魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~ 作:柳沢紀雪
「…………今何時かな?」
レイジングハートの強化が終了し、最後の食事を食べ終わってからアリシアとユーノはそのまま折り重なるように床に倒れ込み、瞬時に意識を失っていた。
三日ほどの貫徹は流石に幼い身体にはハードだったらしく、何となく頭の奥の方がうずいている感触も残る。
部屋の設備を冷却するために低く設定されている室温にも関わらず殆ど身体が冷えているように感じられないのは、眠っている間に暖を求めて隣で気を失うユーノと身体をすりあわせ抱き合っていたからだとアリシアはようやく気がついた。
「くぅ……」
まるで少女のような寝顔でアリシアを抱きしめるユーノは本当に幸せそうな表情に思えた。あの地獄から解放された反動であるのなら当たり前かと思いながら、アリシアは自由のきかない身体を何とかよじって天井近くに設置された時計に目を向けた。
「四時間か。そんなに寝てないな」
眠る寸前に横目でしっかりと確認した時の短針は、今ではきっかり四つ分目盛りを回転させている。
タイムリミットは後二時間。
もう少し寝ていたいと感じるアリシアだが、これからある程度身なりを整えるのに必要な時間を考えるとちょうど良い時間だと判断する。
これからシャワーを浴びて、歯を磨いて、下着から服から全部取り替えて。髪もある程度は手入れをしないとリンディやエイミィから面倒な小言を言われてしまうからそれも何とかしなければならない。
「女ってのはどうしてこう面倒なのかな。男は気楽で良かったのに」
もちろん、男は男で身だしなみ云々で気を遣わなければならないということはあるのだが、女に比べると何倍も気楽で済むことをアリシアはようやく実感することが出来た。
まあ、その分着飾る楽しさというものがあるのだが、残念ながら今のアリシアではそのことに楽しみを見いだすまでには至っていない。
ただ不幸中の幸いだったことは、この身体が未だ成熟とはほど遠いものだということかもしれないとアリシアは考える。自分の身体に欲情するのは悪夢だ。幼い故に性欲の感情にも無縁だということも慰みになるといえばそうなのかもしれない。
(将来はどうなるのか、考えたくもないね)
アリシアはそっとため息を吐き、いつまで経っても進展しないこの状況を打破するため少し強めに身体を動かして眠るユーノの両腕から一生懸命抜けだし、ホッと一息入れた。
「酷い臭い、髪も最悪。リンディ提督やエイミィが見たら激怒するどこから卒倒しそうだね」
アリシアは自分の身体の臭いをかぎながら眉をひそめ、足下で昏睡したように眠るユーノに目を向けた。
「あれだけ揺すったのに起きないんだったら、自然に目を覚ますのを待つしかないかな」
しかし、こんな形でなのはに会わせるのは酷だとアリシアは思う。やはり、元親としては将来義理の娘のようなものになる少女との関係は応援したいし、息子のようなものにこんな格好で人前に出したくはない。
故に、誰かを呼ぶという案もアリシアは却下した。
「仕方ないか」
アリシアはそう呟き、久方ぶりに魔術神経を少しだけ開いて筋力を強化した。アリシアは「よっこらせ」と言いながらユーノの両手を持ち上げ、そのまま特別工作室横に付けられた個室のシャワールームへユーノを引きずり込むように一緒に入っていった。
「少し前までは一緒に入るのも珍しくなかったから。大丈夫だよね」
一応脱衣室の鍵をかけ、アリシアはそう言い訳して、自分の服と一緒にユーノの服を脱がせていった。
一応脱いだ服は全自動のランドリーに放り込んでおき、再びユーノの両腕をつかんでバスルームに引きずり込む。
タイル調の床は乾いて冷たかったが、滑りは良くユーノを引きずるのにそれほどの労力はいらないようだ。
「ふう……魔術神経で強化してるっていっても、男の子を運ぶのは少し骨が折れるね」
思いの外疲労する両腕をさすりながら、アリシアは裸のままタイルにペタンと腰を下ろしここまでしてもなお目を覚まそうとしないユーノにある意味驚嘆しながらバスタブに湯を張り始めた。
