・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。色々あって割り切ったオタクとして提督業を営む。それなりに上手くやっている設定。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・長門:栄光の連合艦隊旗艦。世界のビッグ7。ゲーム機は全部「ファミコン」と呼ぶタイプ。
・金剛:提督ラブ。しかし現実でいきなり好感度MAXの少女に言い寄られるという事態にオタ提督が耐えられるはずもなく、避けられている。だがめげない。
・雪風:素晴らしい練度と幸運を持った奇跡の駆逐艦。艦これ界の異能生存体。うっかりアニメの主役になったら次回予告が銀河万丈声になったり「次回も雪風と地獄に付き合ってもらう」で締められたりする、多分きっと。
・加賀:「考えてみれば私と赤城さんは姉妹艦ではないから結婚するのに障害なんてありませんね」と提督に真顔で言って戦慄させた恐るべき一航戦。現在の日本では同性婚が認められていないことを説明され、密かに北欧辺りへの移住を計画中。
・夕張:流行のアニメを執拗にディスってる所をオタ提督に窘められ、そのままチョロい感じに落とされるかと思いきや、オタ提督の「気に入らないアニメが流行ってるからって攻撃するのではなく、その長所を見た方が建設的だよ。ただし種は糞」の一言に激怒。そのまま冷戦状態に突入した。尚、今回は登場しない。
「結局、球磨にするクマか?」
「まあ、他を選ぶ理由も無いし」
某鎮守府、提督執務室。
オタ提督(以下、提督)は秘書官の球磨と共にモニターの前で何やら相談していた。
二人が見ているのはとある通販サイト。そこには提督によって検索された球磨の艦船模型が表示されていた。
室内をよく見ると、表紙に「艦船模型入門!」の文字が踊る模型誌があり。いくつか挟まれた付箋がそれなりに読み込まれていることを物語っている。
色々な事情が重なり外出しにくい提督業、彼は提督として着任してから外出が必要なオタク活動には早々に見切りをつけ、ネット上や通販を中心としたオタ活動に切り替えていた。
そして提督業に慣れてきて若干の余裕が出てきたこのタイミングで自身の部下である艦娘達の艦船模型に興味が出てきた、というわけである。ちょうど模型誌で特集もされていたし。
とりあえず、最初ということで日頃秘書艦として世話になっている上に、出来が悪くても怒らなそうな球磨の模型を選び、今まさに注文しようとしているという状況である。
「道具は、これとこれでいいのかな? あんまりプラモは作ったことないんだけど」
「別に出来が悪くても球磨は気にしないクマよー」
談笑しながら提督が商品の購入ボタンをクリックしようとした時だ。
異様な気配を感じた。
「ゲェッ!?」
「どうしたクマ!」
二人の視線は外。というか、目の前の窓で止まっていた。
そこにいたのは重巡洋艦、青葉。鎮守府のパパラッチ、歩くデマ拡散器、災厄を振りまく者、呼び名は色々あるが、とにかくそんな存在だ。
彼女はなんというか、効果音で言うと”ぬちゃあ”という感じで窓に張り付いていた。
「あ……青葉……?」
震え声の提督の問いに青葉が答えた。
「アオバァ……ミチャイマシタアァァ……」
窓越しに響く、悦びに満ちたおぞましい声。同時、彼女は音も立てず消えた。
「消えた! ニンジャかあいつは!」
「ほんとに重巡クマか!? 球磨にも見えなかったクマ!」
見れば、窓には彼女のいた痕跡一つ無い。その存在感を除けば完璧な仕事ぶりだ。出来れば出撃した海域でその力を発揮して欲しい。
そして提督は思った。
間違いなく青葉は今のことを鎮守府内にばら撒くだろう。それも、面白おかしく脚色して。
青葉のいなくなった窓の向こうは素晴らしく澄み渡った青空だった。
その空と同じくらい澄んだ目をしながら、提督は球磨に向かって聞いてみた。
「なあ、球磨。なんか面倒な予感がするんだが」
「わかるクマ。でも球磨にはどうすることもできないクマ」
球磨の達観した態度が少し羨ましい提督だった。
その日の昼食、食堂に入った瞬間、提督は青葉の情報拡散が速やかに行われたことを確信した。
