魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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第十一話 Trial Arts

 

 閃光に眩み、視神経を刺激する激痛にアリシアは涙を流しながらうずくまりただそれが過ぎ去るのを懸命に耐えた。

 

「アリシアちゃん! ゴメン、警告するの忘れてた!」

 

 側に駆け寄る足音はおそらくエイミィのものだろうとアリシアは推測し、戦場に投入されるはずが自分だけここ、ハラオウン邸に移送されてきたことに舌を打つ。

 

「私の眼鏡を。早く……」

 

 この状況では、暗がりの中のコンソールルームの光でも辛いと判断したアリシアは腰のポーチからサングラスを出して貰うようエイミィに頼む。

 

「分かった、これだね?」

 

 エイミィから手渡された固い感触の眼鏡を受け取り、アリシアは素早くそれを掛けて何度か目をしばたたかせた。

 どうやら、失明はせずにすんだようだ。視界はまだ若干ぼやけ気味だが、時間をおけばやがて安定するだろうと判断し、アリシアはエイミィに礼を言って立ち上がった。

 

「ああ、ビックリした」

 

 全く油断だったとアリシアはため息を吐き、今後はこういうことが無いように心掛けようと誓いを新たにコンソールルームに投影された戦場を見上げた。

 

 そこに写るのは、管理局武装隊が展開した強装結界に閉じこめられた二人の騎士、そして、それを見上げる形で姿を現す三人の少年少女と一匹の使い魔。

 

 戦いの火蓋が切って落とされようとしている。

 アリシアはポケットの中のプレシードを握りしめ、自分はどうしてあの場にいないのかと歯ぎしりをしたくなる思いだった。

 

「聞こえる? なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

 レイジングハートとバルディッシュをセットアップするなのはとフェイトは、その起動プログラムが以前のものと異なることに驚きの声を上げている。

 エイミィは詳細を説明する前にぶっつけ本番になってしまったことに内心焦りながら二人に声を掛ける。

 

『エイミィさん、これって』

 

『バルディッシュが、以前と違う? どうなってるの?』

 

 光に包まれ、姿の見えない二人だがその声を聞く限り驚きながらも落ち着いていることが類推できる。

 アリシアはひとまずホッとして、二人に声を届けることとした。

 

「なのは、フェイト。聞こえる?」

 

『お姉ちゃん? 今どこにいるの?』

 

 どうやらフェイトもアリシアが別の所に転送されることを知らなかったらしい。てっきり同じ場所に転送されるだろうと思っていたところ、側にはアリシアの姿が見えないとあれば転送事故でどこか訳の分からないところに送られてしまったではないかと思っているのだろう。

 心配性の妹のことだとアリシアは苦笑をしながら、ひとまずフェイトを落ち着け話を進める。

 

「フェイト落ち着いて。フェイトのバルディッシュとなのはのレイジングハートは生まれ変わった。ありとあらゆる障害を打ちのめし、この世界の王となるべく力を求め。何者にも負けない、あらゆるものを叩いて壊し、あなた達を絶対的な勝利へ導くために、バルディッシュとレイジングハートは完璧な戦闘兵器へと生まれ変わったんだ! さあ、戦ってフェイト、なのは。あなた達の勝利は既に約束されている。すべてを破壊し、すべてを薙ぎ払い、この世界のすべてを支配してみせて! 今こそ私にあなた達の覇道を示して!」

 

 エイミィは「うわぁ」と頭を抱え、通信から駄々漏れになっているアリシアの演説/戯言を聞いて目を点にしている武装隊の面々に「ゴメンね」と心の内に謝った。

 

『そ、そんな物騒なものいらないよぉ!』

『お、お姉ちゃん。冗談、だよね? バルディッシュにそんなことさせないよね? お願い、冗談だって言って!!』

 

 狼狽する二人にアリシアは細く微笑み、レイジングハートなら今頃『いいぞ、もっとやれ』とはやし立てていただろうなと推測し、エヘンと咳払いを一つした。

 

「まあ、半分は冗談だよ。半分だけね。兎も角、レイジングハートとバルディッシュは強化されているのは本当。だから、呼んでやるといい。彼等の新しい名前をね」

 

 エイミィがとなりで「アリシアちゃんがあたしの台詞取った」と嘆いているのを華麗に無視し、アリシアは門出の言葉を贈った。

 名前を呼ぶことは重要だ。それが人間同士であっても機械が相手であっても。

 

『機械とは名前を付けてあげれば機嫌良く動いてくれるものだ』

 

