魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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第十六話 Hyperventilating

 

 蛍光灯の明るい光が部屋に満ち、静寂に沈む夜の空気の中でコンピュータの冷却ファンの音だけが静かな部屋の中に響き渡る。

 その中でガチャガチャという軽快なキータイプの音が一定のリズムを奏でて鳴り響き、机上に設えられた薄型の液晶モニターからは様々な種類のデータやグラフが細かくその様相を変えていく。

 

 ユーノはそんな中作業を一旦停止させ、少し天井を仰ぐように息をつき、冷めてしまって久しいコーヒーに手を伸ばした。

 

 何となく気分を落ち着かせるために始めた趣味のプログラミングだったが、思いの外のめり込んでしまったようだ。ユーノはそのままゆっくり画面の時計を確認すると、帰宅からずいぶんと時間が経過してしまっていたことに気がついた。

 

(なのははもう寝たかな?)

 

 ユーノはそう思い、そばに置いてあった携帯電話を充電用の卓上ホルダーから抜いてモニターを確認した。

 

「やっぱり、まだ来てないな」

 

 なのはと色違いのおそろいの携帯電話は、彼の魔力光にあわせたライムグリーンの色をしている。同機種同士なら通話料が安くなるということで彼女が進めてきたものだ。

 おそろいの携帯電話ということでこれを学校で披露した日には、アリサを筆頭にして何人かのクラスメイトからいろいろと邪推というやっかみを受けたが、今となってはそんな日々も懐かしく思えてしまう。

 

 そのときは、まだまだ彼はクラスになじめず、アリサやすずかといったなのはの親友ともどこかよそよそしく、今のように一緒に行動をしたりする仲ではなかった。

 ある意味、この携帯電話にまつわる一件がその後の交友関係を円滑にしたきっかけともいえるもので、ユーノはそのことに純粋に感謝をしている。

 

 ユーノはしばらく携帯電話の画面、アリサに強引に設定された友人たちの写真を眺めそっとモニターをたたんだ。

 

「訓練で疲れてたもんね」

 

 何にいいわけをするわけでもないがユーノはそうつぶやき、携帯電話を再び卓上ホルダーに戻しておいた。

 

 なのはは就寝の前に友人たちへお休みのメールを入れる習慣がある。そこに示される文面は、今日の出来事や楽しかったこと、少し残念に思ったことが書きつづられており、気の知れた人に見せる日記のようだとユーノは感じる。

 そして、いつしか自分もそれが来るのを楽しみにするようになっており、その返信もただそれに対する返答だけではなく、今日という日をどう思ったのかをなるべくライトな文面で送り返すようにしているのだ。

 

「それにしても、きつかったなぁ、訓練……」

 

 ユーノはなのはがヘトヘトになるまで扱きあげられた訓練を思い出し、少し背筋をふるわせた。

 

 あの後にアリシアがなのはに施した訓練は過酷もいいところだった。なのはの射撃性能の限界をみると言って、それこそ文字通り限界までなのはは射撃魔法を使用することとなった。

 とにかく今回は半自動化されたイルミネーターの性能チェックと移動しながら敵に照準を合わせ続けるという少しばかり高度な訓練となったわけだ。

 最終的になのはは、攻撃してくる移動目標の魔法弾を回避しながら同時4目標の迎撃に成功するなど、アリシアの目から見ても『上出来』とされるような結果を残していた。

 

 そして、その後新たに設けられたレイジングハートの近接戦闘モード、【ストライク・モード】の試験運用と実地試験が行われることになる。

 そこでなのはは、頑丈な合金製の棍棒を構えるアリシアを相手に近接格闘訓練を施されていた。

 レイジングハートの新モードは、槍を模した形となっておりその二本に分かれた先端の間からは【ストライク・フレーム】と呼ばれる魔力刃が展開されていたのだ。今後、レイジングハートを起動する際にはそのストライク・モードがデフォルトとなるらしい。

