魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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今回はちょっと悪のりです。


第八話 Extension Technology

 アリシア達が地球で行った戦闘は思わぬ副産物を呼びこんでいたと言うことを知ったのは、夜が明けた早朝の事だった。

 アリシアがあの戦闘の最後で負傷を受けることとなった例の魔法は、昨今問題になっていた魔導師襲撃事件の手口と完全に一致するということがあきらかになったのである。

 それまで管理局は第97管理外世界地球を中心とした事件であることだけは掴んでいたが、管理局法の足かせもあり今まで具体的な介入捜査を行うことが出来なかった。

 しかし、今回の戦闘はその当該世界で発生し、その現地の人間が襲撃にあった。管理外世界での魔法行使禁止条例違反、魔法を用いて現地人民間人に対する殺傷行為。これは、実質的に管理外世界への捜査介入を行うには不十分な理由だが、現地民間人の保護の名目で地球に仮設駐屯所を形成するには問題のない理由となった。

 仮設駐屯所はあくまで仮設のものだ。その駐屯所としての運用は一年以内と定められ、現地に配備される人員も戦闘要員を含めて最小限のみが認められる。

 この事件にアースラチームが宛がわれることになったことは、リンディ達アースラスタッフにとっては渡りに船のような状態に違いない。先ほどの事件ではドッグに固定されオーバーホール中だったアースラを技術部を説得し脅し無理矢理動かしてしまったのだから、当面の間リンディ達はアースラに近づくことすら出来ない。アースラのオーバーホールが暫定的にも終了するのが最短で半月後と予想されている。

 よって、リンディを代表しアースラチームは地球の海鳴市、正確にはなのはの実家である高町家の近くのアパートの一フロアを接収し、司令所付きの仮設駐屯所を形成する事となった。

 

 地球、海鳴市。その日は洗濯物がよく乾く快晴であり、絶好の引っ越し日和となった。引っ越し日和と聞いてなのははミッドチルダにはそう言う言い回しがあるのかと首を捻るが、それはリンディ独自の言い回しだったらしく、とにかく晴れて良かったねと言うニュアンスだったらしい。

 確かに心機一転、新しい生活を始めるには快晴の日がもってこいであるし、新たな出会い、新しい友人を知り合いに紹介する日としてはよい日和とも言えるだろう。

 アリシアは冬の澄んだ空気を通して照りつける日差しにリンディから渡された鍔広の帽子を被り直し、サイズが合わずにずれたポリカーボネイト製の黒眼鏡を直し、少しため息をついた。

 

「大丈夫? お姉ちゃん」

 

 そんな何処か辛そうなアリシアに隣を歩くフェイトが心配そうに声をかけた。

 

「大丈夫、フェイトは平気?」

 

「うん、私は大丈夫だよ」

 

「そう。それは、何より」

 

 アリシアはそう言うと、フウと一息ついた。

 やはり、赤い目には強い日差しが辛い。アリシアはフェイトと同様に赤色の瞳を持つ。それ故、赤みかかった瞳孔と虹彩は光に対する耐性が低いことは避けられないようだ。気がついたのは、ハラオウン親子に連れられてクラナガンにショッピングに行ったときだった。

 基本的に太陽のない本局や船の中で生活していたアリシアは、クラナガンの太陽の下に出たとたんしきりに目を痛そうにしばたたかせ、しまいには目を閉じていないと痛くて歩くことすら出来なくなっていた。

 あわてたリンディとクロノはそのままアリシアを担いで眼科に直行し、診察を受けさせたが医師の返答は「光彩が赤いために光や紫外線に対する耐性が低い」という診断だった。これはおそらく遺伝子的な問題であり、同じ症状の患者の中ではまだましな部類だという。

 兎も角、外出時にはUVカットグラスをかけ、肌を極力露出させない。露出する部分には日焼け止め効果のあるファンデーションを施し、その上からさらに日焼け止めクリームを塗りこむ。この三つを心がければ日常生活にはまったく苦労しないと診断され、リンディ、クロノ共々胸をなで下ろしたものだった。

 

 しかし、自分と同じ遺伝子もち、自分と同じ朱い瞳を持つフェイトはこの日差しの中で目をさらしていてもアリシアのような苦痛を味わっていないと言うことはどういう事なのだろうか。

 プレシアが生前のアリシアがそれで苦しんでいた事を鑑みて遺伝子的に問題を解決したと言うことなのだろうか。ともあれ、妹が自分と同じ苦しみをしなくてもいいと分かるとアリシアは気休め程度には安心することが出来た。

 

