~ルイズside~
私達に動揺が広がる
「どういう意味なの…リーヴスラシルって…?」
水の精霊が語った謎の言葉…今代のと精霊が言ったという事はもしかしてシルとゴルを過去に使い魔とした人物と水の精霊は出会っているのかしら?
いえ、それは考えられないわ…自慢じゃ無いけどこの二匹が過去ハルケギニアに居てずっと生きていたとするなら確実に伝承や物語に綴られている筈だもの、賭けてもいい。
「リーヴスラシルはリーヴスラシルだ。それが何かは我も知らぬ、単なる者よ。」
肝心な所が解らないですって?だったらこっちを混乱させるような事を言わないで頂戴!
それにしてもシルとゴル自身を指してないならもしかして使い魔のルーンの名前を指しているの?私もミスタ・コルベールも調べ尽くしたけど解らなかったルーンの正体。
「我が貴様に要求したいのはリーヴスラシルをこの湖から連れ出す事だ。アレは我の手に負える生命では無い故、我が体内へは受け入れられぬ。」
水の精霊のその言葉に全員が驚いた。
それはそうでしょう?だって水こそが万物共通の生命の源、それを司る水の精霊が匙を投げるだなんて聞いた事が無いわ。
「水の精霊よ、何故我が使い魔にはあなたの加護が与えられぬのか教えて頂戴。水辺に拠る者を拒むのは慈悲深いあなたの言葉とは思えませぬ。」
私の問いにまるで応えるのを渋るように水の精霊は身体を震わせるようにした後でさっきよりも重く響くような声色で応えた…
「理(ことわり)が違うからだ。」
「理?」
「そう理だ、今代のリーヴスラシルはこの世の理の外に生きる存在。かつてのリーヴスラシルでありガンダールヴであった我が友とは違う。故に我は異物を排したいのだ単なる者よ。」
つまりシルとゴルは他の生き物とは格が違いすぎて精霊の力が届かないのね…そう言われれば思い当たる事が一つある。
普通竜なんかの幻獣は精霊の加護、精霊魔法の一種で飛んだりするし亜人が使う精霊魔法は様々な自然現象を強力に引き起こす…例を挙げるならギーシュの使い魔のジャイアントモールが土の中を馬並みのスピードで移動できるのも精霊の加護の一旦だ。
そしてそれの発動には口語や鳴き声での精霊との交信が絶対条件でシルとゴルは雷や氷を纏う時、一切そんなそぶりを見せた事が無い。
「取り敢えず話は分かったわ…シル、ゴル!水の精霊が迷惑してるらしいから上がって来なさい!!」
私の声が届いたのか程なくして二匹の巨体が水面から勢いよく飛び出して陸上に打ち上がる。巻き起こされた高波に巻き込まれて精霊の姿が消えてしまったけど大丈夫なのかしら?
「感謝しよう単なる者よ。我が望みに応えたお前は我に何か望むか?」
何事も無かった様に再び姿を現した水の精霊からの申し出に全員がまたしても驚かされる事になった。それにしてもいきなりそんな事を言われても困ってしまう。
「…ねぇルイズ、厚かましい話だけど増水の事お願いできないかしら?放って置いていい問題じゃ無さそうだわ。」
考え込んでいる私にモンモランシーが小さな声で耳打ちをしてきた。成る程、確かにこの現象を放って置いたままだといずれ不味い事になるかも知れないし…
全員の顔を見回すとそれで良いといった感じに頷いている。
「では、水の精霊よこのラグドリアン湖の増水を止めて頂く事は出来ますか?近隣の民草も私の友人も困っております。」
「断る、単なる者よ。」
願いを聞いてやると言った癖に即答で断るなんて…私は思わず額に青筋が浮かびそうになった。
「…それは何故で御座いましょう?」
「以前、人間の一団がここで我が守りし秘宝アンドバリの指輪を深き水底から盗み出した。我は今それを取り戻すべく世を水で満たしているのだ。指輪が我が元に戻れば水位は戻そう。」
「なっ!?」
絶句してしまった…凄まじく気の長い話ではあるけど指輪一つの為に世界が水没しようとしているだなんて。
何気に指輪を返却しないとトリステインどころかハルケギニアの危機だわ。
「その指輪、我々で取り戻すことを約束すれば水を引く事は出来ますか?」
「ふむ、良いだろう…リーヴスラシルの主である貴様ならば我が悲願を託しても良いと我は考える…我が秘宝を持ち去りし人間の名はクロムウェル、そう呼称されていた。」
「クロムウェルって確かアルビオンの貴族派の頭領の名前じゃない?オリバークロムウェル、私聞いた事あるもの…」
キュルケの言葉に嫌な予感がピンピンしてくる。そいつがアンドバリの指輪を持っているんだとしたら取り返すのは簡単な事じゃあ無い。
「そなたが存命の内は我も大人しく待つ事とする。それでは頼んだぞ。」
そうして言いたい事だけさっさと告げて水の精霊が再び水中に消えていった…
