魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~   作:柳沢紀雪

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第三話 Ignition Flame

 足下に広がる雑踏と淡い光を放つビル群。それを俯瞰する少女はどうしてこの世界の人間はこうも気楽に生きていけるのだろうかと心に思った。

 夜の闇は嫌いだ、それはどこか自分自身の深淵を浮かび上がらせる鏡のように思えるから。

 そう思い、赤いドレスを身にまとう少女はそっとため息をついた。

 

「あたしも、臆病になったもんだな」

 

 そして彼女は最近家族となった一人の少女の朗らかな笑みを思い出した。あの笑顔を守るために自分は戦うのだと決意を新たにする反面、それを守りきれなかったときそしてそれが永遠に失われてしまったときのことを考えるとどうしても自分は弱くなってしまうと彼女は感じていた。

 

「様子はどうだ、ヴィータ」

 

 背後から届いた声に赤の少女は振り向いて目を向ける。そこには一匹の蒼いオオカミが表情の読めない視線で彼女を見ていた。

 

「ザフィーラか、あんまり芳しくないね。そっちは?」

 

 上空をに吹く若干強めの風に髪を抑えながら赤の少女、ヴィータは少しぶっきらぼうに応えた。

 

「どうもはっきりとしない。やはり、直接探索をかけんと無理かもしれんな」

 

 深く沈み込むような低い声で話す狼、ザフィーラからは一切の焦りは感じられない。それが単なる振りではなく長く戦い続けて来たものの持つ余裕であることはヴィータもよく知っていた。

 その冷静さは自分も見習わなければならないことだと肩をすくめるヴィータにザフィーラは背を向けた。

 

「手分けをしよう。闇の書はお前に預ける」

 

「あいよ、そっちもね」

 

 ヴィータは手に持つ大槌を肩に担ぎ、脇に抱えた本を腰の後ろの回して服に括り付けた。

 

「心得ている。ではしくじるなよ」

 

 ザフィーラはそう一言残し、闇夜の空に悠然とかけだしていく。

 

「心配性なやつ」

 

 徐々に遠ざかっていく彼の魔力反応を背中に感じ、ヴィータは少し頬をゆるませ、表情を引き締めた。そして、肩に担いでいた大槌型のデバイスを前方へとかざし、目を閉じ意識を術式構成にシフトさせる。

 

「封鎖領域展開」

 

 ヴィータのその静かな言葉に呼応して彼女の持つデバイスは静かにその身を明滅させ、担い手の要求する術式を展開していく。

 そして彼女を中心として球状の封鎖領域が広がっていき、その広がりと共に世界が色彩を失っていく。

 徐々に消えていく雑踏、街を歩く人々の群れからヴィータは意識を逸らし、その中にあってなおも存在し続ける反応を探り続ける。

 

「……魔力反応……目標補足……」

 

 ヴィータは目を開き、確かに存在するその反応に目を向けた。巨大な魔力反応。それこそが、彼女たちがここ二、三日の間に追い続けてきたものだった。推定AAAランク、そしてそれが持つ魔力パターンとを照合し、ヴィータは間違いないと断定した。

 

「上出来だ………いこうか、グラーフ・アイゼン」

 

 漸く捕まえたと、ヴィータは口の端を僅かに持ち上げ、相棒である自らのデバイスにそう声をかけ、そして目標に向かって一直線に飛び立った。

 

(これで闇の書も一気に20ページだ。悪いけど、あんたの魔力を貰うよ)

 

***

 

「うん?」

 

 そういってなのはは、窓の外から感じた何らかの違和感に声を漏らした。

 

「何だろう? レイジングハート、分かる?」

 

《魔力反応検出、範囲拡大を確認。広域魔法術式……これは……空間封鎖結界の類です》

 

 レイジングハートの言葉と共に、なのはの身体を何かの奔流が駆け抜けた。感覚が研ぎ澄まされていく、何者かの視線が感じる。なのははその違和感と不快感に眉をひそめ、レイジングハートを取り上げて立ち上がった。

 

《何者かの索敵を受けています。魔力反応感知されました》

 

 向かってくる。なのはは漠然とそう感じた。何者かの悪意が僅かな魔力の揺らぎとなって脳裏をかすめる。

 

「ここにいちゃダメだよね」

 

 なのはの呟きにレイジングハートも光の明滅で応えた。

 

《目標がどのような思惑を持っているのは分かりませんが、管理外世界でわざわざ空間を封鎖したということは何かしらの悪意があると思われます。移動しましょう、マスター。話をするにしても戦うにしてもここにいてはあまりにも危険です》

 

 なのはは無言で頷き、レイジングハートを首にかけ部屋をでた。

 自分以外の気配がしない。一切が結界の外に追いやられた。いや、むしろ自分だけが結界の中に取り込まれたと言うべきか。

 ここには優しい母も、穏やかな父も、心強い兄も、明るい姉もここにはいない。

 

『戦場は孤独だ。そして不条理で無意味だ』

 

 なのははかつてシニカルに笑う少女の言葉を思い出した。

 

「うん、そうだねアリシアちゃん。だけど、私は信じてるよ」

 

 こぼれ落ちそうになった涙をぬぐい、なのはは深(シン)と静まりかえる高町の家を駆け抜け、闇に沈む街へ自身へと舞い込んできた戦場へと戻った。

 

 離れていても心は繋がっている。絆があれば必ずまた会える。なのははそう信じて戦うことを決めた。

 

「だけど、まずはお話を聞かせて貰わないとねレイジングハート」

 

《ええ、たっぷりと話を聞かせて貰いましょう》

 

 

***

 

