魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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第二話 蒼き渇望の輝石

 目を覚ました少年、ユーノ・スクライアは身を切る寒さに一瞬身体をきつく震わせた。

 

《おはようございます、マスター。昨晩はよく眠れましたか?》

 

 どこか機械じみた女性の声がユーノが抱える毛布の中から聞こえてきた。

 

「うん、少し寒いけど。大丈夫だよ」

 

《何よりです》

 

 ユーノはその声に少し微笑み、ゆっくりと身体を起こすと首にかけられた赤い宝石を取り上げにっこりと笑った。

 

「おはよう、レイジングハート」

 

 先程まで彼と言葉を交わしていた声の主、レイジングハートとと呼ばれる宝石は答えを返すように何度か光を明滅させた。

 

「起きたか」

 

 楽しそうに会話をする二人に、ベルディナは声を掛け、ユーノに暖めた珈琲を手渡した。

 

「おはよう、ベルディナ」

 

《おはようございます、前所有者ベルディナ》

 

 レイジングハート共にユーノはそう答え、珈琲を受け取った。

 

「ああ、おはよう、ユーノにレイジングハート。今朝はちょっとばかし冷えるな」

 

 ベルディナは朝の冷気に湯気を立てる珈琲を飲み干し、読んでいた本を懐にしまった。

 

《ベルディナ、マスター・ユーノ、本日の予定を》

 

 一通り朝の挨拶を交わした二人を見て、レイジングハートはそういうとこれからの行動の確認を要請した。

 レイジングハートは、ユーノが持つ赤い宝石、デバイスと呼ばれる奇跡を体現する装置に他ならない。それは、極めて高性能な演算装置を有し、使用者(マスター)と意思疎通を行う人工知能が搭載された武器といってよい。

 時空管理局を始め、魔法と呼ばれる技術によって成り立つ文化圏において、魔法とデバイスは切り離すことの出来ない関係にあり、多くの複雑な術式を使用者を代行し行う道具である。

 ユーノはレイジングハートの提案に軽く頷くと、腰のポーチにしまわれていた小型端末を取り出し空間にモニターを投影した。

 

「これから行く場所は、既にあらかたの発掘が終了している場所なんだ。言ってしまえば、今回のこの調査は最後の締めと言ったらいいのかな。この遺跡は確かに発掘され、調査が終わったと言うことを確認するのが目的だね」

 

 ユーノの話す内容は、モニターに投影された資料を要約したものだった。その資料にはいつ頃この遺跡が、誰の手によって発見されいつ頃から発掘作業が始まり、スクライアに依託された時期やその経緯、経費など事細かい文章と数字が示されている。

 

「まあ、言ってみりゃ契約書にサインをするってことだな。楽といえば楽な仕事か」

 

 スクライアに随行してこの遺跡の発掘を一から立ち会ってきたベルディナにとって、あれだけ難航した作業の最後がここまであっけないものである事は、ある意味拍子抜けのように感じられたのかもしれない。それは、ユーノも同じ事だろうし、スクライアも同じ事を考えていることだろう。

 普段は生真面目で、不必要なほど慎重であるはずのユーノが随分とリラックスして話をすることからそれは伺える。

 

「といっても、気を緩めていいって事じゃないからその辺はわきまえてよ?」

 

「俺が油断するって?」

 

「ベルディナに言う言葉じゃなかったね。失礼」

 

「まあ、いいんだけどもよ」

 

 そういってベルディナは、固形食品を口に含み朝食を取り始めた。

 

《油断大敵です。気を引き締めましょう》

 

 レイジングハートの正論らしい正論にベルディナは肩をすくめると、ちぎった干し肉をユーノに投げ渡し珈琲をつぎ直し一気に飲み干した。

 

「とりあえず、詳しい打ち合わせは朝食が終わってからだね。それでいい?」

 

 ユーノは顎が痛くなりそうなほど難い干し肉を難なく噛み千切り、咀嚼しながら確認した。

 

「ああ、そうだな」

 

《マスターの仰せのままに》

 

 ベルディナとレイジングハートの了承を得、ユーノ達は本格的に朝食を取ることとした。

 

「ところで、あの遺跡の奥はどうなってんだ?」

 

