魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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第十三話 The Infinite Library

 

 それほど久しぶりではない、ともすればとんぼ返りとも言えるほど懐かしくない本局の廊下を歩きながら、アリシアは未だ襲いかかる眠気に何度も欠伸を付きながら重い足取りでクロノの背中に付いていく。

 

「昨日は随分遅くまで話をしていたようだな」

 

 クロノはそんなアリシアを見ながら少しあきらめの入った口調で声を掛けた。

 

「うん。ユーノがなかなか寝させてくれなくて……私も少し熱くなっちゃったし」

 

 瞼を擦り、アリシアは少しだけ足下をふらつかせる。あの後、ヴォルケンリッター達の奥に潜む6人目の存在という議題が思いの外面白く、二人は日付が変わってからも数時間の間なかなか熱く議論を展開させていたのだった。

 流石に、それらすべては机上の推論に過ぎず無いもので何か新たな事実が判明したと言うことにはならなかった。。

 とりあえず闇の書そのものがどうも怪しいというのが一番可能性としては高いが、実際の所6人目なんていない方が安心できるという結論で終わることになった。

 それでも、二人とも実に有意義な時間を過ごせたと感じる事が出来たのが一番大きかったのかもしれない。

 

「アリシアちゃん。その言い方は色々と誤解されるから気をつけないと。特に、なのはちゃんが聞いたらすっごく怒ると思うよ?」

 

 なのはではその言葉からオトナな意味合いを類推することは出来ないだろう。それでも最近身につけつつあるオンナの感がそこから不快感をもたらす可能性はかなり高いとエイミィは判断する。

 

 ともかく、本人達はまだ自覚の域に達していないだろうが、恋する乙女とは何かと最強なのだ。

 

「『恋する乙女の一匙あれば、世界を救うも滅ぼすも思いのままだ』ということだね。今のなのはにはすごく合ってると思うよ」

 

 エイミィに右手を採られることで何とか歩容を安定させるアリシアはどこかの書物で読んだ言葉をそのまま引用して口にした。

 

「ふうん、そんな言葉があるのか。いったい誰の?」

 

 やはり、アリシアは博識だとクロノは思う。

 

「誰の言葉かは忘れた。どこかの小説だったか解説本にちょこっと引用されていたのが印象的だったからたまたま憶えていただけだね。言葉の収集は結構いい暇つぶしになるから、船乗りにはお勧めしたいな」

 

 エイミィはアリシアの話しを聞いてなるほどと頷いた。彼女の口達者はそう言うところから発生しているのかもしれないと思い、それなら自分も対抗できるようにならないといけないような気にもさせられる。

 将来的に身内になるかもしれない相手のことだ、今からそれに対抗できるよう努力するのも悪くはない。

 

「まあとにかく。今から会う連中がいくらアレでも曲がりなりにも提督の使い魔のお二人なんだから、せめての礼儀は果たすように。いいな? アリシア」

 

 アリシアと話をし出すと止まらなくなるということを知るクロノは少し強引ながら方向をねじ戻し、若干きつめにアリシアに言い聞かせる。

 

「あちらさんがそれなりの儀礼を果たしてくれるなら、考えてもいい」

 

 アリシアの返事にクロノは肩をすくめるが、アリシアの言い分ももっともだとも思えるためそれ以上の追求はやめた。

 

 これから三人があいにく人物はリーゼアリアとリーゼロッテという二人の使い魔だ。この二人はハラオウンと関連が深く、まずは彼等の恩人でありリンディの亡き夫であるクライド・ハラオウンの指導者であるギル・グレアムの使いまであること。そして、クライド亡き後強くなることを望んだクロノに魔法技術と戦闘技術を徹底的に叩き込んだということだ。

 クロノにとって、リーゼアリアとリーゼロッテはいわゆる魔法の師匠ということになるのだが、彼女たちが幼少の頃のクロノに行った児童虐待にも近いような訓練は彼に少々の心的外傷をもたらすこととなる。

 

 故に、クロノはこの二人を苦手とし、グレアムの前ではあるが極力この二人とはかかわりあいになりたくないと考えているのだ。

 

 アリシアは時の庭園から救助されて以来、アースラのハラオウン家の保護下に合ったためグレアム

そして双子のリーゼと知り合うきっかけがあった。

 元来猫としての性質を色濃く持つ使い魔の二人、そして猫のような好奇心と前世から続く悪戯好きなアリシアが出会うことによって悪夢は始まるとクロノは考えていた。

 