 とどこかのマシン・マニアが口にしていた言葉をアリシアは思いだし、少し面白くなった。

 そして、新たな関係には新たな名前を。

 

 なのはとフェイトは、その言葉を受け、自らのデバイスを再び掲げて高らかに宣言した。

 

『レイジングハート・エクセリオン』

『バルディッシュ・アサルト』

 

 なのはのその言葉にアリシアは「エクセリオンとは何とも尊大なことだ」と溜息を吐いた。

 

『セェーーット・アップ!』

『セェーーット・アップ!』

 

《Stand by ready. Set up》

《Yes Sir. Get set》

 

 そして、二人の周囲に展開していた光のカーテンが瞬間的に一際まぶしく輝き、桃色と黄金、二つの色彩が瞬時に晴れ渡った後にたたずむ二人は新たな力を得たデバイスを携え、さらに改良されたバリアジャケットを身に纏っていた。

 

「やったぞ、大成功だ!」

 

 その光景を目にしてアリシアは、技術者なら誰でも一度は口にしたいだろうベスト3の言葉を口にし、エイミィの見えないところで両手を握りしめた。

 

******

 

「………すごい………」

 

 なのはは、見た目には何の変化もない自身のデバイス。魔導師の杖レイジングハートを手に取り、それが発揮する感覚に背筋が震える思いだった。

 

「本当にレイジングハートなの?」

 

《無論です、マスター。むしろ、ようやく本来の姿に戻ったといったところでしょうか。マスター、貴方が握りしめているものこそが、世界最古にして最強のデバイス【トライアル・アーツ】の生まれ変わり。ユーノ・スクライアによって不屈の心(レイジングハート)の名を与えられ、マスターによって新たな名前をえたデバイスなのです》

 

 誇らしげなレイジングハートの言葉に、なのははアリシアの言っていた言葉があながち冗談ではないのではないかと思い知った。

 

《カートリッジシステムのような派手でカッコイイものは付けられていませんが、出力は従来の三倍は軽く出るでしょう。最大400MWの出力を持つ小型魔導炉が備えられ、制御回路もオミットされていたコアを開放し、100を超えるコアによる同時並列処理が成されていますから、制御速度がまるで違うことも心に置いておいてください》

 

「う、うん。分かった」

 

 正直なところ、400MWの魔導炉とかマルチコアとかその手の専門家でもマニアでもないなのはにはよく分からないことだが、ひとまずは今までとは全然違うのだなとだけ認識し、空中に浮かんでこちらを観察している二人の騎士を見上げた。

 

「なのは、詳しい話はまた後で。アリシアと一緒の時にするから、今はあまり全力を出さないで。危ないし、まだ最終調整が出来ていないんだ」

 

 戦闘態勢を整えたなのはとフェイトの側にユーノがアルフを伴って降り立ち、二人はなのはとフェイトを背後に庇い上空の二騎に立ちはだかる。

 

「また会ったな、イージス」

 

 二騎の内の一騎。アリシアほどの幼い体つきと真っ赤なドレスに巨大な槌を携える騎士ヴィータは、先日自らの攻撃をことごとくはじき返した翡翠の盾を睨み付けた。

 

 ユーノはその視線を正面から受け止め、背筋をのばし両手を広げてはっきりと宣言した。

 

「僕の名前はユーノ・スクライア! ミッドチルダ出身の地球移民だ。今回は民間協力者として管理局に協力している」

 

 その言葉に一瞬気を取られるヴィータとザフィーラ。そして、なのははユーノの思惑を理解し、自分も宣言することを決意した。

 

「わ、私は高町なのは! 地球出身で、ここにいるユーノ君に導かれて魔導師になったの。私も、ユーノ君と同じ民間協力者で……ええっと。事情は殆どユーノ君と同じ!」

 

 困惑するヴィータ立ちとクロノ達管理局の面々。彼等はユーノの意図するところが理解できない。しかし、フェイトとアルフ互いに頷き会い、デバイスをいったん金のエンブレムに格納し、二人で名乗りを上げることとした。

 

「私は、フェイト・テスタロッサ。私は管理局の嘱託魔導師で時空航行艦アースラに所属しています」

 

「同じく、フェイトの使い魔のアルフだよ。アタシは嘱託じゃないし、魔導師でもないけど、フェイトの行くところなら何処にだってついて行く。それだけだ」

 

 アルフの口上を最後にユーノは再びヴィータに視線を放った。

 「自分たちは名乗った。次はそっちの番だ」といわんばかりの視線を浴びせられては、ベルカの騎士を誇りとするヴィータ達には自身も名乗りを上げる以外に方法を見つけることが出来ない。