 

 ともあれ、最初はアリシアを相手にすることを躊躇していたなのはだったが、その初撃で棍棒によってレイジングハートを絡め取られ取り落としてしまうことになる。

 『どうした?』と不敵に笑うアリシアを前に、なのはは持ち前の負けず嫌いな気風を爆発させ積極的にアリシアと組み合っていた。

 

 アリシアには戦闘力がない。それは全くの誤解だったということをなのはとフェイトは思い知ることとなる。

 一応、なのはは飛行を含む魔法を許可されていたが、アリシアの戦闘の組み立て方の巧さの前ではそれらを有効活用することができず、後ろに引けば棍棒のリーチの餌食となり、、無理に近接格闘を挑もうとすれば死角から拳打や蹴撃が舞い込んで来、高速移動で背後をとろうとしてもあっさりと読まれた上に進路方向をずらされ投げ飛ばされた上に組み敷かれて関節技に持って行かれるかだった。

 また、飛行魔法によって上空に退避したところで距離を開けた油断を突かれ、投擲された棍棒にあえなくノックアウトされていたものだ。

 

 アリシアの体繰りや筋力はある程度魔術によって強化されていたとはいえフェイトやクロノ、果てはユーノに比べても遅くて弱いとしかいえないものだった。しかし、それでも相手の物理的な死角や精神的な死角を上手く利用し、自分ではなく相手の力を利用して戦えば十分戦力なると言うことの証明だった。

 

 なのはは必死になって体を動かし、何とかアリシアの裏をついて果敢に近接戦闘を挑んでいたが、結局それがアリシアの身体をとらえることをなかった。

 

 そして、その訓練の終わりにフェイトが姉を絶賛して、『お姉ちゃんならシグナム達にも勝てるんじゃない?』と言ったところ、アリシアは苦笑混じりに肩をすくめた。

 

『今回はわざと私が有利になる状況で訓練をしていたから私が勝つのは当たり前だね。初めからなのはが空を飛んでいたらさすがに勝てないよ。それに、いくら魔法戦闘といっても近接戦闘で最終的にものを言うのはその人の技量だと言うことを体感してもらいたかったからね。ちょっと、極端な例だったけど』

 

 ただ見学していただけのユーノではあるが、アリシアがベルディナと変わらず近接戦闘(CQB:Close Quarters Battle)のエキスパートであることが確認できたため実に有意義な時間だった。

 フェイトにとっても近接戦闘の奥の深さを感じることが出来ただろうし、なのはも魔力の量が戦力の差には必ずしもつながらないということを学び取れたと言っていた。

 

 

 アウトラインによる回想を終え、ユーノは天井を仰いだ。

 つい数時間前、今日に起こったことを反芻することで思い出したくもないことが脳裏をよぎる。

 どうして、あのときあそこにクロノがいたのだろうか。クロノはなのはにいったい何を告げたのだろうか。

 

 なのははあの瞬間、確かになにがしかの悩みを持っていた。悩みといえるのかどうかはわからないが、何らかの迷いをうちに秘めていたことは確かだ。

 しかし、ユーノにはあのとき彼女の中で何が起こっていたのかを推測することができなかったのだ。その原因がいったい何かということさえ彼には理解できなかった。

 

 しかし、クロノと短い間にせよ言葉を交わして、その結果なのはがいつもの笑顔を取り戻したことだけは確かなのだ。ユーノが好きな笑顔。それをみているだけで幸せになれるような笑顔を彼女は取り戻した。

 

(それが出来たのがクロノなんだ。僕じゃなくて)

 

 薄暗い感情。おそらく嫉妬ともいえるような感情が意識を支配していくことをユーノは確かに感じていた。

 

--PiPi--

 

 その感情に引きずられるように陥っていく寸前、ユーノの携帯電話が音を立てた。

 

(なのは?)

