・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。民間療法に詳しい。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・高雄:提督に歩み寄ろうとする生真面目さが裏目に出る気の毒な人。提督本人から「無理はよくない」と諭されて意地になりつつある。
・秋雲:進捗、間に合いました。
・白雪:この鎮守府では深雪に強い。
・夕張:冬コミ二日目、寒い雨の中列待機していると目の前に現れた提督が温かい飲み物を差し入れて去っていくイベントが発生。トクン、夕張の胸が高鳴った。提督から手渡された飲み物=ホットコーラ。嫌がらせと判断した夕張の体温が上昇。怒りがアップ!
年が明けた。
オタ提督(以下、提督)の鎮守府においては今年も一人の艦娘も失うことなく新年を迎えることが出来た。
まこと、めでたいことである。
元旦の朝、提督は秘書艦の球磨と共に、港で心地よい朝日を浴びながらその喜びを噛み締めていた。
今日は出撃も演習も休みである。流石に当番に偵察はさせているが、いつもよりもリラックスできる状況なのは事実だった。
「提督、今年は年末もほとんど鎮守府にいたクマね。てっきり有明方面に行って影も形も無くなるかと思ってたクマ」
「有明には行ったが、顔見知りに挨拶をしてすぐに帰ってきただけだ」
「意外クマ。現地にいったらバミューダ・トライアングルに消えるみたいに出てこなくなると思ってたクマ」
失礼な物言いの球磨に、提督は遠い目で答えた。
「俺も大人になったということだ。……買い物は全部秋雲をはじめとした参加者に依頼した」
「提督好みの薄い本を駆逐艦に買わせるなんて、深刻なセクハラになる気がするクマ」
「なに、全員勝手を知っている者だから大丈夫だ。それに、口止め代わりに一泊分の温泉もつけておいた」
「相変わらず豪快にお金を使うクマね」
「普段、金を使う機会がなくて貯まってるからな」
「悲しい職業病クマね」
「自分で選んだ道だからな。納得はしている」
そうクマか、と返そうと思った球磨だが、ここで一つの事実に気づいた。そういえば、秋雲達が泊まりで出かけると聞いて、重巡洋艦の高雄が引率についていくことになった気がする。提督がちょうど有明に出かけているタイミングだったし、大して重大な決定でもなかったので球磨が秘書艦権限で許可を出したのだ。
「提督、新年早々報告があるクマ」
「なんだ?」
「実は、秋雲達の引率に、高雄さんがついて行ってたクマ」
「ああ、今理解した。てか、見えてる」
見れば、温泉宿から帰宅したらしい高雄が、顔を怒りで真っ赤にしてこちらに猛然とダッシュして来ている。右手は握り拳だ。間違いない、秋雲達の引率として有明にも行った後だ。
「これは俺の落ち度になるのかな、秘書艦よ」
「これは球磨の落ち度なので素直に謝罪するクマ。ごめんなさい」
「そうか……」
全てを受け入れる穏やかな顔で、提督は全身の力を抜いてその時に備えた。
☆
高雄の説教は2時間あまり続いた。勿論正座で。
「提督、お疲れ様だクマ」
「我々の業界ではご褒美です」
「すごいけどキモいクマ」
「合わせてすごいキモい、か……。褒め言葉と受け取っておこう」
今年最初のご褒美から開放された提督は笑顔でそう言い切ると厳かに立ち上がった。ちなみに高雄は自室に戻っていった。これから自棄酒だろう。
「ちょっと見回りをしてくる」
「了解したクマ。報告なんかはまとめておくクマね」
「頼む」
短い受け答えの後、提督は冷えた空気と朝の日差しが合わさった心地よい空気の中、鎮守府の建物が並ぶ敷地内へと向かって行った。
☆
「やはり大変なことになっているな……」
提督がそう感想を漏らしたのは空母寮の前を通った時である。
艦娘の中でも酒飲みと大食らいが集まった空母娘の寮であるここは、年末年始における宴会の爆心地になっていた。
提督は年末から一度も足を踏み入れていないが、外からでも大変なことになっているのは十分にわかった。
何故なら、今この時も1階にある宴会場から、喧騒が聞こえてくるからだ。
「あいつら……いつから飲んでるんだ」
「そうですねぇ、休みながらも3日目ってところですね」
