八つの房を虚ろの淵に-Fate/Phantasmagoria-   作:広野

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宵闇とFateの時代設定のずれを気になさるかもしれませんが、正直そこの所のすりあわせは適当です。
なにせ原作からしてベースは大正時代風味なのにお隣の国は文革やらかしてるわアメリカは高層ビルおっ建てて禁酒法施行してるわドイツじゃナチが暗躍し始めてるわと世界情勢しっちゃかめっちゃかな作品なので。
八房先生もそこら辺は投げっぱなしというか統合性持たせる気が皆無っぽいので、私としましてもあまり深くは考えずに書いています。
この世界においては、京太郎達が居る昔の日本的な場所とFateの現代的な日本が交じり合ってると考えて頂ければ宜しいかと。時代の齟齬を深く掘り下げる予定もありませんので。



第二話 よはなさけ

 冬木市新都の光景は、京太郎にとって物珍しさに満ち満ちていた。

 

 鉄筋コンクリート造りの高層ビルは、天高く聳え立ち見上げれば首が痛くなるほどだ。

 綺麗に舗装されたアスファルト、その上をひっきりなしに通って行く車やバスは見慣れぬ物ばかり。

 道を歩く京太郎からすれば奇抜な洋服やアクセサリーを身に纏う人々の姿は、本当に同じ国の人間かと首をひねりたくなる。

 

 冬木の街並みは、このように京太郎の好奇心を大いに刺激したが、生憎それを共有できる者は居なかった。

 椎名さんも驚いているようだったが、彼女にとっては元々見知らぬ異国。

 この国はこういうものか、と素直に飲み込んでしまうせいで京太郎ほど熱を持った驚きではない。

 虎蔵と美津里に至っては、そもそも大した関心すら払っていない。

 仕事やら趣味やらであっちこっちの外国にまで足を伸ばす事の多い二人にとっては、さして珍しくもない光景なのだろう。

 自分だけ興奮気味に喋るのもなんとなく気恥ずかしかったので、時折椎名さんに話しかける以外はずっと窓から車外の景色を見つめている。

 

「しっかしまあ、馬鹿高いビルばっかり建ててどうするのかね。風が澱んでしょうがねえ」

「そらお前アレだろ? 心理学的には巨根願望の無意識的表れだってフロイトなら言うだろうなぁ」

「口を開けば下ネタしか飛び出てこないジジイの言は信用できんなー。そもそも男はデカさよりテクニックと連射性能だろ」

「……人が知的好奇心を満たしてる横でお前らはいつも通りの下ネタかよ」

 

 とまあ、取り留めのない話をしている内に、あっという間に冬木大橋を渡っていた。

 そこから先の深山町からは木と紙で出来た古き良き和風建築……言ってしまえば京太郎にとっては見慣れた、見飽きたといってもいい光景に変わる。

 安心したような、落胆したような複雑な気持ちでいると、一軒の木造家屋の前で美津里は車を停めた。

 

「はい、到着ー」

「ほう。お前の買った家にしては存外尋常な」

「ほれほれ、男衆はさっさと荷物下しとくれ」

「そりゃ構わんが、掃除道具とかあんのか? ずいぶんとほったらかしにしてたんだろう」

「ああ、それならもう運ばせてある」

 

 車から降りた美津里が視線を向けると、家の方から一人の男が出てきた。

 

「おや、ようやくお着きですか」

「なんだい、時間通りだろ?」

「いや、こっちは前日には到着してたもので。つい、ね」

 

 眼鏡をかけた中年の男は、美津里と親しげに会話している。

 顎鬚に右手を当て、苦笑するその顔は京太郎と虎蔵の見知ったものだった。

 

「笹森さん?」

「や、どうも。木下先生、長谷川氏。その節はお世話になりまして」

「いえ……なんというか。むしろこっちが色々とお世話になってしまいまして」

「あんた、なんでまたここに?」

「色々と届け物を頼まれましてね」

 

 問いかけられた笹森房八(ささもり ふさはち)は、顔に苦笑の余韻を残しながら自分の後ろを親指で指す。

 そこには、掃除道具一式を始めとした様々な生活用品が置かれていた。

 

「また美津里に使いっ走りやらされたのか。大変だねあんたも」

「いやあ、これが仕事ですから」

「やけに荷物が少ないと思ったら、笹森さんに全部運ばせてたのか……」

「だって自分で持ってくのめんどくせーんだもん」

 