球磨を伴って食堂に入るなり、その場にいる艦娘の間に目に見えて緊張が走ったのだ。
空気の読めないことで定評のある提督にすら、何やら牽制する雰囲気が場を支配するの察することが出来た。
なんとも居づらい状況である。
「提督、日替わり定食でいいクマ?」
「お、おう」
球磨に促され、日替わり定食の乗ったトレイを貰い、空いていたテーブルの席につく。いつもなら提督が席につくなり誰かしら寄ってくるものだが、今日はそれが無い。
昼食時でいっぱいの食堂の中、提督と球磨の座ったテーブルだけが、ぽつんと空き、なんとも妙な空間が出来てしまった。
「青葉の奴、どんな噂を流したんだ……」
「詳しく聞くと精神衛生上良くないかもしれないクマよ?」
涼しい顔で食事を始める球磨。他人事とはいえ、もう少し心配して欲しい。
提督が言い知れぬ不安に支配されつつあったその時、後ろから声をかけられた。
「提督! 話は聞いているぞ!」
長門だった。手には昼食を持っている。普段は提督の趣味について嫌味ばかり言うくせに、妙にフレンドリーな雰囲気をまとっているのが嫌な予感を煽る。
「話ってなんのことだ?」
問いに対して天下のビッグ7は和やかに、そして食堂全体に聞こえるように言い放った。
「艦船模型を作るのだろう! 提督にしてはなかなか良い心がけだ!」
「お、おう。よく知ってるな。つか、普段は俺の趣味に文句つけるのに意外だな」
「艦船模型ならば話は別だ。私も無関係ではないからな。そうだ提督、最初に作るのは連合艦隊旗艦にして栄光のビッグ7である、この長門の模型なのだろうな? なに、隠さなくてもわかる。こう見えて昔も今も人気者だからな。模型の種類も多いと聞くから、不慣れな提督向きのものも取り揃えているだろう。なぁに、多少出来が悪くても何事も積み重ねだ。それに提督とこの長門の記念の品にちょうど良かろう。ハハハハハ!」
かつてない勢いで一気にまくし立てる世界のビッグ7。ちなみに目が笑っていないので凄く怖い。
「け、検討中だ。何分、初心者だからな」
提督は全身に嫌な汗を浮かべながらそう答えるのが精一杯であった。
「………………ふむ。そうだな、熟考を重ねるのが良いだろう。なに、聡明な提督のことだ。正しい判断を下すことと私は確信しているぞ!」
食堂全体に響き渡る大声でそう宣言した後、鋭い目つきで提督を睨みつつ、長門は提督の近くの席についた。
直後、次が来た。
「ヘーイ、提督ゥ! グッタイミンネー!」
声をかけてきたのは金剛だった。やはり彼女も昼食らしい。見れば隣に妹の比叡もいる。
嫌な予感がした。
「聞いたヨー! プラモデルを作るんだってネー」
「まあ、な」
「最初に誰のプラモを作るのかナー。もちろん、わたしを選ぶんだよネ! 遠慮しなくってもいいんだヨ! 提督からのプレゼェント、たのしみネー!!」
朗らかに笑う金剛。どうやら自分の模型が最初に作られることを疑ってもいない様子だ。
その自信がどこから来るのか聞いて見たいと真剣に思った提督だが、そこであることに気づいた。
陽気に笑う金剛の隣にいる比叡、彼女が凄い目つきでこっちを睨んでいる。
やばい目を合わせたら殺される……。
比叡という戦艦は金剛の妹で重度のシスコンだ。提督の見立てでは性別の境をとうの昔に超越しているあっちの世界の人間であることは間違いなく、取り返しがつかないのは確定的に明らか。更に困ったことにどうやら比叡は提督のことをライバル視している模様なのだ。
そんな比叡のいるところで「模型を作って金剛にプレゼントする」なんて言ったらどうなることか。
本気で死を覚悟する提督だが、比叡は人を殺せそうな眼力で睨む以上のことをする様子はない。今のところは様子見で、提督が実際に何かの模型を作ったら行動に出るつもりなのだろう。
とりあえず、提督なりに今後何が起きるか考えてみた。
金剛の模型を作る→金剛が喜ぶ→嫉妬に駆られた比叡に半殺しにされる。
金剛の模型を作らない→金剛が悲しむ→怒った比叡に半殺しにされる。
バッドエンドしか無い。完全なクソゲーだ。
「ま、まあ、落ち着け金剛。知っての通り、俺はそれほど器用じゃない。まだ作ることすら検討中の段階だ」
「オーウ。それはソーリーね! でも、提督からのプレゼントなら、いつでもウエルカムだからネー!」