 

 それがメールの着信音ではなく、通話受信音であることに少し首をかしげながらもユーノはそれを取り上げた。

 その先にあるのは『非通知発信』という文字であり、相手側が誰なのかをうかがい知ることは出来ない。

 セキュリティーの問題もあり、それに出ようかどうか一瞬迷ったユーノだが、結局通話ボタンを押すことにした。

 

「もしもし?」

 

 相手側には失礼かもしれないが、ユーノは自分の名前を名乗らずに相手を促した。

 

『ああ、私だよ、私。分かる?』

 

 耳に当てたスピーカーから聞こえる声はどこかで聞いたことのあるような声だったが、ユーノはため息をつき、

 

「申し訳ないけど、僕は『私』なんて言う人を知らないんだけど……振り込め詐欺なら他を当たってくれないかな?」

 

 最近テレビでよくやっている【オレオレ詐欺】への対応マニュアルに沿って言葉を返した。

 

『振り込め詐欺? 何それ? ともかくアリシアだけど、ユーノだよね?』

 

 アリシアと名乗った相手は耳慣れない言葉に怪訝な声を上げるが、果たして彼女がそれを知らなかったのか、知っていて惚けているのかはユーノには判断が出来なかった。

 

「そういう新手の詐欺が地球では流行っているんだよ。こんばんは、アリシア。どうしたのこんな時間に」

 

 ユーノはそういって改めて時計に目を向けた。時計の短針と長針はすでに良い子は寝る時間を指し示していた。

 まあ、アリシアが良い子とは鳥肌が立つようなお世辞でも言えないが、一般的な感覚では電話をするには少し躊躇するような時間ではある。

 

『ちょっとお腹が空いたからこっちに戻って来たんだけど。どうも、食べ損ねたみたいでね。良い子のフェイトは眠ってしまったし、クロノとリンディ提督は本局で、エイミィも電算室から出てこないから外で済ませようと思ったんだけど……』

 

「フェイトはアリシアと違って規則正しい生活だからね。それにしてもこんな時間まで何も食べなくて大丈夫だったの?」

 

『無重力空間では食欲が減衰するからね。時間感覚も崩壊してしまうようなところだから』

 

 アリシアは苦笑混じりにそう答えた。ユーノは無限書庫が無重力空間の広がる非常に薄暗い場所と言うことは知っていたが、それが具体的にどのような場所なのかを知らず、アリシアの言葉にも『そういうこともあるのか』と実に軽く考えた。

 

「なるほどね。それで、僕に何のよう? 僕の部屋には食べられるものなんてほとんどないよ?」

 

 正確にはインスタント類の非常食的なものはそろっているのだが、身体的に5歳児であるアリシアにそれを食べさせるのは少し気が引ける。それに、ユーノ自身も今日の夕食は本局で済ませてきたため食材の買い出しなどは行っていなかったのだ。

 何せ、いくらその精神や知能が圧倒的な老成を誇るとはいえ、その身体はまだおやつやお昼寝が必要になるような年齢に違いないのだ。

 

 この時期に偏った食生活を送れば確実に成長に障害が生じるだろう。

 

『さすがに年下の男にたかろうなんて思わないさ。外に出るにしても何がどこにあるかが分からないから、安くて美味しい店があれば教えてもらえないかなって思って』

 

「年下って、アリシアの方が小さいじゃないか。それに、こんな時間に出歩いたら補導されるよ?」

 

 僕でも危ないんだからさというユーノの言葉にアリシアは少し声を飲み込んだ。

 

『うーん、そうか。何とかならないかなぁ』

 

 アリシアの声から類推するかぎり、随分辛そうに思えた。これは、カップ麺でもいいから何か食べさせた方がいいかなとユーノは思うが、その脳裏に妙案がひらめいた。

 

「そうだ、ちょっと待ってて。後で念話でかけ直すよ」

 

『ん? 分かった』

 