 静かな警告音の鳴り響くアースラの艦内。外装をすべて取り外され整備中だった艦は一時的に息を吹き返し、艦橋にはオペレーションモニターがノイズ混じりの状況を伝え続ける。

 

「状況を!」

 

 拘束中のアースラを動かすために上層部を黙らせてきたリンディは、そう声を張り上げ艦橋に入場を果たした。

 

「現在海鳴にて封鎖結界を確認しました。内部の状況は確認できませんが、なのはちゃんの魔力反応が僅かですが検出されています。それと同時にこちらのデータにない魔力反応が一つ。おそらく戦闘中と推察できます」

 

 リンディに先行していち早くオペレーティングを開始していたエイミィが矢継ぎ早にそう報告する。

 

「結界解除は?」

 

「現在術式の構成を走査中です。しかし、こちらの使用している術式構成とかなりの違いが認められ、解析にはかなりの時間が必要となります」

 

 エイミィとは違うオペレーターがそう答え、モニターの中心には解析を示すプログラミングの実行画面と、現在海鳴において観測されている封鎖結界の様子が映し出される。

 

「アリシアさん達は?」

 

 エイミィの報告を受けていち早く行動を開始したアリシアはただ一言、「戦域に介入する」とだけ伝え駆けだしていった。それを追う形でフェイトとユーノもそれに追従した。

 

「現在トランスポーターで職員ともめているようです」

 

 本局の転送室の前で職員に突っかかり今にも噛みつかんばかりの勢いで口論を交わすアリシアの姿もモニターの端に示されている。

 

「提督権限でトランスポーターの使用要請を」

 

「了解!」

 

 リンディはそれだけ告げると一旦艦長席に腰を下ろし、一つ呼吸をつき早まる心音を押さえつけた。

 

(ともかく、封鎖結界の解除を最優先。容疑者の捕縛は状況を確認してからね)

 

 ふう、とリンディは吐息と共に肩をなで下ろし、スッと瞳を開き刻一刻と進む状況を眺めた。

 

(とにかく今は現地の民間人の安全を第一に。無事でいて、なのはさん)

 

***

 

「くぅぅ……」

 

 突然襲いかかってきた少女は、話を聞く余地も残さずただひたすらになのはの戦力を奪おうとするだけだった。

 

「お前、堅ぇな」

 

 なのはの防御をプロテクションごと吹き飛ばした少女は、空中で必死に体勢を立て直すなのはに向かってそう呟いた。

 ブン! と威嚇するように手に持つ大槌【グラーフ・アイゼン】を振るう少女になのはは戦慄と共に恐怖を感じた。

 

「なんで、こんなことするの?」

 

 プロテクション越しに衝撃を受けた腕をかばうように右手で押さえる左腕からは僅かに先決が漏れ出してくる。なのははその痛みに歯を食いしばり、必死になってレイジングハートを構える。

 シューティング・モードにシフトされた彼女のデバイスは音叉状に展開された先端フレームを輝かせ、桃色の追尾弾を4発同時に発射した。

 

「バカの一つ覚え!」

 

 先ほどから執拗に自分を追いかけるその射撃魔法【Divine Shooter】に彼女は指の間に数個の鉄球を生み出し、大槌の一降りと共にそれを高速で打ち出した。

 

《高速追尾弾接近、デコイ発射》

 

 レイジングハートは襲いかかる鉄球に対し、主の魔力反応に酷似した光弾を生成し、なのはが移動魔法【Flash move】を使用し上空高く舞い上がる行動に応じて、そのデコイを後方へと加速させた。

 

「このヤロ、ちょこまかと」

 

 半分の鉄球がデコイに誘導されて明後日の方向へと飛んで行ってしまったことに少女は歯ぎしりをして、もくろみ通り上空へと退避したなのはをねらい、大槌を振りかぶり一直線に襲撃をかけた。

 

【Protection】

 

 攪乱できなかった鉄球の追尾から逃れることに一瞬意識を向けすぎていたなのはは、その少女の襲撃に反応が遅れてしまった。

 

「くっ!」

 

 レイジングハートが展開した自動防御機構を真っ正面から打ち付けるヴィータの攻撃になのはは声を漏らし、レイジングハートの忠告通り、彼女はまともにそれと張り合わず、むしろその力を離脱に利用するようにその力の流れに身をゆだねた。

 

(やっぱり堅い。それにこいつ冷静だ)

 

 歴戦の記憶を持つヴィータであっても、なのはの戦い方には何処か年相応というものが感じられず、先ほどの誘導弾をごまかしたデコイといい、自分がもっとも得意としている結界抜き攻撃【テートリヒ・シュラーク】でさえ下手に押し切るらずいいようにあしらわれている。

 それにしては、とヴィータは後退しつつ錫杖の先をこちらに向ける少女に目を向けた。

 

(行動選択はすごく冷静で的確。だが、どうしてこいつはこんなにも余裕がない?)