「大変だね、アリシアちゃん」

 

 最初こそ黒眼鏡をかけて玄関から現れたときはぎょっとしていたなのはだったが、アリシアのその事情を知ってからは、世界にはそう言う疾患もあるんだと何か感心したような表情をしていた。

 同情するのでもなく哀れむのでもない。単純な驚きに満たされるその表情にアリシアは悪くないと感じた。

 ともあれ、なのはを筆頭にフェイトとアリシアが先日引っ越してきたアースラの駐屯所(ハラオウン邸と呼称される)から外出してきたのは他でもない。なのはがフェイトとアリシアに紹介したい友人が居ると言うことだった。

 

「まあ、嘆いても仕方がないのだけどね。ところで、君の友人は翠屋という喫茶店で待っているってことでよかった? 高町なのは」

 

 ハラオウン邸のマンションの廊下から見たその店らしき建物はそれほど遠くには感じなかったが、歩幅の狭いこの身体にしてみればそれなりに距離が離れた場所に感じられた。

 大人なら歩いて10分弱、アリシアの身体なら歩いて15分から20分といったところか。確かに、それなりの距離である。

 なのはは「うん、そうだよ」と肯いて、ふと思い立ち止まると、膝をついてアリシアと視線を合わせた。

 

「ん、なに? 高町なのは」

 

 アリシアは突然自分に目を合わせてきたなのはにそう問いただす。正直あまり日差しの下にはいたくない。そのため、その口調に若干の棘が生じた事は無理のないことだ。

 

「えっとね、アリシアちゃん。私のことはなのはって呼んでくれないかな?」

 

(ああ、そういうことね)

 

 そう言えば、この少女はそう言う人物だったとアリシアは思いだした。いや、というよりは今まで自分があまりにも失礼だったということか。 

 アリシアはそう判断し、ゆっくりとグラスを外してなのはの目をまっすぐ見た。

 

「分かったよ、なのは。これからはこう呼ばせて貰うね」

 

 グラスを外した瞬間、アリシアはまぶしさに目がくらみそうになるが、それをじっと耐えてなのはに手を差し出した。

 

「うん。ありがとう、アリシアちゃん」

 

 なのははその手を両手にとり、漸く読んでくれた名前を心に刻みつけるように白い小さな手をギュッと握りしめた。

 涙腺が痛む目をせめて保護しようと涙をにじませる。その涙は頬を伝いアリシアの服に薄いシミを作り出していた。

 

***

 

 子犬フォームのアルフをつれたユーノがアースラクルーと共に喫茶翠屋に到着したことでこの日来る予定だったメンバーがそろうこととなった。

 店内で様々なグループに分かれ歓談する友人達一同を見回し、翠屋のオーナー高町士郎は頃合いを見計らって立ち上がり、傾注を呼びかけた。

 士郎は店内の視線が自分に集まっていることを確認し、一度「エヘン」と咳払いをし柔和な笑みを浮かべ口を開いた。

 

「本日は喫茶翠屋をご利用いただきありがとうございました。私はこの店の店長をさせていただいています高町士郎と申します。本日はなのはの親友のフェイトちゃんとアリシアちゃんの歓迎会ということで、フェイトちゃんとアリシアちゃんにはこれをきっかけに少しでもこちらの生活に慣れていただければと思っております」

 

 といって士郎は、フェイトとアリシアの方に目を向け笑いかけた。

 アリシアはその士郎に軽くお辞儀を返し、フェイトは恥ずかしそうに頬を赤らめて俯いてしまった。

 

「では、食事と飲物の準備も整ったようです。あまり長々と喋っていると嫌われてしまいそうですのでこれくらいにしておきましょうか。では、皆さんお飲み物をお取りください」

 

 士郎の言葉に同調し、皆新たに配られた飲物を手に取り軽く頭上に掲げた。

 

「それでは、フェイトちゃんとアリシアちゃんをはじめとした異国の方々への歓迎と皆さんの今後さらなるご活躍を祝して」

 

『乾杯!!』

 

 互いにグラスが重ね合わされる音が店内に響いた。

 

「な、なんだか照れくさかったね。お姉ちゃん」

 

 未だ頬を赤らめて赤いオレンジジュースを飲むフェイトが隣でウーロン茶を口にするアリシアにそっと話しかけた。

 

「そうだね。だけどいい人だったよ士郎さんは。落ち着いたら二人でお礼に行こう」

 

「うん、そうだね」

 

 フェイトはニッコリと笑い、運ばれてきたイタリアのランチをモチーフにした料理に舌鼓を打った。

 

「はやぁ、忙しかった」

 

