魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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第十七話 Lonely Guardian

 

 朝、目覚めたユーノは身体に残る多少の疲労感を感じながらゆるゆるとベッドからはい出す。昨日の訓練の後夜遅くまで起きて魔法の構成式をいろいろといじっていたためずいぶんと夜更かししてしまっていた。

 

 再び学校に通い出してずいぶん規則正しい生活になったなとユーノは思い、寝間着のままリビングで朝食の準備を始めた。

 

 つい数週間前にはもっと早い時間に起きてなのはと一緒に魔法の練習を行っていたものだが、最近は前日までに申請を出しておけば本局の訓練施設を使えるようになったため、それはしばらくの間お休みということになっていた。

 

 何せ、なのはがヴォルケンリッターに狙われるようになったのもその練習が原因の一端であるとも考えられるため、不用意に地球で魔法を使うわけにもいかなくなったのだ。

 

 敵はどこに潜んでるか分からない。あの騎士達の気風であれば人通りの多い町中でいきなり奇襲をかけてくることはないだろうが、クロノの言を借りれば第三勢力の介入が危ぶまれると言うらしい。

 

 あの戦闘からそろそろ二週間がたとうとしている。

 

 クロノ達アースラの上層部からの報告に因れば彼らは現在、管理局の目の届きにくい世界でランダムに出現しては消失を繰り返しているらしく、その足取りは未だつかむことが出来ていないらしい。

 

 つまり、今は次なる作戦を打つための前準備の段階だという訳であり、ユーノ達地球に在住する戦力にはあれ以来お呼びがかかったことがないのだ。

 

 ユーノは朝食のトーストと深煎りのコーヒーを口にしながら、眠気覚ましがてらに今日のスケジュールを思い描いた。

 

 学校に登校して放課後まで授業を受けることは休日以外はすべて同じ日程となるが、その放課後となると今までは大抵学友達の予定に合わせた行動となる。

 アリサとすずかの稽古事がなければそのまま夕暮れ近くまで町を散策するか、誰かの家に集まってお茶をしながら談笑となり、なのは、アリサ、すずかが塾に行く日であればユーノは大抵フェイトとともにハラオウン邸で話をしたり本を読んだり、時々アリシアの話し相手になったりしている。

 そして、アリサとすずかが名家の令嬢らしい固有の稽古事がある日はそれになのはが加わり本局での魔法訓練に明け暮れる。その時はどこからかアリシアもその情報を入手してその訓練につきあってくれる。アリシアが受け持つのは主になのはの訓練であり、それはレイジングハートの微調整という名目なのだが、ユーノとしてみれば何となくなのはをとられたような気がして少しおもしろくない。フェイトもそれは同じのようで、いつもそれを横目で見ながら『お姉ちゃん、なのはとばっかりでずるい』とつぶやいている風景がよく見られる。

 

 そのヤキモチがいったいどちらに向いているのか、なのはを取られたアリシアに向いているのか、アリシアを取られたなのはに向いているのか、それともその両方なのか、ユーノには判断しがたいことだった。

 

 ユーノはそんなことをつらつらと思い浮かべながら無言でトーストを咀嚼し壁際においてある20インチの薄型テレビを付け、朝のニュースから天気予報を一通り目を通した。

 

 世界情勢は相変わらず、先物投資の影響から原油の値段が年明け頃から一気に上がりそうだとか、高速道路無料化の話題が現在の野党から提案されたとか、隣の大陸の中央に駐留する同盟国の軍隊が自爆テロの影響で多数の死者が出たとか。

 そういったことが相変わらずと感じられるほど自分はこの世界になじむことが出来たのかと思うと少しだけ不思議な感触もする。

 何となく、今君は何人だと聞かれればミッドと地球のどちらを選べばいいのかと迷いそうだとユーノは思い浮かべトーストの最後のひとかけらを口に補折り込み、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。

 

