『メリーさんの電話』の続編。北海道に住む青年と、近所に引っ越して来たメリーさんとのお話。隣町のスーパーに卵を買いに行こうとしてメリーさんが追ってきちゃいます。※小説家になろうでも投稿しています。

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『メリーさんの電話』の続編になります。



メリーさんの電話 ~追跡のメリーさん編~

朝。

投函された朝刊を開けるとわが家に衝撃が走った。

 

目を引いたのは1面の大見出しでも番組欄でもない。朝刊に挟まれていた地元スーパーの安売りチラシだ。

 

卵10個入り65円。

 

円安で飼料代もばかにならないこのご時世に10個入り (お一人様1パックまで)が65円とは、まさに身を切るような価格だ。

節約が叫ばれる我が家の家計を維持するべく買わない選択肢は無い。

 

だがここまで驚異的な安価となると、それは餌を求めて集まるハイエナ――もとい主婦方との戦争と言っても過言ではなかろう。

かつて関西に住んでいたときに経験した安売りで、大阪のおばちゃん達による「取った!!」の大合唱に気圧されて豆腐一丁10円を逃した苦い記憶がよみがえった。

 

諸葛孔明の格言に「先んじて敵の最も重要なるものを奪うべし」との教えがある。

奇しくも、名将『大阪のおばちゃん』から学ばされたタイムセール必勝術もまた“先手必勝・早い者勝ち”であった。

鬼に金棒、大阪のおばちゃんにタイムセールである。

 

行くなら早く行ってブツを回収しよう。

大阪という修羅場をくぐって来ている自分からすれば卵一パック回収することなどミッション・ポッシブル。

 

さっそく温かい布団の中で外着に着替えると、一応ケータイに着信が無いことを確認してから家を出た。

 

 

 

 

 家を出る頃、時計の針は午前10時前を指していた。

目的地のスーパーは市内と言えど隣町にあるのでチャリで行くところ、今日ばかりは運動不足解消に、と歩いて行くことに。

 

家を出て5分ほど進んだところで、ジャンパーのポケットに入れてあったケータイが鳴った。

 

Prrrrr! Prrrrr!

 

画面はやはり非通知。

昨日のインパクトが強すぎたせいか、最近引っ越して来た某ツンデレ少女が脳裏に浮かんだ。

 

「もしもし?」

『私メリーさん。今あなたの家の前にいるの』

「はあ……えっと何の用ですか?」

『あ、あなたのために回覧板を持ってきてあげたのよ。ありがたく受け取りなさいよね!』

 

メリーさんが引っ越してきたという家は隣ではないが、双方の家が住宅街の端っこに位置するため、彼女の家の次は向かいの筋にある僕の家になる。

なるほど、回覧板ですか。どうせ見ないまま自分の名前欄に丸をして隣に回しちゃうんだけど。

 いつもの流れでメリーさんは電話を切りそうになったので、とりあえず自分が外出中であることを先に伝えておく。

 

「あっ、メリーさん?僕ちょっと外出中なんで、玄関前に立て掛けといてくれますか?」

 

なぜかメリーさんからの応答は無かった。

電話が切れたプープーという音が聞こえるわけでもなく、不思議に思っていると5秒くらい経ってから返事が返ってきた。

 

『どこ行くの?』

「え?どこって言われてもちょっと……」

『どこ行く気よ!!まさか私に内緒で知らない女の家に行く気じゃないでしょうね!!どうなのよ!!』

「いや、別にそんな気は――」

『むきーっ!!私という女がありながら白昼堂々と別の女の家に行く気なのね!!!ヒドイ!!!ばか!!鬼!!色情魔!!』

 

電話ごしに激しく地団太を踏む音が聞こえてくる。

メリーさんは何やら盛大に勘違いしていらっしゃるようだが、触らぬ神に祟りなしだ。

自分がいくら『彼女いない歴=年齢+童貞』を説明しても無駄そうなのでこれ以上まともな返答をするのはよそう。

 

「もう電話切っていいスか?」

『くきーっ!!もう許さないんだから!!メリーさんの名にかけてあなたを――』

 

ブツッ。プープープー

 

メリーさんは電話ごしにギャーギャー言っていたが、甲高い声に耐えられず勢い誤って電話を切ってしまった。

なんか最後にメリーさんの名にかけて云々を言っていたが大した問題は無かろう。

 

さてさて、今日は何を買おうか。

卵が安いのは良いけど、冷蔵庫の野菜室に眠っている野菜たち(キャベツ、モヤシ等々)も使いたい……

クックパッドを開いて悩んでいると、『簡単中華かに玉』のレシピの上から通話画面が割り込んできた。

 

Prrrrr!ピッ

 

「もしもし?」

『私メリーさん。今あなたの家から東に300メートル離れたタバコ屋さんの前にいるの』

 

現在位置、タバコ屋からさらに東に約300メートルなり。

 

「距離ものすごく近くなってない!?」

 

電話はすでに切れていた。

思わず立ち止まって背後を確認する。

 

良かった、まだ来てないか……。

 

ホッとして胸を撫で下ろすも、なぜか心臓のバクバクが止まらない。

よく考えてみれば電話を切ってからメリーさんが掛け直してくるまで15秒くらいしか経っていない。

もしメリーさんが報告してきた位置が正しければ、彼女は15秒あまりで300メートルを疾走したことに――

 

「えっ、メリーさんって陸上選手なの!?」

 

あなどっていた!!