 すると、さっきまで店の奥に引っ込んでいたなのはが若干くたびれた顔をしながらアリシア達の席に顔を出した。

 

「お疲れ、なのは」

 

 ちょうどアリシアの正面の席に腰を下ろす、これまた金髪で長髪の少女アリサ・バニングスがなのはをねぎらうように手を振って迎えた。

 

「ありがとう、アリサちゃん」

 

 なのははそう言って翠屋のロゴが入った黒いエプロンを脱ぎ、フェイトの隣りに座った。

 

「お手伝いできなくてごめんね、なのはちゃん」

 

 なのはのもう一人の友人である月村すずかもなのはに料理を渡しながら労いの言葉をかける。

 

「いいよぉ、今日はみんなはお客様なんだから」

 

 すずかにお礼を言いつつ朗らかに笑うなのはは本当に楽しそうにフェイトとアリシアに顔を向け今度は満面の笑みを浮かべて口を開いた。

 

「改めてフェイトちゃん、アリシアちゃん、ようこそ日本へ。これからは一緒に居られるね」

 

「う、うん。そうだねなのは。とても、嬉しい」

 

 はにかみやなのはこの少女を前にしても同じか、とアリシアは思いながらこのメンバーがそろっていながら姿が見えない少年を捜した。

 今は地球に住んでいる少年、ユーノはアリシア達が座る席からは少しだけ離れた席でハラオウン家の面々と共に高町家の面々と談笑をしているようだった。

 なるほど、ユーノと地球の人々の関係は良好のようだとユーノに地球での生活の場を与えたアリシアとしては改めて安心を覚えた。

 しかし意外だとアリシアは思った。あまり交友関係を広げようとしないユーノだが、一度できた友人とは極力一緒にいたいと思うのが彼だ。しかし、この場では彼は友人関係よりも大人同士の社交の方に顔を出している。

 またぞろ、変な遠慮が出ているのか。せいぜい、なのはとフェイトの再会に水を差したくないとか、女の子同士の会話に口を挟みたくないとか。まあ、そんなところかとアリシアは当たりを付けた。

 

「まったくユーノめぇ。また変な遠慮して!」

 

 どうやら、正面のアリサも同じのようだ。彼女はフェイトとなのはの会話につっこみを入れつつ、時々言葉に詰まってしまうフェイトをフォローしつつも大人達に混じって雑談するユーノに少々ご立腹のようだ。

 

「へぇ……」

 

 アリシアは泡の出る白葡萄ジュースを傾けながらアリサの様子を意外そうに眺めた。

 

「なによ?」

 

 アリシアが漏らした声を不躾だと思ったのか、アリサはアリシアに鋭い視線を向けてくる。

 

「ああ、ごめんなさい。てっきりユーノはこっちでもあまり友人が出来ていないのじゃないかと思って。だけど、その心配はなかったって事かな」

 

 その心配の仕方はまるで、子供の心配をする親のようだとアリサは一瞬思うが何となく自分の胸中が見透かされたような感じがして不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「おっと、不機嫌にさせてしまったね。お詫びにユーノを呼んでこよう。なのはとフェイト、それに……スズカだったかな? それでもいいかな?」

 

 アリシアの提案にアリサ以外は快く肯いた。

 

「アリサちゃん?」

 

 腕を組み不服そうな顔で椅子にのけぞるアリサをすずかが宥める。どうやら、ユーノに関するとアリサはどうも不器用になってしまうようだった。

 確かにこの年頃になると多少なりとも自分と異性との違いが分かり始めるものだ。それに、どうもこの少女は他の少女達に比べると幾分か早熟している様子で、今まで女だけでやってきたグループにいきなり男という異物が入り込んだことに対する拒否感を持っているのだろう。

 もっとも、アリサに関してはそれだけが理由でもなさそうだがと若干頬を染めるアリサを見てアリシアはそう思うが、それ以上の追求はやめた。茂みに石を投げて虎を出す気はない。

 

 アリシアは「まあ、仲良くしてやってくれ」と言い残し、席を立ってユーノの座るハラオウンと高町のファミリーが集まる席へと足を運んだ。

 

「ユーノ。ちょっといい?」

 

 アリシアは、歓迎会が始まる前の席でなのはの兄だと名乗った恭也という青年と談笑するユーノの肩を叩いて呼んだ。

 

「ん? どうしたのアリシア?」

 

 いきなり話を中断させられて、ユーノはきょとんとアリシアに問い返す。

 

「ご指名が入りました。あちらのテーブルのお嬢様型のお相手をお願いいたします」

 