 

 まんまと乗せられたとヴィータは奥歯を噛みしめ、一度手に持つデバイスを手の中に収納し、帽子を外した。

 

「アタシの名はヴィータ。ヴォルケンリッターが一、鉄槌の騎士ヴィータだ! 良く耳に叩きこんどきやがれ、コンチクショウ!」

 

 武器をしまう相手に対して武器を構えるのは騎士の誇りに反する。ヴィータはその分、上空で油断無くデバイスを構えるクロノを横目で警戒しつつ乱暴な口調で自らの名を名乗った。

 

「ふむ。騎士の道理を弁えている。なかなか骨のある男だな、イージス。私は同じくヴォルケンリッターが一、盾の守護獣ザフィーラ。貴様らとはなかなか、長いつきあいになりそうだ」

 

 両腕の手甲以外に武器を持たないザフィーラは特に武器を納める事もせず、ただ腕を胸前に組み低い声を響かせ名乗りを上げた。

 

『直上に警戒。目標紫、結界内に進入!』

 

 武装局員の一人が念話で放った警告と共に、紫の魔力光をたなびかせ一人の騎士がフィールドへと降り立った。

 

「ふむ。なかなか面白い状況になっているな」

 

 足を踏みならし、鞘に収めた剣の柄から手を離した剣の騎士シグナムはフィールドの感覚を肌に浴びながらゆっくりと上体を起こした。

 

「私はシグナム。ヴォルケンリッターが烈火の将、剣の騎士シグナム。なるほど、このように口上を述べ合うのはどれほどぶりになるのか。実に心が躍るものだな」

 

 シグナムはそう言ってわき上がる感覚を噛みしめるように瞑目し、仲間達へ念話を送った。

 

『どうやら最初の駆け引きは相手に軍配が上がったようだな』

 

 シグナムの声にヴィータは僅かに舌を打ち鳴らし、

 

『悔しいけど、そうだねリーダー。で? シャマルは? あいつらの将はいるの? いないの?』

 

 ヴィータとザフィーラの懸念することはまずそれがあった。敵軍の将。前回の戦闘で自分たちに辛酸をなめさせた司令官。この場にいる三人はその姿を確認していないが、目の前に現れたものの中にはその存在はいないということだけは確かだった。

 

『後ろに潜んでいる可能性もある。シャマルは発見できたのか?』

 

 ザフィーラもビルの頂上に立つ敵と視線で牽制しつつ念話を送った。

 

『今のところシャマルの警戒網には入っていない。ただし、今のところは、だ。どうなるかは分からん』

 

『むう。前回は収集することで何とかなったが、今回はそれが使えない。出来ることなら、最優先に排除しておくべきなのだが』

 

 シグナムの答えにザフィーラに僅かな焦りが見えた。シグナムは鋭敏にそれを感づき、

 

『敵将はシャマルに任せよう。我らは目の前の敵を。あれもそういっていた』

 

『オーケー、シグナム。だったら話しは早いね。アタシはイージスとやる。変なちょっかい掛けないでよ?』

 

『了解だヴィータ。油断するな』

 

『誰にいってんのさ、シグナム。じゃあ、そういうことで』

 

 ヴィータはそう言って秘匿念話回線を切断し、改めてデバイスを構え細めた視線をさらに鋭く研ぎ澄まし、その先の一点にたたずむ少年を睨み付けた。

 

「来いよ、イージス。テメェの相手はあたしだろう? あの時の借り、返させて貰うよ」

 

 ユーノはその眼差しに大きく首を振り肯定し、夜の空へと舞い上がろうとする。

 

「待って、ユーノ君」

 

 それを引き留めたのは、その隣でレイジングハートを握る少女なのはだった。

 出鼻をくじかれた形となったヴィータは「ああん?」と怪訝に眉をひそめるが、なのははそれにも負けず、はっきりと瞼を開き、グッと視線に力を込めた。

 

「私も一緒だよ」

 

「なのは」

 

 ヴィータは一騎打ちを望んでいる、そう感じるユーノはヴィータの表情を伺うが、果たしてそこに浮かんでいたのはユーノが予想した通りのものだった。

 

「あたしは、そいつと戦うって言ったんだ。関係ねぇ奴は引っ込んでろ!」

 

「関係なくない! だって、私は、ユーノ君のパートナーだから! それに、私もヴィータちゃんとは関係、あるよ。私はいきなりヴィータちゃんに襲われた。私は、ヴィータちゃんの話が聞きたい。それじゃ駄目?」