 

 こちらに輝く先端を向ける少女の瞳は負けたくないという気概と、勝てないかも知れないという恐れに満ちあふれている様子だった。

 それに、ヴィータが先ほどから切り札を使わず、決定打にかける攻撃をしているのにも理由がある。

 この手合いの先ほどまでの戦い方は、何処か単独で戦うような仕様になっていないと感じられたのだ。

 ならば、どこかに伏兵が居るのか仲間がこちらに向かってきているのか。

 出来ることなら、それらが到着する前に何とか決着を付けたかったが、出来る限りそれらに備えて温存しておく必要もあった。

 

(だけど、少し時間がかかりすぎたね)

 

 少女、なのはの杖の先端から放出された大規模砲撃魔法【Divine Buster】の威力に舌を巻きながら、その奔流の影に隠されていた誘導弾【Divine Shooter】を上手いと思いながら回避を続け、ヴィータはやはり少し本気を出さないと下せる敵ではないと判断した。

 

「あんまり使いたくないけど、グラーフ・アイゼン、カートリッジロード。ラケーテン・フォームに形状変化」

 

 ハンマーで殴り返した【Divine Shooter】の光弾が近くのビルに着弾し撒き散らされる土煙に身を隠し、ヴィータは自身のデバイスにそう命令を下した。

 

《Ja》(了解)

 

 グラーフ・アイゼンはそう一言だけ報告し、ハンマーのヘッドとグリップとをつなぐジョイントをスライドさせチェンバーを開放した。

 そこにはジョイントを覆うように円状に搭載された弾丸のようなものが並んでおり、スライドさせたジョイントが元の姿に格納されると同時になにがしかの激発音が響いた。

 

「……!! な、なんなの?」

 

 土煙の向こう側へレイジングハートを構え、煙が張れるのを待っていたなのははその中心で急激な魔力の増大を感じ、一体何があったのかと息を飲んだ。

 その魔力増大と共に姿を示したヴィータはその手に持つデバイスを大きく振りかぶり、そして叫んだ。

 

「アイゼン、ラケーテン・ハンマー」

 

《Ja!!》

 

 レイジングハートは一瞬、その形状を目にして冗談だろうと思ってしまった。ハンマーのヘッド部分にあしらわれた追加武装。相手を打ち付ける本来なら平坦であるはずのインパクト部分の片方には先端のとがった角錐が設えられ、その反対側にはそれこそ冗談としか思えないような装備、あえて言えばロケット・ブースタというべき魔導推進器が装備されていた。

 

「上出来だ。貫け! アイゼン」

 

 レイジングハートは拙いと判断した。

 

《マスター! 回避を、あれを受けてはひとたまりもありません》

 

 しかし、ヴィータの追加武装による魔導推進器の出力はそれまで何処か愚鈍に思えた彼女の移動力を爆発的に向上させ、その速度に反応できなかったなのはの防御を打ち付けた。

 

「しまった!!」

 

 なのははその攻撃を反射的に受けてしまい、後悔するしかなかった。それまではたとえ防御の上から殴りつけられてもレイジングハートの判断に従いその力を後退の速度に利用することで何とか直撃を避けてきていた。しかし、今彼女が持っているのはそれまでのハンマー攻撃とは速度も突破能力も違うものだ。

 なのはは遅れた判断と共に、致命的な選択ミスをしてしまった。

 

「まともに受けられるとでも……!!」

 

 ロケット(ラケーテン)ハンマー(ハマー)のグリップから感じる確かな抵抗感と手応えにヴィータはニヤッと笑い、さらにブースターの出力を向上させブースターの排気口から莫大な量の魔力推進剤を撒き散らした。

 

「いやっ!!」

 

 大量のヒビが広がる防御障壁の表面になのはは恐怖を感じる。

 

「……思ったか!」

 

 なのはは反射的に突破してくるハンマーの衝角から身を守るべく、レイジングハートを盾のように構える。

 しかし、プロテクションを容易に突破したその推進力に魔力で強化を行っていないただの錫杖では明らかに力不足だった。

 

「レイジングハート!!」

 

 先端と取手をつなぐ結合部に亀裂の入る愛杖になのはは悲鳴を上げる。

 

《緊急離脱を敢行します。歯を食いしばってください》

 

 レイジングハートはそう一言だけ警告すると、自身のフレームから漏れ出す魔力を起爆させ、小爆発を起こさせる。

 なのははその瞬間的に過大な反発力になすすべもなく翻弄され、あっけなく吹き飛ぶとその背後にそびえるビルの壁面にまともに背中を打ち付け、窓ガラスを崩壊させながらビルに突き刺さる。

 

「けほ……、こほ……。あうぅ……痛いよぉ……」

 

 左の鎖骨にヒビが入ってしまったかもしれない。

 レイジングハートは所々にノイズの混じる制御システムを稼働させ、主の状態を確認し現状の打開策の検討にリソースを振り分けた。

 なのはは、衝突と共に飛来した瓦礫の破片に所々肌を傷つけ、数カ所からにじみ出る鮮血に気が遠のきかける。

 

「あたしをここまで手こずらせるとは、なかなか大したもんだったな」

 

 ザッという重苦しい足音が響き、もうもうと湧き出る灰色じみた砂埃の中からなのはの敵、ヴィータが姿を現した。

 なのはは痛む脇腹を右手で押さえながら、利き手である左に破損の激しいレイジングハートを持ちそれに相対するが、ヴィータは一切の慈悲もなく角張った先端のラケーテンを振りかぶり再度なのはにそれを打ち付ける。

 後退する場所はない。しかし、機能不全を起こしかけているレイジングハートではその攻撃を受けきるだけの強度のある障壁を展開することは出来ない。

 せめて、主人の魔法構成速度がもう少し速ければこのタイミングでもさらに強固な結界【ラウンド・シールド】を展開することも可能なのにとエラーの続く思考の中レイジングハートはそんな望みを持った。

 

 なのはが展開したプロテクションは、全くの防御効果さえも示さずあっさりとラケーテンの前に崩れ去り、先端が着弾したバリアジャケットは最終防衛【リアクター・パージ】を敢行した。

 なのはが身に纏う白いバリアジャケットの上着は桃色の残滓を残し魔力へと帰り、その反作用を利用してヴィータのラケーテンを僅かに押し戻す。

 

(悪あがきだ)

 

 威力をそがれ、手応えを消された事にヴィータは僅かに舌打ちをするが、それでも再度壁に激突した相手を見て、ひとまず敵の戦闘力を無効化したことを良しとしてハンマーのヘッドを元の平坦な形状に戻しそれを床に向けた。