「失礼します。クロノ・ハラオウン執務官、到着しました」

 

 クロノはそう言って控え気味な陰鬱さを表に出すことなく、双子のリーゼとの面会を予定してる部屋の扉を開いた。

 

「クロ助ー!!」

 

 扉を開けたとたん、それを待ちかまえていたように一人の長身でショートの銀髪の女性がクロノに躍りかかってきた。

 

「うわぁ!!」

 

 クロノはそれに一瞬もんどり打って倒れ込みそうになるが、そこは流石執務官というべきか何とか後ろ足で踏ん張り体制を整え、飛びかかってきた女性を引き離すことに成功した。

 

「なんだよぉ、クロ助。お師匠様に向かってつれないぞ」

 

 女性は頭の両脇からはやした耳をピクピクさせながら獲物を狙う猫のように尻尾をピンとたてながらじわじわとクロノに向かって近づいてくる。

 

「うわ、やめろ来るな!」

 

 まるで女性恐怖症にでもかかったのかと言いたくなるような様子でクロノは後ずさり、壁際に追いやられることになるが猫耳の女性、リーゼロッテは「ふふふふ」と言いながら目を輝かせている。

 

「相変わらずねぇ、リーゼロッテは」

 

 そんな光景を尻目に、エイミィはさっさと部屋に入り奥のソファに腰を下ろしていたリーゼアリアに声をかけた。

 

「まあ、ロッテはクロノが好きだからね。これくらいは許して欲しいのだけど……久しぶりね、エイミィ、それとアリシア」

 

 リーゼアリアは双子の姉妹とその毒牙にかかりそうになっている少年を微笑ましいものを見るように眺め、エイミィとアリシアに挨拶をした。

 

 アリシアは既にソファに腰を下ろし、テーブルに置かれた紅茶のセットから勝手にお茶を入れていた。

 

「確かに、ザッと4ヶ月ぶりだねリーゼアリア。グレアム提督の様子はどう? そろそろお迎えが来ていないか心配しているんだけど」

 

 リーゼアリアはアリシアの無礼な物言いに少し耳をそばだてるが、父グレアムはイングランド的なユーモアを大いに理解するアリシアを重宝していることを知っており、そう言った物言いにもそれほど過敏に反応することもなく微笑みを浮かべた。

 

「私たちが頼むから休んでくださいと言っても聞いてくださらないほど元気よ」

 

 アリシアは「そうか、なによりだ」と呟きながら、未だにじゃれ合う猫のようににらみ合っていたクロノとロッテを横目に見て「ああ、そう言えば」と口を開いた。

 

「少し前に提督宛に『イリアスティール・コースタス』の名前で荷物が届かなかった?」

 

 『イリアスティール・コースタス』そして荷物という言葉にリーゼロッテとリーゼアリアはものの見事に硬直して言葉を失った。

 

 アリシアはその様子を見て、「これはしてやったな」と細い笑みを浮かべた。

 

「思い出すのも腹が立つ……あれのせいで……って、何でアリシアが知ってんの?」

 

 リーゼロッテは髪を逆立てながらぶつぶつと振り向き、その様子からはクロノからの興味は多少薄れてしまったように思えた。

 

 その後ろでクロノは「ふう」と安堵の溜息を吐き、こっそりと彼女から離れた位置に移動した。

 

『貸しにしておくよ、クロノ』

 

 アリシアはそう言ってこっそりクロノに念話を送り、クロノも今回ばかりはアリシアに助けられたと肩を下ろし、

 

『今度何か食事でもおごるよ』

 

 と約束した。

 

「どうして知っていると聞かれてもねぇ。『イリアスティール・コースタス』英語の綴りはこうかな?」

 

 アリシアはそう言って空間上にモニターを生み出し、そこに『Iriasteal Coastas』の文字を浮かべた。

 

「うん、そうだねぇ」

 

 アリシアによって興味の矛先をそらされたロッテはそのままひょこひょことソファに座り、そのモニターに目をやった。

 

「ここでちょっとしたパズルをしてみると……」

 

 アリシアはそう言ってモニター上の文字をいったんばらばらにしてそれを再び並び替え始める。

 

(というか、アリシアちゃん。いつの間にこんなの作ってたの?)