ユーノに聞いたことだが、どうやら日本という国はバスタブに予め湯を張っておき、それにゆっくりとつかることで身体の疲れを癒すというらしい。
ベルディナが巡り歩いた世界でもそういう習慣、いってしまえば日本と全く同じ習慣を持つ国も極稀ではあったが存在したため、アリシアは特にそれを奇妙に思うことは無く、むしろそうした方が気分良く入浴出来ることも知っていた。
「さてと、お湯も張れた」
アリシアは一応湯船に手を突っ込んで水温を確認する。シャワーを浴びるには少し熱い感触の湯だが、ただつかるだけならちょうど良い湯温のようだ。
アリシアはよっこらせとと言って仰向けになったユーノの背中に手を差し込み抱き寄せるようにして、瞬間的に魔力神経の出力を最大にして彼を持ち上げ、自分も一緒に湯船に向かって跳躍を敢行した。
「もごあぁぁぁ!!!」
二人分の質量が数十センチという高さから着水し、盛大に飛び散った水しぶきの中、まるで断末魔のような叫び声を上げながらユーノは一気に目を覚ました。
「やあ、おはよう。ユーノ」
頭の先からつま先まで全身をびっしょりと濡らしてアリシアはようやく覚醒したユーノに、これ見よがしに弾けんばかりの笑みを贈ってやった。
「あ? え? なに? アリシア? 何で裸……って僕も裸だ。何で!」
アセアセと周囲を見回して状況を把握するのに一杯一杯なユーノを眺め、アリシアはとりあえず彼の頭をポンポンと撫でて落ち着かせ、
「お風呂だよ、ユーノ。時間もないから一緒に入ろうと思って。どうでも良いいけど、もう少し隅に寄ってくれないかな。二人で入るにはちょっと狭いんだから」
アリシアはユーノをバスタブの縁にもたれかからせるように彼を押しやり、自身は開いたユーノの足の間に身体を滑り込ませた。
「ちょっと、アリシア。それはないよ」
ユーノはいきなり迫ってくるアリシアの細い両肩を掴み何とか引き離そうとするが、
「逆になったな、ユーノ。昔は、”俺”の方がこうやってユーノの背もたれになってたってのに。人間、変われば変わるもんだ」
その言葉に、ユーノは肩を押しやる力を抜きざるを得なかった。
「あの、アリシア? 肩震えてるけど……寒いの?」
いや、ユーノも分かっている。その肩の震え。どうしてアリシアが自分に背を向け表情をのぞき込まれないようにしているのか。
波の立たない水面に落ちる水滴の音は、果たして天井から滴る雫なのか。ユーノはそれを意識から外した。
「湯冷めは風呂から上がってからだよ。むしろ、ユーノの心臓の音が聞こえて暖かい」
アリシアはそう言って力の籠もらないユーノの腕を押しやって背中をぴったりとユーノの腹に付け、後頭部から響いてくる心地よいリズムに耳を澄ませた。
「そうだね、アリシア。その通りだ。だけど、僕は少しだけ寒いんだ。だから、こうさせて貰っても良いかな?」
ユーノはそう言ってそっとアリシアの矮躯を両腕で抱きしめ、両手をちょうどアリシアの腹部で組むように彼女を胸の中に包み込んだ。
「私は結構体温が高いよ。熱すぎない?」
いきなりのユーノの行為にアリシアは少し驚きつつもそれはすぐに穏やかな笑みになり、そっと下腹部を撫でるユーノの手の上に自身の手を置き、「ふう」と一息吐いた。
「ランプを抱いてるみたいで暖かいよ。このお湯、アリシアにはちょうど良いかもしれないけど、僕には少しぬるいんだ」
ああそうか、とアリシアは理解した。子供は熱い湯を苦手とする。故に、アリシアは今の自分の感覚でちょうど良いと感じる温度で湯を貼ったために、アリシアより多少年齢が上であるユーノにとっては少し温度が低く感じられるのだろう。
「そういえば、”私”もユーノと入るときは結構ぬるいお湯に入らされた覚えがあるね。他人の立場にならないと、そう言うのは分からないわけか」
興味深いなと呟くアリシアに、ユーノは口を噤んだ。
沈黙がバスルームを包み込み、二人の耳に聞こえる者は互いの鼓動の音とそれを支える呼吸のみ。
「僕は、まだ何もアリシアに返せてない」
ユーノはそっと呟いた。
「私はユーノが幸せだったら、それでいいよ」
アリシアもそれに答える。
「僕は、それでも貰ってばかりじゃ嫌だ。何も返せないままの自分は嫌なんだ」
「私……彼は何かを返して欲しくてユーノを拾ったんじゃない。どっちかというと、利己的な理由だよ」
