・オタ提督:ガルパンはいいぞ。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・秋雲:ガルパンはいいぞ。
・那珂ちゃん:鎮守府のアイドルとして活動する軽巡洋艦。たまに提督に写真撮影を手伝わせている。
・夕張:ガルパンはいいぞ。尚、今回は登場しない。
「帰ってきたぞ……秋雲」
「そうだね提督。私達は帰ってきた」
元旦。鎮守府の入り口にてオタ提督(以下、提督)と駆逐艦の秋雲は深い感慨と共に語り合っていた。
大荷物と共に帰ってきた二人は、共に疲労を滲ませながらも、ギラギラとしたオーラを放っている。
この二人、コミケ帰りである。
「三日間、ご苦労だった。部屋に戻って休むとしよう」
「そうだね。無理矢理時間を作ったから、明日からずっと仕事だしね」
「深海棲艦が大人しくしてくれていて助かった。大規模作戦で頑張った甲斐があったな」
「全くだねぇ。さ、部屋に行こう」
昨年秋からの大規模作戦の成果と、コミケに行きたい提督の欲望を原動力とした仕事ぶりのおかげで、深海棲艦の活動は大分収まっていた。
おかげで、今年は提督も年末三日間の祭典に参加出来たというわけだ。
「少し休んだら初詣だな。忙しいことだ」
「普通に休んでればそうでもなかったんだけどねぇ」
予定通りなら鎮守府内の神社では秋祭りと同じく賑やかな正月が始まっている。形だけでも顔を出しておく必要があるだろう。
疲れと充実感の伴った足取りで鎮守府内に足を踏み入れると、こちらに接近する影があった。
黒髪の少女。服装から駆逐艦、黒潮であることがわかった。
「提督、待っとったで!」
「なんだ黒潮。俺は部屋に……」
「明けましておめでとさん。今年もよろしゅうな!」
「お、おう。今年もよろしく」
快活な関西弁の挨拶に戸惑いながらも提督は答える。
黒潮の愛想が良いのも元気なのもいつものことだが、鎮守府の入り口で会ったことが解せない。
今日は元旦、自室とか、神社とか、そちらにいるほうがよっぽど自然だ。
「ほんでな。ほんでな」
「な、なんだ? もったいぶって」
「この前聞いたんやけど。今の時代のお年玉について……」
「なっ……」
提督は絶句した。お年玉、正月に大人から子供に配る現金的なアレだ。一説によると現金を配るのが定着したのは最近で、昔はもっと別の形だったという。
幸い、艦娘達が持っている常識では昔のお年玉だったため、提督はあえてその辺の現代の風習を説明していなかった。
艦娘たちが現代風お年玉を所望した場合、提督の財布にダメージどころでは済まないからだ。
そして今、恐れていた自体が進行していた。
冷や汗をかく提督に向かって、ニヤリと笑いながら黒潮が言う。
「教わったからには、頂きに来ないなぁ、と思てな」
「まさか、鎮守府の全員が知ってるのか?」
「まあ、大体。それに、提督がこっそりお金貯めてることも知っとるよ?」
どうやら手遅れなようだ。新年早々、疲れているのにかなりのピンチだ。
しかし、こっそり貯めているお金というのは覚えが無い。
「いや、こっそり貯めてる金とやらはマジで覚えがないんだが」
「ホンマにー? こういう時のためじゃないかって聞いたでー」
黒潮も不思議そうな顔をしていた。誰に聞いたのか知らないが、提督にお年玉用の貯金など存在しない。
「正直、そんな金はないぞ。てか、鎮守府に何人艦娘がいると思ってるんだ、お年玉は流石に無理だ……」
「もう遅いで提督。正月になったから皆、血眼になって提督探し始めてるで」
「なんだと……」
愕然とする提督。どうしよう、病気になったことにして逃げようか、そんなことが頭をよぎる。
その時、提督を救う者の声が聞こえた。
「あ、提督! 帰ったクマね! とりあえずこっちに来るクマ!」
「球磨か! 助かった!」
見れば、秘書艦の球磨が物陰から提督を手招きしていた。どうやら状況も把握しているらしい。球磨は提督に対する敬意はないが、こういう時におかしなことをしない艦娘、信用できる。
