「よし、今日はここまでにしましょう。いい?今日やったシューター・フローの感覚を忘れないように」
「わ、わかりました・・・・・」
夕陽が沈み、周囲が暗くなり始めた頃、アリーナの中央で息を切らして地面に座り込んでいる一夏とコーチである楯無がいた。
経験に乏しかった一夏の特訓内容は基本的に練習試合などではなく、一夏個人の技術を向上させるのが目的だ。そのため、同じ作業を何度も行う反復練習が中心になるため、特訓が終わったころには一夏はくたくただ。
そんな練習風景を同じアリーナの観客席で瑠奈は何もせずにじっと見ていた。
ISの技術面に疎い瑠奈には、これが何の特訓になるのかはわからないが、楯無のやることだ、なにかしらの意味があるのだろう。
瑠奈個人としては、一夏が楯無に教えを請いているこの状況に満足しているのだが、この状態を気に入らない人間がこの場にはいるらしい。
「おい、瑠奈ッ!!」
自分の名を呼ぶ、大きな怒声のような声が聞こえたと思うと、ISスーツを着た箒を初めとする専用機持ち達が瑠奈の座っている観客席の元に来た。
「瑠奈も一夏のコーチを降りるように、あの会長に言ってやってくれ!」
「何が君たちは不満なんだい?」
専用機持ちのを見ることなく、アリーナの中心にいる一夏と楯無を見ながら静かに箒たちに聞こえるほどの音量でつぶやいた。
「不満というわけじゃないけど・・・・・いままで僕たちが交代で一夏のコーチをしていたのに、そこにいきなり割り込んでくるなんて横暴過ぎない?」
箒の発言を援護するような形で、専用機が各々不満を言い合う。
どうやら、いきなり楯無が一夏のコーチをしていることによって不満や嫉妬が専用機持ちの間に溜まっているらしい。
しかし、この反応は前々から予想していた。政治の世界でも新しい法案や条約を作るときでも少なからず、批判や反対は生じるものだ。
たとえ、非の打ちどころがなかったとしてもなにかしらの形で文句や難癖をつけたがる人間は出てくる。
「瑠奈ならあの会長とも知り合いなのだろう?だったらコーチを辞めるように言ってくれ!」
「・・・・・黙れよ」
自分勝手な理屈を言いだす箒やほかの専用機持ちに静かだが、怒りの混じった声で黙らせる。
「君たちがそうしたいのならそうすればいい。君たちの自由だ。だが、万が一その特訓が身を結ばなかったら誰が責任を取る?『こんなはずではなかった』などの責任逃れが通じると思っているのか?」
学校は生徒の進路選択にあれこれ指図するくせに、生徒たちの将来に責任を持たない。
別にそのことに対しては異論はない。だが、自分が教えることを一夏に強制させておいて、責任逃れなど通じないだろう。
「できないのなら引っ込んでなよ」
正論を言われたせいなのか、それとも瑠奈としては珍しい怒りを感じたせいなのか、誰もが沈黙し、黙り込んでしまう。
そしてそのまま瑠奈から逃げるように立ち去っていった。
「はぁ・・・・・」
そしてそのまま小さくため息が口から洩れる。
自分の意志や本質を閉じ込めていくのに限界だ。いまもこうして、心の底からじわじわとどす黒い感情がしみだしてくる。
「もう無理か・・・・・」
小さくそうつぶやいたとき
「大丈夫か?」
心配している様子のラウラが声を掛けてきた。前に泣いている濁った赤い目を見た以来、ラウラは瑠奈に少しずつだが声を掛けるようにしている。
なんだかこうして彼のそばにいないと、壊れてしまうような儚くて脆い印象を最近感じてしまうのだ。
