詳しい中身は次回。
命とは本来限りあるもの。
だが、とある少年はある時を境に『現実から逃避する』という力を持つが故に回避が出来た。
例え無限だろうと夢幻だろうと超越者だろうと神だろうと、ちっぽけな……それも所謂
吹けば飛びそうな……突けば一瞬でバラバラに砕ける程に脆く弱い少年だが、誰にも彼を殺す事は出来ない。
一人の悪魔と人間の少女を除けば……。
そして今宵、少年はその二人の少女の間に入ってある事をしようとする。
二人から受ける全ての出来事からだけは逃げないが故に、自身の持つ力が実質無力化されているにも拘わらず、彼は少女達の間に入って止めようとする。
死ぬかもしれない……そんな事は百も承知だったし、少年もタダで殺される気は無く、全てから逃げる能力を今一度捨ててまで二人を止める気だったが、むざむざと死ぬつもりも無かった。
単純に二人が喧嘩してる場合じゃ無い事態に追い込めればそれで良く、その為には他を利用する事も躊躇わない。
「今日は散々な1日でな……頗る機嫌が悪かったりする。
まあつまり、何が言いたいかというとですね皆さん――」
眼鏡を掛け、一見地味っぽい……なんて事は無く美人だと胸張って堂々と思える初恋の相手と長い茶髪をツインテールに束ねているトモダチを想いながら、少年は巨大な杭を地面に刺して足を乗せて笑う。
「テメー等近所でピカピカと眩しいんじゃボケ……というのが一般小市民代表の一誠君の言葉さ。
だからね、俺は代表として責任のある行動をする……。
聞けばそこの光ってる剣とやらが今回の騒動の火種らしいじゃん? そしてそこで飛んでる変なのが首謀者らしいじゃない? だからね……俺はこう思うんだ『剣が最初から存在しなければこうはならないんだとすれば、悪いのはそこのオジサマじゃなくて剣なんだよね……だからそんな現実は皆逃げてしまえ』ってね……故に」
地面に刺さっていた杭を踏み抜きながら、一誠は只、喧嘩を止めるという理由で関係が無い筈の集団を巻き込んだ。
聖剣という存在から全ての存在を強制的に逃避させるという最悪の使い方をして……。
「んー……これで争う理由は無くなったよな? え? オジサマダンディーの人が騒動起こした理由が『戦争がしたかった』からだって? ふーん、じゃあすれば? 俺と同じに弱くなっちゃったオジサマダンディーは果たして何秒で殺られちゃうのかしら? フフフ」
いっしょくたにかき混ぜ、台無しにする。
それが兵藤一誠という
もはや只の棒切れとなった聖剣を見て絶望に膝を落とす皆殺しの大司教。
一誠が持つ釘と杭を目にし、あの時後ろから不意討ちしたのが彼だったと気付かされる元・天才エクソシスト。
急激に力が抜け、飛ぶこともままならず地へと落下する最上級堕天使……。
そして……見るものからすれば危険とも最高とも言える能力を見せ付けられてやはり呆然とする悪魔とその眷属達と一誠のトモダチの相棒を勤めていた少女。
皆が皆、関係ない筈の……現・赤龍帝である兵藤誠八の双子の弟というだけの只の人間である一誠から目が離せない中、一誠はヘラヘラと笑いながら愉しげに呟いた。
「やるなら人間様が住むこの場所は避けるべきだったね」
地面に埋め込まれた杭から足を離し、左手に釘を持った少年に反省なんてものは無い。
とある悪魔の少年の復讐も、堕天使の立てた計画の何もかもの全てを台無しにしたという自覚もまったく無く、ただただ無邪気な笑顔まま。
「ていうか、学校でやることじゃねーだろ?」
巨大な釘を片手に、全員目掛けて襲い掛かった。
~少し前~
繋がりが私だけで良い、だからお前は壊す。
茶髪の少女は只そう思って、全てを捨ててこそ泥悪魔と称してる少女が待つ学園へと来た。
運動場では巨大な魔方陣が形成されているのが見えたが、少女には何の関心も無い。
あるのは只……横から入り込んで全部奪ってくれた悪魔の少女を壊す事だけだ。
「来ましたか……」
学園全体を覆っていた結界は何の足止めにもならずすんなりと侵入し、感じる気配を辿って校舎裏の中庭にやって来た少女……イリナの前に現れたのは、少年を奪った憎き存在である悪魔……ソーナ・シトリー
イリナが現れたという事に然程驚いた様子も無く、寧ろ待っていたとばかりに迎え入れたソーナの表情は『微笑』だった。
「何をしに来たのか、というか色々と大変な事態になってますよ、主に運動場が……なんて無粋な事は言うつもりはありませんが、敢えて問います……何しに来たのですか?」
クスクスと笑いながら、ただ能面を思わせる無表情で睨むイリナに対して微塵の恐怖を見せずに寧ろ煽るソーナ。
言われずとも分かっているのに、聞く必要も無いのにわざと聞いてくるその態度は、イリナの眼光を鋭くさせるのに十分だった。
「安い挑発に乗るつもりは無いけど、じゃあ言わせて貰うわ。
壊しに来たのよ……イッセーくんとアナタのショボイ繋がりをね」
それは目に見えないモノですら破壊し、ある意味一誠の持つ
「
しかし倒れた木はソーナを押し潰す事は無く、寧ろ指一本で押し止めるという、一般人が見れば腰を抜かすだろう所業を涼しい顔でやってのける。
「
壊して倒した木で押し潰す事が出来なかったという事に対して特に気に病んだ様子を見せずに、足元に転がっていた石ころを拾うイリナは、ドロドロと濁った瞳であり、その目に呼応するかの如く持っていただけの筈の石はバラバラに碎け散る。