 悪びれた様子もなくのたまった美津里に、男三人は言葉も無い。

 

 どのような事情があってか、笹森房八という男は美津里に忠節を尽くしている。

 便利な小間使いとして扱われているようにも見えるが、これで当人同士は問題ないらしく、二人の関係は良好だ。房八自身は虎蔵にも劣らぬ使い手であるのだが、余人には窺い知れぬ過去によって培われた間柄の謎を知る由もなく。

 まあ、いつもの事ですから。と、軽く流した房八は、話題に入れない為に手持ち無沙汰になっていた椎名さんの方を向く。

 

「あー、えっと……初めまして、になるのかな? どうも、笹森房八です」

「ハジメマシテ。シイナマコト、デス。ヨロシクオネガイシマス」

 

 正確に言えば以前にも顔を合わせていたのだが、当時は諸事情あって椎名さんは意識がない状態だった。そのせいで房八だけが一方的に面識がある状態であり、今の言葉を迷った挨拶に繋がる。

 

「本職は宿屋の主人なんですが、麻倉屋さんに頼まれた用事であっちこっち行ってるもんで。今回もそれで冬木に来たんですよ」

「ナルホド、パシリサンデスカ」

「椎名さん、流石にその言い方はちょっと……」

「ダメデシタカ? デモ、トラゾウ、ソウイッテマシタヨ?」

「あはは、あながち間違っても居ませんので。どうぞお気になさらず」

「うーむ、マコトちゃんの情操教育にやっぱ虎の字は害悪やな」

「そう言われてもなぁ。京太郎の所にいる時点で今更だろ」

「失敬な。俺をお前らと一緒にするな」

「闇医者で藪医者が言うても説得力ないがな」

「それは聞き捨てならんな虎蔵。あたしが手取り足取り教えてるおかげでヤブではなくなったぞ。絶対表に出せない技術ばっかり教えてるけど。……って立ち話してても埒が明かんな。とりあえずさっさと荷物運んで掃除しよか」

 

 美津里が脱線した話を強引に打ち切ると、ようやく荷運びを再開する。

 運ぶだけでなく、日が落ちる前にある程度掃除もしないと一息つけないので、さっさと終わらせてしまうに限る。

 程なく荷物運びは終わり、まずは空気の入れ替えをと閉め切られた雨戸を開けて回る京太郎だが、屋内に積もった埃に辟易してしまう。

 

「うわ、けっこう埃っぽいな。美津里の奴、手入れサボってたな」

「これでもまだ手が入っている方ですよ。暇だったんで近所を散歩してみたんですが、中には廃屋同然の所もありましたから」

「そうなんですか?」

「ええ、けっこう大きな屋敷なんですが庭は荒れ放題、家もまるで手入れされずにボロボロで。ありゃずいぶん長いこと放ったらかしにされてるんでしょうな」

「勿体無い話だ。そんな立派な屋敷なら、誰ぞ買い手が出てもおかしくないでしょうに」

「案外、曰くつきなのかもしれませんな。住人は居ない、けれど潰されてもいないとなると」

「曰くつき……」

 

 房八の言葉で、今の住処に移ってから間もない時の事件を思い出してつい苦い顔になる。

 幸い、離れた場所の雨戸を開けていた房八には気付かれなかったのでそのまま作業を続けた。それなりに広い家なのだが、話しながらの作業だったおかげで大した労力を感じることもなく終わらせることができた。

 

「おう、お疲れさん」

 

 一段落したので居間に行くと、着いて早々に横になった虎蔵に出迎えられる。

 

「ちょっとくらい働けよ、お前も」

「こーいうちまちましたのは性に合わんのよ。それにアレが居るならむしろ邪魔になるだけだろ」

 

 虎蔵の指差す先には、椎名さんが手際よくはたきで埃を落として回っていた。

 その姿は板についており、熟練の家政婦のようだ。

 

「暇に飽かせて掃除しまくってただけあって、玄人裸足だな。このまま家政婦の職でも探したらいいんじゃねーの?」

「適当に言うなよ。やれることがないからやってただけで、別に掃除が好きなわけじゃあるまいに」

 

 椎名さんの身の振り方については京太郎も時折考えないでもないが、せめて日本語が満足に話せるようになるまでは考えても詮無いことだ。何より、彼女自身がどうしたいかも判らないのだから。

