魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~ 作:柳沢紀雪
「少し熱くなりすぎだね。まあ、ユーノはともかく、フェイトもアルフも良く指示を聞いてくれている」
《皆若いですからね、ユア・ハイネス》
「私たちに比べればね。最近は少しは喋るようになったじゃないか、プレシード」
アリシアは懐の内ポケットから黒光りするプレートを取り出し、少しだけ微笑んだ。
そのプレート。半年前リンディから渡されたフェイトの持つバルディッシュの実験機となったデバイスは、今となってはアリシアの良いパートナーとなっていた。
バルディッシュ・プレシード。それがこのデバイスに与えられていた名だった。
《一通りの修理は受けましたから。しかし、レイジングハート卿を前にするとやはり緊張しますよ》
「気持ちは分かるよ」
アリシアは頷いた。いくらデバイス同士に人間並みの交友関係がないと言っても、レイジングハートはベルディナが四〇年間共にしていたデバイスだ。デバイスの製造年数だけで言えばおそらく、管理局内においても屈指のものだろう。最近になってある程度人並みの感情を獲得しつつあるプレシードにとって、自分とは圧倒的に年期の違う大先輩を前にして発言を控えたくなると言うことも分かる。
デバイスが気後れするなど。デバイスマスターの資格を持つエイミィや本局の知り合いの技師であるマリエルが聞いたならどれほど驚くことか。ベルディナにせよアリシアにせよ、ある意味この二者にはデバイスに人間らしい感情を芽生えさせるような一種の才能があるのかもしれない。
アリシアは一旦プレシードとの会話を遮断し、空を見上げた。
アリシアはなのはとレイジングハートと一通りの会話を交わした後、なのはの身の安全を確保するため自ら指揮する立ち位置を変更し。今はフェイト達が繰り広げる戦場が光の筋としか確認できない場所に立っていた。
《敵剣士、フェイトお嬢様とエンゲージ。お嬢様は近接戦闘を挑んでおられますが分が悪いようであります》
プレシードはフェイトと敵の剣士シグナムとが戦っている様子を光点と軌跡を周囲の環境を模したワイヤーフレーム上に示す。
「やっぱり強いね、あの剣士。何とかアルフとやり合えるようにし向けてはいるけど。速いよ」
《あの速度と剣圧が相手ではさすがにアルフには荷が重いでしょう》
プレシードは戦闘よりも情報収集端末としての機能に特化するように再調整されている。それは、元々バルディッシュの試験運用を目的として制作されたため、実戦に耐えうる強度を初めから持たされていなかったと言うことに起因する。さらに言えば、実質的な魔法戦も考慮に入れられていないためその制御装置もそれほど高性能ではないのだ。
今のアリシアがそれを考慮して必要分だけに機能を特化させた結果、相手の攻撃から身を守れる程度の強度と周囲の情報を収集しそれを処理する制御機能の二つだけに機能が制限されることとなった。
「だけど、フェイトでは防御力が足らなさすぎる。幸い、速度自体はフェイトが上だから何とか逃げながら応戦は出来てるみたいだけど。いつまで持つのか分からないね」
《結界抜きのタイムスケジュールは未だ未定と出ております。そろそろ、決め手を模索するべきかと》
「そうだな……『フェイトは三時方向に緊急回避。アーク・セイバー発射用意……撃て。アルフはそのまま敵の背後に回り込みフォトン・ランサーを牽制で全弾発射。敵の動きを止めろ、ばらまけ』……やっぱり、決め手に欠けるなぁ」
出力が不足している。今はまだ、敵もフェイト達の動きに対応し切れておらず、その切り札もまだ切られていない。しかし、今の状態をひいき目に見て五分五分。あの赤の少女が激発していたカートリッジをあの剣士まで使用してしまえばパワーバランスは崩れる。
