マイナス一誠とシトリーさん   作:超人類DX

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基本的にマイナスなんで嫌な奴は褒め言葉です。


成長

 同類という仲間を得てからの一誠は日に日にその最低さ(マイナス)を増幅させていており、今回遂に純粋な悪魔にもその在り方を嫌悪させる所まで墜ちに墜ちた。

 

 その記念……という訳じゃあ無いだろうが、ソーナと互いにマイナスを磨き合ってからの晩。

 

 一誠は久々に夢の中で彼女と対面していた。

 

 

「あぁ、アンタか。暫く振りだね」

 

「うん、良い具合に仕上がってる様でなにより」

 

 

 何処から来たのか、一体何者なのか。一誠にマイナスという概念を教え覚醒を促した人外・安心院なじみとのどこぞの教室空間での対面。

 魅力的な容姿と魅力的な声は人間どころか悪魔の様な存在すら心奪うレベルなのだけど、生憎一誠には一切効果が無い。既に安心院なじみの魅力を越える者を知っているので。

 

 

「聞いたよ、ソーナちゃんの両親に悪戯をしたんだって?」

 

「やっぱりお見通しってわけか。

そうだよ、ちょっと色々とあってね……」

 

 

 耳心地の良い声をした安心院なじみの言葉に一誠は意外とも思わずに、質問に対して頷いてみせる。

 

 

「紫藤イリナちゃんが理由かな? あの子が最初期のキミに影響されてまさかスキルを持ってたなんてのは、実のところ意外で僕もお腹抱えて笑っちゃったんだぜ?」

 

「そうなの? 確かに世界で最初で最後って俺に言ってたけど、アレはアンタが仕込んだからかと……」

 

「んな事したって僕に何の得にもならないからやったないよん。

あの子はキミという存在に種を蒔かれて後天的に発現させたのさ」

 

「俺がねぇ……? それよりアンタ何で天井を足場にしゃがんでるの? 疲れないの?」

 

「上から物を見るのが僕だからね、キミもやってみるかい?」

 

「足の裏は生憎吸盤で出来てないんでね、やりたくてもできないなそりゃ」

 

 

 どういう原理かはわからないが、冷静に教室空間にある席に座ってる一誠を見下ろす……いや見上げる様にして天井を足場にしてしゃがんで此方を見つめる安心院なじみの言葉に一誠は少しスッキリと納得した様な顔だ。

 

 

「それより、イリナちゃんの件はアンタに直接聞けただけでも儲けものと思うことにするぜ」

 

 

 元々イリナにも素養があり、決してこの蝙蝠みたいに天井を足場にしてる安心院なじみの貸し与えたスキルじゃないと分かれば、イリナもまたオリジナルのマイナスだと安心出来る。

 

 だからこそ、それ以上イリナについて探る必要も無いし、それよりも一誠としてはこうして夢の中で安心院なじみと会合出来たチャンスを是非とも利用したいと口を開く。

 

 

「てな訳で、何故か俺は明日例の魔王の人と会わなきゃならないんだよ。

ぶっちゃけ正直会わなきゃならん意味が無いと思うんだけど、仕方ないとも思ってる。

それでなんだけどさ安心院さんや、アンタに一つお願いしてみたい事があるんだよね?」

 

「ん?」

 

 

 この先、真正面から勝ち目の無い人生を送る上で少しでもその辛さを和らげる為に、一誠はキョトンとした顔の安心院なじみに一つ頼み事をしようと口を開いた。

 

 

「アンタの――を――こうして――あーして――」

 

「……………えぇ?」

 

 

 

 その頼みとは一体何なのか。

 話をした途端に若干嫌そうな顔をした安心院なじみが見える辺り、良いものでは無いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 若手悪魔……その中でもっとも将来性が高いと目されていく者達の会合。

 そんな会合に出席する事となっていたソーナは、昨日の一誠の悪戯によりすっかりテンション駄々下がりな眷属を連れて、会場である冥界都市・ルシファードの会場にやって来た。

 

 