 

 というエイミィの考えも尤もだが、ひとまずクロノとリーゼアリアも含めてその行く末を見守った。

 

「つまりは……こういうことだね」

 

 『Iriasteal Coastas』のアルファベットが先頭から順番に異なる配置に入れ替えられ、そして最終的に出現した『Alicia Testarossa』に面々は感心したような、何処か複雑な表情を浮かべた。

 正確に言えば引いていた。

 

「つまり、イリアスティール・コースタスと私アリシア・テスタロッサは同一人物でしたー。どう? びっくりした?」

 

 その表情は悪戯が成功した子供そのものだった。エイミィはそれを見て「うわぁ、可愛いな」と呟くが、その声はリーゼロッテがチャブ台返しよろしく目の前のテーブルを思い切りひっくり返した音に阻まれた。

 

「あんたかぁーーー! 小包にマタタビ爆弾仕掛けて送りつけやがったのは!!」

 

 ドンガラガッシャンという景気のいい音と共に宙に舞うティーセットを空中で受け取りながらクロノは『なにやってんだ、このガキ』と言わんばかりの視線をアリシアに投げ付ける。

 

「提督に対する贈り物のついでだよ。アリシアの名前で一緒に送っておいたブライア根のパイプには何も仕掛けられてなかったでしょう?」

 

「確かに、あれはお父様のお気に入りになったけど。だからといって私たちにあれは無いと思う」

 

 リーゼロッテと共にその餌食になったリーゼアリアも怒りにガタガタ震える腕を懸命に押さえながらついでに震える声でアリシアに抗議した。

 

 アリシアにとって、グレアムとは何かと恩のある人物だった。法的な保護者となってくれたリンディと同等、自分の法的後見人として戸籍の復活のために裏から手を回してくれた人物であるし、フェイトの保護観察の責任者となってくれた。

 このままして貰いっぱなしも何か感触が悪いと、アリシアはリンディ付きの民間協力者になった初任給をやりくりしてリンディと共にグレアムにも贈り物をしたのだ。

 グレアムが煙草を吸うかどうかは分からなかったが、イギリス紳士が感じのいいパイプを持っているだけでも絵になるだろうなと思い思い切ってそれを贈ることにしたのだ。

 ベルディナは、煙草と名の付くものは何でもやっていたので、それの善し悪しに関しては下手な愛好家よりもよっぽど造詣が深いのだ

 グレアムのお気に入りになっていると聞いてアリシアは嬉しく思う。

 

 しかし、グレアムに対する感情と双子のリーゼに対する感情には割と乖離がある。

 

「さて、ここでクエッション。アースラに逗留していたとき、リミエッタ管制主任やリンディ提督が勝手に撮ってた私の記録映像を裏で勝手に流して居た誰かさんの行為と私の行為。どちらが許し難いことだと思う?」

 

 そう、それは歴然とした復讐だったのだ。それを言われてはリーゼロッテは口を閉じるしか無く、実質的にそれには関わりのないリーゼアリアは姉妹のしでかしたことに恨みがましい視線を向ける。

 

「君たちはそんなことをしていたのか。まあ、とにかくこの件は喧嘩両成敗だな。リーゼ達は責任を持ってそのデータを回収して処分すること。アリシアはこの件をリンディ提督に報告する。減給なりなんなり懲罰は提督の方から追って下されることになる。いいな?」

 

 アリシアは誰にも与せず、誰のいいなりにもならない。やられたことは等しくやり返すし、作った借りは必ず返す。故に何があっても敵に回したくない類の人物なのだが、唯一彼女が命令に従うと言えばその直接の雇い主であり保護者であるリンディだけだろうとクロノは理解していた。

 故にアリシアに対するペナルティーはリンディによって直接下されるのが一番効果的なのだ。

 

 実に見事な執務官お裁きを受け、リーゼ姉妹共々アリシアも「ははぁーー」と平伏して了解した。リーゼ姉妹が素直にクロノに従うのも、このことを父グレアムに報告されればたまったものではないからだ。

 

「さてと。本題と行こう」

 

 ひっくり返されたテーブルをひっくり返した本人とその原因にやらせ、紅茶を入れ直して一息ついたところでクロノはようやく今日の本題に移ることを宣言した。

 