 

 それに、ユーノとヴィータではどう考えても対等ではない。確かにヴィータの鉄槌を防ぐことが出来るのはこの中ではユーノだけだろう事はなのはも予想が出来る。しかし、ユーノはまともな攻撃魔法が使えないのだ。守っているだけではいずれヴィータに軍配が上がるのは歴前。だったら、自分がユーノの火力を受け持たなければならない。

 今まで、そうやってきた。ユーノとしてきた練習も、本来よりそれが前提としてくみ上げられているのだ。

 

「……いいよ、だったら二人まとめてかかって来なよ。じゃあ、行くよ」

 

 ヴィータは自身の敵を見定め、グラーフ・アイゼンを振りかぶりカートリッジをロードした。

 

「アイゼン! ラケーテン・フォーム!」

 

《Ja! Raketenform》

 

 グラーフ・アイゼンはヴィータの命令を受け入れ、その姿を変貌させる。

 鋭利に研ぎ澄まされた角錐の尖頭と、後方に備えられた魔導推進器。その威力の恐ろしさを思い出したなのはは足が震えそうになる。

 

『落ち着いて、なのは』

 

『ユーノ君?』

 

 突然響いたユーノの声になのはは思わず念話を送り返す。

 

『大丈夫。僕が守るから。なのはは落ち着いてヴィータを狙ってくれればいい』

 

『う、うん。そうだね』

 

『信じてるからね!』

 

 その言葉を最後に、ユーノは「はあああ!」と哮りを振りかざし、ただ一直線に空中へと踊り出し、点火されたヴィータの魔導推進器の襲い来る切っ先に手をかざし、

 

「ラウンド・シールド。チェーン・バインドもおまけだよ!」

 

 右手にシールドを、左手にバインドを。高速思考と並列処理の粋を見せつける彼に、ヴィータは「流石だな」と呟きながらただ真っ正面から大槌を振りかぶり、シールドに喰らいかかろうとする。

 

「そうしたいのは山々だけど……」

 

 しかし、そのインパクトの寸前。ヴィータはスッとグラーフ・アイゼンの尖頭を逸らし、さらに魔導推進器の推力を増幅させユーノのシールドとバインドをすり抜けるようにユーノの脇をかすめ、そのまま地上へと真っ逆さまに爆進した。

 その先にはいったい何があるのか。

 

「しまった! 避けて、なのは!!」

 

 ヴィータの目的に気がついたユーノは慌ててそう叫び、一点に目標を見定めたヴィータを追尾するように自身も下方へと飛翔する。

 

「えっ?」

 

 状況がつかめないなのは。

 

《緊急回避を!》

 

 そんな彼女に出来ることは、ただレイジングハートの警告に従い上空へと緊急回避をする事だけだった。

 

「!!!」

 

 なのはは何も考える余裕もなく、ただいつものように飛行魔法をロードしその進路を頭上へと設定するだけだった。

 

 なのはの足下に展開される飛行安定補助翼【Flier Fin】から進化した【Accele Fin】が二対の翼を羽ばたかせ、なのはは次の瞬間訪れた莫大な加速度に悲鳴を上げてしまった。

 

「ぐっ、ゲホゲホ……な、なに? 今の……」

 

《お気を付けくださいと言ったとおりです。微調整がすんでいませんので慎重な制御を要求します。下手をすれば、音速を飛び越えて大気圏の向こうへ突っ切ることになりかねませんよ?》

 

 一瞬で高度数百メートルまで飛び立ってしまったその速度に驚愕しつつ、なのははここに来て初めて自分はなんて恐ろしいものを持っていたのだろうかと自覚するに至った。

 

「余裕だな、お前」

 

 上空で静止してしまったなのはを待たせることなく、自身もカートリッジを消費して上空へとんぼ返りしたヴィータが再度なのはに向かって槌を振るう。

 

 今度は、避ける暇さえもない。それに、あんな加速を再び味わうのは恐怖しか湧いてこない。

 なのははレイジングハートに防御を命じ、レイジングハートは【Protection】の魔法をロードする。

 瞬間的に展開される桃色の障壁がなのはの前方を覆い尽くし、インパクトしたグラーフ・アイゼンの尖頭を捕らえる。

 

「な!? か、堅てぇ!」

 

 推進器から魔力を吹き上げるグラーフ・アイゼンだが、なのはの展開する障壁に傷さえも付けることが出来ない。一撃で勝負を決めるため、ありったけの障壁破壊の魔法を込めておいたのにである。