「緊張もしなくて良いし、終わるまでただカカシの様に突っ立ってれば良いわ。後は私が適当にやるから」

 

「は、はぁ……。でも俺達別に緊張してる訳じゃないというか……」

 

「昨日の兵藤君のアレが……」

 

「アレは実に素敵な最低っぷり(マイナス)だったわ。

思い返すだけでも惚れ惚れしてしまうほどに……」

 

 

 他愛の無い(?)会話をしながら、会場の控え室へと足を進めるソーナ達。

 途中会場に居た悪魔達からの視線を受ける事になるのだが、ソーナは全く意にも返さない様子だ。

 

 

「兵藤達はもう来てるんですよね? 朝方サーゼクス様からの遣いが来てましたけど……」

 

「ええ、多分私たちとは別の控え室にでも――」

 

 

 そんなマイペースさを発揮しながらいよいよ控え室の前までやって来たソーナが、顔色最悪な匙からの質問に答えた正にそのタイミングだった。

 

 

「だぁかぁらぁぁっ!!! 何でアナタに一々イッセー君と好きで一緒に居ることに文句言われなきゃならないわけぇ!? 何時からそんなに偉くなったのかしらねぇ!?」

 

 

 控え室――と表現するには匙にとっては豪華すぎる作りの扉の向こう側から聞こえる、聞きなれた少女の声にビクッと身体を震わせた。

 

 

「紫藤の声っすよね……?」

 

「間違い無く揉めてるわ。まったく、昨日折角一誠君が身体張ったのにもう無駄にしちゃって。

一体誰と揉めてるのかしら?」

 

 

 ソーナを含めて奇妙な四人組の中では一番キレやすい激情な面を持つイリナの怒鳴り声に嫌な予感しかしなかった匙の声に呆れた気持ちで頷きつつソーナは扉を開ける。

 そして飛び込んできた光景を見て納得した。

 

 

「もう良いってイリナちゃん。ここで騒いだらすんなり帰れなくなるし、大した怪我じゃないもん俺……あ、傷口が……」

 

「大丈夫よ、ここは私に任せて! 一誠君の手前何とか我慢したけど、もう頭に来たわ! 全員破壊してやる!!」

 

「お、落ち着けイリナ!! これじゃあ今までの苦労が水の泡になるだろ!」

 

「そうだやめろ! お前達も何のつもりだ!!」

 

 

 昨日の悪戯で、スキルをバラさない為に白い包帯だらけの姿の一誠が、その包帯に血を滲ませながらボロボロの出で立ちでひっくり返り、その一誠の盾になろうと激怒しながら恐らく一誠をそうさせただろう相手を親の仇の如く睨みながら今にもマイナスを全解放しそうな形相のイリナ、何をして良いのか分からずにオロオロしてるゼノヴィア。

 

 そして――

 

 

「第一無理だって、イリナちゃんでもこんな大勢相手に戦うなんて……いっててて。それにアナタもわざわざ庇わなくても大丈夫ですよ? 立場もあるでしょうに?」

 

「いや、これはいくらなんでもおかしい! 何故キミが……」

 

「こればっかりは生まれついてのものですからね……あははは――うぶっ!? 内臓やられたかなこりゃ?」

 

 

 唯一一人の若手悪魔が一誠を心配していた。

 

 

『………』

 

 

 そんな四人を――特に一誠とイリナを嫌悪するように 無言で見つめる若手の悪魔達とその眷属を代表するかの様に前に立つ兵藤誠八。

 

 この構図を見た瞬間、ソーナは何がどうして一誠がボロボロになってるのかを悟った。

 

 そして悟ったと同時に行動も速かった。

 

 

「これは何の騒ぎ? 寄って集って一人の人間を苛めるのがアナタ達の趣味なのですか?」

 

 

 昨日の一誠並み――いや、それを越えるかもしれないレベルの圧倒的な(マイナス)を放ち、嫌でも自分に意識を向けさせたソーナの出現に今気付いた様子で全員が、老若男女全てが見惚れてしまいそうな『笑顔』を浮かべながら鈴が鳴るような声を放った。