 少しばかり物思いに耽っていると、奥の方から美津里が顔を出した。

 

「お、雨戸は全部開けたかい?」

「ええ、空気の入れ替えはこれで大丈夫でしょう。後はどうします?」

「腹も空いたし、メシ食いに行こうか」

「まだ掃除の途中じゃないのか?」

「いうても一週間かそこらしか居ないんだ。気張ってやることもあるまい。寝起きに支障がない程度で十分さね。マコトちゃんもご苦労さん、それくらいでいいよ」

「ア、ハイ」

 

 美津里の言う事に反対する理由もなかったので、一行は掃除を切り上げて外食に出向くことにした。

 気付けば、すでに時刻は夕時を過ぎ、食事にはちょうどいい時間帯だ。せっかくなので、車を出して新都の店に行こうと提案した美津里に運転を任せ、再び新都へ。今夜は豪勢に、冬木ハイアットホテルの高級レストランで晩飯と相成った。

 

「季節外れだから予約しないでも大丈夫だったね。いや良かった良かった」

「なんというか、場違いじゃないか、俺」

「気にしすぎだろ。和服は正装の内だろうしな」

「そーかなあ」

 

 料亭ならばともかく、こういった洋式の店は京太郎には馴染みがない。そのせいで、居心地の悪さを感じてどうにも落ち着かない。

 

「ドレスコードの厳しい所じゃないようですし、余り気にしすぎても損ですよ。気楽にいきましょう、木下先生」

 

 房八が気を使ってくれるが、和服は京太郎一人だけ。虎蔵はいつも通りの黒スーツでレストラン内が禁煙な事にぶーたれていた。

 

「こういうとこに馴染みがないから何頼めばいいのかわからんな」

「適当に好きなもん頼みな。今日はあたしが奢ってあげよう」

「どうしたお前、こっちに着いてから大盤振る舞いすぎやしねえか?」

「あたしは実に気分がイイのだ。宵越しの金は持たぬ。持ってけ持ってけ!」

「ところで椎名さんには何食わせればいいんだ。好き嫌いもよく分からんのだが」

「鳥食わしとき。菜食主義者(ベジタリアン)でもなけりゃ鳥が食えない民族なんてほぼいねーから」

 

 結局、無難に和食を注文したが、中々に美味かった。椎名さんも鳥肉を使った料理なら問題なく食べられるようで、美味しそうに食べていた。これまた一安心といったところか。

 喰って飲んでいい気分でレストランを後にした一行だったが、ホテルの入口まで来ると唐突に虎蔵が口を開く。

 

「悪いがちょっと行くとこ出来たわ。お前ら先帰ってろ」

「ああ、長谷川氏も気付いてましたか」

「隠そうともせずこれだけ気配撒き散らしてれば、気づくなという方が無理だろうよ」

「なんだ? 急にどうしたんだよ虎蔵」

 

 あらぬ方向を隻眼で睨みながら急用を告げる虎蔵に、さもありなんと頷く房八。二人のやり取りを理解できずに困惑する京太郎に、美津里が助け舟を出してやる。

 

「近くで戦いが始まりそうなのさ。メシ喰ってる間も、どこぞの阿呆がわかりやすく誘いをかけてた。んで、ついさっき引っかかった別の阿呆が引っ張りだされたんで見に行こうって腹積もりなのさ、虎の字は。あたしも行くがアンタはどうする?」

「遠慮しとく。火に突っ込む虫にはなりたくないからな」

左様(さよ)け。まあ直接現場に行かなくても、聖杯戦争の間冬木に居るだけで色々と面白い物が見られるだろうさ。楽しみにしとき」

 

 嫌そうな顔で断った京太郎を横目で愉快そうに見ながら、美津里は房八に車のキーを渡した。

 

「マコトちゃんは元より興味なかろうし、悪いんだが二人を家まで送っておくれ。あたしらは自分で帰るから今日はこれでお開きとしよう」

「わかりました。念の為に止まってるホテルの住所と部屋番号も木下先生に渡しておきますから、何かあったら連絡を」

「おや、泊まっていかんのかね」

「貴女からの『頼まれ事』がまだ終わってないもので。目処が付くまではホテルの方が都合がいいんですよ」

「ああ、そうか。手数掛けるが駄賃弾むよってからに宜しく頼んだよ」

 