「ぬおっ……ほ、鳳翔さん」
「提督、今年も宜しくお願い致します」
「お、おう。今年も宜しく」
気配もなく提督の話しかけて来たのは軽空母の鳳翔だった。鎮守府のおかんの異名は伊達ではなく、空母寮の宴会に付き合っているはずなのに疲労の様子すらない。また、その手に持つ酒瓶が宴会の継続を静かに主張していた。
「あ、あいつらまだ飲む気なのか?」
「先程まで休んでいたんですよ。年が明けると同時に加賀さんと瑞鶴さんが喧嘩を始めて、隼鷹さんが飲み比べで勝負させたらそのまま全員酔いつぶれたので」
それでもまだ飲む気なのかよ……、と提督は戦慄した。というか、宴会の許可は出したがやりすぎだ、鎮守府の運営に支障が出ないだろうか。
「ご安心ください。行き過ぎたらこの鳳翔がちゃんと止めますから」
「鳳翔さん……」
年末からの宴会を手伝ってる貴方が言っても説得力がありませんと言いかけたが、その言葉は何とか飲み込んだ。味方は多い方がいい。
「まあいいや。鳳翔さん、程々にして切り上げてくださいね。それと、巻き込まれると不味いんで俺はそろそろ……」
退散しようとしたその時だった。
宴会場の窓から偵察機の彩雲が飛び出してきた。
「提督発見! 千歳! 突貫します!」
叫び声と共に軽空母の千歳が飛び出してきた。間違いなく酔っている。着衣が乱れていて艶かしい肌が見え隠れするものの、それすら打ち消すめんどくさい泥酔っぷりだ。
「ち、ここで捕まるわけにはいかん! 隼鷹頼んだ!」
叫びとともに、提督は懐からあるものを取り出して、宴会場の中に投げ込んだ。
美しい放物線を描いて宴会場に投入されたのは高級ウイスキーの瓶だ。
「ヒャッハー! 酒だ酒だー!」
窓から飛び出してきた隼鷹が瓶をキャッチし、そのまま流れるように空中で方向を変え、千歳を確保した。物理法則すら無視する酔っぱらいの機動に脱帽である。
「さあ、千歳~飲み直そうぜ~」
「ちょっと、やめてよー」
「隼鷹、後は任せた!」
「お気をつけてー」
「鳳翔さん、本当に程々に切り上げさせてくださいよ!」
「承知しました」
叫びながらも後ろは振り返らずに提督はその場を走り去った。
☆
「無駄に高価な酒を常備していなければ即死だった……」
提督は息を整えながらそう述懐した。空母寮の予算に関してはとりあえず考えないことにした。何とかなるはずだ。掃除なんかは責任をもってやらせるが。
「駆逐艦寮は静かだな」
逃げた先は駆逐艦寮の前だった。もう早朝という時間ではないが静かなものだ。みんな大晦日で遅くまで起きていたからだろうか。
「まあ、当番以外は休みだし、元旦くらい寝ててもいいだろ……」
「いや、私は起きてるぜ。司令官!」
横から元気よく話しかけて来たのは駆逐艦の深雪だった。
突然の声に対し、提督は驚くことなく応対する。
「お前は元気だな、深雪」
「なんだ気づいてたのか。驚かせようと思ったのに」
「さっきから見えてたしな。む、白雪も一緒か」
「司令官。あけましておめでとうございます」
深雪の横で静かに佇んでいた白雪が丁寧にお辞儀をした。見た感じ、かなり眠そうだ。大晦日で夜更かしした上に早朝から深雪に付き合わされているのかもしれない。
「ああ、今年も宜しく。二人共、ちゃんと休んでるのか?」
「深雪ちゃんが初日の出をどうしても見るって言って」
「夜明け前から待機してて、これから休むところさ!」
「そうか。風邪を引かないようにな」
「ありがとうございます」
「ありがとな! あ、そうだ、司令官! せっかくあったんだから、お年玉くれよ!」
びくん、と提督の全身が痙攣した。
お年玉、この三文字を提督は何よりも警戒していた。
仮に提督が艦娘にお年玉をあげるなどということになった場合、対象を駆逐艦に絞っただけでもとんでもないことになるからだ。
昨年の年越しは何とか誤魔化したし、駆逐艦娘達も空気を読んでその辺りを口にしないでいてくれた。
しかし、
「司令官ー。おとしだまーおとしだまー」
いたのだ、ここに。空気を読まない輩が。
「せっかくだからお年玉くれよー、他のみんなには黙ってるからさー、ねぇねぇー」
「こいつ……全部わかって……」