 

 

「そ、ソーナ!? い、いやこれは違うのよ!? 私は止めようとしたのに皆聞いてくれなくて……」

 

 

 ゾッとするような、誰が見たって笑顔なのにドロドロとした不愉快さを肌で感じ取ったリアスが慌てた様に弁解しようとする。

 だが、どう見ても一誠と同じ顔をしただけの男を御せてない時点で同罪でしかない。

 

 

「シトリー生徒会長、これは……」

 

「あら兵藤君、暫く振りですね。

相変わらず一誠君がお嫌いな様ですが、一体全体私にとっても見知った方々まで味方につけて何をしてたのでしょうか?」

 

 

 許すとか許さないとかじゃなく、ただただ疑問ですよと笑みを浮かべながら誠八から目を逸らしたリアスへ……そして今日の会合に出席する若手の悪魔達に目配せする。

 

 

「それはコイツが……」

 

「コイツが?」

 

「ここに、居たからですよ……」

 

 

 よく見れば一誠を庇ってるのはリアスの従兄弟一人で、他は誠八側に居るような立ち振舞いだし、素行の宜しくない悪魔や、眼鏡を掛けた女悪魔等々までもが誠八の言い分に同意するような様子だ。

 

 

「アナタも含めて、イリナもそこのゼノヴィアもコイツのせいでおかしくなってる。

だから、アナタ達を救う事と同時にコイツのせいでこれ以上誰かがおかしくならないように遠ざけようとしただけです」

 

「おかしい、ね?」

 

「何がおかしいよ。ふざけんじゃないわよ……マイナスとは別の意味で最低よ」

 

「そもそも何故私達がおかしくなったとか、救うとか一々上から目線なんだ……」

 

「見た限り双子じゃないか。なのに何故こんな……」

 

 

 一誠を害悪と判断し、それを他の誰かにも植え付けてる様な行為にイリナは吐き捨てる様に誠八の方が最低だと罵り、ゼノヴィアも上から目線の言い方に顔をしかめる。

 

 

「それで数の暴力ですか。

なるほど、笑えるくらいに悪魔らしいですねアナタって人は?」

 

 

 害悪(マイナス)である事は一誠も自覚してる。

 なので害悪だからという理由でこんな真似をしてくれた事自体に文句は無い。

 現に男としてはかなり頼りない撫で肩でスラッとした体型の一誠と違い、顔立ちこそ似ていてもガッチリとした体型の誠八は一誠を害悪と言わんばかりだ。

 

 

「それはコイツが……」

 

「はいはい、二言目には一誠君が悪いんですよね? わかってますわかってます。けど、もう少しらしい理由くらい考えたらどうです? というか、こう言っちゃなんだけど言わせてもらって良いかしら?」

 

 

 ほらやっぱり。

 どうあっても一誠が害悪(マイナス)を振り撒くからと言う誠八にソーナはわざとらしくため息を吐いて一拍置き、誠八を含めて黒く、ハニワを連想させるような思わせる様な寒気のする笑顔をしながら言った。

 

 

「自分のやってる事が全部正しいと思ったら大間違いよ………『この偽善者以下が。』」

 

「っ……!」

 

「そ、ソーナ……?」

 

「一誠くんに影響されたから? 笑わせないで貰いたいわね。

少なくとも私は『元々』こうだし、紫藤さんだってその素養があった。まあ、ゼノヴィアさんはどうだか計りかねてるけど、少なくとも強制されて我々と共に居る訳じゃない。

それを一々、心底どうでも良い……リアスの兵士ってだけの男にとやかく言われたくなんてないわ」

 

 

 猛毒とも言える言葉を刺すように投げ付けたソーナは、すっかりマイナスに飲み込まれて声を詰まらせた連中に続けた。

 

 

「それでも彼を排除したいというのなら構わないわ。けど覚えておく事ね――――私達過負荷(マイナス)にルール無用で戦う事がどれ程に愚かなのか」

 