 ユーノは「それじゃ、後で」と言い残し一度携帯電話の電源を切った。アリシアからかけられてきた通信先はおそらくプレシードだろうと予測が付くが、携帯電話からデバイスに対しては通信回線が開かれていないため、ユーノからアリシアに連絡を送るためには直接念話で通信する必要がある。アリシアの念話が可能な距離はそれほど長くはないが、スクライア邸からハラオウン邸程度の距離なら問題はないだろう。

 そう思いながらユーノは携帯電話の電話帳を開きその二番目にある連絡先へと回線を開いた

 

 

『はい、高町です』

 

 通話音が暫く程の時間もなくとぎれ、その代わり人なつっこい女性の声がスピーカーから響いた。いつものことなのだが、電話越しの声とは少し音の質が変化してしまうようでユーノにはまだその感触がどうも慣れられずにいる。

 

「あ、こんばんは。夜分に申し訳ありません、スクライアです。美由希さんですか?」

 

『あ、ユーノ? どうしたのこんな時間に。なのははもう寝ちゃったけど?』

 

 対話口に出たのは、高町家の長女、なのはの義理の姉である高町美由希だった。

 ユーノとしてはフェレットとして高町家に逗留していた時に何かと弄り倒された相手であるので、若干の苦手意識があるのだが関係は良好だ。

 

 今話している彼女は少しよく聞くと声に若干の疲れが混じっているように感じられ、どうやら彼女の兄との夜の鍛錬から戻ったばかりのようだった。

 

「あ、いえ。なのはじゃなくて、ちょっと桃子さんにお願いがありまして……」

 

『んー、なに?』

 

「えーっと。なんて言えばいいのかな。フェイトの姉妹でアリシアって子がいるんですけど」

 

『うん、知ってるよ?』

 

「そのアリシアにちょっとご飯を食べさせていただけないかなと……」

 

『あー、いいと思うよ? ちょっとかーさんに聞いてくるから待っててくれない?』

 

 美由希はそう言い残して電話を一度保留にする。ユーノは保留を示す軽快なメロディーを聞きながらぼんやりと待つことにする。

 

 思えば、こういったやり取りにも慣れたとユーノは思った。放浪の民であるスクライアの性質上、異なる文化や環境に対する適応能力は高いと感じていたが、それまで異文化とここまで深く付き合う事はなかったことを彼は気がついたものだった。

 

 スクライアの人間関係とは基本的に一期一会。特定の世界、文化に依らずむしろそう言った異なるものを単なる研究対象として位置づけ、自らは特定の神をあがめることもしない。

 スクライア族の源流は未だ不明であり、彼等は自分たちがどこから発生しそして、何処へ向かおうとしているのかその源泉ともなるものが存在しないのだ。故に部族全体を一つの個としてまとめ上げるしか他がなかった。スクライアが過去を発掘し始めたのは、自分たちがやがて帰るべき故郷を探すためだとも言われてる。

 

 この世界、この国の人達とはまるで逆だとユーノは感じた。

 最近ではずいぶんと薄れたと言われているが、この国の人たちが持つ一種独特の連帯感や、ともすれば他や新しいものを拒絶する一種の閉鎖感。そして、9割の者達が自分を無神論者だと口にするほどに生活にとけ込んだ宗教観。自然に対する敬意、恐れ、遙か古代2000年もの昔に建造された宗教的寺院等の建造物を現世においても残し、復元し、構成へと伝えていく。ともすれば、この土地には神や精霊というものが住まっているのではないかと感じられるような感覚。

 

 スクライアは未来へと向かっていない。ひたすら過去というものを追い求める種族だと教えられ、この国の過去を追い求める気風と未来へと向かって貪欲に足を進める気概にユーノは素直な驚きを感じたものだった。

 

『はーいもしもし、ユーノ君?』

 

 何となく感傷に浸りそうになったユーノの耳に親友の母親、高町桃子の明るい声が響いた。

 

