魔法少女リリカルなのは~Nameless Ghost~ 作:柳沢紀雪
今回もやっかいな事件になりそうだと、時空管理局人事部責任者レティ・ロウラン提督はそう呟いてため息をついた。
ここ2ヶ月程度で頻発する魔導師襲撃事件。魔法資質の高い人間ばかりが狙われるこの事件は当初何処にでもあるような過激派テロリストの仕業だと思われていた。
しかし、問題となったのは襲撃された魔導師のことごとくが何らかの手段で魔力のすべてを奪われた痕跡があるということだった。魔力の蒐集、リンカーコアの摘出と略奪はミッドチルダの魔法の中では相当に高度な分類に入る。それほどの魔法を乱発しその足取りがつかめないはずがない。
しかし、現実はこの二ヶ月犯人達の足取りをつかむことが出来ない。
それには三つの理由があった。まず一つ目が、目標があまりにも無秩序に出現すること、二つ目として目標が少なくともAAAランク相当の魔導師集団で有ること、そしてもっとも重要になる最後の項目として事件の中心と予測されている場所が第97管理外世界であるということだった。
一つ目と二つ目はそれほど重大な問題ではない。目標のランダム性は詳しい統計を取ることが出来ればその次回出現予想ポイントはかなりの精度で割り出すことができる
目標がたとえAAAランクの戦闘集団であっても所詮は少数精鋭。外堀を徐々に埋めていき、持久戦に持ち込めば先に根を上げるのは物量に乏しい方だと言うことは古今変わることのない真実だ。
高ランク魔導師や才能有る新人はやはりもてはやされる風潮が根強いが、時空管理局の何よりもの武器は巨大な組織力にものを言わせた物量であるということは疑いようのない事実なのだ。
しかし、最後の項目は非常にやっかいというしかないことだ。管理局は基本的に管理外世界に介入することが出来ない。仮にそこに次元犯罪者が潜んでいるとしても、それはその世界の政府と政治的交渉を重ねた結果引き渡されなければならないのだ。
管理局法の重要項目にある管理外世界に関する条文には、
『次元航行技術、或イハ其レニ準ズル技術ヲ保有シ無イ、或イハ保有シ無イト思ワレル次元世界ノ管理権ハ当該ノ定メル国家ニ有リ、其ノ政治体制、技術、文化、及ビ其ノ世界ニ於ケル有ラユル紛争ニ関シテハ、管理局ノ定メル次元管理法ハ是ニ一切ノ介入ヲ禁止スル』
とある。
また、別の項目には
『管理局及ビ其ノ他ノ次元世界ニ於ケル管理内外ニ関ワラズ、有ラユル文明ヲ有スル国家世界ハ管理外世界ト定メタル有ラユル国家世界ニ対スル捜査権、捜索権ヲ持タズ犯罪者ノ取リ扱イニ関シテハ当該ノ管理外世界ノ定メル法ノ範囲ニ於イテ決定サレル』
とある。
故に、たとえその世界で重大な次元犯罪が引き起ころうとも、管理局は本来ならばその次元世界の政府の許可を取らずして捜査に乗り出すことは出来ないのだ。
これは、文明の劣る管理外世界の主権を守るために定められた法律なのだが、その次の条文の但し書きには、
「但シ、重大災害級ト認メラレル古代遺物ニ関スル技術デ有レバ、現地政府ノ認識外ニ於イテ耳、管理局捜査官ハ其ノ捜査権ヲ行使スル」
とある。つまり、今回の魔導師襲撃事件において重大災害級と認定されるほどの古代遺物、ロストロギアがその背後に潜んでいるという証明が出来れば、管理局は当該世界、第97管理外世界"地球"の政府に発見されない方法を用いて捜査介入することが可能なのだ。
ただし、その証拠がない。襲撃事件現場の残留魔力にはロストロギアが使用された痕跡はあるのだが、その反応が小さすぎるのか犯人の証拠消しが万全なのだ、そのロストロギアのランクや種類、用途などすべてが未だに不明のままなのだ。
しかし、もう限界だとレティは思う。二ヶ月間何の進展もなかった。今この時でもおそらく魔導師襲撃事件は起こされているだろうし、それによる被害はこれより拡大の一途をたどるだろう。
下手をすれば、こちらも犯罪者になることを覚悟して第97管理外に捜査介入をすることになるかも知れないとレティは下から上がってきた人事案に関する意見要望書に目を通す。
その中で特にレティが興味を持ったのは、最近になってリンディが一人の個人契約の民間協力者を雇ったと言うことだった。