 

 驚愕するヴィータだったが、障壁を挟んでたたずむなのはもまた苦痛の表情を浮かべていた。

 

「きつい……きついよ。レイジングハート。出力が、強すぎるの……」

 

《もっと魔力を引き絞ってください。後15%ほど軽減されれば問題はありません!》

 

「無理……だよ……。緻密な魔力制御は、苦手なの……!」

 

《一度設定を組み直します。一旦離脱してください》

 

 レイジングハートの要求になのはは応えられそうにもない。今ここでバリア・バーストを発動させ、シールドを爆発させては、自分に降りかかる被害も甚大になってしまうだろう。

 

「なのはぁ!!」

 

 ユーノは停滞した二人に対してチェーン・バインドのアンカーを投げつける。

 ユーノの掲げた手の平の先から直線軌道で放たれた鎖状の魔力はかなりの速度を持ってヴィータへと襲いかかる。

 

「ちい!」

 

 おそらく、そのチェーンが着弾したところでそれほどのダメージはないだろう。しかし、それが物理攻撃の特性しか持たないと考えるのはあまりにも危険だ。

 着弾後、それらがばらけ自分を束縛するかもしれない。あるいは鎖の檻のように自分の行動を阻害するかもしれない。

 そう考えれば、ヴィータに残された選択肢は離脱することしか存在しなかった。

 

「なのは、大丈夫?」

 

 ユーノは即座になのはに駆け寄り、すぐさま彼女を背に回しヴィータと対峙した。

 

「う、うん。だいじょう、ぶ……」

 

 大きく肩で息をするなのはにユーノは思わず介抱をしたくなるが、今はそんな余裕はないと断念した。

 

《設定値の修正に成功。入出力ゲインを15%ダウンさせました。即応性はミリセック単位で減少しますが、おそらくこの程度がマスターの最適値かと思われます。なお、魔導炉の出力も30%から20%に設定し直しましたので、先ほどのような事は起こらないと思われます》

 

「あ、ありがとう。レイジングハート」

 

 なのはは、レイジングハートからの報告に礼を述べた。それにしても、さっきの状態でまだ魔導炉は3割程度しか稼働していなかったのかとなのはは知り、もしもこれが全力運転を開始すれば、自分の身体はどうなってしまうのかと恐怖に身をすくめた。

 おそらく、命を賭けなければならない絶対的な状況にならないとそれは使用することは出来ないだろう。そして、そのときこそが自分にとって最後の戦場になることも絶対的に決められたことだ。

 力を持つこと。その恐ろしさ。その片鱗をかいま見て、なのはは自身を奮い立たせる。

 

(やせ我慢でもいい。私は、一人じゃないんだから!)

 

 なのははそう自分自身に檄を飛ばし、再びレイジングハートを構えた。

 

「ユーノ君、今度は、こっちからいこう。私が撃つから、その隙にユーノ君が捕まえて!」

 

 先ほどはイレギュラーが生じたとはいえ彼女の攻撃を受けきることが出来た。しかし、出力を抑えた今の状態ではおそらくあれだけの防御性能と即応性を発揮することは出来ないだろう。つまり、先ほどと同じ状況を作られれば、敗北するのはこちらだ。

 だったら、打って出る。先手を打たせない。相手の行動すべてをこちらの制御下に入れる。

 それは、先の戦闘でアリシアが示した事だ。それさえ完璧に行えれば、たとえ劣る戦力であっても十分相手を追い詰めることが出来る。

 

「分かった。僕の後ろから。ヴィータの死角から撃って」

 

 ユーノはなのはに託し、自分のやるべき事を確認した。

 

「うん。行くよ、レイジングハート」

 

《Yes,Master. 【Accele Shooter】stand by》

 

 レイジングハートは新たに組み込まれた、今回の改良の真骨頂とも言える魔法プログラムを儀式のように一つずつロードし、なのはの魔力と魔導炉から供給されるエネルギーを先端に収束させ輝かせる。

 

「アクセル・シューター……シュート!」

 

《Ready!》

 

 なのはとレイジングハート。一人と一つの声が重なり、一気に発動した魔力は12状の桃色の軌跡となって爆発的に加速される。

 

《諸元入力。中間弾頭制御良好。マスター、照準をあのリトルへ。終末誘導はすべて私の制御で行われます》

 

 瞬間的になのはの脳裏にもたらされる情報に彼女は目を見開く。

 アクティブ・レーダーから供給される周囲の情報。そして、新設されたイルミネーターの制御のみが自分に与えられ、自身が行うことはただその方向を制御する事のみ。

 