 と、演技の入った恭しさで指さすテーブルにはなのはやフェイトが少し苦笑しながらユーノに手を振る光景を見ることが出来た。

 ユーノは「あっ!」と声を漏らし。

 

「ごめん、恭也さんと話す機会なんて珍しかったからつい。すぐに行くね!」

 

 そう言ってユーノは、恭也に一言詫び、急いでなのは達のテーブルに走っていった。

 別に遠慮をしていたわけではなかったのか。とアリシアは呆れるが、ユーノの到着にだらしなく頬をゆるめるなのはに、幸せそうななのはを見て幸せそうにするフェイト、憮然としながらも何かとユーノをかまうアリサに、アリサの行き過ぎを制御するすずかを見て安心することが出来た。

 しかし、そうなってしまうと今度はどうも自分があの輪に入りにくくなってしまった。

 

「アリシアちゃんだったね。楽しんでる?」

 

 ユーノという話し相手を妹に取られてしまった恭也はユーノの代わりに残ることとなったアリシアに声をかけた。

 

「ええ、楽しんでいますよ恭矢さん。ここはいいですね。みんな暖かい。なんだか生まれ故郷に戻ってきたような感覚にとらわれます」

 

 アリシアは帰還をあっさりと諦め、今までユーノが座っていた席に着いた。

 

「あら、嬉しい。これからもよろしくね。うんとサービスするから」

 

 同じ席に座るなのはの母、士郎の妻である高町桃子はリンディと姦しく会話を交わしながら現れた主賓の一人に新しい飲物を差し出した。

 アリシアは「ありがとうございます」と言ってそれを受け取る。

 

 高町家とアリシアを含めたハラオウン関係の者達の会話は終始和やかな雰囲気で進んだ。

 途中、フェイトの言うお姉ちゃんがここにいるアリシアだと知られたときにはさすがに先方も驚いていたが、高町家も何かと複雑な事情をもつ家庭なのか、そのことは割とすんなりと受け入れられたようだったとアリシアは感じた。

 そして、宴もたけなわ。昼頃に始まったパーティーも時計の短針が1/4回転する頃にはお開きを宣言され、それぞれその後は自由解散となった。

 ユーノを含むなのは、フェイト達年少組はそのままどこかに遊びに行こうという話になったらしいが、残念なことにユーノにはこの後用事があるということで今日はこれで解散と言うこととなったらしい。

 フェイトはこの後なのはの部屋で休憩がてら雑談をするらしい。アリシアもそれに誘われたが、アリシアにもこの後やらなくてはならないことがありそれを断った。

 なのはもアリシアとは一度ゆっくり話がしたかったのか、断られたときは意気消沈していたが、これからはいくらでも時間があるからというアリシアの説得に何とか納得をし、フェイトを引き連れ翠屋から立ち去っていった。

 

 アリシアはパーティーの後片付けをする高町家の面々に最後にもう一度お礼の挨拶を伝えると、そのまま帰路についた。

 

 既に先にハラオウン邸に到着していたユーノと共に、アリシアは当初の予定通り本局へと転送しデバイス保管庫へと向かった。

 

 これから行うことは敵への対抗手段の構築。ある意味でレイジングハートのことをもっともよく知る二人によるレイジングハートの再武装化の作業だった。

 

「さてと……」

 

 作業のため特別にあてがわれた作業室のデスクにつき、アリシアはその引き出しに自前でそろえた一週間分の保存食と清涼飲料をしまいながら一息ついた。

 

「まずは、プランを整えよう」

 

 その対面に座るユーノもアリシアと同じように長丁場を耐えられる戦力を机にしまいコンソールを立ち上げる。

 

《ご苦労をかけます、アリシア嬢にユーノ》

 

 部屋の上座に位置するケースに置かれたレイジングハートは二人にそう伝えた。

 

 アリシアとユーノはレイジングハートに気にするなと伝え、本題に入った。

 

「話が大げさになったけど、実際再武装はそれほど難しい作業ではないんだ」

 

 アリシアの話にユーノとレイジングハートは黙って耳を傾けた。

 

「結局やることは、今までレイジングハートに備えていたリミッターを解除するだけのことだから、そのコードを入力してやるだけで再武装の作業は完了する」

 

 アリシアはそこまで言って話を中断する。

 だが、それならばなぜわざわざ設備のそろった別室を用意させたのか。ユーノは一応は理解していた。ただ武装の制限を解除するだけでは話は終わらないと。

 

「つまり、私たちがしないといけないのはレイジングハートをなのはの戦術に合わせた最適化ということになる。簡単に言ったけど、これは結構厄介なことだ。その認識は大丈夫?」