「リーゼ達には前もって伝えておいたことだけど。このアリシアを無限書庫で色々と手伝って欲しいんだ」

 

 座りながら上体を前屈みにし、両肘を膝の上に着きながらクロノはリーゼ姉妹の表情を伺った。

 

「それはいいんだけど、あたしらも教導とかお父様の手伝いとかあるから、常時無限書庫詰めは無理だよ」

 

「それに、書庫といってもあそこはどちらかと言えば倉庫。雑多なアナログ媒体の情報がまったく無秩序に仕舞われているだけだから、特定のことに関して調べるのは正味無理があると思う」

 

「十人単位の捜索隊が組織されて、数ヶ月かけてようやくそれらしいものが見つかるかどうかだからねぇ」

 

 二人の言い分は無限書庫の現状を如実に示すものだった。

 

 無限書庫。管理局が設立される前よりそこにあり、それはどういう作用かは不明だが、次元世界に存在する情報を本という媒体で保存する機能を持つ巨大データベースだ。誰がいつ何を目的にして作り出したのか。それさえも不明で今となっては管理局の誰もその実体を把握していないという状況だった。

 

 しかし、あらゆる情報が埋葬されているのなら適切な方法でそれが発掘できれば、ありとあらゆる情報を事前に入手することが出来るはずなのだ。

 何度かそれが試みられたが未だ無限書庫の有効活用が現実的なものとなった試しはない。

 発掘隊が任務後に口にする言葉は「あれは、巨人の胃袋だ」というらしい。

 ただひたすらに情報という名の餌を食らい、途方にもなく肥大化した巨人。まるで自分たちはそれと一緒に飲み込まれた餌のように感じられるとも言っていたとリーゼアリアは呟いた。

 

「なるほどね。巨人か……、色々な童話でかかれてるけど。巨人を倒すのは身体の中に侵入した小人というのがセオリーなんだよね」

 

 リーゼ達の言葉がアリシアをその気にさせるための策略であるのなら、それは全くの大成功だと言えるかもしれない。

 

 何百年もの時を生き続けてきたベルディナにとってその最も重要視するものとは正に「暇つぶしになる面白いこと」なのだ。

 

「うん、実に面白そうだよ。特に、何百年もかけたとしても至らないかもしれないなんて聞かされちゃあクルものがあるね」

 

 今の自分が男であれば、股ぐらがいきり立つ思いだとアリシアは思い浮かべる。

 

「いや、百年もかけてもらえるほどこっちは余裕はないんだ。出来れば年の瀬の感謝祭までに何らかの答えをもらわないと」

 

 クロノは妙なテンションとなるアリシアを宥める用にそう言うが、アリシアは平然として笑い、

 

「なに、何千万もある内の一つの概念だけを探し出せばいいんでしょう? それだったら全体の数千万分の一じゃないか。全部調べるのに数千年かかったとしてもその一万分の一だから、ザッと一月もあれば十分さっ!」

 

 なんだ、そのとんでも論はとクロノは言いたくなるがアリシアの表情を見る限り彼女はまったく冗談で言っているわけではなさそうに思えた。

 

「まあ、あたしらは何にも言わないけどさ」

 

 リーゼロッテはそう言ってやれやれと肩を落とす。

 

「私たちもお父様の命令もあるから協力はするわ。基本的には補助だけ。その他は協力できないし、人を貸すことも出来ない。殆どがアリシア一人の作業になる。こういうのは何だけど、かなり精神的に辛い作業になるわ」

 

 リーゼアリアはアリシアに目を向け、「本当にそれでもいいのか?」と目で問いかけた。

 

 「孤独には慣れている」と言いそうになったアリシアはクロノやエイミィ、ここには居ないリンディに配慮してそれは口に出さず、ただ無言で肯いた。

 

 このことはクロノもリンディも了承済みのことでアリシアもその要請に対して既にYesと答えているからにはリーゼ達が何を言ってもそれが覆ることはないのだ。

 

「分かった、案内するから着いてきて。クロ助とエイミィはもういいよ」

 

 クロノとエイミィもこの後仕事が待っている。緊急事態には休日など存在しない。それに、放課後になればなのはとフェイト、ユーノも学校帰りに本局によって調整訓練が予約されているのだ。

 

 クロノとエイミィは最後にアリシアにエールを送り応接室を後にした。

 