 そして、ユーノは寝室に戻り寝間着から学校の制服に着替え鞄を持ち住まいを後にした。

 

 ガチャリと言うどことなくレトロな音を立てて扉が閉じられ、その音の原因となった鍵をポケットの奥にしまい込み、ユーノはアパートから見下ろせる町並みに少しの間だけ目を奪われた。

 

 早朝よりも遅い時間、見下ろす町並みはすでに人の動きが活発となり夜や夜明け間近の身を切るような冷涼さよりもずいぶんと穏やかな雰囲気を醸し出している。

 

 そして、その視線の先に小さく移るこの国の伝統的な家屋に遠目でも広く感じられる庭と道場のある家。

 なのははもう家を出ただろうかとユーノは思いやる。

 

 そして、そろそろフェイトとの待ち合わせの時間が差し迫っていることに気がつき、足早にエレベーターホールへと向かいアパートを後にした。

 

 ユーノのアパートから送迎バスの停留所までの道のりの中程にはハラオウン邸のあるマンションが建てられている。

 このあたりでは高級分譲マンションとして有名で、その一階層を丸ごと購入したというハラオウン家は近所だけでなくここいら一帯においてそれなりに有名にもなっているのだ。

 故に、そのハラオウン家の娘と認識されているフェイトはマンションの前でたっていれば道行く人から軽く会釈をされる程度には有名な存在とも言える。

 

 ユーノもその近隣に住む住民の一人としてまことしやかに流される噂話はそれなりに耳にしており。ハラオウン家はそれなりに奇妙に思われてはいるが、それほどネガティブなイメージが誘発されていることもない。

 

 その中でユーノが印象的に感じたのは、マンションの入り口付近でしきりに時計を気にしながら周囲をキョロキョロと落ち着きなさげに見回すフェイトのことだろう。

 

 ユーノはフェイトの名を呼びながら軽く手を振ってそのそばに歩み寄っていった。

 

 ハラオウンの娘はどこぞの名家のお嬢様か、貴族の忘れ形見か。なるほど、こうしてほっとして笑顔を見せるその雰囲気は確かに深窓の令嬢を思わせるに違いないとユーノは思う。

 

 アリシアもよく口にすることだが、フェイトは将来はとんでもない美人になるだろう。その話を聞かされるたびにユーノはアリシアに、それは遠回しな自画自賛だと皮肉ったものだが、その意見にはなのは共々大いに賛成だった。

 

 フェイト本人は気づいていないだろうが、クラスでも彼女を見る男女の目はなかなか尋常ではない。

 

 フェイトとユーノは朝の挨拶を交わしながら雑談混じりに歩き始め、いつも時間を決めている送迎バスの停留所へと向かい始める。

 

 こうして話しているとよく分かる。フェイトはとても綺麗だ。見た目だけではなく心も何もかも。そして、この半年でよく笑うようになった。あの事件が終わったばかりの頃は、まだ感情の表現の仕方がよく分からず、夜になれば母の夢にうなされ幼子のように夜泣きを繰り返していたという。

 

 その頃のフェイトは大変だったとクロノ、アリシア共々口にしている。特にアリシアは夜に泣くフェイトを宥めるために毎晩寝所をともにしていたというらしいことからそれが伺えるものだ。

 

 ともかく今はいろいろなことが安定している、とユーノはバスの後部座席に並んで話の華を咲かせる四人の少女を眺めながらそう思いやった。

 この平穏を、フェイトに幸せのきっかけを与えた少女の平静を守れるなら、自分はあらゆるものから優先してそれを行うとユーノは誓いを新たに脳裏にマルチタスクを展開させ、昨日の夜に途中で終わってしまった魔法の構成式を練り上げ始めた。

 

(なのはを守れるのは僕だけだ。クロノなんかじゃない……!)

 

 それが今の彼が至ったもの。”置き去りにしてきた感情”から導き出された決意だった。

 

 

 


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