「僕はそれでもベルディナ―アリシアに感謝してる」
「私はそれを聞けただけで十分」
「僕はいつかアリシアに恩返しをするから。アリシアが拒んでも絶対に。拒否権なんて認めないから」
「……分かった、楽しみにしているよ。まあ、ひとまず手付けとして……」
アリシアはそう言ってユーノの手をほどき、立ち上がって彼と正面から向き合った。
「髪を洗ってくれないかな? この長い髪だと一人で洗うのが凄く面倒なんだよ」
手も短いから届きにくいしね、と微笑むアリシアにユーノはにっこりと微笑み頷いた。
二人の関係をなんと定義づければ良いのか。仲の良い兄妹でもなく、気心しれた親子でもない。親愛と友情。その狭間で揺れ動く感情に名前を付けることは出来ず、二人はそれでもこの感覚に名前を付けなくてもいいと感じていた。
そう、自然に。自然に側にいれば、やがて自然に離れていくだろう。すべてが自然ならば、そこになんの疑問も寂寞も挟むことはない。
二人は、この位置に立ち止まることを心に決めた。
******
着替えは三日分持ってきていたはずなのに、結局使ったのは元々着ていた服を入れて二着だけだと言うことにアリシアとユーノはなにやら複雑な表情を浮かべた。
「ちゃんと着替えて風呂に入ってたら、もう少し作業効率がアップしてたんじゃないかな?」
というユーノの言葉に、アリシアは何も言い返せなかった。風呂場で身体を擦り、全身の皮膚が二三枚入れ替わったのではないかという程にボロボロとこぼれ出た垢を目の前に、流石のアリシアも目をひん剥いて唖然とするしか他がなかった。
ともかく風呂から出て、全身をまんべんなくスキンケアした後に新しい服と下着を装着した時には何となく生まれ変わったのではないかと思えるような感覚にアリシアはご機嫌だった。
風呂上がりのスキンケアはとても面倒だが、肌の弱いアリシアとしてはこうしないと肌が荒れるどころではない悲惨なことになってしまうのだ。
「だけど、本局はいいね。地球やクラナガンと違って憎い天敵がいないから」
本局にいるときは帽子も黒眼鏡も必要ない。露出部に入念なUV対策をする必要もなく、実に自然体でいられる。
「そうだね。本局は照明こそ自然な光感を出すけど、そう言う対策は万全だからね」
《やはり、アリシア嬢は本局で住まいを探すおつもりですか?》
ユーノの首にかけられた紅い宝石、レイジングハートはアリシアは地球があまり好きでは無いように感じた。
「まだそこまで考えていないよ。住むとこを探すって言ってもまだ未成年だし。まあ、リンディ提督について行くことになるんじゃない?」
《しかし、一応給料は貰っていると聞いていますが? 翻訳の仕事をされていたのでは無かったですか?》
レイジングハートにそれを教えたのはユーノかな、とアリシアは類推する。
「給料といっても、あれはリンディ提督のポケットマネーだからね。依頼料とか成功報酬とかはクライアントから支払われていると思うけど、一人で食べていけるものじゃないよ。一応月に50ミッドガルド貰ってるけど、その分の働きが出来てるとは思えないし」
アリシアはそう言って肩をすくめるが、実際の所アリシアの稼ぎは月50ミッドガルドで収まるようなものではない。
古代ベルカ語に精通する彼女はこの半年間でそれなりに名前が広まり、特に古代ベルカの歴史の多くを貯蔵している聖王教会の覚えは良いのだ。
ただ、それにしては依頼が少ないのは、彼女があくまでリンディ・ハラオウン提督付きの民間協力者であるため、外部から接触することが困難であるためなのだが。
将来的に独立することも視野には入れてはいるが、今決めることではないとアリシアは実に気楽に構えている。
「まあ、それは置いといて。フェイトがいるならどこでも良いよ。一人になるのを考えるのは、フェイトが私を必要としなくなってからでもいいしね」
そう言うアリシアにユーノは「アリシアらしいね」と言って、廊下の向こうから姿を現せたなのはとフェイト、アルフに手を振った。
二人とも近所に買い物に行くようなラフな格好をしていた。こんな時間に出歩くことを許可したなのはの両親にアリシアは少し首をひねるが、実際の所はなのはは今日はフェイトの家でお泊まりすることになっているため時間的にも余裕がある状態なのだ。