 

「あんたには恨みはない、命を貰うつもりもないし、目的さえ果たせればもうあんたの前には現れない。だから餌になってくれ」

 

 一歩ヴィータがなのはに近づく。なのはは退路のない壁際に力なく崩れ去り、それでも最後の力と気力を振り絞り、破損し先端の赤い宝石にもヒビが入り今にも折れてしまいそうなレイジングハートをヴィータへと向ける。

 

「勇敢だな。こんな風じゃなかったら、戦友にでもなれていたかも知れないけど、残念だ。上出来だったよ、あんたは……」

 

 相手に武装解除のつもりがないのなら仕方がないと、ヴィータは再びグラーフ・アイゼンを振りかぶり、「ルーヴィス」と呟きながらなのはが手に持つデバイスを完全に破壊すべくそれを一閃させた。

 

(こんなところで終わっちゃうの? 嫌だ、嫌だよ……、誰か、誰か助けて! ユーノ君、クロノ君、フェイトちゃん、アリシアちゃん……。ユーノ君、ユーノ君!!)

 

 閉鎖された室内を切り裂くヴィータの一閃。そして、満ちあふれる翠の魔光。最後を予感してなのははギュッと目を閉じたなのはの視界に最後に映っていたのはそんな光景だった。

 

 

***

 

 

 必殺を確信して振るわれた大槌の一閃はわき上がる緑の光壁の前にあっけなくその侵略を阻まれた。

 

「なに!!」

 

 ギンッという音と共にヴィータの驚愕の声が耳に届いた。

 

「なのは、待たせてごめん」

 

 会いたくて、会えなくて、待ちこがれて、それでも待ち続けられなくて、ずっとずっと聞いていたかった側にいて欲しかった声がなのはの耳に飛び込んでくる。

 なのはは目を開き、そしてしっかりと見えた。

 

「何者だお前。こいつの仲間か?」

 

 なのはの目の前を覆う白いマント、そして彼と自分を守る翠の光盾。その盾にあっけなくはじき返され、僅かに後退したヴィータは突然現れた少年に鋭い視線を浴びせかけた。

 

「パートナーだよ」

 

 翠の魔力光を足下に携え、美しいハニーブロンドの髪を風にたなびかせ、なのはのパートナー、ユーノ・スクライアはそう言ってニッコリと笑った。

 

「ちっ!」

 

 ついに援軍の到着を許してしまった。しかもこの少年は今まで追い詰めていた少女のパートナーを名乗った。ならば、たとえ戦闘不能に近い状態まで追いやったとしてもこの二人がタッグを組んで仕舞えばパワーバランスは元に戻ってしまうかもしれない。

 何よりも自分は既にカートリッジをいくつか消費してしまっている。一時後退し体勢を立て直さなければならない。

 ヴィータはそれだけのことを一瞬で判断すると、背後にあけられたビルの穴から離脱を敢行した。

 

『報告をユーノ。高町なのはの保護には成功したの?』

 

 高速で離脱するヴィータをそのまま見逃し、ユーノはすぐになのはの元に駆け寄り彼女の状態を確認した。

 

『ごめんアリシア。こちらユーノ。なのはの保護に成功。だけど、随分酷くやられたみたい。僕はこのままなのはの治療に専念するよ』

 

 ユーノはアリシアからの報告要請に応じ、なのはの状態を簡潔に報告した。

 

「アリシアちゃん、来てるの?」

 

 多少朦朧とする意識の中、なのはは喋るたびに痛む脇を押さえながらユーノに聞いた。

 

「うん、フェイトも来てる。もう、大丈夫だよなのは」

 

 ユーノはそう優しく笑ってなのはの頭を撫でつけた。

 

「そう、良かった……」

 

 なのははそう深く息を吐き出すと、そのまま気失うようにユーノの腕の中に倒れ込んだ。

 

「だ、大丈夫? なのは」

 

 あわててユーノはそれを抱き留め、先ほど診断した中でもっとも負傷の度合いが強い脇腹に手を当て治療の魔法を流し込む。もしも折れていたら魔法だけでは直しきれなかったが、幸い骨にヒビが入っているだけに留まり、ゆっくりとながらそれは治療されていく。

 

「にゃはは、なんか安心したら気が抜けちゃって……ああ……ユーノ君の手、暖かいな……」

 

 ユーノの魔力に前身が包み込まれ、なのはは安心すると同時にさっきまで体中を襲っていた痛覚が徐々に緩和されていくのを感じた。

 

「応急処置だけど、とりあえず目立った怪我は治ったはずだよ。いったんここを出よう。なのは、飛べる?」

 

 ユーノはなのはに肩を貸し、ゆっくりと立たせた。なのはは自分の足で立てると言いたかったが、少しだけ彼に甘えることとした。

 

「私は大丈夫だけど、レイジングハートが……」

 

 一時的に待機状態に戻ったレイジングハートは、なのはの手の中で光の明滅を繰り返ししていた。

 

《破損率が30%を突破しました。通常起動に限定すれば運用は可能ですが、戦闘使用に耐えきれる強度を確保できません》

 

 レイジングハートの声は実に冷静だったが、その言葉の端々には悔しさに満ちておりいつものように軽快な会話をするような余裕はないようだった。

 

『アリシアよりユーノ。そちらの状況は? まだ移動できない? フェイトが少し辛そうなんだ。出来れば応援に行ってもらえるといいんだけど』

 

 再びアリシアの念話がユーノとなのはの元に届いた。

 

『こちらユーノ。ごめん、アリシア。今はまだ……』

 