 

 ユーノは頷いた。

 ただ再武装しただけでは無駄が多い。これから行うことはレイジングハートを真に高町なのは専用デバイスとして作り替えること。そして、その戦術をレイジングハートのリソースのすべてを用いてサポートできる下地を構築することだ。過不足なく、彼女の未来さえも見据えて無理のない成長を遂げられるシステムを構築する。

 これは、一人の人間の人生を作り出すようなもので、そのためには莫大な情報とそれに基づく未来予測を行わなければならない。

 なのはが歩んできた道筋、それに基づく現在、そこから予測される未来。そして、なのははまだ魔法に出会って一年と経っていない素人。それが導き出す未来はまだ無限大にあり、ともすればこれからの作業がその未来の幅を狭めてしまうかもしれない。

 

「未知への探索はスクライアの本懐だよ、アリシア。僕たちは今まで過去の道筋から今ある未知を解いてきたよね。だったら迷うことはないよ」

 

《私のデータを信用してください、アリシア嬢。私も二人を信じます》

 

 ユーノとレイジングハートの宣言にアリシアは、

 

「よし」

 

 と応え、作業の開始を宣言した

 

***

 

  作業日誌

 

・新暦65年 12月3日

 

 13:44

 本日よりレイジングハート(以下RHと略)の作業を開始した。短期による突貫作業ではあるが、後々のことも考えて作業日記を付けることとした。

 日付を書いたとき地球とミッドの時差がほとんどないことに気がつく。地球での一時間はこちらでは一時間弱。正確な計算をしたわけではないが、地球での一週間はこちらでは一週間から一時間ほど差し引いたぐらいになるようだ。これはユーノからの情報だが少し興味深い。

 

 14:30

 RHのリミットの解除に成功。思ったよりも強固なプロテクトをかけていたようだ。リンカーコアを初めとした身体的特徴によって認証していたら私(アリシア)では解除することが出来なかった。

 第一段階、プロローグは終了。これより作業は本番を迎える。その前にユーノとミーティングをして今後の方針とタイムテーブルを決定する。

 

 18:00

 ユーノとのミーティングが終了した。RHの蓄積したデータからなのはの戦術パターンと術式パターンを整理し、新たな制御アルゴリズムを構築することに暫定決定。ただし、データの膨大さからどの程度まで精密にするか、成長変数をどのように設定するか、しきい値の問題や、そもそも戦術データを定量化することが出来るかなどの議題は残るがそれは作業を進めながら決定していくことにあらかた同意。私の仕事はユーノの整理したデータから逐一必要機能の洗い出しと制御アルゴリズムの構築をすることと決定。しばらくはトライアル・アーツ(以下TA)のデータシートと管理局の発注可能パーツ目録とのにらめっこが続きそうだ。

 

 20:00

 空腹で作業効率が落ちた。地球産のインスタントラーメンなるものを食する。うまかった。こんな非常食ごときに味を求めるとは、地球の住民は些かグルメのようだ。それとも、こういう場合であるからこそ味が重要になると知っているのだろうか。うまいものを食べて作業効率が上がるかどうかは分からないが、ともかく今後はミッドの非常食を食せなくなりそうだ。もう一つ食べたかったが今後のために自重しよう。

 

 21:00

 RHの持つなのはのデータの膨大さに少し胸焼けがした。情報の殆どが映像に占められるのは致し方ないことだが、既にRHがその映像を下に簡易的に解析を行っていたことが幸いした。少し作業が楽になりそうだとユーノは笑う。ひとまず、私はユーノから伝えられた情報を整理しておこう。紙とペンを用意する。こちらの方が構想が練りやすい私はロートルなのだろうかと思う。

 バルディッシュの修理改造を担当しているマリエル・アテンザ主任から定時連絡が入った。あちらも難航しているようだ。いろいろとアドヴァイスを求められ、適当に思ったことを返しておく。彼女が趣味に走らないことを願う、フェイトのためにも。

 どうでも良いことだがRHに保存されていた映像の約4割がなのはの成長記録になってしまっているというのはどういうことだろう?