「秋雲! 後を頼む!」
「あ、提督! ちょっと待ちぃ!」
「はいはい。黒潮ー、荷物持ってくんないー?」
「ちょ、秋雲!」
秋雲が黒潮を抑え。提督は球磨と共に逃走。
華麗なコンビネーションで、提督はこの場を脱出した。
★
提督と球磨の二人は鎮守府の裏手を駆けていた。
提督には球磨の行き先はわからないが、彼女には明確な目的地があるようだった。
「球磨! どういうことだ! あと、荷物と疲労で大分辛いです……」
「おっと、提督がコミケ帰りだってことを忘れてたクマ。荷物を貸すクマ!」
色々厳しいことを伝えると球磨が荷物を持ってくれた。
身軽になった状態で走りながら、再び提督と球磨は会話をする。
「それで、どういうことだ! 鎮守府内で現代のお年玉の風習が知られてしまったみたいだが」
「その通りクマ! 大体の艦娘が提督から現金が貰えると勘違いしてるクマよ!」
由々しき自体だ。そんなことをしたら貯蓄の中身が大変なことになる。提督業の給料が悪いわけではないし、提督に貯金がないわけでもないが、お年玉×100以上は出費として痛すぎる。
「あ、提督はっけーん!」
「うお、那珂ちゃん!」
いきなり目の前に軽巡洋艦の那珂が現れた。恐らく、お年玉目当てに提督求めて、鎮守府内を探しまわっていた手合だ。
「提督! 那珂ちゃんは勘違いしてるタイプクマ!」
「やはりか!」
「明けましておめでとー! そして、お年玉ちょうだい! それで新しい衣装を作るのおぉぉぉ!!」
ポーズ付きで迫ってくる那珂ちゃん。器用だが、怖い。
「球磨! なんとかならんか!」
「任せるクマ! 那珂ちゃん、後ろに怒った神通がいるクマよ!」
「ひっ! 神通ちゃん違うの、これは……て、いない?」
びくん、と痙攣気味に反応してから後ろを振り向く那珂。勿論、球磨の発言は嘘だ。だが、十分な効果を発揮した。
この隙を見逃す提督と球磨ではなかった。二人は事前に打ち合わせていたかのような動きで、全力で逃走を敢行した。
「ちょっと二人とも、ずるいよー!」
那珂ちゃんの抗議に、二人が返事をすることはなかった。
★
とりあえず、提督と球磨は屋内に逃げ切ることが出来た。
球磨に案内された先は戦艦寮。金剛姉妹がサロンに使っている部屋だった。
「提督、無事に逃げ切れたようで何よりネー」
「ああ、球磨のおかげだな」
「こう見えても優秀クマ」
室内では戦艦金剛がお茶の準備をして待っていた。どうやら、球磨と事前に打ち合わせてくれていたらしい。
道すがら球磨から聞いたのだが、どうやら提督からお年玉をせしめようとしているのは、駆逐艦を中心とした艦娘らしい。
艦娘の殆どが敵に回ったわけではないと知り、提督は心底安心した。
「ここなら駆逐艦の子はまず近寄らないから大丈夫デース。とりあえず、ティータイムですネー」
「ようやく一息つけそうだ。しかし、自分の部屋に帰りたいな」
「この状況が落ち着くまで難しいと思うクマ」
「一応聞くが、戦艦の連中はお年玉がどうこう言わないのか?」
「戦艦の艦娘はみんな立派なレディだから、そんなこと言わないから安心ヨー」
屈託の無い笑顔で答える金剛。いつも通りだ、嘘をついているようには見えない」
「そうか、安心したよ。とすると、やはり問題は駆逐艦か……」
「一番多い艦種クマね。お年玉を配るのは論外クマ」
「手っ取り早いのは俺にそんな金は無いと切って捨てることだな。事実だし」
「でも、何故か提督がお年玉用に貯めこんでると勘違いしてるクマねぇ」
「まったく、わけがわからん」
提督がお年玉用に金を貯めている。
その噂が流れた根拠が不明すぎた。そんなものはないというのに。
どこから発生した噂なのか、見当もつかない。
「その件ですが、提案がありマース」
「ほう?」
「良ければ、私が提督に迷惑をかけるなと駆逐艦を叱って、何とか事態を解決しますヨー」
手際よく紅茶の準備をしながら金剛はそう言った。