「あ、こんばんは桃子さん。急にお電話してしまい申し訳ありませんでした」

 

『んもう、そんな他人行儀な事いわないで良いのよ? 何だったらお義母さんって呼んでくれてもいいのに』

 

「いや、まあ、それは追々と言うことで……」

 

 実質的には桃子はユーノの保護者とは何の関係もなく、ユーノの現在の保護者はリンディ・ハラオウンということとなり、その法的な後見人は遙かイギリスのギル・グレアムということとなっている。

 つまり、もしもフェイトとアリシアがハラオウン家の養子として引き取られるとすれば、実質的に彼女たちとユーノは兄妹に近い間柄と言うこととなるのだ。

 

 しかし、桃子が言っていることはそんなことではないということはユーノも何となく知っていた。

 ユーノとしては馴染みの浅いことになるのだが、どうやらこの国の習慣として結婚をすればどちらかの姓を名乗るようになるらしい。本来なら生まれて死ぬまでスクライアでしか有り得なかったユーノとしては、それを最初に聞いたとき本当に奇妙な感覚を覚えたものだが、名字が変わるという感覚は一体どのようなものなのか分からない。

 

『美由希から話は聞いたわ。アリシアちゃんね。桃子さんとしては大丈夫なんだけど、ハラオウンさんはどうしてるの?』

 

 桃子の疑問は当然のことだろう。アリシアにご飯を食べさせてやって欲しいと言うことは、アリシアはハラオウン、つまりはリンディからまともに食事を与えられていないという事にもなるわけだ。

 まさかあのリンディがそんな子供を虐待するかのようなことをするはずがないと桃子は信じたかったが、聞かずにはおられないということなのだろう。

 

 ユーノは少し説明が難しいなと感じながら、管理局と魔法、アリシアの事情などには触れない範囲で正直に言うこととした。

 

 ユーノ曰く、リンディは遠くに働きに出ていて、その息子のクロノも既に社会に出てリンディのサポートをしている。フェイトは学校に火曜と言うことでこちらに居ることが多いが、アリシアはまだその年ではなく身体にも何かと障害を抱えているから今はリンディと同じ職場に居ることが多い。そして、今夜は色々と手違いがあってアリシアが夕食をとれない状態になってしまったのだ。

 

 桃子からはどういう状況だとそうなるのと聞かれてしまったが、ユーノは詳しいことは聞いていないと答えざるをえなかった。ここで下手に答えてアリシアのカバーストーリーと矛盾を生じるのは拙いのだ。

 

『んーー、分かったわ。後のことはアリシアちゃんから聞くとして……士郎さんに迎えに行って貰うから少し待っててね。ハラオウンさんのマンションの前でいいのかしら?』

 

「分かりました、アリシアにもそう伝えます」

 

『ユーノ君も一緒に来ないかしら?』

 

「僕は夕飯はちゃんと食べましたし、もうそろそろ寝ようと思っていたので」

 

『そーよねー。それじゃあ、お休みユーノ君』

 

「はい、おやすみなさい」

 

 ユーノと桃子は電話越しにお休みの挨拶を交わし、ユーノから先に通話を切った。

 

 ユーノは「ふう」と一息つき、少し緊張で握りしめてしまった汗をペーパータオルで拭うと、すぐさまひもじく待ちぼうけを食らって居るであろうアリシアに対して念話の回線を開いた。

 本来なら、管理外世界での魔法行使は条約で禁止されているのだが、念話や簡単な治療魔法など、比較的生活に密着した小規模な程度の魔法行使は事実上黙認されているという状態だ。

 禁止はされているが、目くじらを立てる程度のことではない。もしもそれらが現地の環境、たとえば電波障害を引き起こしたり、治療魔法が現地人の遺伝子やその他諸々に悪影響を与えるなどの事が起こらない限りその程度の魔法をわざわざ摘発するほど管理局も暇ではないのだ。