半年前の事件、管理局においても有名になったプレシア・テスタロッサとジュエルシードに関する事件においてリンディは二人の民間協力者を得たと言うが、今回のように正規の契約を交わした間柄ではなかった。
レティはそれに関するリンディからの報告書を立ち上げ、その内容に目を通し始めた。
「アリシア・テスタロッサ。民間人でプレシア・テスタロッサの実の娘。契約内容は……【翻訳】か……」
レティは先月、久しぶりに休暇を会わせることの出来た友人リンディと飲みに行ったときのことを思い出していた。
「そう言えば、アースラの入港は今日だったわね」
少し連絡を取ってみようかとレティは考え、それまで処理していた人事案その他を一度脇に避けると、モニターに通信ソフトを立ち上げ、友人が乗艦する次元航行艦にアクセスを開始した。
***
それにしてもやっかいなことになっているなと、その同時刻頃アリシアも部屋に籠もりつつリンディのもとから上がってきた翻訳の案件を見て肩をすくめた。
「今日はゆっくりなんだね、お姉ちゃん」
裁判が終了し、緊張が抜けたのか昼頃まで眠っていたフェイトは未だ眠たそうな眼をこすりながらアリシアと共用のベッドに座っている。
アリシアはかなり早い時間から起き出して、現在抱えている案件の処理を行っているが、その様子からはそれほど重要なものではないのだろう。
「そうだね、昨日みたいな重要な依頼が入ること自体が珍しいから、普段はこれぐらいだよ」
穏やかな口調で受け答えするアリシアだったが、フェイトに応えながらもその指は止まることなくキーを打ち続けているあたりのんびりしているとは思えない。
ということは、昨日の依頼がどれほど過酷なものだったのだろうかと予測しフェイトは少し背筋が寒くなってしまった。
「あんたも結構無茶するねぇ。そんなんで良く身体が持つねぇ」
ガチャッと言う音と共に浴室から姿を見せたアルフは、二人の会話を聞いていたらしく半ば呆れるように声をついた。
「私がいえたことじゃないけど、君はもう少し恥じらいというものを持ったらどう?」
アリシアは意識の中に残るベルディナの男としての部分に神経を刺激されつつも、もてる理性を総動員してアルフから目をそらした。
「だってさぁ、風呂上がりは暑いじゃん。それにこっちの方が楽だし」
そういってアルフは悩ましく突き出た肢体をぐるっと見回して軽くストレッチをし始める。
「だったらせめてタオルを巻くぐらいはしてほしいよ。誰か入ってきたらどうするつもり? 鍵かけてないんだよ?」
「別にいいじゃん、減るもんじゃなし」
いや、たぶん何かが減る。おそらく、それを目撃してしまった者の理性ゲージか誇りのゲージなどが。
「無垢は罪悪にでありそれは周囲への迷惑の権化である……か……」
「んー? 何だいそれ」
首にかけたタオルで胸の頭を申し分程度に隠したアルフは風呂上がりの牛乳を飲みながらキョトンと目を瞬かせた。
「いや、言っても無駄だって理解したよ。忘れて」
というか、フェイトからも何か言ってくれとアリシアは諦め混じりにフェイトの方に目を向ける。
「……Zzz……」
なるほど通りでと、アリシアはため息をついた。そこにはベッドの暖気にあらがいきれず、眠りの世界へと旅立ってしまった金色の眠り姫がいた。
「というか寝過ぎだよフェイト」
(仕方がない)
アリシアは部屋の惨状を見回し、タイピングの手を一時的に休め、通信回線を開いた。
「クロノ執務官だ」
通信機の向こうに出たのは、珈琲を片手にくつろいでいる最中のクロノだった。アースラは今日中に航海任務を終え、本局に入港することが決まっている。さらに言えば、プレシア・テスタロッサ関連の事件より向こう殆ど休むことなく働いていたアースラに最近になって割と深刻な損害が確認されたのだ。
故に、上陸前の艦内には比較的のんびりとした空気が漂っているのだが、
「私だよ」
「ああ、アリシアか。どうした。仕事の話か?」
「残念ながらプライベート。フェイトが退屈そうにしているから、ちょっと相手をして貰いたいと思って」
「相手? 僕がフェイトの?」