 軽い。となのはは感じた。

 

「んな!?」

 

 突然ユーノの背後から放たれた12の光線。それが魔力弾頭だと気がついたヴィータは「バカな奴」と思ったが、それらが曲線を描きそれぞれ異なる軌道を描いて自分に襲いかかってくる様を見せつけられそれは「バカな!」という驚愕に入れ替わった。

 

「こんな膨大な弾。一人で制御できるはずはねぇ!」

 

 ヴィータは一瞬全方位防御魔法【Panzerhindernis】の展開を思い立つが、行動を止めればユーノに喰われるだけだとそれを棄却し、乱暴に舌をうちながら襲い来る魔法弾頭を必死の思いで回避する。

 

《セミ・アクティブ・ホーミング良好。誤差既定値内》

 

「なんだかよく分からないけど、いけてるんだね?」

 

《Yes,Master. You are perfect》

 

 なのはは空中の足場に立ち、いつものように行動を止めてただイルミネーターの照準を必死に動き回るヴィータに会わせ続ける。

 なのははまだ三基のイルミネーターの一つしか活用できていない。今回の目標が一体であることからそれは十分と言えるのだが、一体の目標に対して三基のイルミネーターを同時運用すれば、その分精度も向上する。

 しかし、求めるのはまだ先だとレイジングハートは判断し、いずれこれが動きながらも出来るようになれば良いと密かに思いながら弾頭の制御を続けた。

 

「チェーン・バインド! いい加減、捕まってよヴィータ!」

 

 グラーフ・アイゼンを振り回し、ユーノが召喚した鎖となのはが発射した弾頭を地道な作業で打ち落とすヴィータはようやく焦りから復帰しつつあった。

 

「捕まえてみやがれ! イージス。うらぁ!!」

 

 密度が減りつつある弾頭の合間を縫ってヴィータはユーノへと打撃を放つ。

 

「捕まらないから言ってるんじゃないか! 往生際が悪いよ。僕となのはのタッグは絶対負けないんだからね!!」

 

 ラケーテンから通常のフォルムに戻ったグラーフ・アイゼンをシールドで受け流しつつユーノは間隙を入れずリング・バインドでヴィータを空中に固定しようとするが、ヴィータはインパクトが通らないと判断すればすぐに離脱を繰り返すため思うように彼女を捕らえることは出来ない。

 

「だったら、ベルカの騎士に負けはねぇ! 負けねぇってことは、絶対勝つって事だ!! はや……主のためにも、あたしは絶対負けられねぇんだよ!」

 

 最後の弾頭を打ち落としたヴィータはようやくカートリッジをロードし、そのフォルムを再びラケーテンへとシフトさせる。

 

「もう一度、アクセル・シューター、シュート!」

 

 弾をとぎれさせるわけには行かない。自分がイルミネーターをもっと美味く使えていたら一基あたり12発の三倍の弾頭を制御できるはずなのにとなのははもどかしくなるが、無理は出来ないと心に言い聞かせ再び12発のアクセル・シューターを射出する。

 

「まだくんのかよ!」

 

 ヴィータは、鉄球を三発生み出しそれを大槌で薙ぎ払うように打ち出した。

 

「!!!」

 

 なのははその鉄球の向かう先が自分だと気付いた瞬間、照準機をそれらの一発一発に合わせ各個迎撃を開始する。

 幸い、その鉄球の軌道は非常に単純でなのははヴィータに照準を合わせながら別の照準機で鉄球に狙いを付けることが出来たが、その分ヴィータに対する照準が甘くなってしまう。

 

「今度こそ!」

 

 甘くなった弾頭軌道。それを最後のチャンスとばかりにヴィータは推進器を点火し、ユーノへと襲いかかる。

 

「ラウンド・シールド!」

 

 ユーノは先ほどの間違いを犯さないと歯を食いしばり、バインドの構成をキャンセルしそれらのリソースをすべてシールドへと叩き込んだ。

 

「上等だ! 貫けぇぇぇぇ!!」

 

 ヴィータもそれが最後の手段。すべての力を込めて発射されたハンマーはインパクト時においてもフレームをスライドさせカートリッジを激発させる。

 これは、あの時と同じだ。

 ユーノはそう判断し、すぐさまバリア・バーストを敢行させる。

 

 爆発と閃光。そして、まき散らされる魔力の奔流に一瞬フィールドがホワイトアウトし、レイジングハートのアクティブ・レーダーもヴィータの姿を見失う。

 