 

『アリシア、アリシア。聞こえる? ユーノです』

 

『ああ、ユーノ。待ちくたびれたよ。もう少しで餓死するかも』

 

『ごめんごめん。ちょっとだけ手間取って。桃子さん……なのはのご両親に事情を説明してご飯をもらえるようにしたから、マンションの前に出ておいてもらえるかな?』

 

『なのはの両親に? それは、迷惑をかけることになるな……先方はどうって?』

 

『アリシアがリンディさん達からご飯を貰えなかったのに少し疑問があるみたいだけど、おおむね良好だった。事情は聞いていないって言っちゃったから、言い訳はアリシアの方で用意しておいて』

 

『騙すみたいでなんだか心苦しいけどね。了承したよ、ありがとうユーノ、命の恩人』

 

『命なんて大げさだねアリシアは。それにしても心苦しいだなんてアリシアらしくないようにも思えるけど?』

 

『こう見えても意外と律儀な男……じゃなくて、意外と律儀な女なんだよ私は』

 

『律儀なのは認めるよ、容赦ないないもんねアリシアは』

 

『恩義には恩義。不義には不義で返せってやつさ』

 

『立派なものだね』

 

『君の皮肉は心に響くよ。それにしても、こんな時にも高町を頼るなんて、少し妬いてしまうな』

 

『どういうこと?』

 

『ただの感傷だよユーノ。喜ばしい中にちょっとした後悔といくらかの寂しさ。後は、戸惑いといったところかな』

 

『よく分からない』

 

『むしろ忘れてほしいことだよ。ユーノが果たしたいことを私も応援したいのは今になっても変わらないからね』

 

『アリシアは、僕がしたいこと分かるの?』

 

『さあ? 予測は出来るけど正確には知らないね。まあ、もっとも君が今日不機嫌だったことがその理由によるものではないかと邪推する程度のことさ』

 

『………アリシアには分かったんだ………』

 

『何年一緒にいるとでも? ”俺”としてはおまえがそういう感情を表に出すようになってくれてうれしいと思うがね』

 

『都合良く自分の立場を変えないでほしい』

 

『ごめんごめん。ともかく、私はユーノがそうやって不機嫌になるのを悪いことだとは思わないからね。子供は子供らしく時々は感情に身を任せてしまうのもいいんじゃないかな』

 

『子供のアリシアから言われるととても心に響くね』

 

『ユーノの皮肉は何となく聞いてて気持ちがいいな。まあ、私が子供だというのは事実だから否定しないよ。それに、いろいろと便利な部分もあるからね。……っと、高町さんが来たみたいだ。じゃあ、また今度』

 

『分かった、それじゃあ』

 

 ユーノは最後にそう短く受け答えをし、アリシアはそのまま念話の回線を遮断した。

 窓の外、少し遠くの方から車が停車するブレーキ音が聞こえた。念話は電話とは違い、周囲の環境の音が聞こえてこないものだから、ひょっとすれば彼女は会話の途中で外に出ていたのかもしれないと思いながらユーノは「ふぅ」と一息ついた。

 

「時には子供らしく……か」

 

 自分が子供らしくない子供だと言うことはよく理解している。スクライアにいるときも、8歳でミッドの魔法学園を卒業したときも、その在学中も自分はずいぶんとひねくれた子供だったという自覚もある。

 

 それは、自分よりも年上でありながら子供らしさというものをなくすことをしなかったベルディナの影響だったのか、それともスクライアに対する恩義を果たすために早く大人になりたいという感情からだったのか。そればかりは今となっては思い出すことが出来ないが、ユーノは置き去りにしてきてしまった子供である自分を取り戻すことも悪くはないかもしれないと思った。

 

 ユーノはしばらくうつむいてその気はなくとも背中を押してくれた少女と自分の理由となってくれた彼女の姿を思い浮かべ入浴のために部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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