「そう、お願いできる? 最近身体が鈍っているようだからクロノと戦闘訓練がしたいらしいね」
「まあ、僕としてはちょうど良い組み手だが」
「じゃあよろしく、クロノ。鍵は開けておくから勝手に入っていいから。フェイトは今眠ってるけど、たたき起こして連れて行っても良いからね」
とアリシアはフェイトの方を見る。そこには子犬の姿に戻ったアルフを胸に抱いて眠りこけるフェイトと、フェイトの胸の中で鼾をかくアルフがあった。
「お前も容赦がないな。まあ、任された」
クロノはそういいつつもやはり将来有能な魔導師を鍛えることに楽しみを見いだしているのか、実に楽しそうな表情と声で通信を切った。
「さてと」
アリシアはそういってブラックアウトした通信モニターと共に作業中だったモニターもすべて閉じ、席を立ち上がった。
「じゃあ、お休み。良い夢をね、フェイト」
部屋を去り際にアリシアは幸せそうな寝顔を浮かべるフェイトの頬をそっと撫で、その額に『持ち出し可 by アリシア』と書かれた紙を貼り付け物音を立てずに部屋を後にした。
「さてと、ユーノでも探すかな」
長時間椅子に座りっぱなしだったため、少しひりひりする尻を撫でながらアリシアは自室を与えられていないユーノの姿を探すためアースラをうろつくことにした。
それからしばらくしてから、アースラの訓練室で少女のか細い悲鳴が数時間にわたって鳴り響いていたことをアリシアは後になって知った。
***
入港手続きを終え、アースラはタグボートの曳航によりドッグに固定されすべての動力を落とした。
アリシアはドックに繋留さえているアースラをガラス越しに見おろした。
アースラは作業用のアームや資材搬入用ブームによってその外装の数カ所が剥がされ、白く流麗だった船体からは所々灰色の構造物がむき出しになっている。
「やはり、外層支持系統にかなりのクラックやホールが確認されたらしいですね。熱変形による残留ひずみや高サイクル疲労を起こしかけている所も数カ所見つかったらしいです」
アリシアは、近くの自動販売機で購入した紙コップの珈琲をちびちび飲みながらリンディとエイミィの会話を聞いていた。
「次元跳躍魔法に二回も晒されたわけだしねぇ。むしろ、それぐらいで済んだのを僥倖と思うべきかしら」
リンディはエイミィの報告とその報告書から得られた情報に若干憂いを秘めたため息をついた。
「それでもL級はハードワークですしね。アースラ以外の艦が全部外に出ちゃってますし」
前にこれぐらいの整備をしたのはいつだったか思い出せないほど、アースラを含むL級次元航行警備艦には暇がないのだ。建造から既に20年が経過した1番艦、L級のイニシャル艦ともなったロス・アダムスも近代改修を繰り返しながら未だ一線級の現役艦であることから、管理局がL級にかける信頼や期待というものがどれほど大きなものかが想像できるだろう。
「それでも9番艦の建造計画は頓挫してしまったしねぇ」
10年前に建造されたL級最新鋭艦であるアースラ以降、L級艦はそれ以降のナンバーを刻んでいない。
「R(ラーバナ)級計画ですね。アルカンシェル二門を常時搭載型にした管理局の切り札でしたか。それは、確かに計画が頓挫するわけですよ。そもそも開発構想が無茶すぎる」
漸く自分の舌の適温となった珈琲に舌鼓をうちながらアリシアはそっと横から声を挟んだ。
「それは、私もあんな物騒なものを常に搭載しておくなんて反対だったわ。だけど、新型艦構想そのものを凍結させるのはどうかと思うのよ」
リンディは管理局の予算委員会の決定には不服だったらしい。
アリシアとしては、そもそも人手不足の状況に乗組員が足りるかどうかも分からない船を建造しても余り意味がないのではないかと思うのだが、やはり現場の人間としては保有する戦力が多いことには越したことはないのだろう。事実、艦の空きがないためにアースラが拘束されてしまえば、リンディ達その乗組員はこうして上陸任務に暇を飽かすことしかできないのだ。
「ザンシ・ヴェロニカ計画に期待するしかないわね」
リンディがふと漏らした言葉に、エイミィは聞き慣れない言葉だと目をぱちくりさせた。
