・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。多少だがTRPGの経験がある。好きなシステムはダブルクロスとシノビガミ。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・伊401:物凄く良い子なのだが滅多に鎮守府にいない。仕方ないよね、潜水艦だから。今では運河よりもオリョール海の方が縁深くなってしまった。
・夕張:動画がきっかけでTRPGに興味を持ち、近場のサークル(年齢高め)に何度か参加。数ヶ月後、そのサークルは崩壊した。何の落ち度もなくサークルクラッシャーになってしまったらしい。これには流石に提督も同情していた。尚、今回は登場しない。
「提督、お知らせだクマ」
「うむ。……なるほど、取材か」
オタ提督(以下、提督)は、秘書艦の球磨から渡された書類に目を通しながら、これといった感慨も無い様子でそう呟いた。
深海棲艦との戦いが進行し、鎮守府の規模が大きくなり、情勢が安定してくるにつれ、こうした取材の申し込みは割と多くなっていた。
今回も「艦娘と鎮守府の様子をレポートさせてくれ」というテレビ局からのありがちな依頼だった。
「あー、面倒だなぁ」
マスコミからの取材というと最初はテンションが上がったものだが、何度か経験した今となっては提督にとって面倒な業務の一つになっていた。
とにかく、取材というのは断りにくいのが問題だ。
この手の取材はだいたい「人々に艦娘のことをより知って貰うため」というお題目を抱えている、そうなると鎮守府としては断りにくい。大体、軍隊というのはある程度友好的に見せていないと色々な方面から叩かれてしまうものだ。
鎮守府を運営していく上で世間とそれなりに上手く付き合っていことは必須なのである。
「どうするクマ? 近いうちに大規模作戦があるクマし。適当な理由はつくと思うクマが」
「前にそう断ったら、きっちり作戦終わった後に取材の申し込みがあったこともあるからな。時間を作ってどうにか……て、なんだこれ」
「どうしたクマ?」
「これを見ろ」
そう言って、提督は読んでいた書類を球磨に渡した。表計算ソフトで作成したと思われるその書類には次のようなことが書かれていた。
「えっと。新鮮な番組作りのためにメディア露出の少ない艦娘のレポーターでの出演をお願いしたく思います。つきましては以下の艦娘の方の出演はなるべくご遠慮したく」
書類には大和型、長門型、正規空母といった有名どころの艦娘が一通り網羅されていた。
「このリスト通りにやると戦艦と正規空母、それに神通や雪風といった人気者は大体駄目クマね」
「その通り。これまで取材や出演したことのある艦娘をほぼ全員網羅してやがる……並外れた執念を感じたぞ」
提督が若干の恐怖と共に呟いた時、執務室の電話が鳴った。
「はい、球磨だクマ。……提督、電話だクマ」
「はい。お疲れ様です。はい、はい。取材の件ですか? それはもう滞りなく。ただ、一緒に届いたリストが。はい、朝潮は出来れば自然にカットに入る感じに? ……善処します。はい。ありがとうございます」
短いやり取りの後、提督は電話を置くと疲れた様子で言った。
「あの爺。ついに手段を選ばなくなってきたな。メディアにまで手を回しやがって。公私混同じゃないか」
「提督がそれを言うクマか……」
「さて、どうしたものか。案内役と寮とか食堂とかで説明する艦娘を別途に御希望みたいなんだが」
「重巡か軽空母の誰かに案内させればいいクマ。それに軽巡も駆逐艦も無難に仕事をこなせそうな子なら沢山いると思うクマよ」
「そうだな。この話がどこかで漏れる前にでも決めてしま……」
台詞を最後まで言いかけて、提督は気づいた。
執務室のドアが、ちょっとだけ開いている。
「どうしたクマ?」
「いや、ドアが開いてるなーと」
「ほんとだクマ。気づかなかったクマ」
「全く、こんな時に……」
言いながら立ち上がった提督が、ドアの前に立った瞬間だった。
「アオバ、ミチャイマシタァ」
それまで影も形も無かった青葉が、ドアの隙間、その向こうに現れた。
「うおおお! 青葉お前! なんでホラー風の登場を!」
「普通に怖いクマ!」
青葉は提督と球磨に返事もせずに一瞬で姿を消した。まるで風のようだ。