 移動は出来そうにないとユーノが伝えようとしたが、それに割り込むようになのはが念話をつないだ。

 

『アリシアちゃん、なのはだよ。私は大丈夫。すぐに移動するから、フェイトちゃんにはもう少しだけ頑張ってって伝えて』

 

「いいの? なのは」

 

「うん、なるべく足手まといになりたくないんだ。お願い」

 

「分かった」

 

『こちらアリシア。了解したよ、ポイントを指定するから速やかに移動して。そこから南東約120mのビルの上、私もそこに居るからよろしく』

 

『分かった、すぐに行くよアリシア』

 

 ユーノはそう言って速やかにアリシアとの通信を遮断した。

 

「じゃあ、なのは。少し飛ばすからしっかり捕まっててね」

 

 ユーノはそう言ってなのはの肩をつかみ、膝裏に手を差し込んで横抱きに抱き上げた。

 

「ちょ、ちょっとユーノ君。これは……恥ずかしいよぉ……」

 

 いつかドラマやCMで目にしたいわゆるお姫様だっこと呼ばれる形で自分がユーノに抱き上げられている事になのはは羞恥を隠しきれず、少し抗議の意味も込めて手をばたつかせる。

 

「ごめん。だけどこうするのが一番飛びやすいんだ。嫌だと思うけど我慢して」

 

「い、嫌じゃないよ。全然嫌じゃないから。あの、気にしないで……」

 

「うん、じゃあ行くよ」

 

 なのはは赤い頬を隠すように俯き、こくんと小さく肯いた。

 ユーノはそれを確認し、先ほどヴィータが飛び出していったビルの穴から身を躍らせ、相手に感づかれないようにするためビル合間を縫うように極低高度で飛び続けた。

 その途中、赤い光と金色の光そして橙の光が空中で折り重なりあいぶつかり合う光景が視界の端に映り、なのははフェイトがアルフと共に戦闘を続けていることを知った。

 自分は防御するしかなかった相手の攻撃だが、フェイトなら回避することが出来るだろう。それにフェイトは一人ではない。ただ、相手の防御能力や障壁突破能力は絶大なもので、もしもフェイトがそれを食らうことがあればひょっとしたら自分よりもあっけなく落ちてしまうかも知れない。

 なのはは安心感と不安の両方を抱え、飛行するユーノの身体をギュッと抱き寄せた。

 見上げると、ユーノも若干顔を赤らめているようだったが、その表情は凛々しい眼に支配され、それだけでなのはは身体が熱くなってしまう。

 

「やあ、高町なのは。久しぶりだね。君と戦場で会えるなんて思っていなかったよ」

 

 ユーノが指定されようやく降り立ったビルの頂上に立っていたアリシアは、フェイトに対する指向性の高い念話回線を絶やさずに指示を送り、その合間を縫ってなのはとの再開を祝い合う挨拶を交わした。

 

「あは、ちょっと身体がだるいよ。アリシアちゃんも久しぶり。ちょっと雰囲気変わった?」

 

 ユーノはなのはをゆっくりと床に下ろし、なのははユーノの手を取って立ち上がった。

 

「じゃあ、アリシア。僕はフェイトの援護に回るよ。なのはをお願い」

 

 ユーノはそう言ってなのはとアリシアに視線を配り、そして未だ続く戦場を見上げた。

 

「ああ、よろしく頼むよユーノ。今、リミエッタ主席管制官を筆頭にアースラチームがこの結界の分析を進めているはずだ。この結界が解除するまで持てばいい。敵の捕縛は二の次。今は無事に帰還することを最優先にね」

 

「うん、分かってる。そのために僕達が来たんだからね」

 

 ユーノはニッコリと笑い返し「それじゃあ」といって翠の魔力光をたなびかせ空へと舞い戻った。

 

「あの子の飛行は綺麗だね」

 

 アリシアは飛び去るユーノの姿を目を細めて眺めそう漏らした。

 

「うん、ユーノ君の魔法は綺麗だよ。私も、あんな風に魔法が使えればなぁ」

 

《大丈夫ですよ、マスター。マスターの飛行も美しい。私が保証しましょう》

 

 ザザッというノイズ混じりにレイジングハートは主を励ますように声を発する。

 

「うん、ありがとうレイジングハート」

 

 ボロボロになったフレームを撫で付け、なのははレイジングハートに礼を言う。

 

《どういたしまして》

 

 まるで親友か姉妹のように言葉を交わす二人にアリシアはニヤッと笑みを浮かべた。

 

「それにしてもレイジングハート。しばらく見ないうちに随分綺麗になったね。ちょっと欠けた感じとかヒビの入り具合とかなかなかオシャレじゃないか」

 

《しばらく会わないうちに美的センスを狂わせましたか? アリシア嬢。もっとも、あなたの美意識など端から破綻しているでしょうがね》

 

「へえ、ガラクタが美意識なんて言葉を覚えるなんて驚きだね。この調子ならゴミ捨て場のスクラップでも芸術家になれそうな気がするよ」

 

《よく言いましたね腐れゾンビ。死んでも死なないほど単純な作りのあなたが美意識、知性云々を口にするとは。いつから芸術とはそれほどまでに軽々しいものとなったのでしょうかね》

 

「………」

 

《………》

 

「変わらないね、お前も私も」

 

《お互い、単純な作りをしていますからね》

 

「単純である分強固である証明かな。地球はどうだった?」

 

《やはりすばらしい。私の趣味が増えました》

 

「それは良かったね。また、いろいろと話を聞かせてくれるといいな」

 

《………それにしても、随分可愛らしくなりましたね、アリシア嬢。話す内容さえ何とかしてしまえば、まるっきりお嬢様ではありませんか。最初少し鳥肌が立つかと思いましたよ、不気味で》