「心配性なお兄ちゃんとお姉ちゃんだねぇ」

 

「私には弟か妹みたいに感じられるよ」

 

 

*******

 

 

 この光景を見上げれば無限という言葉も生まれてくるだろうな、とアリシアはようやく納得した。

 無限書庫。無限などというが誰がそんな大げさな表現をしたのかと笑い飛ばしてやろうと思って立ち入った書庫には、アリシアにして笑い飛ばせないような光景が広がっていた。

 

「まぁ、空間が歪んでるから。実際は見た目より何十倍も広いよ。それに、目に見える場所なんて氷山の一角にも満たなくて年々その領域も拡大しているらしい」

 

「これは、数千年じゃ足りないかもしれないね」

 

 もしも今の自分がベルディナのように寿命を保たない身体であれば、無限書庫を暇つぶしの材料してしまおうかと考えていたが、これは永遠の寿命を持っていたとしてもたどり着けるかどうか分からないとアリシアは思った。

 

「とにかくこんな中から検索する訳だけど、当てはあるの?」

 

「ひとまず古代ベルカ、それにまつわる聖遺物に聖王書記。後は、夜天の魔導書とか熾天の盾とか、翔天の剣とか。ああ、アーギスの鏡の書にグリモア666の書巻もすこし関係がありそうだなぁ。ふーん、ヴィタの福音書、シグナの福音巻、ザフィア書、シャムの黙示録とか。色々だなぁ。これに闇の書との関連が見つかれば万々歳なんだけど、先は長いよ。闇の書そのものの情報も一から洗い出す必要もありそうだね。今までの事件資料に調査書、性質や特徴に至るまで。先は長いよ。一ヶ月で終わるか心配になりそう」

 

 古代ベルカ、聖遺物関連、書物の姿を取るアーティファクトや、敵の名前から連想されるワードを口にしながらアリシアは懐からバルディッシュ・プレシードを取り出した。

 プレシードは武器としての機能は殆ど使えない状態だが、情報端末としては随分優秀にセッティングされている。ついでに言えば、先日マリエル・アテンザ技術主任の手によって抜本的なオーバーホールが成されていたため全体的に使い勝手は向上しているはずだ。

 

 アリシアは無重力空間に身体を横たえ、中空にヒラヒラと揺れるスカートをそのままにプレシードに呼びかけその機能を復活させる。

 無限書庫の実体に関しては意外と知らないことが多く、普段着で来てしまったことをアリシアは後悔する。

 

《………おはようございます、ハイネス。お役に立てますか?》

 

「うん、久しぶりとは言わないけどおはよう。よく眠れた?」

 

《上々です》

 

「いい子だ。それじゃあ、いつも通り情報処理と索敵……いや、検索といった方がいいか……頼める?」

 

《では、私のセットアップを》

 

「えっと、正規起動(セットアップ)は出来ないんじゃなかった?」

 

《可能のように改良されております。アテンザ主任の配慮です》

 

 そう言えばと、アリシアは思い出した。プレシードはフェイトのバルディッシュ・アサルトの改良のため、カートリッジシステムのテスト機として利用されていた。

 その際、アテンザ主任は予備で発注したカートリッジシステムのモジュールをプレシードにも組み込むと言っていた。

 

 どちらにせよ自分はプレシードを正規起動できないのだから搭載しても無駄だろうと高をくくっていたが、どうやら自分はアテンザ主任を甘く見ていた用だとアリシアは思い知った。

 

「なるほどね、アテンザ主任には感謝しなくちゃいけないな。じゃあ、プレシード、バリアジャケットは構成しないでいいから、セットアップをお願い」

 

《ですが、アテンザ主任からは初期起動時には必ずバリアジャケットも構成するよう指示を貰っています。色々と新しいシステムラインや機構を組み込んだので、その実用データが欲しいとのことでしたが》

 

「それって本当に? フェイトみたいなキワドイ格好は流石に嫌だよ?」

 

 フェイトには悪いと思うが、アリシアとしてはあの妹にして唯一の不満がそこだった。いくら幼いと言ってもあれは羞恥心というものが不足しすぎているのではないかとアリシアは時々思う。

 まるでワンピースの水着の上におざなり程度の装飾を施しただけのバリアジャケットは、ふくらはぎから太もも、うなじ、二の腕に至るまでまるっきり外にさらけ出してしまっている。