女子だからどうせ追いつけないだろうと思っていたのにまさか時速72キロで激走してくるなんて!!

陸上選手が越えられない時速45キロの壁を軽く30キロ近く超えてくるとは……。

メリーさん恐るべし――いやいや、こんなことを考えている場合じゃない!!

 

我が身に危険を知らせる危険予知本能に従い、無意識のうちにメリーさんとは逆方向にダッシュする。

 

今は運動不足に悩む情けない自分だが、少なくとも中学までは短距離走のホープ。

競争には絶対的自信を持っていたし、相手がオリンピック選手とかじゃなかったら勝てるんじゃないかとさえ思っていた。

しかし何を隠そう、相手は時速72キロで進撃してくるツンデレ異国不審者(メリー)さんだ。

あの勢いで追突されれば死の危険がつき纏うし、隣町まで逃げ切るのはもはやミッション・インポッシブル。

 

ここは電車というチートを使うしかないのか……。

迷っている時間などない。

徒歩で行く計画を断念し、地元民こそ知る畑の裏道を通り最寄り駅までひたすら猛ダッシュ。

そんなとき、ポケットのケータイがまた鳴った。

 

Prrrrr!Prrrrr!

 

相手は誰か分かっていたものの、一応メリーさんの現在位置を知るためにも勇気を出して応答に踏み切る。

 

「もしもし!?」

 

 

 

 

『私メリーさん。今あなたの後ろにいるの』

 

 

 

 

――振り向いたら確実に殺される。

 

 

だが単に『後ろ』と言ってもどこまで迫っているのかは定かではない。

ただ、立ち止まって悠長に振り返っている時間なんてあるわけがなく、

 

「うおおおおお!!!」

 

3段飛ばしで駅構内に続く階段を上がり、ポケットから定期券を取りだしてスタンバイ。

その間にもメリーさんとみられる足音がドスンドスンと地団太を踏むように迫ってきている。

まさか卵一つ買いに行くだけでデッド・オア・アライブになるとは……っ。

 

 

改札を抜け、目的地であるスーパーの方向に行く電車を探していると、【間もなく浜名橋行き快速列車が発車します】というアナウンスがあった。

自分が下りる予定の駅は中口という小さな駅だが、快速も止まるし、それ以前にこの電車を逃したら待ち受けているのはメリーさんによるデッド・オア・デッド!

アライブの選択肢の排除は不可避の事態だ。

 

【ドアが閉まります。ご注意ください】

「乗ります!!」

 

最後尾車両の車掌さんに大声で叫んだとき、またまたケータイが鳴った。

 

Prrrrr!ピッ

 

「もしもし!?」

『私メリーさん。いま改札機をSuicaでスムーズに通り過ぎたところなの』

「くそうJRめ、北海道の駅改札まで便利にしやがって!!」

『見つけたわ!!大人しく私にお仕置きされなさい!!』

「ちょっ、メリーさん勘違いだから本当に!!!僕は何も悪いコトしてませんから!!」

『じゃあ何で逃げるのよ!!』

「だって時速72キロで追ってきたじゃないですか!!」

『最高時速は85キロよ!!』

 

追突されたら大惨事だ。

 

「とにかく僕は何もしてませんから!」

『あっ、ちょっ!!』

 

バンッ

 

電車のドアが閉まった瞬間、猛ダッシュで追ってきたメリーさんはドアに激突した。

裏を返せば実に間一髪のところで助かったといえる。

 

【発車しま~す】という呑気な駅員のアナウンスと同時にゆっくりと車体が動き出す。

さすがのメリーさんもこれで諦めるだろうと思っていたが、ところがどっこい。

ドアに激突して突っ伏していたメリーさんは急に起き上がったかと思うと、再び走り出して電車に付いてくるではないか!

ネバーギブアップの精神がすごい。

 

しかも電車がスピードを上げればメリーさんのスピードも上がっていく。

なにせ最高時速85キロで爆走する人だ。

その気になれば快速列車の速度など敵ではない。

 

「待ちなさい!!浮気は許さないんだからーッ!!」

「何の話!?てか電車に付いて来る気なんですか!?ねえ!!」

「あとで絶対に捕まえt――へぶしッ」

 

電車を追っている最中、点字ブロックの凹凸につまずいて転ぶメリーさん。

またも顔面から突っ伏した彼女は去り行く電車に向かい、最後にこう言い放ったのである。

 

「絶対あなたの傍にいてやるんだからー!!」

 




次話に続きます。


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