 

「立てられるものなら立ててみてよ、石ころ」

 

 アリシアはそういうとにっこりと笑い、ぐいっと中指を空に向かって押っ立てた。

 

「………やっぱり、アリシアちゃん相手だと生き生きしてるね。レイジングハート……」

 

 自分の相棒が自分と話すときよりも楽しそうに他人と話すのを聞いて、なのはは些か面白くないと感じ、アリシアに若干湿った視線を投げた。

 

《時々砲撃を叩き込みたくなりますがね》

 

「それはこっちの台詞だよ、レイジングハート。私もいったい何度お前をたたき壊したいと思ったことか」

 

《何なら決着をつけましょうか? 長年の因縁を》

 

「へえ、そんなスクラップ寸前で良く吠えたねレイジングハート。くず鉄になる覚悟はOK?」

 

《もう一度あの世を見せてあげましょう、名もなき亡霊》

 

「そこまで!! 二人とも不謹慎だよ」

 

 そんな二人のどこか殺伐しつつもどこか微笑ましいやりとりに、なのははレイジングハートの球体をペシッと叩いて諫めた。

 

「そうだね、悪かった」

 

《Sorry Master》

 

 二人が矛先を納めたのを見て、なのははほっと一息ついてアリシアとレイジングハートを交互に見て、

 

「だけど、アリシアちゃんとレイジングハートは本当に仲が良いね。私だとこんなふうには出来ないな」

 

「精進あるのみだね。じゃあ、私は指揮に戻るよ。高町なのは、君は少し休んでいて。いざというときは働いて貰わないといけないからね」

 

 そう言ってアリシアはなのは後の会話を終え、再び元の表情に戻り空を睨み付けた。

 時折目を閉じて、間断なく変化する状況から導き出せる最適の戦術をフェイトに送るアリシアの姿は、まるでオーケストラの指揮者のようだとなのはは思い、ユーノが残していった結界の中で自分もそれを見守ることとした。

 そういえば、となのはは思った。ここに来るまで緊張と恐怖で震えていた身体が今は落ち着いている。これはひょっとして、アリシアとレイジングハートは自分を落ち着けるためにわざと緊張感のない会話をしてくれたのかなと思うが、それは気のせいだと判断し、今も戦闘を重ねる親友達の無事を祈った。

 

 

 

***

 

「こいつら、結構やるな」

 

 ヴィータはビルから離脱した瞬間の隙を突いて強襲してきた黒服と金の髪を持つ魔導師、フェイトの戦い方を見て正直舌を巻く思いだった。

 

「はぁぁーーー!!」

 

 フェイトはヴィータが振り抜いたハンマーを髪の数本を犠牲にして避け、その隙を突いてバルディッシュを振りかぶる。

 

『フェイトはそのまま目標を足止め。アルフはその隙にバリア・ブレイクを。解除に三秒以上かかる場合は一時離脱。同じ場所に留まらず。とにかく動くことを心がけて』

 

 アリシアからの念話の指示通りに、フェイトはそのまま大鎌の形態にシフトさせたバルディッシュを振り抜き、ヴィータの防御結界と接触させた。

 ヴィータは攻撃後の硬直から復帰しきれず、防御結界の出力に全勢力を費やすが続いて突入してきたアルフの掌打に表情には表さない焦りを感じた。

 

「バリア・ブレイク!!」

 

 接触した障壁の表面からアルフはその結界の構成式を読み取り、その構成にバグを流し込むことでそれを解除しようとする。

 

「ちい!!」

 

 ヴィータは次第に突破されていく自身の結界に舌打ちをかまし、仕方ないとグラーフ・アイゼンに命令を下そうとする。

 

『直ちに離脱を』

 

 アリシアの短い命令が届き、フェイトとアルフは疑問を挟むことなく全力でヴィータから離れた。

 そして、その瞬間ヴィータの障壁は小爆発を起こし周囲に魔力の残滓を撒き散らしつつそれは消滅した。

 【バリア・パージ】

 自分からわざとバリアを崩壊させることで生まれる反作用で敵を吹き飛ばす。荒技といえばその通りだが、守って攻撃するという戦法を主体とする魔導師には割と馴染みのある方法とも言える。

 

『相手の体勢が整うのを待つ必要はないよ。チャンスだ、たたみかけろ』

 

「分かった、お姉ちゃん」

 

「あいよ、アリシア。なのはを可愛がってくれたお礼はきっちりと返さないとね」

 

『無駄口はいらない』

 

 アリシアの素っ気ない返答に肩をすくめ、アルフは再び赤い鉄槌の少女、ヴィータと向き合った。

 しかし、アルフはふと何かの違和感を感じた。それは、野生の狼だった頃の危機感と言うべきもので、そしてアルフがそれを警告するよりも前に、一条の迅雷がフェイトに襲いかかっていた。

 

『下に避けて!! フェイト』

 

 アルフより遅れること一瞬、アリシアは突然のことに反応できずその場に固まるばかりだったフェイトを叱責するように声を張り上げ、フェイトは刹那の差でそれに間に合い、まるで墜落するように地面に向かって舵を取った。

 

「フェイト!!」

 

 フェイトは避けることを考えるあまり落下することを考慮に入れておらず、アルフは何とかそれに疾空してフェイトの背後に衝撃緩衝場【フローター・フィールド】を展開し、ゆっくりとフェイトを受け止めた。

 

 そんな二人の様子を足下に見下ろし、その迅雷の主、後ろにまとめられた桃色の髪と騎士をあしらった甲冑に身を包む長身の女性は一息ついて剣を下ろし、その後ろで何処か憮然とした表情で自分を睨む仲間に笑みを向けた。