「こんばんは、お姉ちゃん。お疲れ様」
アルフ経由でマリエル・アテンザ技術主任から既にバルディッシュを受け取っていたフェイトは、そう言って預かっていたアリシアのデバイス、バルディッシュ・プレシードを彼女に手渡した。
「うん、ありがとうフェイト。そう言えば、私もアテンザ主任に預けていたっけ。すっかり忘れてたよ」
アリシアはそう言って頭の後ろをかいた。そう言えば、マリエルはプレシードをバルディッシュのテスト機として使用したいと言っていた。彼女はプレシードにも新機構を搭載したのだろうかとアリシアは黙して語らないプレシードをのぞき込むが、忘れていたという言葉にへそを曲げてしまったのかプレシードは全く答えを返さなかった。
(後でご機嫌取りをしないとね)
アリシアはそう思いながら、それにしても自分がデバイスと関わるとどうも人間くさくなってしまうのはどうしてなのだろうと考えた。
自分にはインテリジェントデバイスのAIに人間味を持たせるような一種の才能というか、ある意味特異体質のようなものでもあるのだろうかとどうしようもないことを考えてしまうが、今はその考察をするときではないと思い立ち思考を打ち切る。
「なのは」
「ユーノ君。久しぶり。身体とか壊してない? ちゃんとご飯食べてた?」
「今回はちょっとね」
「ダメだよ。レイジングハートを直してくれたのはとっても嬉しいけど、そのせいでユーノ君が身体を壊したら意味がないんだからね!」
《マスター、そのあたりで許してあげてください。ユーノの仕事はパーフェクトでした。ユーノが不摂生だったのも殆どがアリシア嬢の責任でしたから、責めるならアリシア嬢にしていただけますか?》
「それ、ホントなの? アリシアちゃん」
レイジングハートの言葉を聞き、なのはは若干子供らしからぬ鋭い視線をアリシアに投げかけた。
「言いがかりはやめて。確かにユーノをこき使ったけど、そうでもしないとあの難局は乗り越えられなかったよ」
なんかこいつら苦手だなぁと思いながらアリシアは両手を挙げて投降のサインを送った。
《貴方はよりにもよって私の大切な、大切な、マスターの次に大切なデータを削除した。その恨みは一生ものですからそのおつもりで》
ああ、そう言えばとアリシアはようやく思い出した。そう言えば、修理中に癪だったんでレイジングハートのデータに残っていた高町なのは成長記録なるものをすべて消してやったんだった。
そりゃあ怒るよねとアリシアはつらつらと思いながら、「悪い悪い、そう言えばそんなこともあったっけ?」と反省のかけらも見えないような謝罪を述べながら腹の底では色々と薄暗いことを考察していた。
(これはあのバックアップが思いの外役に立ちそうだな。後数年、10年も経てばあれを使ってなのはを揺することも可能になりそうだ。しかも場合によれば、レイジングハートに責任転嫁してやれば言い訳だし。これは面白いことになりそうだね)
それをどのタイミングで使用するか。向こう数年間の暇つぶしにはもってこいだとアリシアは考えながら、ギャアギャアとうるさいなのはとレイジングハートを宥めなる。
無意識ながら、着実に弱みを握りつつあるなとアリシアは思う。クロノの弱み、ユーノの弱み、なのはの弱み、かつてアースラで繰り広げたエイミィとリンディとの情報戦争で得た二人の弱み。やはり、人生はこうでなければ面白くないとアリシアは薄暗い感情を大いに楽しんで転がした。
一通りのじゃれ合いを終えたアリシア達は、さてとと肩を卸し落ち着いて地球のハラオウン邸に待機中のエイミィに連絡を取る。
『そう、無事受け渡しは終了したんだね』
バルディッシュの通信画面に映るエイミィのホッとした様子を見ながら、アリシア達は海鳴の仮設駐屯所への直通トランスポーターに向かっていた。
「なかなか平穏無事とまではいかなかったけどね」
なのは、フェイト、ユーノの後方のアルフの隣を歩きながらアリシアはそう言って苦笑を浮かべた。
「あう、ごめんなさい」
ユーノのことになると暴走してしまいがちのなのはは申し訳なさそうにシュンと声を潜める。