「XV(ザンシ・ヴェロニカ:Xanthe Veronica)級構想ですか。L級の艦体規模をさらに増大させた大型艦構想ですね? もう計画段階なんですか?」
しかし、アリシアはその計画名に聞き覚えがあったようだ。
「L級よりも大型って、そんな計画があるんですか?」
「計画名だけよ。一応、造船部で研究はされているらしいけど計画実行にはほど遠いらしいわ」
リンディはエイミィの質問に、人事部の友人がふと漏らした噂話をそのまま伝えた。
「でしょうねぇ。有用性や戦力保有はともかく、予算を下ろさせるのは至難の業でしょうね。何よりも建造費の見積もりがL級の2倍以上になると予算委員会を口説き落とすのは至難の業でしょうしね。一隻あたり23億ミッドガルドともなるとさすがに」
アリシアは片手では持ちにくい紙コップを両手で持ち直し、小さな口を精一杯広げて珈琲を喉に送り込む。その様子は、実に子供らしい仕草でエイミィはつい微笑ましく思ってしまうが、そんな彼女の口から出される言葉が幼子の範疇を逸脱しすぎていることに妙な違和感を持った。
「あら? もう見積もりが出てるの? それは知らなかったわ」
リンディはアリシアと同じ自販機で買った緑茶に自前の角砂糖とミルクをたっぷりと入れた液体を机に置いた。
「らしいですね。詳細までは面倒だったので確認しませんでしたけど」
「今度私の部屋にデータを送っておいて貰える?」
「分かりました、リンディ提督」
話が一段落し、三人とも自分の飲み物に舌鼓を打っていた頃、通路の向こう側からクロノがフェイトとアルフ、ユーノを引き連れてやってきていた。
「艦長。フェイト・テスタロッサの拘束解除申請が受理されました。こちらが書類になります」
クロノはリンディのそばにやってきて敬礼をし、彼女に手に持っていた情報端末を渡した。
リンディは「ご苦労様」と一言告げてそれを確認し、そしてにっこりと笑ってフェイトの方に顔を向けた。
「はい、確認しました。おめでとう、フェイトさん、アルフさん。これであなた達は監視付きではあるけれど晴れて自由の身よ」
リンディは手に持つ端末に電子署名を施し、それをフェイトに手渡した。
フェイトはその書面を胸に抱き、わき上がる喜びに頬を染めた。
「はい、ありがとうございました。リンディ提督、それに皆さん。本当に……ありがとうございました……」
そういってアルフ共々そこにいるアースラメンバーに対して深く頭を垂れるフェイトの肩は細かく震えていた。
「おめでとう、フェイト」
漸く今まで彼女が味わってきた苦労が実を結んだことにユーノも感動を隠しきれず、フェイト程ではないがついもらい泣きをしてしまいそうになった。そして、何よりも地球に残してきたなのはとフェイトを漸く引き合わせることが出来ると言うことにユーノは一番の喜びを感じる。
「ユーノもありがとうね。ユーノがちゃんと証言してくれなかったら、私……」
「いや、僕は原稿通りに証言しただけなんだけどね。そもそも原稿はクロノとアリシアが作ったものだし。僕は何もしてないよ」
ユーノはフェイトの感謝の言葉に赤面し、照れ隠しに鼻頭をかいた。
「ううん、ユーノがなのはと出会ってくれなかったら。私はたぶん、人形のままで終わってたから。私はユーノにはなのはと同じぐらい感謝してるんだ」
なのはと同じぐらいと言われればユーノはどれぐらいフェイトが自分に感謝してくれているのかがよく分かった。しかし、ユーノにとってなのはとの出会いというのはナーバスな側面がある。
アリシアは僅かに陰るユーノの表情を見て、喜びの涙に鼻をすすらせるフェイトに歩み寄り、その胸を優しく抱きかかえた。
「良かったねフェイト。これで、高町なのはと会えるよ」
「うん、お姉ちゃんもありがとう。……だけど、お昼のあれはもう勘弁してね」
「善処する」
そんな姉妹の交流についつい涙を漏らすアルフが照れ隠しに咳払いをしたところである一種の儀式は終了した。
「それじゃあ、私は地球への渡航許可を貰ってきますね」
エイミィは一足早く立ち上がると、かねてからの約束通りフェイトとアリシアの地球への渡航許可の申請を行うためトランスポーターの管理室へと向かおうとした。
「ああ、よろしく頼むぞエイミィ」