 

 以前リアス達にも言った事がある台詞。

 それはある意味での宣戦布告なのかもしれない。そして明確な宣言なのかもしれない。

 自分は確かに悪魔だけど、アナタ達とは違った欠陥品である事の。

 

 

「例えばそうね……? 一誠君、紫藤さん、ゼノヴィアさんはサーゼクス様から直々に招待されたゲスト。

そのゲストに暴行を働いたとサーゼクス様が知ればなんて言われるかしらね?」

 

「……いや、こんなクソ不愉快な人間なんだぞ? サーゼクス様に話せばわかって――」

 

「あらそうゼファードル・グラシャラボラス? なら今すぐにでもサーゼクス様に聞きましょうか? なんて答えるかしらね?」

 

「……」

 

 

 一発で不愉快な人間と本能で察知し、それまで喧嘩してた相手であるシーグヴァイラと共に共闘・そして誠八の言葉に共感して思わず暴行を働いてしまっていたゼファードルが再び言葉を詰まらせる。

 人間で云うところのヤンキー然とした姿や性格をした悪魔でも、魔王の名が出てしまえば何も言えないのだ。

 

 

 

「まあ、告げ口なんてしないから安心して欲しいし、今回の事も黙ってるわ。だって皆同じ若手の悪魔ですもの? だから『皆悪くない。』

でしょ? 一誠くん?」

 

「ちぇ、全くセンパイの素敵さが天井知らずのせいで見惚れちゃいましたよ。

そうですね――確かに皆は『悪くない。』」

 

 

 悪くない。その言葉を受けた瞬間、言い知れぬ吐き気を覚えた誠八達を他所に、此処に来てソーナが優しげにひっくり返っていた一誠に対して話を振ったとたん、それまで満身創痍で立てもしない筈だった一誠が、『平然』と『簡単』に……立ち上がってソーナの横に立つ。

 

 

「な!? お前、何で立て……!?」

 

 

 ギョッとする面々に一誠は真っ赤に染まった包帯を取りながらニコリと笑う。

 

 

「色々とギリギリに決まってるじゃないか皆さん。そこの『お兄ちゃま。』にゃ鼻折られてこんなんだし、前歯もこれ総入れ歯確定。

んで、え~っと、そこのヤンキーみたいな人にはお腹殴られて―――ガバッ!? ………うえ、失礼、こんな風に血を吐くのは止まらないし? そこの眼鏡の人には足を折られて倍に腫れてるぜ? ふふふふ」

 

 

 マゾを疑うくらいにヘラヘラとボロボロのナリで笑う一誠に罪悪感よりも嫌悪が勝ったのか、顔を歪める面々。

 

 

「だ、ダメだコイツ……」

 

 

 

 勿論誠八に至っては完全に見放した顔をしてるのだが、それ以上に本能的に気に入らないのは、多くの賛同があっても尚溢れた一人の悪魔の行動だった。

 

 

「今すぐにでも俺の眷属達に治療させよう。この度は本当に申し訳ない……。俺の従兄妹共々……」

 

「ちょ、ちょっとサイラオーグ! 私は――」

 

「黙れ! お前が直接じゃないにせよ、そんな言い訳が通用するか! 異常だと思わないのか!?」

 

 

 従兄妹と言われて慌てるリアスを一睨みで黙らせたサイラオーグなる悪魔が、味方をしているのが気に入らない。

 誠八は日に日に膨れる一誠への嫌悪により、内心顔を歪めに歪めていた。

 

 

「別に俺の事なら良いですって。それより止めた方が良いっすよ? 俺なんか庇ったって寧ろ良いこと無し(マイナス)ですし。

てか、そこの先輩と従兄妹だったんですか―――あー、よく見ると寧ろ魔王の人その1に良く似た面影がありますねぇ? 髪の色は違うけど――ごほごほっ!」

 

「もう喋らない方が良い。内臓が何ヵ所潰されてる筈だし、逆にそこまで流暢に喋れるキミは中々タフかもしれないが……」

 