「たしかに、金剛さんが本気で怒れば駆逐艦も納得するしかないクマ」
「しかし、金剛が無駄に駆逐艦から不興を買うことにならないか?」
大型艦の艦娘から真面目に説教をしてくれれば、祭り気分で浮かれている駆逐艦共が大人しくなる可能性は高い。
駆逐艦からの金剛の評価が犠牲になるというデメリットが気になるが、魅力的な提案だった。
「そこはそれ、取引ネ! 提督が私と二人っきりのディナーに行ってくれるなら……。勿論泊まりも……」
金剛が目をギラギラさせながら言い出した。やばいマジだ。流石英国生まれ、しっかり自分のメリットを確保しに来ている。
「よし。休憩終了。行くぞ球磨」
「わかったクマ」
「ちょ、話はまだ終わって無いデース!」
この場に留まるのは危険と判断した提督と球磨は、再び逃走を開始するのだった。
★
鎮守府内をどうにかこうにか逃げ回った提督と球磨は、執務室に辿り着いた。
ちなみに執務室はノーマークだった。新年早々、提督が仕事をするとは誰も思っていなかったらしい。
「危なかった。危うく金剛の策にはまるところだった」
「多分、一緒に夕飯食べただけでとんでもない話になるクマね……」
鎮守府の艦娘人口が増えたためか、最近の金剛は割と手段を選ばなくなりつつある。提督としては好かれるのは嬉しいが、ちょっと怖い。
「しかし、黒潮を見る限り、駆逐艦は俺がかなりの貯蓄をしてると思っているようだが」
「誰かが提督のへそくりのことを話して回ったみたいクマ」
「なんだと。青葉か? いや、つーか、そもそもへそくりなんて覚えがない。ああ、いや、予備費があったか」
「多分それのことクマ」
走り回って血の巡りがよくなったのか、ようやく提督は一つの可能性に思い至った。
黒潮が言っていた提督の貯金というのは、予備費のことではないだろうか。
これは提督と大淀が大規模作戦時などに使うために最近準備した予算で、今のところ手を付けられていない。
相応の金額ではあるが、提督が個人的に使える金ではない。
疑問としては、提督と大淀しか知らないはずのこの予算のことが、どこから漏れたかということだが。
「つまり球磨よ。黒潮は俺と大淀が密かに作った予算のことを知ったということだな」
「そうクマね」
「あの予算については俺と大淀しか知らないはずだ。駆逐艦には漏れようのない情報なんだが」
「きっと、青葉あたりがすっぱ抜いたクマよ」
「なぁ、球磨」
提督はゆっくりと、確認するための口調で問いかけた。
「そんな機密性の高い情報でも、秘書艦なら閲覧できるなぁ、と思うんだが」
「勘のいい提督は嫌いクマよ」
わざわざどっかで聞いたような台詞と共に、球磨は肯定した。
今回のお年玉騒動の仕掛け人は、球磨だ。
「目的はなんだ? お年玉か?」
「そんなもんじゃないクマ。ちょっと提督が困ってるところを解決して、個人的に謝礼を貰えないかと思っただけクマ」
「もっと酷いじゃねぇか」
「いやぁ、ここまでの騒ぎになるとは思ってなかったクマ」
反省の色無しといった様子で、球磨は言った。
それを見て、提督の腹は決まった。今回はこいつに責任を取らせよう。
「……施設の拡充か宴会でケリがつくように話をつけてくれるなら、不問にするぞ?」
「何を言ってるクマ。状況的には提督の方が不利……」
状況というのは駆逐艦が提督に金があると信じ込んでいることだろう。だがしかし、そんなことは問題ではない。
球磨の勘違いということで火消しでもさせればいいのだ。「提督にそんな金はない」という事実が知れ渡ることになるかもしれないが、まあ、その点は仕方ないだろう。
そんなわけで、提督はこの場にいないがこの件で一番怒るであろう人物の名前を出して、球磨を無理矢理動かすことにした。
「大淀に言うぞ」
「球磨は有能クマ。任せるクマ」
即答だった。大淀は怒るとマジで怖いのだ。
その後、球磨が鎮守府内の館内放送で謝罪を流したりして、なんとか状況は解決した。