 楽しさを隠し切れない様子の美津里に見送られ、房八の運転する車は走り去っていく。

 

「さあて、早速喧嘩おっぱじめた阿呆の顔を拝みに行くとするかねえ」

「見に行く俺らもよっぽどだがな」

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら疲れない分見てるほうが楽でいいさね」

 

 けたけた笑うと、二人は濃密な気配が渦巻く戦場へと足を運んだ。

 

 港湾施設としての機能も持たされた人気のない倉庫街、それが人知の及ばぬ死闘の開催場所だった。

 虎蔵と美津里が着いた時には、すでに二人の人物が激しく刃を合わせていた。

 否、正確に言えばアレらは『ヒト』ではあるまい。

 アレこそが、聖杯戦争の象徴たる――奇跡の顕現、サーヴァント。

 

「ふむ、連中が噂のサーヴァントとやらか。なるほど、ご大層な煽り文句に偽りはねえな」

「生前より能力に制限が付いてる状態でもこれくらいはできるのか。とはいえ、やっぱ宝具見てみんとどんなもんか判断つかねーなこりゃ」

 

 倉庫街の一角の屋根。戦場を観察できて、なおかつ相手には気付かれない位置に陣取って見物を始めると思い思いに感想を述べる。

 

「どうかね虎蔵。やりあったら勝てるかね?」

 

 面白い見世物についての感想を聞く程度の気軽さで、美津里は虎蔵に水を向ける。

 虎蔵をからかうような意味合いも言葉の端々に込められているが、それはさらりと受け流す。

 

「さあて、な。見た限りじゃ『本物』のようだが、さりとてあのくらいの斬り合いなら今生きてる奴にだって出来るのはそれなりにおるやろ」

 

 実力は疑いようもなく一級品、されどこの程度ならば『英霊』と謳われる者にしては、少々肩透かしだ……というのが、虎蔵の現時点での考えだ。超常の戦いを見た感想としては、いささか乾いた物にすぎるが。

 虎蔵の吹かす煙草の煙が、夜風に溶けて消えていく。その内の幾つかは、剣風に巻かれて更に細かく砕けるのだろう。

 

「にしても……あっちの金髪、よく見たら女か?」

「みたいだね。女というより小娘と言った方が正しかろうが、実に可愛らしい。向こうの槍持った兄さんも中々の美形じゃないか」

 

 二人の視線の先には、疾風のごとき速さで不可視の武器を振るう金髪碧眼の英霊、『セイバー』。まるで棒っ切れか何かのように自然に振るわれるそれは無論、単なる棒であるはずがなく。淀みのない洗練された動きは、かの英霊の実力の高さを端的に示していた。

 同時に、二本の槍でそれを受ける黒髪の美丈夫、『ランサー』の実力も窺い知れる。

 しかし、虎蔵達は英霊の練達した武技よりも見目麗しさに注目したようだ。

 

「娘っ子が鎧着て段平振り回すなんぞ、感心しないね。女は家に居て大人しくしてりゃいいものを」

「他に戦える奴が居なかったんだろ。必要に迫られりゃ男だ女だ言ってられんしな。ところで透明の武器持った女の英霊に心当たりあるかお前?」

「知らんがな、そんなけったいな奴」

「左様け。まあ後々わかるだろうさ。二本槍の兄さんの方は大体察しがついたしね」

「あの色男の正体が分かったのか?」

「むふふ、凄かろう。さあ、褒め称えたまえ」

「あーはいはい」

 

 実は、先ほどランサーを見た時に魅了の魔術が発動された。美津里は苦もなくレジストしたが、どうやら自動発動型の呪いらしい。発生源は、男の目元にある黒子。

 愛の呪いを掛ける黒子を持つ、二本の槍を扱う英雄。ここまで情報が出れば、正体に当たりを付けるのは難しいことではない。

 

 気楽に話す二人などつゆ知らず、サーヴァント達の戦いは依然激しさを保ちながらも膠着状態に陥ろうとしていた。

 だが突然、事態が動く。姿を見せない魔術師の声が倉庫街に響いたのだ。そしてランサーのサーヴァントに魔術師は静かに告げる――「宝具の開帳を許す」と。

 指示を受けたランサーは、右手の長槍から呪符を解く。ついに英霊の持つ必殺の武器が、白日の下に晒されたのだ。

 