「タフじゃなきゃ人生なんてやってられませんよ、ねーセンパイ、イリナちゃん?」

 

「「ねー」」

 

「え、私には同意を求めないのか……?」

 

「だってキミ、ジャンル違うし」

 

「うー……」

 

 

 サイラオーグ・バアル。

 リアスの従兄弟にて、若手の中では文句無くナンバーワンとも言われてるらしき悪魔が何故、欠陥品を庇うのかと、誠八は当然として一誠を一発で嫌悪したゼファードルやシーグヴァイラなる悪魔も疑問だった。

 

 今だって不愉快さ(キモチワルサ)を撒き散らしながら勝手に談笑してる姿を見ても心配してる。

 

 

「後少しで此処から帰れますし、この程度の代償なら問題は無いっすよ? えーっと……」

 

「サイラオーグ・バアルだ。しかし……」

 

「問題はありませんわサイラオーグ殿、彼の治療は私が行いますので」

 

 

 何故平気なのか、何故あの不愉快さが何とも思わないのか。何処かで事前に傷でも負ったのか、服の下から血を滲ませ、フラフラし始めた一誠に思わず手を伸ばして支えてあげてるサイラオーグに気に入らないという感情を密かに抱き出した誠八だったのだが――

 

 

「これは何の騒ぎかな?」

 

『……!?』

 

 

 普段温厚な姿が多い紅髪の魔王が、戦時の時を思わせる鋭い殺気を放ちながら現場へとやって来たせいで、一誠に暴行を働いた者達はそれどころでは無くなってしまった。

 

 

「さ、サーゼクス様、何故ここに……?」

 

「君たちが騒ぎを起こしてると聞いて少し様子を見に来たんだ………うん、畏まらずに楽な体勢で良い」

 

 

 どう見ても、どう感じても穏やかじゃない雰囲気を惜しげもなく放ち、膝を折ろうとする一誠、イリナ、ゼノヴィア以外の面々に楽な体勢と告げながらサーゼクスは、着ている服まで血まみれの包帯まみれな一誠を目に入れながら、取り敢えず近くに居たヤンキーみたいな悪魔と眼鏡の女性悪魔、そしてリアスに問う。

 

 

「彼に……彼達に何かしたか? いや、見ればわかる、何かしたな? 暴行か?」

 

「こ、これは……」

 

「じ、事情がありまして……」

 

 

 穏和な雰囲気は無い。嘘偽りは一切許さないという殺意を放つ悪魔の長の一人からの質問に顔色を真っ青にしながら目を泳がせる面々。

 

 

「俺の弟がこの方々を不愉快な気持ちにさせ、それを良くないと思って自分がやりました」

 

 

 そんな悪魔達を、端から見れば庇う様に前に立ったのは兄弟である事をわざとらしく主張する誠八だった。

 簡単に言えば単なる兄弟喧嘩だったと納得して貰う算段らしい。

 

 双子の兄である誠八がそう言えば多少サーゼクスも許すだろう、そうゼファードルやシーグヴァイラやリアスはホッとするのだが……。

 

 

「なるほど、兄弟喧嘩ね。

キミは少しばかり自分が転生悪魔である自覚を持って欲しいものだ。

弟……一誠君は一般人で転生すらしてない。にも関わらず転生悪魔の力で傷つければどうなるかくらいわかるだろう?」

 

 

 サーゼクスは笑わせるなとばかりに誠八の主張に対して辛口に返した。

 

 

「そもそも彼等はこの私の客人だ。その客人に対してこの行動を取るということは、招いた私に弓を引くと判断しても良いのかな?」

 

 

 己の客人に暴行を働き、招いた自分に恥をかかせたという言葉には全員が顔を歪めて俯くしか出来ない。

 だが、そんな彼等にある意味で助け船を出したのは意外な事に……

 

 

「あー、魔王の人その1さん……じゃなくてサーゼクスさん? その辺にしてあげれば良いんじゃありません? この人たちこの後何かやるんでしょう? やる前からそんなテンション下がる様な事したら可哀想じゃありませんか」