「……チッ」
金剛は強烈なウインク。比叡は舌打ちを残して、食事のトレイを持ったまま、近くの席に座った。
提督にとって残念なことに、更に次が来た。
次に来たのは加賀だった。珍しいことに一人で、いつも通り大量の食事を持っていた。
先ほどまでの話を聞いていたらしく、加賀は提督の前に来るなりこう言った。
「提督。まずは五航戦の模型を作ってはいかがでしょう?」
食堂内が一斉にざわついた。まさか、五航戦嫌いで有名なあの加賀がという感じだ。提督の聴覚がすすり泣きみたいな音を捉えたが、これは翔鶴だろうか。
「加賀……お前……」
雪解け。そんな言葉が脳裏に浮かぶ感動的な場面だ。これで艦娘の人間関係に胃を痛めずにすむと思った提督の目尻に涙が浮かぶ。
直後、加賀はいつも通りの無表情で言った。
「まずは五航戦の模型作りで練習を重ね、提督の腕前が熟練した段階で赤城さんや私の模型に着手していただければと思います。……練習で作った出来の悪い五航戦の模型は全て処分してください」
ベキィ、という音が聞こえた。恐らく瑞鶴が箸を折った音だろう。
「では、私は食事に集中しますので」
提督が何かいう前に一方的に会話を打ち切ると、加賀はやはり近くの席に座った。
「…………」
重い沈黙が食堂内に立ち込める。提督の箸はまるで進まない。周囲に座った連中が自分を監視しているのを感じる。胃が痛くなってきた。試しに球磨に「助けて」の視線を送るが、彼女はどこ吹く風で食事中だ。なんという秘書艦か。
だが、その沈黙を破る者がいた。
「しれぇ! お困りのようですね!」
「雪風か」
提督の前にぴょこんと現れたのは、小動物めいた駆逐艦の艦娘だった。幸運艦と名高い、雪風である。
「意見具申です!」
「おお、申してみろ」
「じゃんけん、で決めてはどうでしょう!」
こいつ文句が出ない上に確実に勝てる方法で来やがった。
提督のみならず、食堂にいる全艦娘が戦慄した。というか、扶桑姉妹を始め何人かが膝から崩れ落ちているのが見えた。かわいそう。
「たった一言で戦艦の心をも折るとは、雪風、恐ろしい子……」
「なんのことですか?」
怪訝な顔をする雪風。もしかしたら完全な善意からの発言なのかも知れない、尚更たちが悪いが。
「い、いや何でもない。じゃんけんは無しだ。そもそも、俺が趣味で作るんだからな。自分で決めないと」
「そうですか! わかりました!」
あっさり引き下がる雪風。どうやら完全に善意からの提案だったらしい。なんと恐ろしい子だろうか。
「さて……」
無理やり昼食を胃に押し込んだ提督だが、席を立てずにいた。
周囲の艦娘のプレッシャーが凄すぎてこのまま執務室に帰れる空気では無いためだ。
この場で誰の模型を作るか決めろ。場の空気が完全にそう言っていた。
こんな時ばかり空気が読める自分が恨めしい。自身を呪いながら、提督は死にかけた蚊みたいな声をなんとか喉から絞り出す。
「球磨……助けてくれ」
悠然とデザートを食べていた球磨はあっさりと答えた。
「無理クマ。いっそ全員分の模型を作れば皆喜ぶクマ」
「無茶言うな。うちに何人いると思ってるんだ。模型作りがライフワークになっちまうぞ」
「ライフワークにすれば良いクマ」
「嫌だ。アニメみたりゲームしたり薄い本読んだりしたい……お願いします。なにとぞ、なにとぞ」
「仕方ないクマねぇ」
話しながらデザートを食べ終えた球磨がやれやれといった感じで言った。あからさまに余裕な態度を見るに、最初から対処法を考えていたのだろう。――考えた上で提督が追い込まれるのを楽しんだ節があるのは問題だが、今の提督にはそこまで考えが及ばない。
「提督、こういう時は彼女を頼るといいクマよ」
「彼女……?」
「そうクマ。今、遠征に出てる彼女クマ」
「……! そうか、そうだったのか! よし、決めたぞ!」
勢い良く椅子から立ち上がる提督。艦娘達の視線を一身に受けながら、彼は高らかに宣言した。
「最初に作る模型は、我が鎮守府に最初に着任した艦娘である”吹雪”とする!」
提督のその宣言に、異議を唱える者はいなかった。
駆逐艦、吹雪。鎮守府最初の艦娘であり、秘書艦。そして、今回のようにいない時に限って話題の中心になるという、微妙な影の薄さと、不憫さを持った子であった。