 映像解析していたユーノが突然映った入浴シーンに意識をぶっ飛ばしてしまったときには正直呆れた。おかげで1時間ほど時間を無駄にした。

 癪だったので、それらを全部削除したらRHがマジ泣きしていた。うるさいので音声機能をダウンさせる。安心しろRH、バックアップしたデータは私が有効活用してやるから。

 

・新暦65年 12月4日

 

 6:00

 気がついたら夜が明けていた。私もユーノもまだまだ大丈夫だったが、ひとまず一旦休憩にして缶コーヒーとカップ麺の朝食をとる。昨日とは異なるメーカーのものを選んだ。なかなか美味だった。これが終わったら段ボールで注文してハラオウン邸の備蓄にしておこう。

 作業効率アップのためアテンザ主任に煙草を一ダース持ってこさせる。あちらも徹夜明けで判断力が低下していたのか、快く引き受けてくれた。いい人だ、調子に乗って口説いたら思い切り引かれた。少し残念。

 

 6:30

 朝食終了作業に戻る。ついでに作業スペースを排気ダクトの真下に設定する。ユーノは煙が苦手だからだ。元親としてはこの程度の配慮はしてやるべきだ。

 しばらくはユーノがまとめたデータの吟味が続く。アルゴリズムの構成はまだ見えない。出来れば今日中にアウトライン程度は作り終えてしまいたいが、無理かもしれない。

 

 12:30

 昼飯のチャイムが鳴ったので作業をしながら高カロリーサプリメントを食する。何でこんなものにまでしっかりと味付けがしてあるのか。この件が終わったら本格的に地球に移住しようかと本気で考える。食事が美味い世界に悪いところはないというのが私の持論だ。

 後ろでユーノが「もっとまともな食事が食べたい」と呟いていた。なにやら貶された気がしたのでからになったコーヒー缶投げつけてやった。

 

 13:30

 やはりアクティブレーダーは必要だとユーノと話し合う。なのははどちらかというと単体戦闘に傾倒しているという傾向がPT事件の戦闘データから推測できた。私の基本思考は集団戦闘寄りだったためそれには反対したかったが、管理局の高ランク保持者の多くになのはと同じ傾向が見られることを鑑みて、将来的には何のバックアップを得られない状態での対集団戦闘に耐えうるシステムを構築する必要があるのではないかとユーノから提案があった。

 ひとまず、それは置いておくことにするが、やはり索敵程度は自前で出来た方がいいと私も思う。必要機能のリストにアクティブレーダーを追加。幸い、TAのハードウェアには高性能のアクティブレーダーが備わっており、現代のメーカー品でも問題なくパーツを構成できるらしい。いくら高性能のものでも現代のものと互換性がなければ意味はない。

 

 15:00

 やはりなのはは砲撃と射撃かと結論を出す。理想としてはクロノ執務官のようなオールラウンダー、マルチロールなのだが、一朝一夕で近接やトラップ設置を収得させることは不可能と断定する。

 砲撃は単純に威力、射程、命中精度、魔力の効率化を行うだけだが、射撃に関しては意見が分かれる。

 私は、弾速と弾数を優先したかったが、ユーノは命中精度と誘導性能を重視するべきだという。それぞれの良いところ取りをしたいのだがうまくいくか。ひとまず、それぞれの意見を参考にしたアウトラインを制作することとする。

 

 18:30

 夕食中にアテンザ主任から連絡が入る。どうやら、プレシードをバルディッシュのテストステージとして利用させて貰えないかとのことだった。確かに、主力となるバルディッシュでいきなり試験を行うわけにはいかないということも分かる。プレシードは元々それが作られた目的だと了承しており、マスターである私の許可が必要だと言うらしい。

 ひとまず、情報収集と処理機能を落とさないのであればということを条件に了承する。プレシードの戦闘力は当てにしていないのでそのあたりは問題ない。アテンザ主任はこの期にプレシードにもカートリッジシステムを搭載しようかと提案してくる。

 正直なところ、カートリッジを搭載しても私では魔力を制御しきれないだろうから不要だとと答えるが、アテンザ主任はそのあたりのことも考慮して改良すると言っている。何でも、念のため二基発注したカートリッジモジュールの片方の使い道がないとのことだ。今後、このシステムは管理局の主力になるかもしれないので今から出来る限りの研究がしたいとのこと。

 探求心が旺盛なことは良いことだが、それでバルディッシュの完成度が下がるようなら本末転倒だと一応注意しておき、時間が空いたらということで了承する。

 カートリッジシステムか、私には不要だな。

 

 19:00

 どことなく気分がそわそわとしてきた。ずっとデスクに座りっぱなしだったため尻が痛い。股をさすっているとなにやら奇妙な気分になったのでやめた。代わりにRHに音楽をかけて貰う。地球ではやりの歌手の歌らしい。日本語というのはいまいちなじみが浅いがなかなか良い声をしていると思った。何でも日本のサブカルチャーであるアニメーションの声当てもしている歌手らしい。