 

 下着とか裸とかが見られる(・・・・)のは別段どうということはない。まだまだ羞恥心を感じるほどこの身は成熟していないのだから。

 しかし、見せる(・・・)となると話は別だ。自分はたいした人間であるとは思わないが、そこまでするほど安いとも感じていない。

 

 何ともちぐはぐな感性だとは理解しているが、それが今のアリシアの素直な考えだった。

 

《そのあたりはご安心をと聞いております》

 

「本当に?」

 

《信用を》

 

「まあ、信じるよ。じゃあ、プレシード・セットアップ」

 

《Stand by ready . Get set》

 

 こいつ、レイジングハートとバルディッシュのまねをしやがったとアリシアは密かに思いながら全身からわき出るように展開される魔法人陣と灰色じみた白のな光に慌てて彼女は目を閉じた。この間の二の舞はゴメンだと、閉じた目の上からさらに手の平も当ててその光を極力眼球に入れないようにする。

 

(私の魔力光は灰白か。黒にも白にも染まらない中途半端。ぴったりといえばピッタリね)

 

 そして、外部より視覚的に遮断された光の中でアリシアの服は肌着や下着と共に微粒子へと還元され一瞬真っ白な素肌を晒す。

 色素が薄いため普段より光から遮断している肌は不健康に思えるほど白い。そして、全く起伏というものが存在しない身体をプレシードから伸びる黒い線が包み込み、それは徐々に衣服の形を取り始める。

 

 そして、光が晴れ閉じていた目を開き、アリシアは自分の姿を見下ろし「ほお」とため息を吐いた。

 

 その身体は袖のない上着とそこから下に伸びる無地のロングスカートに包まれ、さらには随分長い薄手のロンググローブによって二の腕も覆われている。若干肩と背中のほんの一部が出ているだけで全体の露出度はほとんど無いといっても良いぐらいだった。

 

 色彩はものの見事な黒。まるでこれは、フェイトのバリアジャケットの逆を狙ったような感じだとアリシアは思う。黒いシックな普段着に使用してもそれほど違和感のないロングスカートドレス。

 

 もしも、この間であった赤毛の少女のような真っ赤なゴシック調のドレスのようなヒラヒラした形であれば、一瞬でジャケットパージを敢行してやろうと考えていたが、シンプルで嫌味のない、カジュアルにもフォーマルにもどちらでも対応出来そうなこのバリアジャケットは「悪くない」という感想を下した。

 

《如何でしょうか? アテンザ主任の最高傑作だそうです。なお、このバリアジャケットはUV光を軽減する機能があるらしく、今までよりも随分楽になったと思うのですが?》

 

 フリフリと首を回して全身を見回すアリシアに、彼女の身の丈を超える長柄の戦斧となったプレシードはそう声を掛けた。

 

 それを聞いて、アリシアは「確かに」と感じた。今までに比べれば身体が軽くなったような感触もある。

 しかし、彼女は無限書庫の薄暗い光源をじっと見つめ「やっぱり駄目だ」と声に出してそれから目を背けた。

 

「眼球から入る分はそれほど軽減されていないみたい。残念だけどね」

 

 確かに、視界や視野を変えずに眼球を守れるのならそれに越したことはないのだが、それを魔法的に行うにはアリシアの魔力は不足している。

 

《了解しました。まだ改良の余地ありと報告しておきます》

 

 ひとまず、正規起動させられただけでも実験は成功だろうとアリシアは思うが、プレシードにしろマリエルにしろそれだけでは満足できない拘りがあるようだ。

 

 アリシアとしてはそれはそれはとても有り難いことなのだが、ひとまず本来の業務に差し障りのない程度にと釘を刺しておき、さらに「色々してもらっても私には支払えるモノがないから」と至極まっとうな事も言っておいた。

 

 プレシードも金のことを言われてしまえば何も言えなくなる。主の懐事情を思いやるデバイスも奇妙なものだ。しかし、アリシアは民間協力者で本来なら事務系の雇用契約となっているので、デバイスに関しては完全に自費で行われていなければならないのだ。

 今回のことに関しては、戦闘要員の嘱託魔導師のフェイトのデバイスを修繕するためのベースとされたため、このような事になってはいるが、これからとなるとどうしても私財を削るかマリエルに負担を強いることになってしまう。