ユーノの方もあの鉄槌の少女の相手に全力を傾けているため、互いに連携をとるのは無理に近い。
いや、何とか敵の動きを調整できれば個々に戦いながらも連携をとることは可能だが、果たしてあの子達にそれを期待しても良いものか。
《迷っている暇はないと愚考します、ユア・ハイネス》
「そうだねプレシード。分かった、あの子達の命は私が引き受けるよ」
アリシアはそういって一度目を閉じ、息を吸い込みはき出し、そして瞼を開いた。
『フェイト、アルフ、ユーノ。返事はいい。これから私が言うことを忠実に実行してくれ。これより私たちは攻勢に移る』
念話越しに彼らが息をのむのが分かった。今まで防戦を主体にとにかく負傷しないように相手のペースに会わせた戦いを命じていたアリシアがここに来て攻戦に移るといっているのだ。
つまり、それは漸く敵勢力を打破する案が見つかったのか、それとも防戦では敗北の結末しか見えなくなったのか。
出来れば前者であってほしいと戦場にいる三人は思うが、現実はそんなに甘くはないということもまた理解していた。
それでもアリシアは宣言しなければならなかった。司令官たるもの兵の士気を上げることこそが至上義務。
最高の作戦を立ち上げたところで兵がそれについて来られなければ、それは全く意味のないものとなるのだ。
『安心しろ三人とも。お前達が私の指示通り動けたのなら私たちの勝利は確実だ。私を信じろ、フェイト、アルフ、ユーノ』
今は演じなければならない。アリシアは冬の寒さに包まれる夜の街の中にいながら額から汗を噴き出させ、その心臓は不快なリズムで早鐘を打つ。しかし、それを思念に乗せることはしない。
フェイトはプレシードのリソースを全開にし、正面のモニターに都合四つの空間投影モニターを生み出しすべての体勢を整える。
(さあ、演じろアリシア。お前は完璧だ。完璧な指揮官となれ。お前の掌中には戦場のすべてがあり、指の一つでその状況を変えることが出来る。そう、この戦場においてのみお前は役者を動かす神となり、すべての幕引きをもたらす機械仕掛けの神《デウス・エクスマキナ》になるんだ)
まるで暗示をかけるようにアリシアは自身にそう命令し、そして意識を開いた。
(こちらの持ち駒は、高速機動のマルチロール、中距離支援射撃と障壁破壊のサポーター、防御と束縛のディフェンサー。敵は近接格闘と中距離射撃のアタッカー、剣術格闘主体のファイター。戦力比は現状で6,5,6,9,10といったところか。敵は基本的に単体戦闘に特化した戦力。その代わりにこちらは基本的にツーマンセルを主体にした戦力保有だ。そのうちユーノはワンセルを欠いている状態)
ならば一度戦力を集約させようとアリシアは判断した。こちらが連携主体の戦力構成であれば、急造ではあるがスリーマンセルでその個体戦力を向上させるしかない。
それに対して、おそらく敵は単独戦闘に特化しているため連携に関してはそれほどの性能を発揮することは出来ないはずだ。それに、敵にはアタッカーとファイターのツーマンセルとなるため、戦力としてのバランスが悪い。
スリーマンセルで各個撃破。敵は連携に向いていないといってもそれは確かな情報ではない。出来る限り敵に連携をとらせないことに越したことはない。
(戦術の基本は、いかにしてこちらの火力を集中させて、相手の火力を分散させるかに掛かってるわけだから、問題は、あの子達がどこまで連携できるか、か……まあ、そのための私ということだね)
『フェイト、アルフ、ユーノ。敵と戦闘を続けながら合流だ。これ以降はスリーマンセルでの戦闘を行う』
『だけど、僕たちは……』
ユーノはアリシアの提案に不安を隠せない様子だった。