 気のせいか、その歌手の声がフェイトの声に似ていると思ってしまった。今度、宴会の席で歌わせてみようか。

 ついでにRHよ、曲に合わせて鼻歌を歌うのはやめろ。気が散る。

 

 23:30

 射撃と砲撃、そして防御に特化したデバイスという構想が固まった。結局射撃に関しては弾速と弾数を上げつつ誘導性能を向上させるという、ある意味妥協のない機能とすると同意した。

 この射撃魔法を【Accele Shooter】と名付けアルゴリズムの細部の構築に入る。

 多目標自動迎撃により、射撃時も行動を停止する必要のないシステム構成としたいが、それで消費されるリソースが莫大すぎることに嫌気が差す。

 個人ユーズのアクティブレーダーを使用し、6発同時誘導でマンターゲットに正確に着弾する距離を算出したところその答えは40メートル以内という結果が出た。これは理論値であるので、実際にはもっと精度は落ちるだろう。

 ドッグファイトのみを主体にすればこれもありかもしれないが、なのははあくまで中遠距離がフィールドとなる。最低でも250メートル。弾数も従来の倍の12発を同時に制御したい。

 アクティブレーダーを増設することも考えたが、それに回るコストも考えれば却下せざるを得ない。魔力にも若干余裕がなくなることも問題の一つだ。

 何か良い案はないかと過去の文献を調べる。管理局のデータベースだけでは足りない。魔法以外の技術にも目を向ける必要があるかもしれない。

 

・新暦65年 12月5日

 

 6:00

 カップ麺美味い。二徹目で少し感覚がぼやけてきた。眠気覚ましのドリンクを飲んでおくことにする。

 

 12:00

 サプリメントをかじりながら作業。風呂に入っていないせいか体中が痒くて仕方がない。肌が弱いのでぼりぼりかいていたら腕が真っ赤になってしまったので自重する。

 データの整理もあらかた終了したのでユーノにアルゴリズムの一部を委託する。私は昨日に続いて射撃誘導の効率化の問題に取り組む。

 地球にはイージス艦なる兵器があるらしい。少し興味が湧いたので細部に関して検索を欠けるが、管理外世界の情報を閲覧するには権限が足りない。困った。お手上げかもしれない。

 

 19:00

 アテンザ主任から定時連絡。いきなり「ドリルは男のロマンですよね?」と聞かれてつい同意してしまう。お前は女ではなかったのかというつっこみは出なかった。私も疲れているのだろうか。ドリル談義でしばらく盛り上がる。終わってみて何を話しているのだ私はと思ってしまう。私の1時間を返してほしい。

 というより、アテンザ主任。付けるなよ、絶対付けるなよ、付けるなっていってんだろ。

 

 21:00

 研究ノートの一頁に「ドリルミサイル搭載に関する考察」という項目がいつの間にか出来ていた。私の筆跡のようだが身に覚えがない、でっかいバッテンを付けておく。そう言えば後ろからユーノの独り言が聞こえる。聞いていて不快だったので耳栓をする。

 地球の兵器に関する検索は、ハラオウン邸のPCにアクセスすることで解消した。不正アクセスの一種だが後で事情を説明しておこう。ちなみにハラオウン邸のPCはユーノのお下がりをやすく譲って貰ったものだ。電気動力だけで良くあそこまでのシステムを構築できると感心する。

 

 23:00

 やはり地球のイージスシステムに着目したのは正解だった。70を超える目標に対する同時迎撃機能。さらには驚異別に目標優先度を設定した上での自動迎撃。セミ・アクティブ・ホーミング。【Accele Shooter】の基本概要はこれで行くことに決定。

 セミ・アクティブ・ホーミングに関する細かい技術を解析。初期入力、中間慣性制御、終末誘導このそれぞれで異なる制御を行えば、少ない機構で効率的な迎撃が可能と考察。TAの補足用レーダー、イルミネーターを3基ほどリミットを解除する。このレーダーならアクティブレーダーよりもさらに指向性を高くし、現実的に1km先の移動目標も追尾できるはずだ。さらに使える概要がないか地球のネットを調べる。質量兵器は面白い。

 漸くアルゴリズムの構築が終了した。後は具体的にプログラム言語に書き上げていくだけだ。ゲインやしきい値はシミュレーションを行うことで修正していくことにする。なのはに引き渡した後にRHが独自に学習して設定できるように簡易的な階層型強化学習機能の搭載も視野に入れる。仕事が増えてしまったかもしれない。

 

・新暦65年12月6日

 

