俺はあの日から普通では無くなってる。
たまたま車に引き殺されそうになっていた犬を助けようと代わりに引かれた去年のあの日から俺は……。
「すいません、遅れましたー」
悪魔となりました。
「来たわねセーヤ」
本来なら去年のあの日で死んでいた筈の俺を救ってくれた人、リアス・グレモリー先輩とその仲間である皆が既に活動拠点であるオカルト研究部に居たので、最後であり一番の下っぱである俺は詫びの言葉と共にその中へと入る。
当然のこのオカルト研究部というのも表向きの名前であり、本当は先輩――いや、部長であるリアス・グレモリーが勤める王の眷属達による、人間界に置いての悪魔としての活動が本当のオカルト研究部だ。
「セーヤも来た事だし、本題に入るわ……朱乃」
「はい」
その事実を知るものは俺を含めた部員だ。
部長に今名前を呼ばれて、何やら一枚の封筒を取り出す姫島朱乃先輩。
ソファに座り、もくもくと水羊羹を食べてる白髪の女の子・搭城小猫ちゃん。
俺と同じ男でよく話し相手になってくれる木場祐人……以上がオカルト研究部の部員で全員が悪魔と呼ばれる存在だが、俺等以外にも悪魔はこの学園に存在している。
それが昨日の朝、弟の一誠と何故か居た支取生徒会長ことソーナ・シトリーだ。
彼女も部長と同じく眷属を持つ上級悪魔らしいが……そんな人が何故悪魔の存在を知らない普通の人間である一誠とああも仲が良かったのか……不思議な話だよな。
「グレモリー家が納めるこの領地内にはぐれ悪魔が潜伏、発見次第排除しろとの事です」
「ありがとう。という訳で今から一時間後にはぐれ悪魔の討伐に向かうわ」
「「「はっ」」」
まあ、シトリーさんについては今は良い……って訳ではあの一誠と共に居る時点で良くは無いが、今はリアス部長が言ったはぐれ悪魔の討伐に集中しないとと、気合いを入れ直そうとするが、部長も気になって居たのだろう、唐突にその話をし始める。
「そういえばセーヤの弟くん……確か一誠君だったかしら?」
「はい」
「彼はどんな子なの? 顔はセーヤにソックリだったけど、雰囲気が余り目立つといった子には見えなかったから気になるわ」
シトリーさんと一緒に居たせいなのか、少しは気になるらしいリアス部長の質問に俺は少し困り顔になって口を開く。
「確かにアイツは弟ではありますけど……余りよく解らないというか……」
「そういえば一度も弟さんのお話をした事がありませんでしたわね」
リアス部長に続く形で聞いてきた姫島先輩に俺は頷きながら口を開く。
「ええ……何というか恥ずかしい話、兄弟仲は他と比べても最悪に駄目だと思います」
俺は一誠が解らないし、そのせいで仲がよくない。
何せ奴は俺や両親や他人までを避けていて独りで何を考えてるのかが読めないんだ。
中学卒業前にアイツが父さんと母さんに黙って家を出て働くと知った時は流石に頭に来て二人にその事を教えたが、その時のアイツの俺を見る目は怯えでは無くて純粋な殺意に感じた。
それくらいなまでにアイツとの仲は悪く、俺が悪魔に転生してからは互いが一卵性の双子とは思えない位に無関心で、他人の様に振る舞って生活をしていた。
だから、まさかあの一誠が他人であるシトリー先輩と普通に会話をしている所を見た時は驚き、シトリー先輩がリアス部長の幼馴染みで悪魔だという事もあってつい二人が一緒に居る事を教えた。
「前にも言いましたが、恐らくアイツはシトリー先輩の本名も知らないし悪魔だということも知らないでしょう」
「でしょうね、見た所悪魔に転生した様子でも無かったし」
そう、所詮アイツは人間でシトリー先輩は悪魔。
他人を信じようともしない臆病者のアイツがもしその事を知れば、恐らく何の躊躇も無く彼女に対して拒絶の言葉を投げ付けるのは目に見えてる。
だから……いやまぁアイツの言葉程度でどうも思わないだろうけど、万が一というものがあるし、彼女を傷付けない為にも傷が浅い内から引き剥がした方が良い。
そう思うのだが……。
「けどねぇ……。
二人の事に関して私達がとやかく言う資格なんて無いし、ほっといてあげるのが良いと思うわ。ソーナはそんな弱い子じゃないし」
「ですわね。そもそもあのお二人がどんな仲なのかも知らないですし、私達がどうこう言うだけ余計な真似ですわ」
「僕も同意見かな」
「あんまりその人に興味ありませんで何とも……」
どうにもアイツを知らない4人はほっとけという意見に固まっている。
確かにどんな天変地異が発生して、あの他人嫌いの一誠が優等生筆頭のシトリー先輩と一緒に居るなんて本人達の勝手だし周りがとやかく言う事じゃあ無いのは分かっているのだが……。