深雪は提督や他の面々がお年玉について言及していないことをわかっていて、あえて口にしている。恐ろしい奴だ。
「いや、しかしな、流石にそれをやると正直収拾が……」
「だからここだけの話。ここだけ。ね、私と白雪しかいないんだから大丈夫でしょ」
「くっ……」
もはやこの緩やかな脅迫に屈するしかないのか。提督が女騎士めいたうめき声をあげた時だった。
「おとしだまー、おと……」
「深雪ちゃん……」
深雪の動きが止まった。
止めたのは、一緒にいた白雪だ。大人しいお下げ髪の彼女が常に無い雰囲気で、深雪の後頭部を鷲掴みにしている。
「な、なんだよ白雪。わたしは……」
「それ以上司令官を困らせたら……私怒るよ」
滅茶苦茶怖かった。深雪だけでなく提督まで震え上がった。
「司令官、すみません。深雪ちゃん、寝てないんでテンション上がったままなんです」
「いや、わかってくれればいい。すまんな、お年玉も出せない甲斐性無しで」
「いえ、流石にそれは無茶だってわかってますから。ねぇ、深雪ちゃん?」
「ハイ、ソウデス。スミマセンデシタ」
「そうか。気を使わせてすまんな」
ロボットめいた反応を示す深雪をあえて無視して、提督は感謝の念を示した。
「そういえば、吹雪は一緒じゃないのか? よく三人でいるじゃないか」
「吹雪ちゃんならさっきまで一緒にいたんですけど、鎮守府の中を少し回って提督に挨拶してくるって言っていましたよ」
「む、そうか。執務室にでも向かったかもしれんな」
「司令官を探してるかもしれませんね」
「せっかくだし、俺も吹雪に挨拶してから休むよ。二人共、気をつけてな」
「はい。司令官」
「オキヲツケテ」
白雪に後頭部を掴まれたまま引きずられてゆく深雪を見送った後、提督は次なる場所へと向かうことにした。
☆
その後も軽巡洋艦寮の前を通ったら年末年始で昼夜の区別がつかなくなった川内が神通にシメられるのを目撃したり、重巡洋艦寮で泥酔した高雄が鳥海に運ばれるのを目撃した。ちなみに戦艦は空母との宴会に合流したようだった。新年早々、予算関係で胃が痛くなりそうな出来事だ。
ともあれ、鎮守府内をひと通り見回って、執務室に戻ると、そこには先客がいた。
「明けましておめでとうございます。司令官」
駆逐艦の吹雪だった。彼女は提督にとってとりわけ特別な艦娘である。
彼女は最初に出会い、共に戦っている戦友なのだ。
「ああ、今年も宜しく頼む。吹雪」
「宜しければお茶でもどうですか?」
「ああ、頼む」
ちゃっかり自分の分のお茶を入れた吹雪と共に、テーブルを挟んで椅子に座ってお茶を一杯。
新年らしい、静かな空気が執務室内に訪れた。まるでたった二人でこの鎮守府に着任した直後のような静寂だった。
「吹雪と会って、二人で始まったここも大所帯になったな」
「最初は司令官の私物を見てうっかり砲撃しちゃったり、色々ありましたねぇ」
「ああ、あれは死ぬかと思った」
実際、しばらく松葉杖で職務を行ったものだ。当時は辛かったが、今となっては過去の話だ。
あの静かで閑散としたこの鎮守府が、今では賑やかになったものだ。
「司令官、今年はきっといいことがあると思うんです」
「ほう?」
「例えば私が物凄く目立つような出来事があったり、さらなる改装があったり」
「そうか、すごいな(棒)」
「あ、信じてませんね! 当たったら土下座ですよ土下座!」
「土下座くらい今すぐにでも出来るが」
「躊躇なさすぎですよ、司令官!」
土下座しようとする提督を手で制する吹雪。相変わらず真面目だ。
相変わらずですね、と吹雪は苦笑していた。今のようなやりとりも懐かしい、まるで昔のままだった。
「司令官には本当に感謝してます。みんな無事にここまで戦ってこれましたから」
「そんなことはないよ。俺は見てることしか出来ない、ただの人間だ」
「そんなこと言っちゃ駄目ですよ。ちゃんと仕事はしてるんですから」
「そうか、じゃあ、そういうことにしておこう」
そのまま二人共、お茶を飲み切るまで無言だった。
お茶を飲みきり、吹雪が片付けを始めたところで、提督が口を開いた。
「そうだ吹雪。近いうちに秋雲から駆逐艦寮宛に荷物が来るはずなんだが、何も言わずに俺の部屋に……」
「燃やします。念入りに」
初代秘書艦は、提督の私物には厳しかった。