 

『…は?』

 

「む、キミは彼等を許すのか?」

 

 

 殴る蹴られるをされた一誠が誠八を含めて庇ったという事実に、自分達が一瞬庇われてると分からずにポカンとしたり、逆に一誠が完全な被害者と思っていたサイラオーグは目を見開く。

 ゼノヴィア、イリナ、ソーナは『あぁ、何かしでかすな』と内心ちょっとわくわくした眼差しを一誠に送り、偶々見ていた匙達ソーナ眷属は昨日の件を思い出して気分悪そうに顔を真っ白にする。

 

 

「許すとか許さないとか以前に、別に何も思ってませんからね俺。

ほら、雷に打たれたと思えば誰のせいでも無いでしょう? 自然の成り行きなんですから」

 

「つまり、こういった暴力行為を受けるのは自分にとって日常茶飯事だから、今更気にも止めちゃいない?」

「ええ、ま……最近俺も大好きなトモダチが一緒に居てくれる様になったんで暫くこんな事は無かったのですがねぇ? むぐむぐ……ぺっ! あ、失礼さっき横っ面ひっぱたかれた時に奥歯がへし折れたみたいで……あーあ、また歯科医でお世話にならないとな」

 

 

 

 肩を貸してくれていたサイラオーグに小さくお礼を言いながら離れて貰い、フラフラと控え室にしてはホテルのスイートルームみたいな豪華絢爛さを誇る部屋に備えてある大理石みたいなテーブルの前に立った一誠が口から吐き出して持っていた歯をカランカランと置いてあったグラスの中に染まっていた血と共に放り込み、にっこりと顔を歪ませまくる面々に微笑む。

 

 

「強いて言うなら、歯医者代くらいは保証して欲しいなぁ……なんてのも言いません。

だから魔王様もここは抑えて抑えて……ね?」

 

「む、むぅ……」

 

『…………』

 

 

 意味がわからない、何を考えてるのか全然わからない。

 行動がまるで読めない生物を目の当たりにしてる様で逆にちょっとした恐怖を感じる悪魔達はその場から下手に動くことが出来ず、渋い顔をするサーゼクスを宥める一誠を不愉快な気持ちを持ちつつも目が離せず――

 

 

「だから、この怪我の仕返しはこの方々とは何の関係もないそこら辺の悪魔の住人で晴らさせて貰いますね? 仕方ないよね、それもまた『雷に打たれた不運』みたいなものだもん」

 

 

 直接では無く、一生根が残るやり方をすると堂々と微笑みながら宣言してみせた一誠に、関わらなければ良かったと後悔した。

 

 

「例えば、俺が憂さ晴らした相手がそこの人達にとって()()大切な方だったとしても、仕方ないよね? だって運が悪かっただけだもの? ねぇイリナちゃん?」

 

「ええ、そうね。仕方ないわね、一誠くんは『悪くない。』」

 

 

 口を半月につり上げ、心が全く無い笑みを浮かべながら例え話という名の仕返し宣告に、思わずいきり立つ。

 

 

「あ、アナタ! さっきからふざけた事を言ってる様だけど、アナタの様な人間が私の! アガレス家を――」

 

 

 直接では無く周囲への仕返しとの言葉にシーグヴァイラ・アガレスが思わずと云った様子で一誠に食って掛かろうとする。

 それは勿論他の面々も同じ気持ちであり、現に誠八は一誠の口を閉じさせてやろうと人間相手にオーバーキルな赤龍帝の籠手を纏っていた。

 

 しかし、そんなシーグヴァイラの威勢は、ポリポリと頭を掻いていた一誠により――

 

 

「アンタの実家はアガレスって言うんだ? 俺アンタに言われるまで名前すら知らなかったけど――」

 

「うっ!?」

 

「ふーん? ありがとう、その名前覚えておこーっと!」

 

 

