魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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第九話 Brilliant Starter

 

 武器は使わないのが一番なんだよ、とお姉ちゃんは言っていた。

 そのときの寂しそうな、悲しそうな笑顔を私はずっと忘れられないでいる。

 

***

 

 こんなに緊張したのは初めてアリシアをお姉ちゃんと呼んだとき以来だとフェイトは思っていた。

 フェイトはガチガチに身体を固めながら閉ざされた教室のドアから聞こえてくる教師の声に必死に耳を傾けていた。

 聖祥大学付属小学校。なのはやユーノ、そして先日友人となったアリサやすずかがかよう学校に今回フェイトも通うことが決まっていた。

 フェイトは制服という着慣れない服をつまみながら、着こなしに問題はないかと最後のチェックを行おうとするが、教師の「では、テスタロッサさん、入ってきなさい」という声にビクッと背筋を引き延ばし、ゆっくり深呼吸して扉をスライドさせた。

 

 教室に足を踏み入れた瞬間、クラスから「わぁ」という歓声が上がるが、緊張でがちがちになるフェイトにはそれがどういった意味合いのものなのかを類推する余裕はなく、担任教師の誘導に従いペコリとお辞儀をした。

 

「フェ、フェイト・テスタロッサです。この国には来たばかりなので、えっと、右も左も分からないのですが……よ、よろしくお願いします」

 

 昨日の晩、リンディやエイミィに付き合って貰った練習の通り、フェイトは何とか転向初日の挨拶を済ませ、ホッと一息吐いた。

 パチパチパチとわき上がる拍手の中からなのはが笑顔で手を振っているのが見えて、フェイトは頬を赤く染め小さくそれに手を振り替えした。

 

「テスタロッサさんはイタリア出身で、家族の事情で日本に来ることになりました。皆さん、仲良くしてあげてくださいね。じゃあ、テスタロッサさんの席は高町さんの隣になります。高町さん」

 

「はい!」

 

 なのははフェイトが隣の席になることを予め知っていたらしく、担任の呼び声に元気に手を挙げて答えた。

 

「今日一日、テスタロッサさんのことをよろしくお願いしますね。学校のこととか授業のこととか、色々と教えてあげてください」

 

「はーい、分かりました」

 

 なのはの元気な声に教師はにっこりと笑って頷き、フェイトを席に着くように促した。

 二人目の海外出身の転校生が珍しいのか、これからフェイトのクラスメイトとなる少年少女達は物珍しそうな、どこか期待に満ちた眼差しを通り過ぎるフェイトに向けながらこそこそと話しをする。

 

「はい、静かに。テスタロッサさんへの質問などは休み時間にするように。これで朝の会を終了します。日直、号令を」

 

 ぱんぱんと手を叩いて教師がクラスを落ち着け、日直の生徒が「起立、礼」と告げ、朝の会はそれで終了を告げた。

 

*****

 

 午前中の授業も終わり、一時間程度の昼休みに入ってフェイトはなのは達と昼食を取るために屋上に連れてこられていた。

 今の時期は外で食事を取るには気温が低く、実際春先と比べ屋上にいる生徒の数はフェイト達を含めても数人と言うところだ。

 幸いこの日は良く晴れていて、風が吹き付けない日向でじっとしていればある程度は暖を取ることも出来る。

 

「はぁぁ……」

 

 フェイトはリンディに用意して貰った暖かいお茶を飲みながら、心底疲れた様子で大きくため息を吐いた。

 

「あははは、大変だったねフェイトちゃん」

 

 心底疲れたという塩梅で深く息をつくフェイトを苦笑いで眺めながらなのははフェイトを労う。

 

「転校生の通過儀礼みたいなもんよ」

 

 フェイトに群がる少年少女達をとりまとめ質問会の音頭を取ったアリサは、こっちの苦労も分かって貰いたいもんだわ、とため息をつきながらフォークで弁当箱をつつきウィンナーを頬張った。

 

「うち私立だから転校生自体が珍しいからね。それにしても、私はてっきりアリシアちゃんも一緒に転校してくるものと思ってたけど。どうなの? フェイトちゃん」

 

 アリサの言葉にくすくすと笑いながらすずかは先日の歓迎会で知り合ったフェイトの姉の事を問いた。

 

「あ、お姉ちゃんは、その、色々事情があって……身体のこととか……」

 