 マリエルとしては個人的な研究のためという動機があるのだが、アリシアとしてはなにやらマリエルに借りを作っているようで承伏できない部分がある。

 

 人間関係は基本的にギブアンドテイク。一方的な善意は身内以外はノーサンキュー。特に金に関わることであれば身内相手でもはっきりとしておきたい。それがアリシアの基本原則である事は代わりのないことだ。

 

「そのデバイス、君の妹さんのとそっくりだよねぇ。バルディッシュって言ったかな?」

 

 プレシードとの会話が一段落したところを見計らい、リーゼロッテは無重力空間にフヨフヨと遊泳しながらアリシアの側に近寄り、何となくそのデバイスを指でつついた。

 

「まあ、バルディッシュの姉妹機……兄弟機というべきか……だからそっくりなのは当たり前。唯一の違いは、カートリッジシステムがマガジン方式になってることかな」

 

 そう言ってアリシアはプレシードの先端の方向、斧刃の取り付けられているヘッド部分より僅か下方のジョイント部分に目をやる。

 

「なるほど、予備の方を使ったと聞いた。これがそうか」

 

 そこに設えられたバナナ状に歪曲した弾倉に排莢装填をサポートするスライドフレーム。そして、その内部にはカートリッジを激発させられるチェンバーが備えられている。

 それに使用されているのは、フェイトやあの騎士達が使用するカートリッジより二回りほど口径の小さいものだ。アリシアにはあの大口径のカートリッジを扱うには負担が大きすぎる。故に、それより二段階ほど小さな口径のものを使い不可能を可能としている。

 

 それ故、フェイトのシステムの装弾数が6に対してアリシアのものはそのほぼ1.5倍の9+1発という仕様になっている。

 弾倉はダブルカアラムで若干太いがそれも特に気になることではない。

 

(問題は私が扱いこなせるかと言うことだね)

 

 ミッド式とかベルカ式はあまり自身はないがやるしかないとアリシアは思い、捜索の開始を宣言した。

 

「それじゃあ、プレシード。一応ユーノから貰ってきた検索魔法と読書魔法を用意して。カートリッジ・ロード」

 

《Yes , Your Highness. Load cartridge》

 

 ガシャンとマガジンからカートリッジがチェンバーへ送り込まれる音が静かな書庫に響き、アリシアの体中を自分と異なる異質な魔力が道行く。

 アリシアは、慣れないその感触に僅かに眉をひそめ不快感を露わにしながら、ユーノがアリシアに会わせてくみ上げた検索魔法と読書魔法をゆっくりとロードさせていく。

 

 ミッドチルダ式の魔法を使うのは初めてだ。アーク式魔術の様式とは明らかに異なる。そもそも使用する魔力という概念が異なる。

 

 全身の細胞を活性化させるような熱がこみ上げてくる。アリシアは、その感触を目を閉じて制御しながら、「ひょっとして」と思うことがあり、同時にアーク式魔術の魔術神経を活性化させてみた。

 

(やっぱりか……違和感はあるけど……馴染む……)

 

 アリシアは徐々にカートリッジよりの魔力が魔力神経を浸食する感触を「粘っこい」と称した。

 

(だけど、応用は出来る……試してみよう)

 

 ”粘っこい”魔力を焦らずゆっくりと神経へと通していく。その感触は、水を吸うストローできわめて粘性の高い油を吸い込むような感覚だった。どこか詰まる感触がするが、吸引する力……つまりは魔力を流し込む圧力……を増してやればズルズルと引きずるようにだが確実に魔力が神経に通っていくことが分かった。

 

《術式のロードを確認。検索開始します》

 

 アリシアはじっとりとにじみ出る汗をぬぐいながらホッと一息吐いた。

 

 ものすごくリソースを消費する。リンカーコアへの負担は極小に済ませる事が出来たが、魔力神経に対する負担が半端ではない。

 しかし、魔力神経を使用できることが分かれば先は明るいとアリシアは思う。

 何せ、この身体はミッドチルダ、ベルカ式の魔法に対する適性は皆無ではあるが、アーク式魔術への適性、才能と呼ばれるモノはまさに100年に一人の逸材。

 アリシア・テスタロッサは、ミッド式魔法に関して100年に一人と呼ばれる高町なのはやフェイト・テスタロッサのような天才と同じように、一つの天才と呼ばれる身体なのだ。