 全身がズタボロとは思えない蛇のような気持ち悪い動きでズイッと顔面をこれでもかと接近させた一誠の感情が全く見えない、張り付けた笑みとその何かやらかしてしまいそうな言い方に、全身を氷付けにされたかの様な寒気に襲われた。

 

 

「眼鏡掛けてるからセンパイと被ってるなぁと思ってたけど、アンタ厚化粧だね……あはは、センパイの方が億万倍美人さんと俺は個人的に思いました」

 

 

 その失礼な物言いに怒りさえわかない。

 この先自分の家の者が、この得体の知れない人間に『何を』されてしまうかという、脆弱な人間相手に抱くにはおかしい不安感が勝ってしまったシーグヴァイラは、遂にカタカタ震えながら、声も震わせながら本能的に言ってしまう。

 

 

「わ、私が悪かったです。だ、だから許してください」

 

 

 それは一種の屈服かもしれない。

 わざと殴られてたのも、全部はこの状況へと持っていく事への伏線だった――というのは流石に大袈裟かもしれないが、やっと見えたこの得体の知れなさは本当の本当に危険なのかもしれない。

 そう思ったからこそ、震える声でシーグヴァイラは言ってしまったのだが……。

 

 

「許すって何を? 俺何にもアンタに許さない感情は無いぜ? だってさっきまでのは単なる天災と思ってるし? 元々好かれる様な人間じゃないもの? だからアンタ達が俺を嫌悪する理由もわかるし、それを責めるつもりだって一ミリも無い。

うん、ほら……誰も彼も、アナタも『悪くない。』」

 

 

 ニコニコと、ジーグヴァイラだけでは無くゼファードルやら他の面子に向けてそう締めた一誠は、それまで遠慮無く暴行していた一誠に誰もが手を出せずに居る中、微妙な顔をしてるサーゼクスに向かってだめ押しをする。

 

 

「あーそうそう、サーゼクスさんにお土産持ってきたんですけどね」

 

「え、お土産?」

 

「うん、安心院なじみの生写真なんだけどさ……頼み込んでパンチラしてるアングルで撮らせて貰ったんですよ。サーゼクスさん喜ぶかなーって?」

 

「あ、あ、当たり前じゃないか!!!! そ、それは今あるの!?」

 

「あるにはあるんだけど……あーすいませ~ん、怪我が酷くて懐に仕舞ってたその写真がズッタズタの血塗れでおしゃかになってますわ……ほら」

 

 

 安心院なじみという誰もが聞いた事が無い名前が出た瞬間、明らかに変なテンションになるサーゼクスに驚く面子が多い中、一誠が懐から取り出した写真だったそれを見て絶望する。

 

 

「あ、あ、あぁぁぁぁっ!?!?!?!?」

 

 

 絶叫するサーゼクスが、一誠から受け取ったグシャグシャで血塗れで、修復が完全に不可能な写真だったものを抱えて半泣きになる。

 

 

「そ、そんなぁ……そんなぁぁぁっ!?!?」

 

「いや、ホントごめんなさい、良いお土産だと思ったんですけどねぇ…………えーっと、センパイにイリナちゃん? 別に俺パンチラを撮ったからって変な事考えてた訳じゃないからね?」

 

「わかってるわ、けど何か複雑だわ」

 

「安心院なじみって前に一誠くんが言ってた女よね? モヤモヤする……」

 

「そ、それより魔王が泣いてるが……」

 

 

 おいおいと妹やその他にドン引きされてるのも何のそので写真だった紙切れを抱いて泣いてるサーゼクスをゼノヴィアが指差すと、一誠が『おっと』と思い出した様に近寄り、気安くポンと肩を叩き、穏やかな声で言う。

 

 

「そうなった原因は俺が勝手にしばかれたからです。

まあ、しばいたのはこの人達ですけど、安易にポケットなんぞに入れなきゃ無事だったんで『責めないでやってください。』………ね?」

 

「……ぐぅ、ぐぅぅ!!!」

 

 