 まさかアリシアは今本局の一室に籠もりきってレイジングハートの調整を行っているとは言えないため、フェイトは何とか言葉を濁すしかなかった。

 

「アリシアちゃん、お日様に弱いんだよね? やっぱり、こっちの学校に通うのは無理なの?」

 

 それを差し引いても、アリシアは事情持ちであることを知るなのはは心配そうにフェイトに聞いた。

 フェイトはそれに頷き、

 

「無理すれば何とかなるってリンディ提……リンディさんが言ってたけど、やっぱり難しいって」

 

 しかも、アリシア本人は学校に通うことを拒んでいる様子だった。実際、アリシアは本局に来て地球の勉強が遅れているユーノに勉学を教えていたこともあり、その知識は小学生の域を超えている。

 デバイスのアルゴリズムやシステムの構築には、微分方程式、行列関数、フーリエ級数やラプラス変換といった高度な数学的知識が必要であるし、それに運用される魔力もまた物理現象の一環と見なすことが出来るためそれに必要な物理知識、力学や電磁気学、魔法力学や制御工学など幅広い知識が必要とされる。

 これらの用語は地球固有のものだがそれに準ずるものはミッドチルダをはじめとした次元世界にも存在するのだ。

 

 はっきり言ってしまえば、今更小学生の学校に通ってまで勉強をするなど馬鹿馬鹿しくてやっていられないというのが本音なのだろう。現地語や歴史、文学、社会制度や産業経済などは教えて貰わなくても自分で学ぶことが出来る。実際、ベルディナは様々な次元世界を渡り歩く際に、そう言ったことは自力で学んできたのだ。

 

 だが、その側面を知らないなのはとしてはやはり学校には通うべきだと考えており、フェイトも姉と同じ学校に通いたいという願いがある。

 保護者のリンディとしてはなるべくフェイトの願いを叶えたいと思ってはいるものの、アリシアの事情を無視することは出来ない。故に、フェイトにはアリシアの身体の事情、太陽の光にきわめて弱いという先天的遺伝子疾患、を理由に今のところはアリシアの修学を控えているという状態だ。

 

「だけど、フェイトのお姉さんって何だが不思議な人よね。なんか、妙に落ち着いてるって言うか。下手したらあたし達より大人っていうかさ。っていうか、見た目あたしらより年下なのに、何でフェイトのお姉さんな訳?」

 

 もぐもぐと食事をほおばりながら、アリサは話題をそらせた。アリシアの事情というものには興味はあるが、本人のいないところで話されるべきではなく、また無責任な推測をするのもアリサは嫌った。

 

「あ、それは私も同感。なんだか、凄い大人の人と話してる感じだった。フェイトちゃんのお姉さんっていうのは違和感がないんだけど……」

 

 すずかもアリサの思惑を正確にくみ取り、彼女の話題に乗ることとした。

 しかし、何気なく出されたはずの話題にフェイトは少し困った表情を浮かべた。

 

「それは……アリシアは私のお姉ちゃんだから」

 

 説明になっていない答えだと言うことはフェイトも重々承知していることだった。実際、その答えにアリサもすずかも若干怪訝な顔を浮かべているが、フェイトの言いよどむ様子から余り他人が触れることではないと察しそれ以上の追求は差し控えることとした。

 

「それにしても。ねえ、なのはちゃん。ユーノ君はどうしたの?」

「そうよ、ユーノよ! 何であいつ学校に来てないのよ!?」

 

 すずかの問いにアリサは叫び声のようなものを上げて答えた。ユーノは既に日本に戻ってきていることは、先日のテスタロッサ姉妹の歓迎会で明らかなことだ。そもそもユーノがしばらく日本を留守にしていたのは、故郷にいる身内のことでやむを得ない事情があるとのことだった。

 その身内とは、今この場にあるフェイトのことに違いなく、アリサとすずかはフェイト達はユーノの遠い親戚なのだという説明を受けている。

 そのフェイトが、今ここにいるということはユーノの本国での用事は終わったと言うことではないか。

 そうであるはずなのに、蓋を開けてみればユーノは学校に顔を出さず、あの歓迎会の以降顔を見せていない。

 ほぼ一月ぶりの再会になり、アリサはユーノに対して不器用でしかいられなかったが、それでも心の根では彼の帰還をとても嬉しく思っていたのだ。

 