 火を(おこ)しなおし、石で組まれたかまどで簡単な調理を行いながらベルディナはふと思ったことを聞いた。

 

「あれ? ベルディナは奥まで行ったこと無かったっけ?」

 

 煉瓦など上等なものが得られない以上、そのあたりに落ちている手頃な石を積み重ねただけのかまどは酷く立て付けが悪く、インスタントのスープを混ぜるにしてもいちいちふらつく鍋を押さえておかなければならない。

 ユーノはいまいち慣れない作業に苦辛しながら、視線だけベルディナに向け、問い返した。

 

「発掘の邪魔になるからな。俺が知ってるのはせいぜい奥の間の……馬鹿みたいに広いダンスホールまでだな」

 

「あー、それじゃあ殆ど重要なところは見てないって事か」

 

 ユーノはスープの味を確かめながら、保存のために乾かされた食材を適当に鍋に投入し味を見た。

 そして、少しだけ塩を加えながら遺跡の全容を頭に浮かべた。

 

《奥の間の先は深いシャフトとなり地下に通じています。その先には蟻の巣のように複雑な経路が何本も下に伸びており、その最下層にある広間には祭壇が設けられていました》

 

 忙しいユーノに代わり、レイジングハートが丁寧な口ぶりでその概要を説明する。

 

「なるほど。まるで大樹の鋳型だな、どれだけ大きい?」

 

「そうだね。だいたい、小さな丘一つ分ぐらいの規模はあるよ。ちなみにご明察、この遺跡の名前は〈hukc ub ged pqii〉古代語の直訳で〈大木の型穴〉という意味だよ」

 

《そのままですね……》

 

「wni nohi rnuyr wni gucy(名は体を示す)。分かり易くていいじゃねぇか」

 

 ベルディナは焼き上がったベーコンを鉄皿にわけながら肩をすくめた。

 

「そうだね」

 

 ようやくスープの味付けに満足したのか、ユーノも鉄の椀を二つ取り出しスープを注ぎ込んだ。

 

《私は改名を提案します》

 

 その名前が気にくわなかったのか、レイジングハートは益体もない提案をし、二人はそれを却下した。

 

「それじゃあ、食べよう」

 

 無神論者の多いスクライアらしく、ユーノは特に何の祈りも捧げずに黒パンにベーコンを挟み込み小さな口でそれを頬張った。

 

「だな、聖王陛下に感謝を」

 

 ベルディナは略式とはいえ、ベルカの聖王への祈りの言葉を口にするとまずはスープを口に含み、いい味だと賞賛の笑みを浮かべた。

 

《私の分はないのですか?》

 

「食えるもんなら食ってみやがれ石コロ」

 

 ベルディナは元々の所有者として、レイジングハートの教育を間違えたかもしれんと嘆きながらパンをスープに浸した。

 

***

 

 その祭壇は、それが安置された部屋の広さに比べれば実に簡素な造りをしていた。

 大きな岩を削り、中を加工し装飾を加えその外周も見事な造形を生み出していたが、古代遺産としては比較的ありきたりなものではないかとベルディナは感じた。

 

「もう中のもんは運び出したんだったか?」

 

 祭壇の内部は石造りのテーブルが設えられており、その中央には小さなくぼみが見受けられる。おそらくそこに大小なりの球が置かれていたと推測できるが、今は既に空白となっている。

 

「スクライアの保管庫にあるよ。古い時代の記憶装置のようなものだったらしい。解析には随分時間がかかるらしいけど、それが終わったらこの文明の歴史が大きく書き換わるかも知れないね。今から楽しみだよ」

 

 考古学者にとって最大のプライズは、物的価値よりそれに込められた情報だ。おそらく、ユーノや大抵のスクライアにとっては情報が満載した遺物は極上の料理や莫大な財宝以上の価値があるのだろうと予想できるが、所詮学者とはまるで縁のないベルディナにとっては拍子抜けもいいところだと思わざるを得ない。

 

「てっきり、時価数千万ミッドガルドの財宝が眠ってると思ったんだけどな」

 

 我ながら随分と即物的な事だなとベルディナは苦笑するが、やはり、肩すかしを食らわされた意趣返しとしてはこの程度は許して欲しいと願った。

 