「何か腑に落ちないんだよなぁ……」
「どうして?」
何か割り切れない気がしてならないのだ。
ポツリと独り言のつもりで出てしまった声が聞こえたのか、リアス部長が不思議そうにして尋ねる。
「いやだって、親や兄弟ですら拒絶してる癖に、あの人とはアイツなりに普通に接してると思うと頭来るというか……」
「あら、ソーナに嫉妬かしら?」
「は?」
ニヤニヤしながら俺の言った事に対してからかいの言葉をくれるリアス部長に、俺はとてつもなく気色悪い気分になり、露骨に顔を歪める。
「冗談じゃないですよ。
あんな何を考えてるか解らない……家に居ても閉じ込もって独りでボードゲームしてニヤ付いているか夜遅くまで外行ってる奴なんて、もうどうも思いません。
俺が言いたいのは、アイツがシトリー先輩の正体を知った時の事です。
悪魔だと知ればアイツは平気でシトリー先輩を傷付ける言葉を吐くに決まってるんですから」
「へぇ、さっきは弟君の事はよく知らないって言ってた癖に、よくそこまで予測できるわね?」
「昔1度『本当はお前なんて居なかった。お前がいきなり現れてから皆が変になった、お前のせいだ。俺の兄なんて名乗るな』……とか訳の解らないことを言われた事がありましてね……」
本当なら居なかったなんて、アイツは妄想癖でもあるのか……1度っきりで言われる事はなかったが、それ以来俺はアイツが嫌いになった。
当たり前だ、存在否定してくる相手と仲良くなれる程俺は器が広くない。
そうやって他人も拒絶し、家族にも黙って中学卒業と共に家を出るという進路をアイツの担任から聞いたときは我慢の限界で父さんや母さんに教えたが、俺は自分が悪いとは思わない。
アイツに中卒で出来る仕事をやり続ける根性があるとは思えないからな。
「それは……酷いわね」
「ま、アイツの妄言と思ってるので、もう気にしてませんけどね」
だから、去年から共学校となる情報が出回るのが少なかったという理由でアイツはこの学園に入り込めた訳だが、てっきり相変わらず独りで空気みたいにやってるとばかり思ってた。
いや、別に誰と仲良くなろうとも俺には関係ないし、あの偏屈な性格が少しでも矯正出来ればそれは儲けものだと思う……思うが、その仲良くなる相手がよりにもよって優等生でしかもリアス部長の幼馴染みの悪魔なんだ。
地雷にも程があるとしか俺にはどうしても思えないし、この前の休みの日にたまたま飲み物を買いに外出た時に二人が手なんて繋いで歩いているのを見た時は、何故かイラッとしたんだ。
『一誠とシトリーさんが何故……ん?』
『あの、手を繋がなくても良いって言ってませんでしたっけ? なのに何でわざわざ手……というより腕なんか組む必要が……』
『私は一誠くんとこうしたいので、これで良いんです』
『はぁ…………まあ、飯食わせてくれる身分ですし、何の文句もないですけど、凄い歩きづらいぞこれ……』
『……』
学校でも見たこと無い、シトリー先輩の笑顔。
それに対して鬱陶しそうにしつつも拒絶はしない一誠。
その二人を見た俺は、何故か頭に来た。
親や兄弟の言う事は聞かないくせに、彼女の言う事を聞く一誠に対して……。
散々家族を拒絶しといて……と。
「……………」
「セーヤ?」
単に美人な異性だから聞いているのかどうかは知らない。
だが……アイツと付き合うなんて恐らく地球上に誰も居ない。
そしてアイツがシトリー先輩の正体を知れば、途端に手の平を返すのは目に見えてる。
「いえ、何でも無いです。
取り敢えずアイツの話は置いて、さっきのはぐれ悪魔に集中します」
いっそ、アイツの記憶を弄くって消してやったら楽なのな………………………って、どうでも良いと思ってたのにあの日から妙にアイツを意識してるな俺……。
「セーヤ先輩の弟さんをよく知りませんし色々あるみたいですが、これ、あげますので元気を出してください」
「あぁ、ありがとう……小猫ちゃん」
別に元気を無くしてる訳じゃないけど、小猫ちゃんの好意である水羊羹を有り難く貰った俺は、何となくさっきより気分が軽くなった気がする。
うむ……美味い……ってコレ食い掛けか? まあ良いか、味なんて変わんないし。
「あ、これ美味いね」
「それは私の唾液という意味でですか?」
「は? いや、水羊羹の方だけど……というかいきなし生々しいよ小猫ちゃん……」
「む……」
普通に良い子なんだけど、たまに変なんだよな小猫ちゃんって……女の子だからか?