「あう、ユーノ君はまた国に用事が出来ちゃって。フェイトちゃんのお姉ちゃんと一緒にちょっとだけ帰省してるの」

 

 嘘は吐いてない、嘘は吐いていないとなのはは少し乾いた声で笑いながら冷や汗を浮かべつつアリサとすずかの表情を伺う。

 

「なのは、あんた。また隠し事してるんじゃないでしょうね?」

 

 なのはは隠し事が苦手だ。とても苦手であると言わざるを得ない。そんな彼女の虚偽が人の上に立つことを常日頃から学び続ける名家の令嬢達に通じるはずはない。

 

「あの、アリサ。ユーノは一週間ぐらいしたら戻ってくるから。心配しなくてもいいよ?」

 

 フェイトのその言葉にアリサは少しドキッとした。

 

「べ、別に心配なんかしてないわよ。ただ、なんだか、あれよあれなのよ」

 

 あれとかこれとか使い始めるのは知性の後退だぞ、とアリシアがこの場にいればそう言っていただろう。それぐらい、傍目からはわかりやすくアリサは狼狽していた。

 

「アリサちゃんは、ユーノ君がいないのが何となく物足りないんだよね」

 

 いいコンビだもんねぇとすずかは普段の二人の様子を思い浮かべながら、天然なのかわざとなのか分からない仕草でクスクスと笑った。

 

「あはは、アリサちゃんはユーノ君のこと大好きだもんね」

 

 なのははすずかの尻馬に乗りながら朗らかに笑う。しかし、なのはの飾らないその仕草に逆にアリサは頭を抱え、すずかは少し困ったような笑みを浮かべた。

 

「えっと、なに?」

 

 状況がつかめないフェイトはそう言うしかないが、状況は既にフェイトを相手にしていなかった。

 

「なのは、あんたねぇ。あんたがそんなんだとそのうちユーノが他の人のものになるわよ? それでも良いの?」

 

「えっと、ユーノ君は誰のものでもないと思うのですが……」

 

「だから! そうじゃなくて!! ああもう、このニブチンカップル!!」

 

 端から見ればどう見てもデキてるとしか思えない二人のこの朴念仁っぷりにアリサは激高するが、なのはとユーノの両者は未だ思春期も二次性徴期も迎えていない子供らしい関係であるとも言えるのだから、別段なのはがせめられる必要は無いのだ。

 それでも、家の教育の賜物なのか、同年代の少女としては多少早熟気味のアリサとしてはそんな二人の関係がもどかしくて仕方がないらしい。

 

「あの、アリサはどうして?」

 

 なのはとユーノのことになるとあそこまで熱くなってしまうのか分からないフェイトは自分と同じく話題の隅に追いやられたすずかにそっと耳打ちした。

 

「フフ、アリサちゃんはなのはちゃんとユーノ君が大好きだからね」

 

 答えになっていないような答えを貰い、フェイトはさらに困惑を強くする。

 

「ところで、フェイトちゃん。フェイトちゃんの連絡先を教えて欲しいんだけど」

 

 そんなフェイトの困惑をはぐらかすようにすずかは話題を変更した。

 

「えっと、家の電話番号でいい?」

 

 この国では主要な連絡手段が電気転送式の会話装置であることは知っていたフェイトは、ハラオウン邸の家電話の番号を思い出そうとする。

 

「あれ? フェイトってケイタイ持ってないの?」

 

 寸前までなのはに詰め寄り、組み敷いて馬乗りになって両頬を引っ張っていたアリサはフェイトの言葉にあっさりとなのはを解放し二人の話題に入ってきた。

 

「けいたい? 何を携帯するの?」

 

「あはは、携帯電話だよフェイトちゃん。ほら、こういうの」

 

 ヒリヒリと痛む頬を撫でながらなのははスカートのポケットから愛用の携帯電話を取り出し、画面を開いてフェイトにみせた。

 その画面には、半年前アースラで取った画像が示されておりフェイトは少し嬉しくなった。

 なのは、フェイトを中心としてユーノ、アリシア、アルフ、クロノにリンディにエイミィ。みんな画面の向こうで微笑みかけ、そこに写っている自分もはにかみながら笑っている様子にフェイトは少し恥ずかしくなった。

 

