時間は8時50分
教室だとちょうどSHR中だろう。8時30分という遅刻確定の時間に起きた瑠奈は1年1組の教室に向かっていた。
ほぼ毎日瑠奈は遅刻していたが今日は比較的早めの時間帯に登校している。普通なら昼ぐらいの時間帯に部屋を出ているのだが、何故か今日は変な胸騒ぎがし、寝付けなかったのだ。
しばらく歩いている間に1年1組の教室の前に辿り着き、扉を開けようと手を出したとき・・・・
ぱぁん!!
教室の中からやけに大きな音が聞こえてきた。どのような音かというと・・・こう・・・・・手のひらでビンタをしたような音に似ている。
ビンタをする必要があることなんて、相撲かプロレスをする時ぐらいだろう。朝からハードな格闘技とは随分と元気のいい担任と生徒だ。
正直言って、ここで帰りたいと思ったが少なくとも顔ぐらいは出しといた方がいいだろう。
勇気を振り絞って扉を開けてみるとそこには
(どうゆう状況?)
クラスメイトが一夏の席を注目しており、その視線の中心人物である一夏は見知らぬ眼帯をした銀髪の少女といがみ合っていた。
そして教卓には男子生徒の制服を着た金髪の見知らぬ生徒が唖然とした表情で見守っていた。
「小倉、遅刻だぞ!」
「すみません」
そう対して反省してないような返事をし、自分の席に着こうとすると
「おい!貴様なんだ教官に対してその態度は」
一夏といがみ合ってきた眼帯銀髪の少女が瑠奈に絡んできた。どうやら、今の瑠奈の反省が感じられない態度が気に入らなかったらしい。
(きょ、教官?)
「えっと・・・・あなたの名前は・・・?」
「私の名前はラウラ・ボーデヴィッヒ!。今日から転校してきたドイツの代表候補生だ!」
そう自己紹介すると、ラウラは瑠奈に殺気の満ちた視線を向ける。
(ドイツの代表候補生・・・・・)
ドイツという単語を瑠奈は気になっていた。
数年前に理由はわからないが千冬がドイツ行き、ドイツ軍のIS部隊の指導をしてきたと聞いたがそれと関係しているのだろうか?
「おい!聞いているのか!!」
「ごめんごめん、えっと・・・・・夜十神 十香さんだっけ?」
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ!!」
そう叫ぶとさらに瑠奈に向かって殺気の混じった視線をむける。ちょっとしたジョークで気を和めようとしたのだが、逆に油を注いでしまったらしい。
「そんな目を向けないで転校生なら私と仲良くしようよ」
「ふんっ、貴様と仲良くする気などない」
そういい、今度は見下すような態度をとってきた。
(はぁ・・・・)
瑠奈は内心ため息をつく。
(でたよ、こうゆうタイプの人間。強い=偉いの式が成り立っている人間が・・・・)
おそらく、このラウラという少女は昔、相当な訓練を積んできたのだろう。そうでなければ、このような他人を見下すような態度をとることなどできない。
そこは評価しよう。しかし所詮、訓練は訓練だ。失敗しても死ぬことがなければ内臓がはじけ飛び、肉ミンチになることもない。まあ、悪くて教官の拳骨が脳天に直撃するだけだろう。
それがしょぼいこととは言わないが、瑠奈だってこれまでそれなりの修羅場を潜り抜けてきた。周りが銃を構えた人間で囲まれたことや狙撃銃で狙われたこともあった。
訓練した時間は相手の方が長くても瑠奈とはくぐり抜けた戦場の数が違う。
それに、勉強ができる=優秀ではないと同じように強い=偉いという式は成立しない。それゆえに、本当の死の恐怖を知らない人間が「自分が強い」とうぬぼれた考えを持っていると自然と怒りがこみあげてくる。
ラウラは気が済んだらしく、教卓の前に戻っていった。
残るは
「あなたは?」
男子生徒の制服を着たもう一人の転校生だ。
「えっと・・・僕は・・・・その・・・・」
先ほどのラウラとの会話のせいか、クラスが恐縮しているようだ。
現に副担任である真耶は泣きそうな顔で瑠奈を見ていた。
「えっと・・僕は転校生で・・・・」
「そんなことはわかっている。私は名前を聞いている」
静かだか、高圧で機嫌が悪そうな声で転校生に瑠奈は話す。
「フ、フランスの代表・・候補生で・・・シャ、シャルル・デュノアです・・・」
「そう・・・・・よろしく。山田先生!!」
と、ここで瑠奈は怒りの矛先を真耶へとむけた。
「はっ、はい!」
「続きをどうぞ」
「はっ、はぃぃ・・・・」
泣き声のような声で真耶はSHRを続けていった。
のちに一夏に聞いたのだが、その時の瑠奈の顔は千冬に負けないほど悪鬼羅刹のごとく恐ろしい顔でクラスメイトが涙目だったらしい。
我ながら大人げなかっただろうか?