「最近様子がおかしいぞ?もし体に異変を感じるのならば、保健室に行ったらどうだ?もし、お前が望むのならドイツに来て診断を受けさせてもいい。体の隅々まで徹底的に診断してやる」
「結構だ・・・・私のことは気にしないでくれ・・・・」
自虐気味の笑みを向けると、再び黙り込んでしまう。
最近ずっとこんな調子だ。心配されて声をかけられても『大丈夫』や『心配しないでくれ』と言い、人の親切心に甘えることなく、ずっと1人でこうして座り込んでいる。
まるで瑠奈が日に日に弱っていくような感覚がしてくる。
「大丈夫なのか?もしよかったらこのIS学園に我が国の医療最先端チームを連れてきてやっても・・・」
「本当に大丈夫だ。頼むから同じことを何度も言わせないでくれ」
少し怒りが混じった声で言うと、席を立ち、立ち去っていった。
ラウラはその背中を心配そうにずっと見つめていた。
ーーーー
「順調に作業は進んでいるようだね」
その後、瑠奈は整備室でISの組み立てをしている簪とエストの元に訪れていた。
打鉄弐式を授けて数週間経つが、やはり、ISを組み立てるということは難しいらしく、放課後から夕飯の時間帯までこの整備室でずっと作業していた。
『順調とはいいがたいですね。やはり、私とマスターだけの2人だけでは人員不足は否めません』
「でも、少しずつ完成に近づいているから・・・・・いつかきっと・・・・・」
進んでいればいつかはゴールにたどり着く。それを実感しているのか、簪がふふっと微笑む。やはり、専用機がこうして出来上がっていく過程を見届けることができるのは喜ばしいことだ。
「エスト、簪、せっかくだしなんか手伝うよ」
『それは助かります。では私のAI設定プログラムのマルチタッチ視界モニターの微調整をお願いします。私の視界カメラと認証が僅かですが誤差が生じています」
「組み立て作業じゃないのか・・・・まぁ、いいや、それじゃあ、問題個所の詳細をディスプレイモニターに映してくれ」
『わかりました』
簪の隣に座り込むと、映し出された空中投影ディスプレイのキーボードに片腕だけで器用に効率よく作業を進めていく。
そんな風景を簪は横目でぼんやりとだが眺めていた。
こうしてみると、こんなに美しい人が自分の恋人とはいまいち信じられない。まぁ、世間体から自分の身を守るための偽物の恋人に過ぎないのだが、なぜ自分なんかを選んでくれたのだろう。
学園の中には自分なんかよりも魅力的な女子生徒がいっぱいいるはずなのに。
「ん?どうしたの簪、手が止まっているよ?」
「その・・・・聞きたいことがあるんだけど・・・・いい?」
「もちろん、答えられる範囲でなら」
「瑠奈は恋人とか作らないの・・・・・?」
質問された途端、キーボードのタイピングが止まり、少し照れくさそうな顔をする。この質問はどうにも返答に困るものだ。
「・・・・・今は作る気はないかな・・・・・」
「『今は』っていうことは前に恋人がいたの?」
「まあ・・・恋人というわけじゃないんだけど・・・・思いを向けていた人はいたかな・・・・っていうか随分と食いつくね」
「だって・・・・・気になるから・・・・」
簪も恋バナや恋愛事情のは興味津々の乙女だ。自分の親友、それも有名な小倉瑠奈の恋バナに興味がないはずがない。
「その人とはどうなったの?」
「私の一方通行で終わっちゃったかな・・・・なんだかその話を人に話すのは恥ずかしいよ」
学園で告白を断り続けている瑠奈が恋をしたというのも意外だが、さらに意外なのが、瑠奈を一方通行で終わらせたその思い相手だ。
あの瑠奈を一方通行で終わらせた猛者となると、相手はどこかの国のお姫様だろうか?