「フフフ、なら私のもあげるわ。
感想とかも遠慮無く頂戴?」
「なら私のも……」
「え、いや……いいですよ。
だってお二人とものも食い掛け――」
「あら、小猫のは食べられても私のは駄目かしら?」
「悲しいですわね、泣いてしまいそう……」
「………………。イタダキマス」
しかも先輩二人も悪ノリし始めちゃったし……。
こうなると大変なんだよな……木場はニコニコしてるだけで助けてくれないし……。
松田とか元浜に怒られるから避けたいんだけど、これは無理かな……。
オマケ
「あの、センパイ? 俺……独りで帰れるんでもう大丈夫ですよ?」
「私と帰るの嫌ですか?」
「別にそういう訳じゃ無いんですけど……只……」
そう言いながら辺りを見渡す俺の居る場所は、最近連れていかれる事がほぼ毎日となった生徒会室だった。
俺にとっては縁の無い場所だと思ってたのに、何でか知らないけどこの前を境にセンパイと下校する事となったという理由で、センパイが生徒会の仕事を終わるまで此処で待っているのだが……。
「場違い過ぎて居心地が悪いというか……そもそもそこまでして頂かなくてももう大丈夫というか……」
ハッキリ言って此処が嫌いだった。
だって、別に役員でも何でも無いのに此処に居るとかセンパイやそのお友だちの人たちの邪魔にしかなってないだろうし、そのお友だちが気を使ってくれてるのが悪いというか……。
「へぇ、居心地が悪い? ふーん? そりゃ悪かったな兵藤クン?」
「あ、いや……別に君達が悪いとかそういう訳じゃ……あは、あははは……」
この前から不気味な程に匙君がフレンドリーなのが余計気持ち悪いというか……。
「匙?」
「っ……いや……そ、外掃除してきまーす!」
今のところセンパイが何とかしてくれてるという事実が余計情けない。
匙君が嫌いな奴なら殴ってやったかもしれないが、何となく彼は嫌いにはなれないというか……申し訳無い気分にさせられるんだよな。
「何か飲まれます?」
「あ、いえ……ホントお構い無く。
もう俺は空気か何かだと思ってくれたらそれで良いんで……はい」
ここ数時間で知り合いとなった副会長さんやその他の人達も、俺がいるせいで要らない気を効かせないとならないのにも申し訳無い気分にさせられる。
皆は気にするなというし、センパイも良くしてくれるからバックレるのも躊躇ってしまう。
考えてみれば、今までセンパイ以外に親切にしてもらう経験が無かったからな……。
「まったく……最近の匙は何か変ね」
「俺が居るからでしょ……ホント匙君に悪いぜ……」
『(いえ、お二人の仲が予想以上に良かったからです)』
あぁ、独り焼肉してぇなぁ……。
片方は突然現れて居場所を奪った奴。
片方は何もしてないのに拒絶させられた奴。
互いにそう認識してるせいで仲はこんな感じで良くありません。
取り敢えずどっちもどっちな感じにしてきたいなぁと。