 そして、均衡は崩れた。

 

 ランサーの赤槍がセイバーの剣の不可視化を一瞬だが解除したのを皮切りに、天秤はランサーの側に傾く。

 ついにはセイバーの脇腹を浅く抉り、流血せしめた。されどセイバーもさるもの。鎧が意味を成さないと判断すると、すぐさま脱ぎ捨て素早さを重視した軽装になる。

 これではたった一撃が致命傷になりかねないが、ランサーの槍が突き刺さるよりも早く斬り捨てれば問題ないと判断したらしい。可憐な外見とは裏腹の豪胆さだ。

 

「当たらなければどうということはないってか」

「いいねぇ、面白くなってきた。態々冬木くんだりまで出向いたんだ。盛り上げてもらわにゃ困るからね」

 

 演劇のクライマックスを鑑賞する気分で美津里は笑う。事実、自分には全く関係ない他人事なのだから、只々楽しむだけだ。

 セイバーとランサーもこの勝負を楽しんでいるようで、互いに相手の妙手を不敵な笑みで賞賛している。

 僅かな睨み合いの後、音速を超えた速度でセイバーが動いた。必勝を期したセイバーの一撃は過たずランサーに振り下ろされんとし――されど天秤はまたもやランサーに傾いた。

 先に放り捨てられて足元に転がっていた短槍をランサーは蹴り飛ばし、セイバーの突撃へのカウンターとしたのだ。

 紙一重で身を逸し致死を免れたセイバーだったが、どうやら黄槍によって付けられた傷は何らかの方法で癒やせないらしい。マスターであろう銀髪の美女は、治癒魔術が効かないせいで酷く狼狽している。

 

「こらアカンかもな。左腕の動きがおかしい」

「成る程成る程。ランサーはやっぱりケルト神話のディルムッド・オディナ。セイバーはかの名高き騎士王、アーサー王か」

「なんだ、連中の正体が分かったのか」

「だって今喋ってるもん」

「……こっから聞こえんのかよ」

 

 虎蔵と美津里が話している間に、セイバーは再び鎧を纏い不可視に戻した剣をランサーに向けた。どうやら、未だ闘志は衰えていない様子だ。

 受けるランサーには微塵の油断もなく。再び清澄な闘気が場に充満していく。すわ決着かと目を凝らした瞬間、天空から雷鳴が鳴り響いた。

 

 闖入者の登場は、戦いの行方は思わぬ方向へと転がしていく。

 己の真名、征服王イスカンダルと堂々名乗りを上げた『ライダー』のサーヴァントは、あろうことかセイバーとランサーに臣下としての恭順を要求してきたのだ。

 もちろんそんな勧誘は一蹴されたが、そこからはもうしっちゃかめっちゃかである。

 ライダーのマスターとの漫才じみた掛け合いに始まり、ランサーのマスターとの因縁めいた会話。挙句に、ライダーはこの場に居ないサーヴァントにまで姿を表すよう要求を突きつけた。

 

「なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!」

 

 ライダーの豪快な言動は二人にも届いており、美津里はさも可笑しそうに口元を抑え、虎蔵は呆れた表情でライダーを見る。

 

「あんなこと言われてますぜ」

「俺、英雄じゃないもの。関係ねーわな。つーか、あいつ……イスカンダルだったか。どこぞで聞いた名前のような……」

「アレキサンダー大王って呼んだ方が通りはいいかもね。言語学の定説だとイスカンダルは異分析なんだが、まあ本人が名乗ってるんだから問題あるまいさ」

「あーあーあー、アレか。傍迷惑な理由であっちこっちにケンカ売った王様か。確かに器はデカそうだな。うつけっぷりも大概だが」

「ちなみにあんなんでも一番世界征服に近かった男だぞ」

「マジか」

「マジマジ」

「うわー、ヘタしたらあんなんを殿様として敬わにゃならんかったのかよ。……と、様子見してた奴も誘き出されたな、こりゃ」

 

 虎蔵の言葉通り、ライダーの挑発に引きずり出されたもう一騎のサーヴァントが倉庫街に現れる。

 街灯の上に顕現した黄金の光は、瞬く間に人の形を取る。現れ居でたのは顔以外の全身を目もあやに輝く金の甲冑で包む男。消去法で考えれば、『アーチャー』のサーヴァント。

 犯しがたい気高さと肝が凍る冷酷さが同居した男の放つ言葉は、実に傲岸不遜。不愉快さを隠そうともせず、傲然と他のサーヴァントを侮辱する。

 