 6:00

 ひとまずユーノ担当のプログラムが完成したと報告を受けたので、それらをシミュレーターにかける。デジタル空間上に仮想的なデバイスを設定し、その中でプログラムを走らせる。デバイス設定にはより現実性を持たせるため、その制御部分にRHを接続させる。

 これに関する微調整とバグ取りはユーノに任せ、【Accele Shooter】の完成を目指す。

 

 8:00

 プログラミングが完了した。コンパイルもバグが200程度で収まった。殆どが記入ミスと/0(分母0)発散の問題だったので一時間ほどで修正完了。ビルド結果もセグメンテーション違反は確認されない。メモリー部分に余裕を見て設定したのでおそらくシミュレーションでも問題は出ないはずだ。

 早速【Accele Shooter】の仮想実験のためシミュレーターに接続する。ユーノはデバッグ作業に戻りしばらくシミュレーターは使わないらしい。手早く済ませる。

 

 10:00

 おかしい。シューターに諸元入力、慣性誘導までは問題なく作動するにも関わらず、終末誘導で不規則な軌道のばらつきが観測される。この部分はセミ・アクティブ・ホーミングの基幹となる部分なのでこれがうまくいかないと話にならない。

 プログラムの見直しと同時にユーノにハードウェアの確認を依頼する。レーダー、イルミネーター、弾殻形成機構に問題なし、それぞれの情報共有と通信伝達にもエラー無し。値も規定値をマークしている。ならばプログラムか。

 リアルタイム性を確保するためにRT-OSを組み込んだためそれと従来のOSの整合性に問題が生じているのかもしれない。

 同時制御のために用意した状態方程式の行列式の計算に若干の不具合があった。それで機動のばらつきはある程度解消されたが、仮想空間で完璧に作動させないと実空間での運用は無理だろう。

 RT-OSのデータシートをもう一度確認する。RHの既存OSではサポートしきれない部分がないかをチェック。

 

 11:00

 RT-OSの不整合が発見された。どうやら本体と弾殻間の双方伝達に不具合があるようだ。緒言入力と慣性誘導は基本的に弾殻からのフィードバックを受けないため問題はないが、終末誘導ではかなりの高頻度で双方通信を行うためそこにノイズが乗ってしまったらしい。

 そのノイズと弾殻機動の不規則性が殆ど一致したのでこれで間違いないはずだ。通信ゲインを下げればノイズも小さくなるが、誤差の範囲内に納めるには通信距離を100メートル以下に設定しなければいけないようだ。ノイズキャンセルのフィルターも考えたが、このレベルでは即応性と制御信号のゲインもかなり落とさなければならない。

 もっと早く気がついていれば改善策を講じることも出来たが、タイムテーブルの残り時間もあと僅かだ。ただでさえ遅れているところにこれ以上の遅延は認められない。次の作戦は決定している。最低限それまでに間に合わせなければいけない。

 気ばかり焦り上手い策が思いつかない。これは詰みか?

 

 13:00

 クロノ執務官から催促の連絡が来た。どうやら、アテンザ主任は殆どの作業を終わらせているらしい。出来ることなら今晩中にとのことだ。泣き言を言っている暇はない、とにかく解決策を模索しつつRHの艤装に取りかかる。レーダーとイルミネーターに手を出せなくなるが、それをプログラム上で解決することにする。

 

 14:00

 タイムオーバーだ。結局ノイズの問題は解消されない。仕方がないので次善策として考えていた方法を採用する。ノイズが消えないなら僅かに信号の送受信間にタイムラグを設定し、その間に出力されたノイズを解析しそれを打ち消す信号を発信することで見た目上ノイズが消えたように見せかける。このために弾殻制御のリソースを圧迫することとなり、当初予定していた多重弾殻射撃の24発同時制御を12発同時に落とすことになった。これでも従来の弾数の2倍を確保できたので及第点ということにしたい。

 シミュレーターに当てたところ揺らぎなく目標に着弾したが、やはり想定より若干の減速が見られる。弾速は【Divine Shooter】のおよそ2.2倍となり、想定の3倍を下回った。実際使用ではさらに下落するだろう。

 

 15:00

 現状の問題点をRHの内部マニュアルに記載し艤装を完了する。なのはへの受け渡しは6時間後となった。

 寝る前に腹ごしらえをしておく。最後のカップ麺を食う。いい加減我慢できないほど身体が痒くなってきた。頭からは白い粉がぱらぱらと落ちる。カップ麺が美味い、身体が痒い。

 

 15:30

 

 …カユ…ウマ……

 

 

――この日記はここで終わっている――

 

 

 


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