「ようやく、捕まえた!!」

 

 その声がしたのはなのはの背後だった。

 振り向いたなのはの目に映るのは、バリアバーストの余波に晒されジャケットに穴を設けながらも猛禽類のごとく視線を浴びせつつグラーフ・アイゼンを振りかぶるヴィータの姿だった。

 

《Protection》

 

 なのはの判断では間に合わないと悟ったレイジングハートは自身に備えられた自動防衛機構を発動させ、障壁を生み出す。

 

 なのはは驚きを隠せなかった。この少女は、いったいどれほどの戦力を秘めているのか。鉄球を放つことで自分の照準を甘くさせ、その隙にユーノに襲いかかる。そして、ユーノのバリアバーストを見込んだかのようにその余波に紛れ本来の目標へと肉薄する。

 まだ、全然駄目だとなのはは実感した。これだけやってもまだ相手を制御下におけない。むしろ、自分たちがいいように活用されている。

 1+1を3や4にするのが戦術ではあるが、彼女はこちらの1+1を2以下にしてしまった。それもまた戦術のなせる技なんだ。

 

 プロテクションを直接叩かれ、なのははその衝撃のままに吹き飛ばされ、その先に未だ困惑して立ち止まるユーノに向かってぶつけられた。

 

「ぐぅ。な、なのは……」

 

 飛来するものがなのはだと確認したユーノはシールドを貼ること共出来ず、所々ヒビの入ったバリアジャケットでなのはを受け止め、かなりの距離を後退させざるを得なかった。

 

「ゴメン、ユーノ君。油断した」

 

 肩口を思い切りユーノの腹に撃ち込んでしまったなのははすぐさまユーノから離れ、彼に顔を合わせることも出来ないまま謝る。

 

「だ、大丈夫だよ……ゲホ、ゲホ。これぐらい、へっちゃらさ」

 

 やせ我慢をしている事はなのはにも理解できた。ユーノの咳き込みに違和感を感じるのは、ひょっとしたら骨に異常を与えてしまったのかもしれない。すくなくとも身体の中がでんぐり返っていることは確かだろう。

 この状態でユーノに前衛をさせるわけには行かない。かといって今の状態では、とてもではないが自分が彼女と接近戦をやり合うことは出来ない。

 

(詰んじゃったかな?)

 

 かたかたと震えるレイジングハートの先端はなのはの感情を如実に物語る。

 

 しかし、すぐさま襲いかかってくると思われたヴィータは何故か明後日の方を向いて念話で何者かと会話をしているように思えた。

 

 そして、ヴィータは「チッ、シャマルのドジ!」と呟くと、改めてなのは達の方へと向き直り口を開く。

 

「あんたら、防御しといた方が良いよ」

 

 ヴィータのぶっきらぼうな物言いに、一瞬「えっ?」と言葉を失うなのはだったが、次の瞬間、強装結界の頂点から響き渡る轟音に上空を見上げた。

 

「なに? あれ」

 

 それは、全天を覆う半球状の結界の頂上になにやら真っ黒な雷が落ちたような光景だった。それは、結界に阻まれ、まるでボールの表面を伝って地面に流れる水流のように分解されていくが、その圧倒的なエネルギーを前にして強装結界は徐々にヒビを生み出していく。

 

「ま、守らなきゃ……」

 

 いち早く状況を察知したユーノは印を結び、なのはを抱きかかえ地面へと急降下を敢行した。

 

「とりあえず勝負はお預けだ。だけど、次会ったら……命の保証はしないから」

 

 命の保証はしない。そう言ったヴィータの声がとても悲しいものに包まれていたのはユーノの気のせいだったのだろうか。

 そして、彼女が去り際に『楽しかったよ、イージス。また、会おうな……』と念話で話しかけてきたように思えたのはユーノの錯覚だったのだろうか。

 

 ともかくユーノは念話でフェイトとアルフを呼び出し、四人で円陣を組み考え得る限り最高の結界を構築しその災害に備えた。

 

 黒の雷が結界を打ち破り。漆黒の波動が激流となってユーノ達を襲いかかる。

 

『目標撤退。追尾開始!』

 

 ノイズだらけの通信を通してエイミィの声が彼らに届けられるが、彼らがそれに耳を傾けていられる余裕はどこにも存在しない。

 

 時間にして数秒の爆撃。しかし、それは結界を保持するために魔力を放出し続けたユーノ達にとって100年にも思える時間だった。

 