ドアを開け放ち、通路を確認する提督。
「もう消えやがった、重巡の早さじゃないぞ」
「海の上であのスピードが出せれば相当クマね」
呆れた様子で言う二人の胸中は一緒だった。
これは面倒なことになる。
「なんか久しぶりだな。このパターン」
提督の呟きに、球磨は無言で頷いた。
☆
何があっても出来る限り食事はちゃんと取るのが、この鎮守府の提督の方針である。
そんな方針に従って提督と球磨は食堂にやって来たのだった。
いつも通り日替わりランチを注文し、二人は席に着く。
「やはり、情報は既に広がっているらしいな」
「一時間もたってないのに凄いクマね」
食堂内は微妙な緊張感をはらんだ空気で満ちあふれていた。
取材は珍しいものではないが、対応する艦娘は大体決まっている。しかし、今回はこれまでとは違うのだ。
一度くらい取材を受けてみたい。自分もメディア露出するチャンスかもしれない。めんどくさい。巻き込まれたくない。今回は助かった、誰が取材を受けるんだろう。
そんな様々な情念が食堂内に満ちていた。あまり食事を楽しむ雰囲気ではない。
それを全て把握した上で、提督は昼食を食べながら取材に件について堂々と相談をはじめることにした。
度胸があるのではなく、開き直っただけである。
「それで、取材の件だが。球磨は適任者の候補はあるか?」
「メインで出張る艦娘クマね? うちの妹とかどうクマ?」
「木曾以外全員駄目じゃないかそれ?」
「北上を使って調子に乗せた大井なら上手くいくと思うクマ」
重雷装巡洋艦の大井は球磨の姉妹艦である。同じく姉妹艦の北上が大好きすぎることを除けば清楚なお嬢様系として押し通せなくもない。
問題は少しでも北上が絡んだ瞬間、全てが崩壊することだ。
正直、危険すぎる。どこで地雷を踏むかわかったものではない。
「大井は駄目だ。何がきっかけでいつもの病気が出るかわからん」
「じゃあ、多摩だクマ。きっとソツなくこなすクマ」
「語尾が問題だ。視聴者に鎮守府を面白い場所だと思われると困る」
「球磨達に対する酷い侮辱だクマ。傷ついたクマ。それならいっそ提督が自分でやればいいクマ」
拗ねた感じで言い捨てた球磨の台詞に対して、提督は意外な答えを返した。
「実は前にやったことがある」
「本当クマか! 知らなかったクマ」
「本当だ。球磨が着任する前、艦娘が少ないこともあり、俺が出演したんだが……」
「上手くいかなかったクマか?」
「いや、取材自体はすこぶる上手くいった。メディアの方とも良好な関係を築くことが出来た」
「それは良かったクマ。不吉な話し方をするから心配したクマ」
「問題は視聴者への受けが悪かったことでな。番組に対して「もっと艦娘を写せ」とか「おっさんを見続けるのは苦痛」といった苦情が寄せられてな……あれは辛かった」
「辛い思い出だったクマね」
ともあれ、これで球磨も提督出演という方針が駄目であることを把握した。
さてどうしたものかと考え込む二人、そこに話しかけてくる艦娘がいた。
「提督、お困りみたいですね。困った時の秘密兵器、伊401ですよ!」
「伊401。帰ってたのか」
「鎮守府にいるのは珍しいクマね」
二人の前に現れたのはスクール水着を着た快活な印象を与える艦娘だった。
潜水艦、伊401である。
性格も実力も日常生活にも問題ない艦娘である。潜水艦部隊のエースでもあるし、取材を受ける人材として申し分ないだろう。
ただ一つ、フルタイムスクール水着という出で立ちを除いては。
「悪くないんだが……流石にその格好はなぁ」
「ちょっと不味いクマ」
「そんなぁ、提督指定の水着に何か問題があるんですか!」
「潜水艦とは言え水着姿の少女に案内させるわけにはいかん。つーか、前から思ってたんだが俺はその水着を指定した覚えはないんだが……」
「そうだったクマか。てっきり提督の趣味だと思って納得してたクマ」
「良い趣味だとは思うが、俺にここまで堂々と指定する勇気はない。それに伊401は秘密兵器でもあるわけだし、今回は見送りだ」
「うぅ……残念です。提督の力になれると思ったのに。……どうしても困ったら声をかけてくださいね」
寂しそうに言いながら、伊401は去っていった。きっとすぐにどこぞの海へ出撃するのだろう。
「大変みたいですね、司令官」