『お前がいいたいことは分かっている。だが、そのための私だ。信じろ、お前達の姉を』
『信じるよお姉ちゃんを』
『フェイト、そうだねフェイトが信じるならアタシもあんたを信じるさ、それに……今はガタガタ言ってられないもんね』
アルフの威勢の良い叫びに、アリシアはニヤリと口の端を持ち上げた。
(なるほど。半年間の交流も無駄ではなかったか)
『ユーノもそれでいい?』
フェイトはアリシアの代わりにユーノに確認した。
『分かった、僕も信じる』
ユーノはヴィータのハンマーを障壁で横へ逸らし、チェーンバインドを鞭のようにしならせヴィータの追撃を牽制する。
『良し、ではまずユーノは周囲に罠を張り巡らせつつフェイトの元へ向かえ。フェイトはユーノの到着まで先ほどと変わらずに敵を牽制。相手に組ませるな』
『ユーノよりアリシア、了解』
『フェイト了解』
『アルフ了解だよ』
フェイトは、アルフと共にシグナムに対して飽和射撃攻撃と高速回避を続け、ユーノはヴィータに対してバインド攻撃を繰り返し密かに彼女を誘導するように行動し始める。
(布陣は完了だ)
モニターに映し出された黄色と橙と緑の光点は数メートルの間隔を置いて三角を描き、それを挟み込むように敵の二つの光点ヴィータを示す赤、シグナムを示す紫が配置される。
それだけを見れば、フェイト達三人は敵二人によって挟み込まれたと判断されるかもしれないが、アリシアにとってはむしろ二人が分断され、かつ遊軍三人が一カ所に固まることが出来たという証だった。
(切り札の用意も着実に進んでいる)
アリシアは作戦を開始する前、フェイト達には秘匿してなのはとレイジングハートに極秘の指令を送っていた。
(出来れば、使わずに済めばいい切り札だけどね)
『アリシアよりユーノに確認。目標赤のカートリッジ残弾は残り1と見なしても良い?』
『ユーノよりアリシア。たぶん問題ない。僕の戦闘で三発使って、まだ奥の手を隠してる様子だったから』
『フェイトよりアリシア。目標紫はまだ一発も使っていないよ。何とか、使わせずに済んだ』
『アリシアよりフェイト。上出来だ、だったら、第一目標は目標紫で。フェイトは接近して格闘戦闘をただし無理に組もうとしないで、力で押されそうになったら直ちに離脱してアルフかユーノの支援を受けること。アルフはそれを中距離でサポートしつつ目標紫が防御障壁を這った場合は直ちにバリアブレイクをお願い。ユーノはフェイトの防衛に専念しながら、目標赤に対して多重バインド攻撃を敢行。身体が空いているときはなるべく多くの罠を張り巡らせるようにね。以上、行動開始』
『チーム了解』
ユーノのかけ声で、フェイトはバルディッシュを戦斧型のデバイス・フォームから大鎌のサイズ・フォームにシフトさせ、一直線に剣士シグナムへとつっこんでいく。
シグナムはその場から動かず、真っ正面からフェイトの一撃を受け二者はそこで停止する。
『アリシアよりユーノ。目標紫にチェーンバインド。アルフは6時方向に向けてランサー一斉射撃』
あくまでユーノに固執し彼に襲いかかろうとしたヴィータは、意識に入れていない方向から飛来したアルフのフォトン・ランサーに気をとられ停止を余儀なくされた。
そして、シグナムはフェイトと組み合うことで停止した動きにユーノからのチェーン・バインドの襲来を受けることとなった。
シグナムはフェイトとの鍔迫り合いを一時的に解除し、後方に動きそれから逃れる。
『アルフは目標紫に対して再度バインド攻撃を。ユーノはディレイト・バインドを設置しつつ目標赤から回避せよ』
この一連により、敵はこちらの戦術が受動的戦術より能動的戦術に移行したということを理解したはずだ。
それでもヴィータは執拗にユーノに向かって攻撃を加え、射撃を受けたアルフに対しては睨み付けるだけで目標にすることはない。