「真の王たる英雄は、天上天下に我ただ独り。あとは有象無象の雑種にすぎん」

 

 これを聞いた虎蔵は「馬鹿と煙は高いところが好きってか?」と呟いたが、幸か不幸か英雄王の耳に届くことはなかった。

 

 ライダーの介入。アーチャーの出現。急展開を迎えた倉庫街の決闘は、なおも予想の付かない事態へと流されていく。

 五体目のサーヴァントの出現である。漆黒の鎧で全身を隈なく覆い、ドス黒い殺気をまき散らす黒騎士は、恐らく『バーサーカー』。

 その予想を裏付けるかのように、黒騎士は名乗りの一つも上げずにアーチャーとの戦闘に突入した。自身の背後から間断なく宝具を射出するアーチャーの爆撃じみた攻撃を、理性を奪われているとは思えない洗練された動きで往なす姿には、流石の虎蔵も目を見張る。

 終いには手に持ったアーチャーの宝具を投げつけて街灯を破壊し、アーチャーを大地に立たせる。これが余程癇に障ったようで、悪鬼じみた憤怒の形相を浮かべると先ほどよりも更に多い宝具を解き放たんと構える。

 けれども激憤が口火を切る直前、マスターから諌められたのだろう。不承不承の体ながらも、この場を収めるようだ。

 

「雑種ども。次までに有象無象を間引いておけ。我と見えるのは真の英雄のみで良い」

 

 捨て台詞を放つと同時に、黄金のサーヴァントは闇夜に溶けるようにして消えた。

 これで今宵はお開きか、とも思われたがそうは問屋が卸さない。相手の居なくなったバーサーカーが、今度はセイバーを標的と定めて襲いかかったのだ。

 圧倒的な力と速度で手負いのセイバーを追い詰めるが、そこにまさしく横槍が入る。先ほどセイバーと死闘を繰り広げたランサーである。

 この美丈夫は、外見だけでなく中身も華やかなようだ。騎士道を奉ずる者として、見定めた好敵手の危難を見過ごすを良しとしなかったのだ。誠に天晴な漢と言えよう。

 

 残念なことに、そのマスターにとっては苦々しいお節介のようだが。

 

 ランサーのマスターは、あろうことかバーサーカーと協力してセイバーを討つよう命じ、命令の撤回を嘆願するランサーに対して『令呪』による絶対命令を持って応えた。

 サーヴァントは生前よりも様々な制約を与えられて現世に現れるが、中でも最たる例が令呪の存在だ。マスターによる絶対命令権。どんなにサーヴァントが望まない行動でも――自害ですら命令できる強制の首輪だ。

 ランサーもまた、己の意に沿わない行動を強いられる屈辱に打ち震えながらも、肉体はセイバーを討つべく行動を開始しようとする。

 まさに絶体絶命。セイバーの命は風前の灯火として掻き消されようとしている。

 

「いかんな、こいつは」

「お、首つっこむかい?」

 

 一連の流れを見ていた虎蔵が、不意に動き出す。見やる美津里は口にこそ出さないが、そうこなくちゃと歓迎する様子だ。

 

「この状況を見過ごしたら、男が廃るわな。世は情けってヤツ?」

「本音は?」

「ああも好き勝手やられると身体が疼いてしゃーねー。俺もちょっと暴れてくる」

「うむ、それでこそ虎の字だ。せいぜい思いっきり暴れて引っ掻き回すがよい」

「こうも場が荒れちゃ、掻き回すもクソもあるまいよ。だがまあ、そうさな……キリの良いとこまで遊ばせて貰うさ」

 

 言い終わるやいなや、一足飛びで屋根から飛んだ虎蔵の姿はすぐさま見えなくなる。

 

「あ、さて。虎の字が関わることで因果はどれだけ歪むのやら。いやはや実に、楽しいなあ」

 

 くつくつと、愉悦に満ちた顔で嗤う魔女は、いまや最高潮となった舞台に上がる烏を見送った。




どうでもいいことですが、最近になって七巻の後書きを読み直してようやく房八の出自がカイゾウニンジャの一族だったことに気づきました。アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?

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