 霧が晴れるように徐々に輪郭を取り戻していく視界。結界が破られ、光が戻っていく町並み。ユーノ達はバリアジャケットを解除し徐々に雑踏を取り戻して再生していく町並みの中にたたずみ空を見上げた。

 

「負け、ちゃった……」

 

 なのはの呟きが星のない空へと消えていく。

 

「エイミィ、追尾は?」

 

 いつの間にかなのは達の側に下りてきていたクロノが独白のように呟く。

 

『ごめん、間に合わなかった……』

 

 現実を取り戻した街の中にモニターを生み出すわけには行かず、エイミィの声は念話の回線を通じてのものだったがクロノには彼女が今コンソールに突っ伏して自責の念に駆られている様子が目に映るようだった。

 

「そうか……ご苦労」

 

 クロノはエイミィに慰めの言葉を掛ける間もなく武装局員全員へ念話回線を開き速やかに撤収することを決定した。

 

「ごめんなさい、クロノ。止められなかった」

 

 人気のないところに向かう途中、フェイトは重々しく口を開きクロノに詫びた。

 アルフもそれに同意するように口を噤み表情に暗い影を落とす。

 ユーノとなのはがヴィータとやり合っていた時、同時にフェイトとアルフはシグナムとザフィーラと相対していた。実質的な一対一。ある意味望んだその状況にフェイトは善戦したが、その刃先が終ぞシグナムに届くことはなかった。

 フェイトとアルフの連携は完璧だったとクロノも思う。しかし、相手の連携はその何倍も熟練したものだったというだけだ。むしろ、あれだけの歴戦の勇士達を前にして無事に戻ってこられたことこそが何よりもの功績だとクロノは確信する。

 

「いや、フェイト達は完璧だった。なのはとユーノもね。今回は僕の失態だ。僕が油断していなかったら、あの爆撃は無かったはずだから」

 

 クロノは手を握りしめた。

 クロノが追っていたもの。それは前回アリシアの不意を突き――あれはアリシアがあえて誘導しそうなった結果だが――彼女のリンカーコアを収集した魔導師を捕縛する事だった。

 ユーノの索敵に頼ることが出来ず、駐屯所のエイミィの力を借りることでようやく発見できた彼女だったが、逮捕を目前にした寸前、それに介入するものがあった。

 

「あの仮面の男。いったい、何者なんだ?」

 

 現在駐屯所の電算室ではエイミィがその解析を行っているはずだった。あれも、騎士達の一員なのだろうか。いや、吹き飛ばされる寸前に見たあの魔導師の表情から察するに、彼らは初対面であるはずだ。

 

「三つ目の勢力ということか。忙しくなるな」

 

 特に最重要案件である闇の書を目前にして回収に至れなかったことが最大の失態だとクロノは判断する。

 作戦失敗の責任は誰にあるかと言われれば間違いなく自分にある。

 わざわざ本局より優秀な武装局員の一個中隊を借り受けて立案した本作戦。騎士達を閉じこめ、全員の捕獲までは行かないにせよ、最低一名の捕獲と闇の書の奪取。そのどれもが成し遂げることが出来なかった。

 AAA+ランクの自分、AAAランクの魔導師二人と、推定Aランクの魔導師二人を投入してさえ成し遂げられなかったとあってはなんの言い訳の言葉も浮かんでこない。

 

(アリシアなら。何とか出来ただろうか? 初見とはいえ、前回は今回に劣る戦力しか持たずフェイト達を勝利に導いたアリシアがここにいれば、結果は変わっていたんだろうか?)

 

 しかし、アリシアを戦場に投入しないことを決定したのは他でもない自分と母、リンディだ。いくら有能とはいえ、幼児の域を脱しない少女を戦場に送り込むことは出来ない。

 だが、そんな管理局の正義や自分たちの倫理観でこの場を危険にさらし、今後さらにこの世界や他の世界に与える危険を増大させることになってしまったことも事実なのだ。

 今後、さらに犠牲者は増えるだろう。今のところは人的な被害は出されていないが、追い詰められた彼らが最終的にどのような手段を講じるのか、それを推測することは容易にも思えた。

 

(いったい僕たちは、何を優先しないといけないんだ。管理局の正義か? 次元世界の法か? 自分たちの既存概念か? それとも、この世界の安全か?)

 

 この世界の安全と自分たちの正義感。それのどちらが果たして優先するのか。クロノは答えをだす事が出来ないまま駐屯所への転送を開始する。

 

 嵐の過ぎ去った町並みは、それまでそこで何が行われていたのかも知ることはなく、ただ日常という名のノイズの渦へと埋没していった。

 

 

 


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