 いっそ優しき天使の様な言葉だが、一誠に暴行を働いた連中にしてみればまさに悪魔の言葉だった。

 サーゼクスにとっては余程欲しかった写真だったのは態度でわかった。

 だからこそ、一誠の言葉を聞いた瞬間先程が赤子レベルに思える鬼の形相と殺意をもって睨まれた面々は、蛇に睨まれた蛙の如く恐怖に顔をひきつらせて動けない。

 

 

「さ、サイラオーグ……ソーナさん、彼等を……別室で丁重に、治療ともてなしをなさい。

わ、た、私は……ちょーっと、この――ガキ共に話があるんだ……ふ、ふひひひっ!!」

 

「ちょ、さ、サーゼクス様!?」

 

「あららー……あんな口調のサーゼクス様を見るの始めてかも」

 

「暢気に言ってる場合か!? お、お止めしないと殺されるぞ!?」

 

「仕方ないんじゃありません? サーゼクス様へのお土産を彼等が破壊させちゃったんだし、少なくとも私達はまったく悪くないわ」

 

「いや、それは………なるほど、一誠と言ったか、キミは恐ろしい奴だな。

あの局面からここまでひっくり返して……」

 

「過大評価が過ぎますよサイラオーグさん? 偶々そうなっただけですから。

まぁ、あの人も流石に殺しはしないでしょうし、そもそも俺じゃあ止めるなんて無理なんで、とっとと退散しましょう……いてて、センパ~イ、後であの人が終わるまでギュッてして欲しいっす」

 

「勿論、後でどころか今してあげる……はい」

 

「へへ……センパイ……」

 

「ふふ、でも紫藤さんにも少しは頼んだら? 怒っちゃうわよ?」

 

「えぇ? ……じゃあ申し訳程度にイリナちゃんにもお願い――」

 

「当然! そこの女より絶対満足させてやるからね!!」

 

「ぐぇ!? ぐ、ぐるじ……! 息できな……!?」

 

「ふふん、そいつと違っておっぱいに自信あるもん、どう一誠くん?」

 

「………………」

 

「窒息しちゃってるわよ紫藤さん、下手ねぇ?」

 

「う、うっさいわね!! ちょっと失敗しただけよ!!今度メイド服でご奉仕してあげるんだから!!」

 

 

 

「別に私はやらんけど、何だこの寂しい気持ち」

 

「キミはちょっと違うのか? なんというか、大変だな」

 

「ふっ、初対面の悪魔に同情されては私もいよいよおしまいだな……」

 

 

 バキバキと指を鳴らし、殺戮オーラ全開で震える面子の前に仁王立ちするサーゼクスを放置し、とっとと部屋をサイラオーグをさりげなく巻き込んで出ていく一誠達。

 

 この後、死んだ方がマシだったという顔色で会合が行われたのは云うまでももなく……。

 

 

 

 

 

「私の目標はレーティングゲームを学べる学校を設立する――――というのは、どうせ皆様に半笑いで受け流されると思ってたので建前で、好きな人と永久に一緒に居続ける、ですかね。あぁ、相手は人間ですのでシトリー家の血は姉の魔王セラフォルー・レヴィアタンに押し付けますよ? 悪魔の未来なんてどうでも良いんで」

 

 

 ソーナもソーナで上層部に平然と喧嘩を売るような真似をしたもんだから、最悪な空気となったらしい。

 

 

 

終わり




補足

シスター執着の変態くんが居ない? 何故いない? 理由は多分いつかわかる。


その2
サイラオーグさんが何故マイナスに嫌悪しないか……それはもしかした――


その3
安心院さんの名前写真。

斜め下から撮った一枚。

健康的な太股にチラリと見えるスカートの中身、そして例のポーズした可愛らしい一枚。

サーゼクスさん……ゲッツならずに原因にマジギレしちゃいましたとさ。

その4
好き合ってるか確かめる為に互いの顔の皮剥がしましたなんて知ったらソーナさんのご両親やセラフォルーさん発狂しちゃうかも……。

けど、それのせいで一誠くんとソーナさんは互いにゾッとするレベルで一途なのだから皮肉なもんだ。

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