「そんな都合のいい夢なんて、陽子の崩壊を観測するようなものだよ」

 

 一攫千金を期待していては発掘など続けられないとユーノは含ませ、横目でベルディナ見上げて、どこか不適に目を細めた。

 確かに、それほどの価値のあるものが次から次へと発掘されるのなら、今頃スクライアは発掘のためのスポンサー探しに腐心する必要はないだろう。

 ベルディナは、ユーノ達スクライアがどうしてそこまで遺跡などと言うものに執着できるのか、二十年間行動を共にしても理解できなかったが、ユーノの瞳には一切の嘘は含まれていないことだけは分かっていた。

 

「考古学は金にならねぇ学問か。フィールドワークに何十万ミッドガルドもかかるってのは笑えねぇ冗談だ」

 

 情報がものを言うようになった近年の社会であっても、重宝されるものは未来に関する情報のみで、既に忘れられ埃をかぶってカビを生やした過去の情報などに金を出すものは少ない。

 未来へと向かう情報は手に入れるためのコスト以上の莫大な利益をもたらす。

 社会が求めるものは知識ではなく利益であり、考古学者が必要とするものは、利益ではなく知識なのだ。

 

「世知辛い世の中になったな」

 

 やはり、なかなか理解できないものだと心では思いながら、ベルディナはそう呟いた。

 

「発掘できるだけましだよ」

 

《私は快楽よりも利益を優先したい》

 

 二人はレイジングハートの戯言を華麗に無視すると、祭壇の事後調査に入った。

 

「とりあえず、僕達のすることはどこか調査が不足しているところはないか、不審な箇所や残しておくと危険な物は無いかを確かめることになるよ。ベルディナは周囲全体を魔力走査で、僕は細かいところを目視と魔法で調査しようと思うんだけど……それでいい?」

 

「問題ない。だが、広域捜索はお前の方が得意だろう。役割を交代した方が良いと思うが?」

 

《つれないですね》

 

 ユーノの首にかけられた赤い石コロが何かを呟いたが、二人は空耳(ノイズ)として処理し、打ち合わせを続けた。

 

「確かに、僕の方が得意だけど、この辺りは兄さん達があらかた調べ尽くしてくれたから。系統の違う術者がするほうがいいとおもうんだ」

 

「それもそうか。だったら、さっさと終わらせて上に戻ろう。どうもここは寒気がする」

 

「それは同感。じゃあ、レイジングハート。いつも通り補助とログ取りをお願い」

 

《ようやく出番ですか、お任せください》

 

 ホッとしたようなレイジングハートの声に肯き、ユーノは慎重な目つきでまずは床を眺め回しながらけっして狭くないフロアを練り歩き始めた。

 

(生真面目なやつだな)

 

 ベルディナは床にはいつくばるように腰をかがめるユーノを一瞥し、何となくそんなことを思ったが、今は自分の仕事をする時間だと割り切り、感覚を鋭くとぎすまし身体に流れる魔力の渦に意識を移した。

 

 身体の全体を駆けめぐる神経をイメージし、極めて高性能に高効率に最適化された回路を感じる。

 ユーノ達が普段扱う魔法、ミッドチルダ式と呼ばれる魔法は、体内に存在するとされる魔導器官であるリンカーコアにより魔力を生み出す。そして、生み出された魔力をレイジングハートといった外部の装置(デバイス)に流し込むことでそこにプログラムされた効果付随させるのがミッドチルダ式魔法の基本運用方式だ。

 時折、ユーノのようなデバイスを用いることなく高度な魔力制御を行う者もいるが、扱う魔法の体系自体はまったく変わらない。

 魔法を発動させる際に発光する魔力光、足下に現れる円形を基調とした演算陣。この二つがミッドチルダ式魔法の大きな特徴となる。

 しかし、ベルディナが感じ取る魔力の動力源はリンカーコアではなく、魔術を発動させたとしても燐光を発する円陣が足下に現れることはない。

 ベルディナは目を閉じ、体内で組み上げられた方式を外部へと発動させるべく弁を開いた。

 

(構造は、シリコンを基調とする通常の岩石。視覚との齟齬は見受けられない。内部の走査開始)

 

