し、神経を細切れにし、骨を砕き、臓器を吹き飛ばし、脳を暴食した。

 まるで、圧倒的な快楽の渦が彼に襲いかかりそして、彼の意識は何かに引きずられるかのように白い世界へと飲み込まれていった。

 

 ただ意識を失う事とはわけが違った。光の矢の如く迫り来る先に見える、明確な死を彼は確かに見て、それでも彼の心は穏やかだった。

 腕の中で目を見開き、何かを訴えようと唇を戦慄(わななか)せるユーノの熱が、何故か腕を通して感じられる。

 

(そうか……俺でも、守れるものはあったか……。随分、時間がかかったが……これが最後なら、後悔はないな……)

 

 急激に閉じていくすべての感覚はまるで穏やかなゆりかごに落ちていくように思われ、ベルディナはそっと目蓋を閉じた。

 

 

 蒼い光がすべてを包み込み……ベルディナはそのあまりにも長かった命を終えた……。

 

 

***

 

 

 気がつけばそよ風の感触と草と土の香りが鼻孔をくすぐった。ここは何処だろうと、まず思った。自分はいったいどうしたのだろうと、次に考えた。そして、あの後いったいどうなったのだろうと、想像した。

 そして気がついた。思い出してしまった。自分が何故、どうしてあの状況から命を繋いでいるのか。

 体中が苦痛にゆがんだ。間接がきしむ、筋肉が萎縮する、骨が悲鳴を上げる。しかし、彼の心はまるで壊れてしまえと言わんばかりに悲鳴を上げ続けていた。

 ユーノ・スクライアは身体をよじり、足を抱え込みただうちふるえた。その事実を抹消したくて、否定したくて、しかし、認めてしまった、理解してしまった。

 

「僕は、ベルディナに。ベルディナは僕のせいで……」

 

 最後の瞬間が何度も何度もフラッシュバックする。いつも側にいてくれた彼が、飄々としながらも冷静に自分を見つめてくれた彼が、親代わりとして様々な事を教えてくれた彼が、自分を守り、自らがはじけ飛んだその瞬間。

 ユーノは頭を抱え、すすり泣くように身体を震わせた。

 

(誰か……誰か助けて…………誰か…………助けて…………)

 

 その願いは誰に届けられるのか。

 ユーノの胸元で紅く光る宝石はただ澄み渡る青い空を見上げ、ただ一言《ルーヴィス》と呟くばかりだった。

 

 

 

   第97管理外世界、現地において「地球」と称されるその地域は、穏やかな初夏の陽射しに包まれていた。

 

 

 


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