「ならこれも知ってるわよね? 種も仕掛けも無い……ってね!!」
そして、地を蹴り……人間とは思いたくないスピードで木を退かしたソーナへと肉薄したイリナは、早速とばかりに彼女の顔面目掛けて手を突き出す。
外部からだろうと内部からだろうと任意に選んで壊せるイリナの
「知ってますよ……よーく……ね」
しかし、ソーナは一切の無駄が無い動きでイリナの突き出してきた手を……いや正確には手首を横に捌いて回避すると、バランスを崩して前のめりに倒れ込もうとする彼女の首筋に一撃を入れようと手刀を降り下ろす。
「チッ!」
「む……」
しかしながら、聖剣の適合者たる訓練を行ってきて身体能力が常人の遥か上を行くイリナは咄嗟に身体を捩ってソーナへと向けてから手刀をガードし、一旦距離を取ろうと大きく後方へ飛ぶ。
「嘗めないでよね……。
アナタ一人くらい壊すなんて訳無いんだから……!」
「…………」
ギラギラとした目付きで睨むイリナと、只静かに佇むソーナ。
正反対な精神状態なこの二人から少し離れた箇所にある運動場から朝日の様な光と爆音が聞こえるが、この二人には関心はまるで無かった。
『4つの聖剣が今一つとなった!!』
とか。
『借りどころかバラチョンにしてやるぜクソ共がぁぁぁっ!!』
とか……まあ何か色々な怒号が聞こえるけど二人にとってはまるで意味の無いものだ。
それもそうだ……そもそもソーナは聖剣争奪の話は聞いてるだけで無関心。
その中心者たるイリナも、途中で放棄した為やっぱり無関心。
あるのは只、目の前の邪魔な奴を消す……それだけなのだから。
「いくら私を消す……いえ、壊した所で一誠くんが心変わりするとは思えませんけどね」
「そうでも無いわ。
私のコレは人との繋がりも記憶も壊せる……つまり、アナタを壊した後、イッセーくんからアナタに関する記憶の全てを壊す……そうすればハッピーエンドよ……」
「…………」
口を半月に吊り上げた不気味な笑みを見せるイリナに、ソーナは内心溜め息を溢した。
確かにイリナの持つ力は一誠や『自分』と同じ
しかも一誠とは違ってブレなさ過ぎる精神のお陰かその
しかしだ……イリナは分かってないのだ。
一誠の持つスキルを……そして、ソーナの持つスキルを。
「そうですか……」
腰を落とし、何時でも飛び掛かれるようにと構えるイリナに小さく呟いたソーナ。
そこまで自分が気に入らないのなら仕方が無い。
トモダチで譲歩してやったのに、彼女は無視した……。
それならもう加減する必要は無くなり、自分も今から使うとしよう。
全てを取り込み、本人にとっては最悪の結末へと強制的に誘う己の真骨頂――否、愚骨頂を……。
「
ソーナ・シトリーは眼鏡を外しながら小さく口にした。
「終わりよ!!」
一誠なら目視不可能なスピードで再び肉薄したイリナの手が、ソーナの肩に触れる。
(やった……!)
その瞬間、イリナの顔が歪んだ喜びとしての笑みへと変わる。
触れたら最後……その箇所は壊れてしまう
これで両肩を破壊し、攻撃手段の大半を封じる事ができる……後は記憶を破壊してから存在自体を破壊すれば勝てる。
少なくともそう思った……思ってしまった。
だが、考えみよう……イリナがもし一誠とソーナと同じ
勝つ寸前で確実な不運に襲われて結局勝てず終わってしまう……過負荷という存在を知らないが故にイリナは自覚して無かったのだ。
酷いや、俺に内緒で二人で遊ぶなんてさ
「っ!?」
「……!」
ソーナの左肩に触れようとしたその瞬間、まるで耳元で囁かれたかのような声が二人の耳に入り、スキルを発動させようとしたソーナ、左肩を破壊しようとしたイリナの身体が硬直する。
「あーぁ、案の定やってるよ……。
まあ俺のせいだから余り強くは言えないけど」
暗闇から聞こえる少年の声。
それは二人にとっては良く知る声であり、イリナもソーナも無言で互いに距離を一旦起きながら声のする方向へ視線を向け…………今になって気付く。
運動場から感じていた複数の力が大幅に消え、巨大な力も感じない事に。
何があったのか……というのは別に双方にとってどうでも良く、取り敢えず此方に近付く彼の姿を目した二人の少女は目を見開いた。
「一誠くん、ですか?」
「ご名答だぜセンパイ」
「そ……その姿は?」
「んん、姿? 別に変えた所は無いと思うんだけどイリナちゃんや」
白い制服に付着した夥しい量の血。
それは彼の顔にまで広がっており、ヘラヘラ笑いながら歩いてくる姿からして明らかに彼自身の血では無く第三者のものだ。
運動場から気配が大量に消えた……という事を考慮するに彼がもしかしたら運動場に居た連中に何かやらかしたのかもしれないとソーナは一人思うが……。
「いや、違う違う。
これは二人を追って此処まで来たんだけどさ、何か校庭で凄い事やってる集団が居たわけよ?
でさ、でっかい犬みたいな生物とか無駄に光りまくる剣とか変な模様が空に浮かんでるのを見てて『あ、これは近所迷惑だな』って思って注意しに行っただけ。
だから――
「『俺は全然悪くなんてない』」
左手に持つ巨大な釘からまだ新しいと思われる血が先端からポタポタと流れ、全身血塗れ状態のまま現れた少年・一誠は人懐っこい笑顔で二人に向けて宣った。
「やっほーセンパイとイリナちゃん。
夜の学校で遊ぶってドキドキしない? 俺はするぜ!」
次回から兄者編になります。