 周囲の情報が神経を通して脳へと流れ込んでくる。それに意識的なフィルターを掛け、必要な情報のみを拾い集めていく。彼が行っていることは、魔力を照射してその反射波を読み取る作業ではなく、周囲の環境が自ら発生させる情報を読み取ることでスキャンを行うという作業だ。

 アクティブではなくパッシブ。殆ど無意識のうちに採用しているこの方式は、自ら魔力を外部に放つことなく走査することで隠密性を高める。その代わり、得られる情報は莫大となり、その取捨選択を誤れば必要とする情報が得られないどころか、膨大な情報量の前に意識を失う危険性もまた存在する。

 

 しかし、長年扱い続けたこの技術を、今更ベルディナがし損じることなどあり得ず、彼は割と余裕を持って周囲の環境の情報を次々と脳に送り込んでは捨てていく。

 

(内部構造も変わらず。データシートと比較。問題な……ん?)

 

 ふと、気になる事があり、ベルディナは目を開いた。

 

「なあ、ユーノ。あの祭壇の向こう側には何かあるのか?」

 

 ベルディナは、スキャンを続行しつつ、床にはいつくばるようにそこを調べ回るユーノに一言声を掛けた。

 

「祭壇の向こう?」

 

 ユーノは立ち上がり、データシートを確認した。

 

「何もないはずだよ? 発掘はここで終了しているね」

 

 ベルディナは「そうか」と答え、自分の勘違いかもしれないと考え、再び目を閉じそれに意識を集中した。今度はパッシブのみではなくアクティブによる走査も組み込み、そして確信した。

 

「ふーん、だったら、調査不足を発見ってとこか……」

 

 ベルディナのつぶやきにユーノは目を見開き、足早にそこへと向かうベルディナの背を追いかけた。

 そして、ベルディナは祭壇の間の入り口から反対側にある岩壁に手をつき、直接それに魔力を流し込み念入りな調査を開始した。

 

「僕には、何も見えない」

 

 ユーノも念のため、自身の捜索魔法を立ち上げベルディナが触れる隔壁に対して断層走査を行ってみた。しかし、ユーノの走査では僅かな差異を感じることは出来ても、それが異常なのか単なる測定誤差なのかを判別することは出来そうにもない。

 

「幻惑の魔法か。ミッド式の魔法では、ここに何かがあると分かった上でよっぽど念入りに時間を掛けて走査しなければ分からない構造だな」

 

 ならば、とユーノは疑問に思う。

 

「なるほど、だからベルディナには分かったんだね」

 

「そういうことだ。俺の術なら幻惑に引っかからない」

 

 そもそも、ミッド式とは異なるんだからな。というベルディナの説明に、ユーノは頷いた。

 ベルディナが使用する"アーク式"と呼ばれる魔術は、遙か昔、新暦が始まるよりもさらなる昔、現代では旧世代としか言葉が残されていない時代に発祥した魔法を動力とする技術を源流としている。

 それは、ミッドチルダ式魔法の源流が発生したころには、既に滅び去ってしまった技術であるほどその歴史は古く、同時にそれは現代魔法とはまったく異なる理論によって構築されている。

 

「やっぱり、ベルディナが一緒に来てくれてよかったよ。危うく見逃すところだった」

 

 ベルディナは走査を一旦終え、だいたいの構造を把握すると、腕を下ろしユーノと向き合った。

 

「さてと、どうする? 発見した以上無視することは出来んが、これは魔法に対しては鉄壁の隠蔽能力を持ってるわけだ。これじゃあ盗掘者おいそれと見つけることはできないだろうし、発掘終了にしてしまえばこの遺跡の価値も下って誰も見向きしない。違うか?」

 

 つまり、これはこのまま放っておいても問題ないとベルディナは言いたかった。

 

「だけど、僕は無視はしたくない。この先に隠された何かがあるのなら、それは歴史的な発見だと思う」

 

「だが、ここまで強固に隠すということは。何か拙い物。それもとびきり上等な厄介物が埋もれてるってことだ。茂みに石を投げて虎を呼ぶかもしれんぞ」

 

 ユーノは暫く口を閉ざし、目を閉じ意識を思考へと沈み込ませる。何を考え、どのような思考経路をたどっているのか。論理的、倫理的、感情的、理性的。そのあらゆる蔓を通し、ユーノは結論を出した。