「ひょっとして持ってないの?」

 

 きょうびの小学生なら誰でも持ってるわよと言うアリサに、フェイトは少し困った様子を浮かべた。

 ミッドチルダにもこの手の携帯端末は存在するが、遠隔地との連絡に特化したものではない。魔法技術が主流となっているミッドではわざわざ端末を使わずとも念話という設備を必要としない技術が存在するのだ。

 

 しかし、これからしばらく地球で過ごすからにはこういった現地の端末も持っておくべきではないかとフェイトは考える。

 

「えっと、前に住んでた所はそう言うの必要なかったから」

 

 何となくみんなが持っていると聞かされると持っていない自分が恥ずかしくなってしまう。バルディッシュで代用することも出来るだろうが、管理外世界でむやみに魔法技術を使用するわけにもいかないのだ。

 

「ふうーん。イタリアって結構発展してると思ったけど、そうでもないのね」

 

 血筋的にもグローバルを地でいくアリサは久しく訪れていない遠い欧米の半島に思いを馳せた。

 

「あ、えっと。私が住んでたところが田舎だったからだと思う。この国がすごい都会で、初めて来たときはビックリしたよ」

 

 実際の所、海鳴市はミッドチルダの地方都市程度の規模でしかない街なのだが、確かにフェイトの記憶にある故郷は緑豊かな人の少ない辺境だった。それに比べれば、目もくらむような人の多さに違いない。

 嘘は言っていないよね? と焦るフェイトに、なのははフォローを敢行する。

 

「特にフェイトちゃんはあまりお外に出なかったらしいから、仕方ないよアリサちゃん」

 

 あははと自然な笑みを浮かべるなのはにフェイトは念話で『ごめんね』と礼を言った。

 

「だったら今度携帯電話、一緒に買いに行こうよ」

 

 名案とばかりに手を叩くすずかになのはも「それ良いね」と同意した。

 

「でも、リンディさんに聞いてみないと」

 

「じゃあ、リンディさんがいいっていったら一緒に買いに行きましょう。これでOK?」

 

 やはりアリサには生粋のリーダーシップというよりも親分気質というものがあるとフェイトは感じた。授業の間の短い休み時間に、クラスメイトから取り囲まれ質問の嵐を被ったフェイトを助け、見事な手腕で人々をまとめ上げた彼女だ。その物言いは確かに聞くものが聞けば高慢だと感じるだろうが、どういう訳かフェイトにとってその雰囲気は不快はおろか好感を抱くものだった。

 

(ああ、そっか。何となくお姉ちゃんに似てるんだ)

 

 フェイトはそんな自分の考えに笑みを浮かべ、

 

「うん、分かったアリサ。そのときはよろしくね」

 

 と伝えた。

 

 フェイトの了承を得て、早速なのは達はフェイトに合う携帯電話の仕様を姦しく検討し合う。

 

「携帯なんて結局どれを選んでも同じなんだから、決め手は見た目のデザインよ」

「だけど、やっぱり操作性の良いのが一番だよ」

「機能が充実してるのが良いと思うなぁ。メモリーがいっぱいあった方が写真とか音楽とかいっぱい保存しておけるし」

 

 どことなくそれぞれの友人の個性を伺える会話を聞きながら、フェイトはふと澄み切った青空を見上げた。

 

(お姉ちゃんも、早く一緒に住めるようになったらいいのにな)

 

 眼前に広がる光景にアリシアが混じること。フェイトはそんなことを思い願いながらなのは達の会話に相づちを打ちながら食事を続けた。

 

 

*****

 

 

「ただいま……」

 

 初めての学校から帰ったフェイトは照れくさそうにそう言いながらハラオウン邸、現在アースラの仮設駐屯所になっている住居の玄関をくぐった。

 リンディやクロノからは自分の家だと思ってくれて構わない、いや、むしろそう思って欲しいと言われているが、改めて「ただいま」と口にして出すのはとても恥ずかしくそして嬉しいものだとフェイトは実感した。

 

 しかし、フェイトが帰宅を告げたにも関わらず中からは誰からが出迎えに来ることも「お帰り」と言いに来ることもない。

 ここはアースラの駐屯所なのだから、いつでも誰かが詰めていなければ可笑しいのだが、皆忙しいのだろうか。

 フェイトはそんなことを思いながら日本家屋の伝統に従い履き物を脱ぎ、おろしたてのソックスを踏みしめながら廊下を歩いて広々としたリビングに顔を出した。

 