 

『検索領域拡大。カートリッジロード』

 

 アリシアはプレシードにさらに一発のカートリッジをロードさせ、術式を発現させるために消費したカートリッジ一発分の魔力を補充させた。

 

『領域拡大を確認。術式保持。プレシード、カートリッジロード』

 

《Yes,cartridge load》

 

 術式を発動させるのにカートリッジを一発消費し、その効果を広げるためにさらに一発。そして術式を保持するためにさらに一発。

 

 この一連の作業。通常の魔導師ならば、なんのコストもなくごく自然に行えるものだろうが、アリシアは都合3発のカートリッジを消費してようやく成し遂げられたことだった。

 

 しかし、それまで魔法に対して全くの適性も才能もないと言われていた人物が、こうして多少高度な部類に入る魔法を発動させそれを保持するに至ったのだ。

 

「なんか……あたしら歴史の転換点に立ち会ったんじゃない? アリア」

 

 それを側で眺めていたリーゼロッテは、アリシアが行ったことが魔導師的に考えればかなり信じられない光景だと言うことを理解し、言葉を失った。

 

「コストの問題が何とかなれば……ひょっとすれば……ね」

 

 リーゼアリアはそれが何かとは口にしなかった。しかし、それが何か大変な事を成し遂げるだろうと言うことは何となく想像が出来たのだ。

 

「アリシア、そろそろあたし達仕事があるから、帰っても良いかな?」

 

 ここにいると時間の間隔が喪失してしまうとリーゼロッテは感じる。二人は次の用事のために移動を開始しなければならない時間だと気がついた。

 

『うん、分かったよ。お疲れ様』

 

 目を閉じ、身の丈のおよそ二倍はあるかというデバイスにしがみつくように中空に漂うアリシアは念話で二人に返事をした。

 もしかしたら、喋る余裕が無いのかもしれないとリーゼ姉妹は少し心配してアリシアを見上げるが、アリシアの表情は、穏やかとは言い難いが、何かを耐えるような苦痛の色でもなかった。

 

『安心して、良いのかな』

 

 リーゼロッテはアリシアに聞こえないようにそっとリーゼアリアに念話を飛ばすが、リーゼアリアは「分からない」と面を振り、

 

「無茶はしないで。暇なときはなるべく来るから、そのときは頼って」

 

 そう言い残し、彼女はリーゼロッテの手を引いて無限書庫を後にする。

 

(行ったか)

 

 アリシアはそう思い、ふうとため息を吐いた。

 

 平気なフリをするのはとても疲れる。アリシアは一度術式の発動を停止し、思いっきり肺に溜まった空気をはき出した。

 

(発動には成功したけど……リソースが圧倒的に足りないなあ。やっぱり、この身体が邪魔なんだ)

 

 この身体ではすべてが制限されてしまう。意識が身体に残る故に、捜査領域の拡大が限定的になり、距離が僅かに離れればその精度や密度が圧倒的に低くなる。

 アリシアは消費したカートリッジを予備から三発引っ張ってきて、マガジンにそれを装填した。

 

(それを解決する方法は、ある)

 

 アリシアはそれを決意し、再び術式の構成のため目を閉じる。

 

 術式の発動と同時にアリシアは自らの意識を拡大させる。

 それは、まるで眠りにつくような、意識そのものが身体を抜け出して中空へと漂うように。まるで自分自身が世界にとけ込むような感触だ。

 そうすることで、意識の効果範囲を押し広げ検索範囲を底上げする奥の手。

 

 それは、非常に危険な手段ではあったが、アリシアは戻ってこれるギリギリを認識しながら眠りにつく。

 

 空中に漂い、眠りにつく少女。その意識に入ってくるモノは夢と現実の区別のつかない情報体そのもの。

 夢の領域まで意識を拡大させ、自我が肉体を超えて拡大していく。

 

 しかし、その感触はアリシアにとってまるでゆりかごに寝かされた幼子のように感じられていた。

 

 彼女の手に握られているバルディッシュ・プレシードは主よりもたらされる膨大な情報を一つずつ確実に取得し、処理を開始した。

 

 夜の闇の深淵のような書庫の空間に、プレシードの放つ光の明滅だけがただ無機質に繰り返されていた。

 

 

 

 


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