まだ感動の余韻が冷め切らないフェイトの肩を叩きながらクロノはエイミィを見送った。エイミィはそんなクロノの様子をまるでフェイトの兄のようだと思いながらトランスポーターの管理室へと急いだ。
「やっと、やっとなのはに会えるんだね」
今まで映像の向こう側でしか交流することが出来なかった初めての親友を思いフェイトはそう一言呟いた。
「うん、そうだねフェイト。なのは達がね、フェイトとの再開と出会いを祝してパーティーをしようって計画してるんだ。アリサとすずかも居るから、きっと賑やかになるだろうね」
その計画はユーノも発案者の一人であり、この数ヶ月間地球で出来た友人達とその計画を練るのはとても楽しいことだったと呟いた。
「パーティーか、楽しみだな……。だけど、どうしようお姉ちゃん。私、パーティーに着ていけるような服持ってない。それに、プレゼントも用意してないよ」
パーティーと聞いてフェイトは少しあわてた様子でアリシアに相談を持ちかけた。確かに、フェイトの衣食住に関してはアリシア同様、リンディが面倒を見ている状態だ。彼女が用意した衣服の中には確かにパーティーに着ていくフォーマルなドレスや煌びやかな衣装はなかったはずだとアリシアは記憶している。
それに、フェイトがリンディから貰っている小遣いの額では親友やこれから友人になる少女達へのプレゼントをそろえるほどの余裕はない。
「まあ、プライベートなパーティーだったら今着てるので十分じゃないかな? プレゼントは……そうだね、私が何とかしてもいいけど、どうする?」
アリシアには翻訳の仕事で得た蓄えがある。しかし、彼女は未成年の上に就職適例年齢さえもクリアしていない状態なので、その仕事は常にリンディ名義となっている上にその報酬もまたリンディが一括して管理している状態だ。
必要な時は言ってくれれば渡すと言われている蓄えだが、この半年ほどで得られた金額はいったいどれぐらいになっているのか、実際の所アリシアはこれを暇つぶしのためにしていたため金銭的なところには余り興味がなかったのだ。
「だけど、お姉ちゃんに払って貰うわけには……」
フェイトの遠慮深い性質が出てしまったようだ。アリシアは少し嘆息し、つま先を立てて背伸びをし、フェイトの頬を両手で包み込んだ。
「フェイト、たまには私にも姉らしいことをさせて貰いたいんだけどね。それともこんなに小さな姉の世話になるのは嫌だってことかな?」
「そ、そんなことはないけど」
アリシアに頬を抑えられるままにフェイトは少しうつむいてしまった。
アリシアは仕方がないなと、側で肩をすくめるアルフに向かって視線でフェイトを説得するように促した。
アルフはその視線に込められた言葉を正確に理解し、フェイトの肩を叩いてにっこりと笑った。
「良いじゃないか、フェイト。せっかくアリシアがお姉ちゃんらしいことがしたいっていってんだからさ。それでフェイトが友達とうまくやれるってんだったらアリシアだって嬉しいだろうよ。それに、フェイトもこれからは嘱託なんだろう? それだったらいつかその給料でアリシアに恩返しすればいいんじゃないかい?」
さすがはアルフだとアリシアは思い、フェイトの頬からそっと両腕を離した。
「うん、そうだねアルフ。あの、ごめんなさいお姉ちゃん。今回はお世話になります」
嘱託の初任給は絶対アリシアへのお礼に使おうとフェイトは心に決め、そっと頭を下げた。
「ああ、任してよフェイト。一緒に最高のプレゼントを選ぼう。ユーノも手伝ってくれるよね?」
「うん、喜んで」
四人はそういって微笑み合った。
その様子を一歩引いたところで見つめるハラオウン親子は、「やっぱり家族とか友達って良いものよね」と幼い彼らの幸いを心から祈り祝福した。
「大変! 大変だよ、クロノ君、リンディ艦長!!」
そして、エイミィのその声がすべてを決定づけた。
「騒々しいぞエイミィ。管理局の廊下は走るな」
クロノは大声を出して息を荒くするエイミィをとがめるが、彼女はそれさえも聞き入れることが出来ずさらに声を張り上げた。
「なのはちゃんとの交信がとれないの。今、海鳴に広域封鎖結界が張られててたぶんなのはちゃんがそこに……」
夜の緞帳はそうして幕を上げた。