誰も何も言えず、岸に残された私達の間には沈黙が満ちている…
改めて考えると結局の所は私は厄介事を水の精霊に押しつけられてしまったのだ。
アンドバリの指輪の奪還とリーヴスラシルという名前についての謎という…
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翌日、当初の予定を変更して私達はモンモランシ領から進路を西に取って進んでいた。
私としては学院に戻ってリーヴスラシルについて調べたいという気持ちがあったけれどそうも行かない理由が一つ出来てしまったのだ。
その理由というのが昨夜モンモランシ領に近隣から届けられた訴えで、何処かから現れたミノタウロスの出現によって縄張りを追われていたたオーク鬼の群れが西から流れて来てそれが発見されたという訴えだった。
それを捨て置けないというミスタ・コルベールとモンモランシーのご両親の前で恰好を付けたいギーシュが討伐を提案してキュルケとタバサもついでだからと賛同する。
正直言って私達が関わるような事じゃないと思うのが普通なんでしょうけど生憎な事に私達にとっては最早オーク鬼なんて餌同然だ。
それでも昨日のラグドリアン湖で精霊に頼まれた指輪の件を王宮にはいち早く伝える必要があった為、モンモランシーは王家へのモンモランシ家の勅使として今朝別れて別行動という事となった。
それが今朝起きた事の大体のあらましだ。
「タルブ村?」
野営の焚き火を囲って休息をする私達にシエスタが何だか野性味溢れる味の野菜と肉のスープを差し出す。うん、こういうのもたまには悪くない。
「はい、私の故郷でしてこのまま行けば明日の昼には恐らくその付近に辿り着くかと思います。」
結局今日は殆ど一日が移動に費やされた。特筆する事など途中で話になっていたオークの群れをシルフィードが発見したのでシルゴルが通りすがりに襲った位だ。
「へ~どうせ明日も進みながらのミノタウロス探しなんだし。そこに拠ってから学院に帰りましょうよ。」
「タルブ村か、ワインの産地として確か有名だったね。旅の土産に丁度良い。」
「ふむ、タルブと言えば噂ですが人を乗せて空を飛ぶマジックアイテムの乗り物の噂がありましたな?確か風石を用いる必要が無いとか…」
風石を使わないで空を飛ぶマジックアイテム?ミスタ・コルベールの言っているそれが何なのかは分からないけどそんな物が有る訳が無い。空船だって風石があって初めて飛ぶ事が出来るなんて事は子供だって知っているわ。
「あ、はい有りますよ。元々は油を燃やして飛ぶんですがその油がタルブじゃ貴重で今は私の実家の倉庫に仕舞われてます。でもそうですね…ミスタ・コルベールとミス・ツェルプストーのお力があれば我々全員乗せて十分飛べるんじゃないでしょうか?」
私が半信半疑でいた所に意外な事にシエスタはミスタ・コルベールの与太話を肯定した。
「わざわざ火の力で飛ぶの?なんか胡散臭いわね…」
「ほう、興味深いね。つまりは風でもフライなどでなく、火の力で空を飛ぶのかね?成る程もしかしたらタルブ村に私が目指す物の一つの形があるのかも知れないな。いやこれは楽しみだ。」
二人とも驚いているけどキュルケとミスタ・コルベールの反応はそれぞれちょっと違う、と言うかミスタ・コルベールの反応がいやに過剰でちょっと引く。
良い先生なんだけど授業中によく分からない物を持ってきたり何かの研究のし過ぎでお金が無かったり禿げてたり、駄目な所も結構多かったりする…だからミス・ロングビルに振られるのに…
そんな訳で私達は明日の予定を話し合ったりシエスタからタルブの話やミスタ・コルベールから山や森の中でのサバイバルの技術の話を聞いたりしながらいつの間にか深い眠りについていた…それは火の番を買って出てくれたミスタ・コルベールも同じだった…
私達は正直油断していた、余りにシルとゴルが頼もしすぎたから…
ここがもう凶暴で恐ろしいミノタウロスの縄張りだと言う事をもっと認識しておかなければいけなかった。
いつの間にか私達を襲っていたスリープクラウドの呪文には結局夜が明けるまで誰も気が付く事は無かった…
『あ~ぃry』広場で弁当を作ってくれる食材屋のババアの鳴き声。グルメなプロハンの間では貴重な食材を使った秘伝飯以外を食す事は軽蔑の対象となる事がある。若い頃はきっと村で一番の美人とか自称しそうなそんな感じの外見。
喰う者と喰われる者、そのおこぼれを狙う者。
牙が無くては生きてはゆかれぬ深き森
あらゆる倫理が意味をなさぬ森
ここはハルケギニアが産み落としたトリステインの魔性の森
果たして人は何処まで行けば『人間』でなくなるのか…
次回『人を辞めた者』
タバサの飲むハシバミ茶は苦い…