 

「スクライアがロストロギアを前にして手をこまねいている道理はないよ。やろう」

 

 ベルディナは、「そう来なくっちゃな」といってにやりと笑った。

 

《応援を呼びますか?》

 

 レイジングハートの提案はもっともだった。この先何があるか分からない状況では、この人数では圧倒的に不足する。しかし、即座に応援を呼ぶわけにもいかない理由がユーノにはあった。

 

「スクライアの応援が来れば、ベルディナが関わりにくくなる」

 

 ユーノは予感していた。この先には何か、とんでもない物、それこそ多くの運命の道をねじ曲げる程の力を持つ物が隠されていると。それがもしもスクライアだけの手で行われるとすれば、それは可能なのか。

 

(僕達では異常にも気づけなかった。だから、この先の調査にはそれこそ五感を絶たれた暗中模索が強いられる。だけど、ベルディナなら闇に光を投げかけることが出来るはずだ)

 

「レイジングハートは、族長に応援を要請して。僕達は、現場主任の権限で先行調査を行う。なるべく驚異は排除しておかないと」

 

 現場主任の権限が何処まで有効になるのかは、それこそ現場の判断にゆだねられることが殆どだ。しかし、それでも踏み越えられない境界は存在し、その線引きを何処までかすめることが出来るかが大きな課題だ。

 下手にその線から向こうに足を踏み入れてしまえば、例え同族であってもいや同族だからこそそのペナルティーは大きく、最悪部族追放という憂き目を見ることにもなりかねない。

 

「とにかく慎重に、冷静に行こう」

 

 ユーノはベルディナとレイジングハートを見つめた。

 

「分かったよ。任せな」

 

《Yes,master》

 

 そして、二人と一個の孤立無援の発掘が始まった。

 

 

***

 

 

 スクライアの増援が到着したのは、それから3日後のことだった。

 あれだけ念入りに調査したにもかかわらず、調査に不備があったという報告を聞いた一族は驚愕し、すぐさま担当した調査団に腕利きのエース達を交えて人員を送り込んだ。

 久々の大部隊のお出ましだとユーノは心なしかうきうきと待ち遠しそうに調査を進めていた。

 

「よう、ユーノ。なんかどえらいもんを見つけたんだってな。さすが俺の愛弟子なだけはあるぜ」

 

 調査団を率いるその男は、豪快な笑い声を上げ茫然と突っ立ていたユーノの背中を乱暴に叩いて言った。

 

「ゾディット兄さん! まさか、貴方が来るなんて。族長は本気なんですね」

 

 そんなユーノの憧れの眼差しを一手に受け取る男、筋肉質で肌は赤茶け、ゴツゴツとした顎にはやした無精ひげををなでつけながら、ゾディットは不敵な笑みを浮かべた。

 

「可愛い孫のためなんだろうよ。あの爺さんもよっぽど子煩悩だからな」

 

 ゾディット・スクライア。スクライアの切り札、発掘護衛隊のエースにしてクラナガン大学考古学部名誉会員の名を持つ凄腕は、間違いなく彼のプロフィールだ。

 

「ベルディナの旦那も、ご苦労様でした。どうです? こいつは、役に立ちましたか?」

 

 ユーノを思うゾディットの表情は、まるで自分の息子を自慢する父親そのものだ。ベルディナもユーノ父親代わりの一人としては、思わず笑みを浮かべざるを得なかった。

 

「完璧だ。こいつは、いい発掘屋になるだろうな」

 

 二人は妙な連帯感と共にサムズアップで挨拶を交わし、ユーノは現場主任移行の手続きを取ろうとゾディットの腕を取った。

 

「それで、これ以降の調査ですが……」

 

 というユーノ言葉にゾディットは驚くべき言葉で、それも不適に華麗にサラッ流すような口ぶりでそれを発した。

 

「爺さんからここはお前に任せるって聞いてる。いよいよ、俺もお前の部下になるわけだな。よろしく頼むぜ」

 

 目をまっさらに見開きながら瞳孔を針の先程に縮めるという器用な表情を浮かべユーノはそれから二十分間その場で硬直していた。

 

 

 