(ならば逆にやりやすい)
敵は思ったよりも単純だとアリシアは笑みを浮かべた。
『ユーノはフェイトと交代を。アルフは前方45°範囲内にランサーを乱射二人の交代を援護して。フェイトは移動しつつ目標赤に対しアーク・セイバー発射』
シグナムから一時離脱するフェイトを追う形で彼女は速度を速める、しかし、接近するユーノが放ったバインドに進路を塞がれ、手に持つ剣でそれを切り伏せる。そのまま先行しようにもアルフがばらまくフォトン・ランサーにさらに進路を塞がれフェイトの追尾を諦めざるを得なかった。
シグナムと同じくユーノを追うヴィータもフェイとのはなったアーク・セイバーの不規則な軌道に翻弄されやはり目標の追尾を諦めざるを得なかった。
『フェイトは目標赤に対し射撃を主体に高機動戦闘。真正面からの近接戦闘を許可しない。フェイトとユーノに対して続けて射撃支援。目標の行動が停止次第バインド攻撃を。ユーノは目標紫の攻撃を防御しつつアルフのバインド捕縛のサポートをお願い』
敵の攻撃方向はその者の意識の方向であるといっても過言ではない。特に近接攻撃を主体する戦士であればそれは如実の傾向として現れる。ならば、その敵の攻撃方向とは斜め後ろからの攻撃は等しく奇襲となる。たとえ、それが避ける必要もないような微弱な攻撃であっても、経験豊富な戦士であればあるほどそれに対する反応は機敏となる。
(すべてを利用し尽くす。敵の能力も経験も。すべて手中に収めてみせる)
『アリシアよりフェイト。回避機動が単調になってるよ。今プレシードより最新乱数回避アルゴリズムを送信したから。参考にしてみて』
『アルゴリズムの受信を確認。機動プログラミングに組み込み完了したよ』
そしてフェイトの回避パターンが変化し、より先読みされにくい回避パターンに変更される。幻術魔法を織り交ぜた回避行動が理想的なのだが、さすがにそこまで求めるのは酷かとアリシアは思う。
幻術魔法はレアスキルに近い能力であり、その術式には高度な魔力制御が要求される。加えて生まれ持った資質も必要となることから、おそらくこの理想は夢物語で終わるだろうとアリシアは思った。
『……何かやばいよ!! みんな気をつけて……』
アルフが警告を発しようとした瞬間、突然アリシアのモニターに蒼の光点が出現し、それはまっすぐにアルフの正面に現れ彼女を吹き飛ばした。
『お姉ちゃん、アルフが!!』
『アリシア!』
突然のことに行動を停止し、アリシアへ判断を仰ぐフェイトとユーノにアリシアは舌打ちをせざるを得なかった。
(やはり、こうなるか……)
『うろたえるなフェイト、ユーノ。一旦交代してアルフと合流、その後体勢を立て直す』
アリシアは食いしばる歯を無理矢理こじ開けそう命令を下すが、敵の方が行動が速かった。
シグナムはフェイトに襲いかかりその剣身に真っ赤な炎を宿しフェイトの持つバルディッシュを両断し、ヴィータはシールドを張る余裕のなかったユーノを打ち据え、フェイトが吹き飛ばされた反対側に彼を打ち飛ばした。
(分断されたか……このまま行けば、敵との一対一の状況が作られる。とにかく合流だ。だが、あの子達の戦力差ではそれも難しい。無理をすれば崩壊してしまう……高町なのはの切り札を使うか? いや、まだ速い)
私が出るかという考えを振り払い、とにかく敵の状況を確認しようとアリシアはプレシードのモニターを側に引き寄せようと腕を伸ばす。
「……か…は……?」
しかし、アリシアは突然身体の芯からわき上がった不快感に声を飲み込んだ。その感覚がわき上がってくる箇所。彼女はその部位に目を下ろした。
アリシアの胸の部分、モニターから伸ばそうとした両腕の間からアリシアのものではない腕が伸びていた。