「ほら、私の恋愛事情はどうでもいいから手を動かす」
「あ、ご、ごめんなさい・・・・・」
そう指摘されて恥ずかしそうに作業を再開する。だが、簪の中ではさっき瑠奈の言っていた一方通行の相手がどうしても頭から離れなかった。
当然ながら簪もイケイケの女子高生だ。
誰かと恋愛して、彼氏のいるあこがれの高校生活という物を夢見ている。
前に本音に『かんちゃんはルナちょむに告白しないの~?』と言われたことがあったが、今の簪にはそんな危険な行為は出来る気力も度胸もない。
確かに、瑠奈はかっこいいし、かわいらしく、何でもできる簪の憧れだ。何度も助けられ、窮地を救われ、今はこうして専用機を作ってくれている。
そんな人物を相手に『惚れるな』という方が無理難題だ。一時は本気でこの思いを伝えようと思っていた時期もあったが、いざ告白するとなるととてつもないリスクを背負うことになる。
仮にお断りされたら、
更に彼とはルームメイトの関係、そんな人物に告白するだなんてとてもじゃないができない。
今の偽物の恋人の関係に満足していないわけではないが、ここまで来たら本物の恋人になりたいという欲求が出てくるのは仕方がないことだ。
様々な思いに葛藤する簪の表情を、新しく調整された視界モニターで見ていたエストが小さく微笑んだ。
しかし、彼女はまだ知らない。
瑠奈の想い人がもうこの世にいないことを。
ーーーー
「う・・・んぁ・・・・」
その日の真夜中、ベットに寝ていた簪は妙な息苦しさを感じていた。腹部になにか圧迫感を感じ、息苦しい。
前に、寝ている簪の腹部にサイカが寝ていることがあったが、今回は違い、腹部全体に重みを感じる。何かと思い、目を開けたとき、簪の思考がフリーズした。
目を開けると、瑠奈が自分の腹部に跨っていたのだ。
「る・・・瑠奈・・・あっ!」
更に注意してみてみると、自分の着ているパジャマの前ボタンが外されていたのだ。それによって簪の大きくはない胸の谷間が瑠奈に見られてしまっている。
とっさに隠そうにも、両手首が何かに縛り上げられ、万歳をするかのような格好でベットの上部に持ち上げられている。
この状況から推測すると、間違いなく瑠奈は簪に夜這いを仕掛けてきたとしか思えない。
「瑠奈・・・・ど、どうしたの・・・・・?」
震える声で恐る恐るといった声で聞くが、腹部を跨っている瑠奈はなんの反応を見せずに静止している。
まるで銅像のように、何も身じろぎ1つせず。
そんな硬直状態がしばらく経った頃だろうか、外の窓から月明りが侵入し、部屋を明るく照らす。そのとき、簪は気が付いてしまった。
自分に跨っている人物ーーーー瑠奈の瞳が赤くこの部屋の中で輝いていることに。
その輝きはカラーコンタクトなどの人工的な色彩ではなく、まるで生まれ持っているかのような鮮やかで美しくて、華麗で、そして・・・・妖しかった。
その目に見とれていると
「きゃっ・・・・る、瑠奈?あんっ・・・・ダメ・・・・」
腕をパジャマの胸元に侵入させて、簪の大きくはない胸を丁寧に揉み始めた。ちょうど手のひらサイズで収まることが幸いしてなのか、手全体でまんべんなく、丁寧に丹念にゆっくりと揉み解されてゆく。
「んっ・・・・あぅ・・・んあっ・・・・んぅぅ・・・・」
隣の部屋に聞こえないように、必死に声を抑えるが、息遣いと快楽による喘ぎ声が瑠奈には聞こえる。
快楽に溺れているルームメイトに軽くほくそ笑むと口を簪の耳元に近づけ、甘い悪魔の言葉を囁く。
「美味しそうな体だ・・・・・」
その甘ったるく、魅力的な言葉は、このパニック状態の簪の思考にとどめを刺すには十分だったといえよう。湯気でも出たのかと思うほどにその言葉は簪の頭をかき乱した。
「や、やっぱり・・・・・だめっ・・・・・」
わずかに残った理性で必死の抵抗を試みるが、両手首を縛られて上に持ち上げられている状況では、何の抵抗もできず、ジタバタと体が暴れるだけに終わる。
「こら、暴れるな」
「ひんっ!」