「吹雪か」
次に声をかけてきたのは駆逐艦の吹雪だった。初代秘書艦であり、今でも何かと提督の仕事を気遣ってくれている。
「事情は把握しています。青葉さんから聞きましたから」
「後で捕まえといて欲しいクマ」
「それは古鷹さんがやってくれました」
既に過去形になっているのが恐ろしい。
「そうか、古鷹には世話をかけるな」
「直接古鷹さんに言ってあげてくださいね」
「わかった。それはそれとしてだ」
青葉がどんな目にあっているかは気にしないことにして、提督は話を進めることにした。
吹雪には頼みたいことがあるのだ。
「吹雪。駆逐艦寮の案内はお前に頼みたいんだが」
「えっ? 一度でもメディアに出たことのある艦娘は駄目だと聞きましたが」
「そうだクマ。吹雪は結構取材受けてるから駄目クマよ」
「そうですよ、司令官」
吹雪は何だかんだで秘書艦だったのでメディア露出は多い方だ。出演の話が振られることはありえないはずだった。
「いや、確かにそうなんだが。実は、何故か吹雪だけリストから外れててな」
「ほんとですか! 何かの間違いでは!」
「本当だ。球磨、書類持ってたよな。確認してみろ」
「わかったクマ」
懐から用紙を出して目を通す球磨。たっぷり三回はリストを眺めてから厳かに言った。
「……本当だクマ。何故か吹雪だけ抜けてるクマ」
「そ、そんな馬鹿な。何かの間違いです。今すぐ直して貰わないと!」
駆け出そうとする吹雪。
素早く提督がその肩を掴んで言う。
「何を言う。チェック漏れだろうが吹雪の存在を忘れてようが、どちらでもいい。むしろ好都合。吹雪の出演は決定だ」
「確かに、取材慣れしてる吹雪なら安心クマね」
「そ、そんなぁ。一応有名人なのに」
「まあ何だ、頼りにしてるぞ」
「こんな時だけ言っても有り難みが無い台詞クマね」
こうして出演者の一人が決定した。
そして、その出演者が言う。
「あの、司令官。なんだか皆の視線が痛いんですけど」
「うむ。やたら注目されているな。どうしたことだ」
「……思うに。今の会話の流れから、この場で出演者を決めると思われたんじゃないクマか?」
「なっ」
提督に集まる視線。それには出演の可能性のある艦娘達の様々な思惑が自分に集中していた。
良くない流れだ、どう対応しても何かしらの禍根を残しかねない流れを感じる。
見れば、食堂の離れた席では空母と戦艦がニヤニヤしていた。絶対的安全地帯にいるゆえの余裕だ。提督の得意技でもあるが、凄いむかつく。今後は気をつけようと提督は強く思った。
「くっ。不味いことになった」
「観念するクマ。とりあえず無難な人選をすればいいクマ」
「大丈夫ですよ、皆さん、良い人ですから」
「確かにそうだな。いっそダイスでも振って決めてしまおうか」
「それはやめるクマ。うっかり地雷を踏みそうな艦娘に当たる気がするクマ」
曙、霞といったあからさまに地雷を踏みそうな艦娘が提督の脳裏を過ぎる。考えてみれば千歳や大鯨など無駄に自分に対して好感度の高い艦娘も危険な気がする。公共の電波に乗せると不味い発言をしかねない。
「提督、前にダイス運が悪すぎて「俺はもう固定値しか信じない」って考えるようになった昔話をしてましたね。細かい意味はわかりませんでしたが、運任せは良くないのでは?」
「確かに……いや、しかし、どうする」
テレビ出演を期待している艦娘も、その逆もそれなりにいる。その中で出来るだけ不満の出ない形で納める必要がある。難題だ。出来れば全員がある程度納得できる形で事態を収束させたい。
「ダイスは駄目か……いや、待てよ」
その時、提督の脳裏に閃くものがあった。なかなか悪くない、魅力的な思い付きだった。
「やはりダイスで決めようと思う」
「しょ、正気ですか! ダイス運悪いのを今認めたのに!」
「提督、そこそこの付き合いだったけど楽しかったクマよ……」
驚愕の吹雪と菩薩のような笑顔で別れを告げる球磨。
その二人にドヤ顔で提督は言った。
「安心しろ。ダイスを振るのは、雪風だ」
そんなわけで今回の取材の人選は、幸運艦と名高い駆逐艦雪風のダイスに委ねられた。
そして、雪風がダイスを振った結果、
総合案内役:最上
駆逐艦寮などの案内:吹雪
食堂など:由良
という実に無難な感じに今回の取材対応の編成は落ち着いたのだった。