ーーーーー
「なんなんだ?あのラウラという少女は?」
「あいつは、昔の私の教え子だ」
1時間目が2組とのISの模擬戦闘のため、誰もいなくなった教室で瑠奈と千冬が話していた。
「教え子というと、やはり昔ドイツにいっていたという・・・・」
「あいつは、その時教えたIS部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊長だ」
千冬が昔、ドイツに言ったという話は、瑠奈も知っている。
ついでに本場のバームクーヘンやウインナーを食べすぎて、一時体重が2キロも増えたという話を体内にアルコールをいれ、リミッターが外れた状態の千冬から昔愚痴られた思い出がある。
「なんであんなに私のことを見下してくるんだ? たしかに彼女から好かれているとは思っていないが・・・・」
「あいつは昔は優秀だったのだが、ISが開発されたせいで出来損ないの烙印を押され落ち込んでいた時期があったんだ」
「なるほど・・・・」
元が優秀だっただけに、出来損ないといわれたり、周囲から失望の目で見られたときは本人にプライドや心が大きく傷ついただろう。
「そこで私があいつを立ち直らせ、ドイツの代表候補生になるなで訓練したんだが・・・・・前に見下されたり、馬鹿にされていたこともあってか今度は自分が周囲を見下し始めてな。隊からも浮いていたよ・・・・・」
これは人間であるなら仕方がないことなのだろう。『復讐』可愛くいえば『仕返し』見下される側から見下す側へ。
代表候補生になり専用機まで手に入れた。これで私はお前たちよりは『出来損ない』じゃない。
その気持ちはわからないことはない。
いままで散々、苦汁や辛酸を飲まされてきたきたのだから仕方がないのかも知れないが、そこで他人を拒み、人を不幸にするようなことをすればそれこそ『見下した』人間と同じなのではないのだろうか?
あと、千冬は『ISが開発されたせいで』といった。つまり、ラウラも瑠奈の同じISによって、束によって不幸にされた被害者だ。
ラウラと瑠奈の違いは、自分の不幸と戦い逃げ出したか、戦って勝利したかの違いだろう。
「あと、さっきはよく堪えたな」
「わかっていたか・・・・」
そう、瑠奈はさっきラウラと自席に近くで絡んだとき、隣の席であるセシリアの机の上に1本のシャーペンがあった。
それを、ラウラの動きより早くとり、眼帯をつけていない目である右目に突き刺すことができた。
そうしたら、失明とまではいかなくても、数週間は両目におそろいの眼帯が付くことになるのだろう。
両目が使えないのなら、代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒは死んだも同然だ。生憎戦いは心眼で勝てるほど甘いものではない。
IS学園の生徒はISがあれば男たちを生かすも殺すもできるという大きな支配感に酔いしれている人間もいるらしいが、人を殺すのに銃なんて使わないで両腕で首を絞め続ければ人を殺せる。
人を殺すのに銃なんて必要ないのと同じように、ISなんて必要ない。
まあ、それは置いておいて瑠奈にはもう1つ気になることがあった。
「シャルルという名前の男子生徒についてどう思う?」
「まぁ、間違いなく女だろうな・・・・」
千冬もやはりそう思うか。
ISは男には扱えない。これは大前提だ。
例外である一夏がなぜ、ISを扱えるのかは知らないし、正直言って興味もない。だが、男子生徒が転校してきたのなら、瑠奈の楯無から持ちかけられている『男として転校し直す』という話に少なからず影響を与えるかもしれない。
良い影響ならまだしも、悪い影響を与える場合は『彼女』には悪いが、全校生徒の前でパンツでも脱いでもらって性別を暴露し、学園を辞めてもらおう。
悪いが瑠奈も生きるのに必死だ。生きるためならなんでもする。
「なにか、恐ろしいことを考えているだろ?」
「そんなことはない」
それにシャルルはシャルル・デュノアと名乗った。千冬には報告していないが先日、簪が誘拐された件と何か関係があるのだろうか?。
それに『彼女』が、前に楯無が言っていた『あなたの仲間』ということなのだろう。
ともあれ、このことは詳しく調べる必要がありそうだ。
セシリアの件やラウラのこともそうだが、なぜ織斑家の人間は姉弟そろって面倒事や厄介事を持ってくるのだろうか。
「じゃあ、私はこれで・・・」
調べ事をするために瑠奈は今日の授業もさぼるつもりでいた。このことは千冬も分かっていたし、なにも言うつもりが、今日だけは予定予定が違った。
「まて、瑠奈。今日の1時間目の授業は専用機持ちの人間が必要になる。瑠奈、お前にも協力してもらう」
『協力してほしい』ではなく『協力してもらう』というすでに協力することが決定している口調だ。やはり、今日は午後辺りに登校した方が良かったかもしれない。
だが、いつもはさぼっている授業だ。たまには顔を出すのもいいかもしれない。
「まぁ、よろしくお願いしますよ。『教官』殿」
「織斑先生と呼べ」
評価や感想をお願いします