 

「押されているようだった故介入したが、無用だったか?」

 

 そんな桃色髪の女性の何処か挑発するような笑みに、ヴィータは「ふん」と鼻息をたて、

 

「別に、あたし一人でも何とかなったさ。とりあえず、無駄足ご苦労さん。助かったよ、シグナム」

 

 明らかに強がりと分かる少女の振る舞いに、シグナムと呼ばれた剣士は緊張を崩した。

 

「負傷はないようだな。だが、やっかいな手合いだな」

 

 シグナムはそう言ってヴィータから視線をずらし、先ほど自分の攻撃をギリギリに回避したクロノ少女フェイトの方へ目を向けた

 

「避けられたのか?」

 

 ヴィータの目にはどうやら、シグナムの攻撃にあの少女が地面にたたきつけられたように見えたようだ。しかし、シグナムは頭を振り、それを否定した。

 

「私もあのタイミングで避けられるとは思っていなかった。瞬間的に下に向かって避けるとは。大した判断力だ」

 

 ビルの谷間に落ちた二人は今はシグナムとヴィータの真下のビルの頂上に立ち、二人を観察するようにじっと睨み付けてる。

 目立った負傷は見受けられない。金髪の少女のツインテールの片方が若干短くなっているように見えるのは、先ほどのシグナムの一撃からそこだけが逃れられなかったからだろうか。

 

(少し悪いことをしたか)

 

 シグナムは女の命とも言える髪を切られた少女が何を思いながら自分を見るのか類推しながらヴィータに懐から数本の短い棒のようなものを投げて寄越した。

 

「今の内に補充しておけ」

 

 それは、先ほどからヴィータが戦闘中に激発させていたカートリッジの予備だった。ヴィータは今回の任務はそれほど長続きしないだろうと高をくくり、仲間が言うのを聞かずカートリッジの予備を持たずに出てきてしまっていた。現在、グラーフ・アイゼンに搭載されているカートリッジは僅か一発。なのはに二発使用し、先ほどのフェイトとアルフとの戦闘で一発消費していた。

 それだけ消費したにも関わらず、出来たことはなのはの戦力をそぐことだけ。蒐集も出来ず、フェイトとアルフには終始決定打を入れられずじまいだった。

 

「ところでヴィータ。あれをどう思う?」

 

 シグナムは実質二対二となった状況を俯瞰し、ヴィータに意見を求めた。

 

「二対二と思いたいけど。たぶん違う。こっちを監視して指示を出す奴が居るはずだよ」

 

 ヴィータの言葉に、自分もザフィーラも同じ意見だとシグナムは返した。

 

「ザフィーラには裏にいる指揮者の探索を頼んだ。ここは私たちが押さえる。準備は出来たか?」

 

 会話をしながらグラーフ・アイゼンのフレームを開き、都合三発のカートリッジをリロードし終えたヴィータは頷き、いつでも戦闘可能だと大槌を構えた。

 

「私は黒い娘を」

 

「アタシは犬の方だな」

 

 二人は足下にたたずむフェイトとアルフを見据え、獲物を構えた。

 

「フェイト、来るよ」

 

「うん。たぶんあの剣の方は私を狙ってると思う」

 

「そうだね。だったらアタシはあのチビか」

 

「一対一だと不利だね」

 

「アリシアは一度後退しろって言ってるけど」

 

「大人しく逃がしてくれるような相手じゃないよ」

 

「じゃあ、こっちは二対三で行こう」

 

 フェイトとアルフの背後に風が舞い降りる音がし、そこから二人と親しい少年の声がした。

 

「ユーノ。なのはは、大丈夫なの?」

 

 フェイトは戦闘の最中は忘れてしまっていた親友の少女のことをやっと思い出し、泣きそうな表情でユーノを見た。

 

「大丈夫だよフェイト。軽傷……とは言えないけど、応急処置はすませておいたから。大事には至らないはずだよ」

 

「そう、良かった。お姉ちゃんはなんて?」

 

「変わらず。極力距離を離して、一対一を避けて戦えだって。細かい指示はその都度にって言ってたよ」

 

「なあ、ユーノ。あんたにあのちっこい方任せてもいいかい?」

 

 アルフはやってきた援軍にそう要請した。

 

「うん、僕もそのつもりだったから」

 

 ユーノは今のフェイトではあの剣士には勝てないと何となく理解が出来た。彼女の様子、その振る舞いや物腰から歴戦の勇士を感じる。確かにフェイトは才能のある魔導師だが、それでもあの剣士に比べれば圧倒的に戦闘の経験が足りていない。もしも、彼女の経験に勝る人物が居るとすればそれはアリシアだけだだろう。

 つまり、今は勝ことではなく負けないことを考えなければならない状況なのだ。

 それに、とユーノは呟いた。

 

「なのはを痛めつけてくれた恨みもあるから。僕はあの子を絶対に許さない」

 

 血がにじみ出るほど拳を握りしめるユーノの様子にフェイトは少し背筋が寒くなった。こんなユーノは知らない。ユーノといえばいつも穏やかに笑って、博識な知識で自分たちに様々なことを教えてくれる優しい少年だ。

 今彼の瞳に浮かんでいるような激情と憤り、そして怒りを身に纏う少年ではない。

 それは、自分にとって特別な少女を傷つけられた事への怒りか。それとも守ると誓いながら守ることが出来なかった自分への怒りか。兎も角、フェイトとアルフは確信した。ユーノは今、傍目では冷静に見えているだけでその心の内では鉄をも溶かしてしまうほどの激しさで怒っているのだと。

 