そんな暴れる簪の体を扱いなれた飼い犬を躾けるかのように、右胸に侵入させている手で尖りはじめている乳房の突起を一瞬だけ強く抓りあげる。
その刺激は電流が流されたかのような、悩ましい快感となって体を駆け巡る。
「抓られたぐらいで感じているのか・・・・?学園では成績優秀の優等生なくせに淫乱な体をしているな・・・・こうゆうことには前から興味があったのかな?」
「そ、そんな・・・こと・・・ない・・・・」
自分の人には言えない痴態を指摘され、顔が真っ赤になって顔を逸らしてしまう。
「別に恥ずかしがることはない。君がどんなに淫乱な体をしていたとしても
『淫乱』『開発』言っている方が恥ずかしくなるような言葉を彼は耳元で囁くような声で囁く。今の瑠奈と簪の関係はまるで捕食者と獲物のような関係だ。
抵抗できず、
ここから先、自分がされることに対する妙な期待が簪の目にはあった。
「る・・・・瑠奈ぁ・・・・」
呆けた目で彼の名を呼ぶ。体を触られ、触れられ、女としての本性が少しずつ表に現れ始めている。
そんな簪に妖しい笑みを向け、ゆっくりと顔を彼女の顔に近づけると
「んぐっ! んん・・・じゅる・・・・」
瑞々しい唇に自分の唇を押し付け、熱いキスを交わす。さらに、簪の本能を刺激するかのように、舌で強引に歯をこじ開け、濃厚なディープキスをして、口内を激しくかき回していく。
「ん! んっ・・・・ぐちゅ・・・・・・んぁ、じゅる・・・・・だ、ダメ・・・」
抵抗できず、されるがままの状態が数分間続いたところで、口を離され、唾液でできた銀の橋が簪と瑠奈をつなぐ。
全てが未経験の刺激と体験に顔が真っ赤になり、すっかり簪は放心状態だ。
「うん・・・・いい味だ。いいか、君は
低い笑い声をあげながら、ペロリと簪の首筋を舐め上げる。それが決定打となり、簪は意識が水平線の彼方へ飛んでいった。
ーーーー
「ん・・・・」
朝日が差し込む部屋で、体に妙な倦怠感を感じながら簪は目を目を覚ました。
(私ったら・・・・なんて夢を・・・・・・)
思いだすだけで顔が熱くなってくる。欲求不満だったとはいえ、彼に襲われる夢を見てしまうとはいよいよ末期だろうか。
改めて考えてみると、あの優しい瑠奈があんなドSなことを自分にするわけがない。あれは夢だったのだと割り切り、ベットから降りようとしたとき、自分の手首に妙な違和感を感じる。
目を向けた瞬間ーーー
「あ・・・・あぁぁ・・・・・・」
口から言葉にならない声が漏れる。
簪の両手首には、男子生徒の制服のネクタイが緩く絡まっていた。まるで、簪の両手首を縛っていたかのように。
それを見た瞬間、昨日の熱い夜の記憶が蘇ってきた。
自分の決して大きいとは言えない胸を揉みほぐすほんのり温かい手、口内をかき乱す熱い舌、そして自分を跨り、妖しい笑みを向ける瑠奈。
「ん・・・・・あ、簪おはよう」
隣のベットで寝ていた瑠奈が目をこすりながら体を起こすと、電池が切れかけているロボットのように、ゆっくりと顔を向けると
「瑠奈のエッチッ!!もう知らない!!」
普段の簪では想像できないほどの大きな声を出し、真っ赤な顔を覆い隠すように部屋を勢いよく出ていった。
「あれ・・・・・最近なにかやらかしたっけ・・・・・」
記憶の断片を探るが、最近簪になにか手を出したような覚えはない。だが、人間は知らぬ間に罪を犯している生き物だ。
記憶がないだけで簪の尻を揉んだことが1度や2度あったかもしれない。まぁ、よくわからないが、後で適当に謝っておこうかと自分の中で勝手に結論づけると、制服に着替えるために、クローゼットへ歩いて行った。
「あれ、ネクタイどこいった?」
本日は待ちに待った学園祭。
片腕しかない瑠奈では、クラスの出し物であるメイド喫茶を手伝えるか不安だが、できることをやらせてもらおう。
そしてこの日を境に小倉瑠奈の運命は動き始める。
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