「君が言いたいことも分かる。確かに命に関することは一切の妥協をして欲しくはないが、こっちにもスケジュールがあるんだ。そろそろ具体的なタイムテーブルを示して貰わないと困るんだよ」

 

 リビングの中央、大人数が座れるソファに一人席について頭を抱えていたのはクロノだった。

 どうやら、誰かと通信をしていたらしく、背の低いテーブルの上に投影された空間モニターに映る少女となにか難しい会話をしているようだった。

 

『分かっているよ、クロノ執務官。だけど、レイジングハートは結構デリケートなんだよ。それに、なにぶん古いものだから今の最新技術とか制御理論でも使えないことが多すぎるんだ。だから、だからもう少しだけまって。何とか今日中にアウトラインを作れるようにするから』

 

 心底困ったという感情を表情一杯に浮かべながら、フェイトの姉アリシアはその通信機越しに何となくやつれた顔でクロノと応対している。

 

(ど、どうしよう……)

 

 フェイトはクロノに帰宅を告げようか少し迷ったが、どうやら二人はとても大切なことを話しているらしく、その間に割って入ることは出来ないようだった。

 実際、フェイトもアリシアと話しがしたかったし、彼女に今日起きたこと、まだ一日しか経っていないが異国での学園生活を報告したい。

 

 これがアリシアやアリサなら、ひとまず相手の会話を止めて挨拶だけでもするのだろうが、フェイトの奥ゆかしい性格がそれを阻害してしまう。

 何となく自分は性格で損をしていると思うフェイトだが、彼女の知人連中からしてみれば「それがフェイトの良さじゃないか」と言って笑うだろう。

 

 自分の良さとは自分では分からないものだ。

 

 声をかけようにもかけられない、かといって立ち去ることも出来ずフェイトはオドオドとリビングの入り口でたたずむが、それにようやく気がついたクロノがアリシアとの議論を一度打ち切りフェイトに目を向けた。

 

「いたのかフェイト。お帰り。気がつかなくて済まなかった」

 

『クロノ、貴方はもう少しトゲのない言い方を憶えた方が良いと思うよ。お帰りフェイト、学校はどうだった?』

 

 どこかぶっきらぼうに答えるクロノを諫め、アリシアは苦笑を微笑みに直し、だいたい一日半ぶりになる妹にお帰りの挨拶をした。

 

「あ、その。ただいまお姉ちゃん、クロノ。学校は、なんだか初めてのことが多すぎて。あんなに同い年の子と一緒にいるのも初めてだったから緊張したよ。だけど、なのはもいたし、新しい友達も出来たからとっても嬉しかった」

 

 それでね、それでねとしゃべり出したら止まらないフェイトの様子にクロノもアリシアも目を細める。

 おそらく、二人の考えは一致しているとお互いにそう感じていた。

 

(この子を見守るために生涯を使っても良いかもしれない)

 

 身振り手振り一生懸命に学校であったこと、嬉しく思ったこと、戸惑いに思ったこと、今度なのは達と携帯電話を買いに行こうという話しになったこと、それをリンディの許可を取りたいということ等々フェイトの口から次々と出される話しにクロノとアリシアは耳を傾け、ずっとこんなことが続けばいいのにと幻想を抱いた。

 

「それでね、リンディ提督には迷惑をかけることになると思うけど、私もみんなが携帯電話で連絡しあってるのを見ると羨ましいなって思うし……」

 

 暴走機関車のように止まらないフェイトの口にクロノは微笑ましく思いつつもいつまでも制服のままでいさせるわけにもいかないと考え、フェイトの話しを一旦打ち切らせた。

 

「話しはまた後で、食事の時にでも聞かせて貰うから。今は部屋で着替えておいで」

 

『そうだね、クロノの言う通りだ。私はまだやることがあるからこれで失礼するよ』

 

「あ、うん。分かった。それじゃあお姉ちゃん、あんまり無理しないでね。私で手伝えることがあったら手伝うからいつでも言って」

 

『うん、そのときはお願いするよ、フェイト。それじゃあ、また』

 

「うん。部屋に戻るね」

 

 フェイトはそう言って二人に手を振り、一度リビングを後にした。

 