「ユーノ。少し冷静になって。許さないとか恨みとかじゃあの子は倒せない」

 

 フェイトは無駄と分かりつつもそう助言する。ユーノは、ゆっくりと笑みを浮かべ肯いた。

 

「分かってる。大丈夫、僕は冷静だよ。なんだかね、許せなくて怒って、今は逆に冷静になれてるって感じなんだ。感情が高ぶりすぎると逆に冷静になっちゃうなんて初めて知ったよ」

 

 それでも、とユーノは思った。こんな状況でもアリシアは変わらないのだろう。

 今の自分は確かに冷静だ。冷静に怒っている。ただ感情がそれに追いついていないだけで怒りが心を凍てつかせているのが分かる。

 しかし、アリシアは違うだろう。彼女は怒りながらも理性的に物事を処理する。感情と理性を完全に分立させ、必要あれば思考の中から感情のアクセスを遮断する。

 そんなことが出来るアリシアは狂っていると思う。感情のままに狂うのは二流だというアリシアの言葉に従えば、理性を持ったまま狂っているという彼女自身は正に特級の狂人なのではないか。

 

「じゃあ、行こう。ユーノ、無事でいてね」

 

 フェイトはそう言い残し、アルフを従え一直線に目標へと飛び去っていった。

 

「速いねフェイト。僕は遅いし、なのはみたいな強い魔法が使えるわけでもない。フェイトみたいに直接戦う手段も持っていない。クロノみたいにあらゆる戦場を駆け巡れるわけでもないんだ」

 

 そして、ユーノは見上げた。自分自身が戦うべき相手を見据え、その少女も自分が現れたときからその瞳にはこちらを敵とする殺気がこもっているように思えた。

 

「だけど、それでも戦わなくちゃいけないんだ」

 

 守りたい、彼女を。他の誰でもない、彼女だけを守りたい。ユーノは握りしめた拳をほどき、そして「ふう」と一息置いて唐突に大空へと舞い上がった。

 天翔る盾――大空のイージスを背負う少年はそうして守護者となった。

 

「…………グラーフ・アイゼン、ラケーテン・フォームに形状変化」

 

 漸くお出ましかとヴィータは少年の到着に組んでいた腕をほどき、グラーフ・アイゼンをなのはを打ちのめした推進衝角形状にモードをシフトさせる。

 それは、実に冷静な判断だとユーノは判断した。

 ヴィータは、ユーノが出現した瞬間、自分の攻撃があっけなくはじき返されたことを経験し、そして理解した。

 この手合いはものすごく堅牢だと。

 確かにあのときは最後のとどめを刺すため幾分か力を抜いて、さらにラケーテン・フォームから通常形態に形状を戻していたこともある。しかし、あの瞬間。殆ど出現と同時に展開されたあの盾は、まるで城壁を手槌で叩いたかのような感触に襲われたのだ。

 あの壁と称しても良いほどの盾は、自分の持つ切り札の中でもっとも突破能力の高いこの形態でなければならないと判断した。そしてもう一つ。たとえ初見で油断していたときだといえ、鉄槌の騎士を名乗り「我が槌に貫けぬもの無し」と自負する自分の攻撃がああもたやすく弾かれてしまったのだ。

 

「シグナムとザフィーラに他の用事があって運が良かったかもな……」

 

 不謹慎かもしれないが、ヴィータはこの時自らに課せられた使命を忘れていた。それこそ、さっきまで後ろ腰に結びつけていた命ともいえる闇の書がいつの間にかなくなっていたことを忘れてしまうほど、ヴィータの闘争心は臨界まで高まっていた。

 

「行くぞ、盾(イージス)。守って見せろ、お前の大切なものとやらをなぁ!!!」

 

 ヴィータを前にしても無言を貫く手合いに、ヴィータはそう一喝してラケーテンの推進剤を爆発させ自らの考え得る最高速と最大遠心力を持ってユーノに襲いかかった。

 

「ラケーテン・ハンマー!!」

 

 恐ろしいまでの運動エネルギーをまとい襲いかかる研ぎ澄まされた衝角を前にユーノは静かに両の手の平を掲げた。

 

(私の呼び声に答えよ。私の声は言葉に、私の言葉は祈りに、私の祈りは願いに、私の願いは力に。私の力は妙なる響きとなり、響きに導かれし光は私の意志に従う)

 

 声は言葉に、言葉は祈りに、祈りは願いに、願いは力を導き出す。ユーノの正面に掲げられた手の平の前方に光の円陣が出現し、それは複雑な術式と文字を刻み込みながら高速に回転を始める。

 

(こいつ、速い!!)

 

 ヴィータはその術式の構成速度とあまりにも緻密な式密度に一瞬驚愕するが、その手は一切緩めず構築された盾に衝角をぶち当てた。

 

「Round Shield」

 

 デバイスではない人の声。はつらつとした少年の声は今は低く響き渡り、その光壁は再び襲い来る暴力に立ちふさがりその侵略を防ぐ。

 

「やっぱり、堅い………だけど、あたしは……負けてられないんだよ!! こんな程度の障害に阻まれてる訳にはいかないんだよ!!」

 

 ヴィータは歯を食いしばり、そして唸った。

 

「アイゼン、カートリッジロード。最大出力で激発しろ!!」

 

 シールドに食いかかり、僅かにその軸をぶらしながらも爆音を立てる大槌は担い手の願いを聞き入れ自らの崩壊さえも覚悟してフレームをスライドさせ、カートリッジを激発させた。

 

「上出来だ。貫けぇぇーーー!!!」

 

 爆轟の響きと共にインパクトの輝きが世界を包み込みノイズまみれの空間が二人の姿を覆い隠した。

 

 

 


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