エイミィは「あれあれぇ」とからかうようになのはの表情をのぞき込むが、流石に通信越しにそれ以上からかうことは出来ないようで、すぐに話題を元に戻す。
『それじゃあ、戻ってきたら色々と説明したいこともあるから、なるべく早く……』
エイミィがそれを言い終える寸前、画面越しのコンソールルームに非常警戒宣言の発令を示す真っ赤なアラートと、画面の左下に《Caution》のサインが浮かび上がった。
「どうしたの、エイミィ」
何が起こったか、今のこの状態において非常にわかりやすい状況が舞い込んできたという証だった。
フェイトは、その瞬間まるで風になったように駆け出し、通信画面を投影していたバルディッシュもそのまま一緒に本局の廊下を駆け出していく。
『至近にて警戒対象2確認。武装隊が目標朱と青を補足し、現在周囲を固めてる。えっ!? 執務官? って、クロノ君が現場に急行?』
「エイミィさん、私たちも行きます。クロノ君達の所に送ってください」
トランスポーターに到着し、息を荒くするなのはは首にかけられたレイジングハートを手に握りしめ、はっきりとした意志を持って戦う決意を固めた。
『分かった、転送先を変更するから少しだけ待って』
エイミィはそう言って一旦通信を終了し、そこにそろうメンバーの前から姿を消した。
『出撃前のこの一瞬の緊張。やっぱり堪らないな。最高の一瞬だ。戦いのすべてはこの瞬間にすべてが集約されている。そうは思わないか? プレシード』
胸の前でギュッと手を握りしめ、心臓の音をレイジングハートに聞かせるように瞑目してたたずむなのは。
そんななのはを見て、アリシアに目を向け、アルフと何か念話で話しをしている様子のフェイト。
胸中に何かを持ち、それを果たすことを願う男の表情を見せるユーノ。
皆が皆、この戦いで得たいものがあり、成し遂げたいものがある。そして、それが敵と相容れず共に譲歩できないことであるから人々は戦い続けるのだ。
『《私にはその気持ちは計りかねます。ユア・ハイネス》』
アリシアの念話を受けて、しばらくその意味することを考察していたプレシードは結局それを理解することは出来なかった。
『レイジングハートなら、「相変わらず
『《レイジングハート卿と同じようにせよと言われてもそれは不可能です。私の役割は貴方のサポートのみ、それ以外は余計と考えます》』
『……アテンザ主任に弄られてから少し性格変わった?』
『《いいえ、自分自身の存在意義を再確認しただけです、ハイネス》』
『まあ、お前がそう決めたんならそれで良いんだけどね。たまには話し相手になってよ、プレシード』
『《いずれ話し相手以上の存在になってみせますよ、ハイネス。それが私の願いだということを再確認しました》』
『そう、それは楽しみだね』
果たしてマリエルはプレシードに何を吹き込んだのか。そして、プレシードの持つ願いが実現できる可能性があるということは、今回のことでそれを実行するための下地が出来上がったと言うことだ。
少なくとも、ドリルが付いていないことだけを願いながらアリシアはプレシードとの念話を打ち切り、転送を待った。
『みんなお待たせ。じゃあ、行くよ。目標、強装結界内部。座標固定完了。転送、開始!』
再び出現したエイミィの映像と共に輝きを増すトランスポーターの魔法陣。
『みんな、頑張って。怪我をしないように、生きて帰ってきて!』
エイミィの願いを受け、皆はゆっくりと頷き、光によって身体と意識が引きずられる感触に身をゆだねた。
アリシアは転送直前の皆の表情を眺める。この少年少女達はいったい何を思って自ら戦場へと向かうのだろうか。そして、かつての自分もこういう顔をして戦場へと向かっていたのだろうか。
恐怖と不安の中に確かに輝く勇気と強い決意を秘め、彼らは激動たる戦場へと向かっていく。
(出来ることなら、この子達が戦場で何を見いだすのか。何に絶望し、何に打ちのめされ、そしてどうやってはい上がっていくのか。私は、それをそばで見守っていきたい)
瞬間的に網膜を突き刺す閃光に途方にもない激痛みを感じ、アリシアは思わず両手で目を押さえた。
(ああ、そうだった。転送の時は眼鏡をかけないといけなかったんだ)
次はサングラスをして来ることを心に決め、アリシアは転送が終わる時を待った。