「落ち着きがないな、フェイトは。おそらく、君がいるから舞い上がっているんだろう」

 

 クロノはパタパタと軽快な足音を立てて部屋へ引っ込むフェイトに肩をすくめながら改めてアリシアに向き直った。

 

『これでも少しは心苦しいんだよ。フェイトに本当のことを言っていないのは確かなんだからさ』

 

 アリシアは自分に関する真実をまだ話していない。自分が本当はベルディナと呼ばれる人間の生まれ変わりで、自分自身の意識が本来的なアリシアのものではないことをフェイトはまだ知らない。

 

「それは、僕と母さんが口止めしているからな。君が気に病むことはない」

 

『それでもだよ、クロノ執務官。ねえ、今からフェイトを前線から外すことは出来ないのかな? 正直なところ、私はこれ以上フェイトを戦わせたくない。過保護だとは思うけど、フェイトには戦闘の無い所にいて欲しいと思ってる』

 

「それは、僕も同感だ。フェイトだけじゃなく、なのはもね。だけど、現実的に戦力が足りないんだ。今でギリギリ。フェイト、なのは、ユーノ、アルフ。この四人でギリギリ。本局の武装隊を借りられたらまた話しは変わるだろうが、それでも今更戦力を外すことなんて出来ないのが現実だ。僕は僕でここからなかなか離れられないし、母さんも常時ここに待機してられる立場でもない」

 

『本当にギリギリだね。私が戦えればまた話しは別か。全く、つくづくこの身体が憎いよ。後5歳は肉体年齢が高かったらある程度は実践に耐えられるっていうのにね。歯がゆいな』

 

 あと五年もあれば、身体の成長と共に魔力神経を何とかギリギリ実戦段階に持って行けるかもしれないとアリシアは奥歯を噛みしめた。

 ベルディナでは十数年掛かったことも、今の自分ならその半分以下でいけるという確信がアリシアにはあった。

 

「それでも、君は先の戦闘でこちらの被害を最小限に抑えた。君のその能力を僕たちも利用できればと思うけど、残念ながら5歳児を戦場に送り込むような決まりは管理局にはない」

 

『それは分かってるよクロノ執務官。今回私が介入したことが上層部にばれれば何かと面倒なことになるってことぐらいはね』

 

「自重してくれ。僕の方からはそれしか言えない」

 

『ひとまず、今はレイジングハートの改造に従事するよ。その後のことはそのときになってまた話し合おう』

 

「君にやって貰いたいこともいくつかある。じゃあ、また。フェイトも言ったけど、身体をこわさないように注意しろ」

 

『私の身体を壊す一番の原因が何か言ってるね。本当にそう思ってくれるんだったらビールでも差し入れて。じゃあ、作業に戻るよ』

 

 アリシアは肩をすくめ苦笑しながら通信回線を切った。

 

「未成年にビールなんて飲ませられるか」

 

 仮に差し入れたとすれば、管理上の大問題になる。管理局の執務官が幼い子供にビールを与えたと言うことと、未成年の執務官がビールを購入したという二重の罠が待ちかまえているのだ。

 

 ちなみに、成人であるリンディとエイミィは二人とも日常的には酒を口にしないため、ハラオウン邸の冷蔵庫にはビールなどの酒類の備蓄は無い。

 アリシアがこの家に住むようになれば、こっそりと備蓄を増やしそうだなとクロノは思いつつ、アリシアとの会話を反芻しながら眉間にしわを寄せた。

 

 私はこれ以上フェイトを戦わせたくない。クロノはアリシアの言葉を何度も何度も思い浮かべる。

 

「僕だってそうさアリシア。そうできればどれほど良いことか」

 

 ただクロノが疑問に思うのは、フェイトが戦うことを是としているのかと言うことだ。彼女はいい意味でも悪い意味でも従順だ。それは、彼女なりの処世術なのだろうが、命の危険にさらすようなことを躊躇しないことは歪だとクロノは思う。

 

(いや、それは僕が言えたことじゃないな。情け無い、自分のことは棚に上げるようになってしまったか)

 

 思えばすべてが歪だとクロノは感じた。あるいはこの世界そのものが歪なもので成り立っているのではないかとクロノは考えてしまう。

 詮無いことだとクロノは思考を打ち切った。

 

 

 

 


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