 実際の所、発掘は何の問題もなく進められた。それは、凄腕のゾディットが現場にいることで調査団員の士気が高まったことも理由としては大きいが、何よりも特筆するべきはそれらを完璧な指揮の下に扱いきったユーノの手腕だろうと、ベルディナは親のひいき目を僅かに交えてそう思った。

 通常の捜索魔法では秘匿されていたその隔壁は確かにやっかいな箇所が多くあったが、ユーノはその殆どをベルディナの入念な調査によって把握しており、そこから立ち上げられた発掘手順は誰の目から見ても完璧の一言尽きた。

 

 ユーノには優秀な部下と優秀なアドバイザーであるベルディナが付き、このメンバーで不可能なことはこの次元世界の誰にも出来ないと言わしめるほどのものだった。

 そして、最後の隔壁。その向こうから流れ込む酷く冷涼な魔力波動を前に、最後の一撃が入れられることとなった。

 

「それで、いいのか? ここに俺がいて」

 

 その隔壁を前にして魔法杖(デバイス)を構える男達を左右に控えさせ、ベルディナはユーノの隣でその最前線に立っていた。

 

「もちろん。この発掘はベルディナのおかげで進んだようなものだからね。僕はいてほしいな」

 

「そういうこってす。まあ、それに関係者立ち入り禁止の看板ははねぇんだし。客人といっても旦那はスクライアの一員には違いありませんぜ」

 

 ユーノとゾディットの言葉に、その現場にいる誰もが深く頷いた。

 

「まあ、俺も興味があるから願ったり叶ったりなんだがな。意外に緩いな、スクライアの慣習ってのも」

 

 その緩さがあるからこそ、ベルディナは長年スクライアに逗留できたことも事実だった。やはり、この一族は自分の肌に合う、とベルディナはしみじみと実感した。

 

「恩義には恩義で報いをだよ、ベルディナ」

 

「別に恩を売った覚えはないんだがな」

 

 ベルディナは照れ隠しに肩をすくめ、左右に控える隔壁破壊要員に目を向けた。

 

「それでは、ユーノ現場主任。隔壁破壊を許可していただけますか?」

 

 彼らはまるで儀式のようにユーノにそう伺いを立てる。

 

「現場主任、ユーノ・スクライアの名において許可いたします。過去の英知は我らにあり、それらは全てスクライアに集約されるべし」

 

 それは、儀式なのだ。ベルディナは初めてそれを見た。

 そして、少し前にスクライアを持って無神論者と称したことを修正するべきだと考えた。

 彼らは、神を信仰していないだけで、遺跡を古代の英知をその崇拝対象にしているのだ。

 

「スクライアの民に栄光を。バンカーー・バスタァーー!!」

 

 瞬時に現れる魔法陣、二人の男が掲げる手のひらから一握の光が発せられ、それは隔壁につけられた印に寸分の狂いもなく着弾し、小爆発と共にそれは崩れ去った。

 隔壁破壊魔法【バンカー・バスター】、スクライアが伝統的に受け継ぐ古い物体破壊に特化したミッド式魔法だ。

 力加減、着弾後の崩落面積。それらは予め計算に入れら、記されたラインを正確に保持し、その先に広がる光の部屋のベールを剥いだ。

 それは、部屋全体が光で出来ていると称しても何ら疑問が浮かばない光景だった。

 優しさも無く、神秘もない、薄暗さも邪悪さも何も感じさせない、それは正に純粋な冷涼さを発する燐光と称することが出来る。

 広く、限りなく真球に近い形で切り開かれた大広間には目を見張るような装飾も、崇拝するべき神の肖像も何も記されていない。

 そこは、鏡面に近いなめらかさを備えた白塗り壁殻に被われた広間だった。

 そして、その中心。祭壇とも言えるそこに浮かび上がる21の蒼く光る宝石はまるでこの時を待っていたかのような歓喜にうちふるえているように思えた。

 そして、ベルディナは戦慄を覚えた。何故、こんな物が、これ程の数が今まで誰の目にもとまらずここで眠っていたのか。

 純粋な魔力の結晶。ベルディナであっても、噂程度にしか知り得ない古代の英知の塊がそこにあった。

 

「――ジュエルシード――」

 

 ユーノの口から吐き出されたその言葉は、静寂の空間に鈍く響き渡った。

 

 

 


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