すごい光景だ。
IS学園で自分のクラスである1年1組に入ったときに、真っ先に思ったことがそれだ。
せっかく高校生となり、不器用ながら”普通の学生”となることが出来たのだ、他に思うことがあったのかもしれないが、生憎それしか思うことが見つからない。
なぜなら、クラスメイトが全員、真ん中の列の最前列の席を凝視しているのだから。
視線の先には、このクラスーーーいや、この学園で唯一の男子生徒の制服を着ている生徒がいる。
(あれが織斑一夏か・・・・)
最前列でつらそうな表情をしている男子生徒。
大体予想をしていたが、彼とは同じクラスとなっていた。この女子だらけの空間で嫌な汗をかいている。
(そんなに見てやるなよ、可愛そうだ)
何も知らない人間が見たらいじめの一種ではないかと思われるような光景だが、自分のクラスメイトが世界で唯一ISを使える男ならば、仕方がないことなのだろう。
「それではSHRをはじめますよー」
黒板の前で先ほど山田真耶と名乗った先生が声を上げたが1年1組の生徒は無反応だった。
ここで何かしらのリアクションをとってあげたいところだが、この学園であまり目立つような存在になることは望ましくない。
内心で軽く拍手を送り、『頑張れ』とエールを送っておく。
「そ、それじゃ自己紹介からはじめましょうか」
泣き出しそうな担任声で自己紹介と小倉瑠奈の学園生活は始まった。
どうあれ、今日から高校生活が始まる。大雑把で自堕落に、不真面目に暮らしていくとしよう。
(退屈だな・・・・・)
軽くあくびをしながら内心でそう呟く。
イケイケの女子高生であったのならこの教室は合コン前の顔合わせの時間のように楽しい時間のように感じるのかもしれないが、あいにく瑠奈は学校に通った経験が皆無のため、いまいち楽しい時間という感覚がない。
いっその事、互いに履歴書でも交換すれば手っ取り早く自己紹介が済むのではないだろうか?
ふと前を見てみると織斑一夏が1年1組担任である織斑千冬に出席簿で殴られていた。
織斑一夏に織斑千冬、この二人は世界中で知らない人間がいないほど有名人だが、瑠奈はそれほど興味はない。
というより、この唯一の男性操縦者が自分の立場を理解しているのか少し不安がある。
もし、彼がどこかの組織や国家に誘拐でもされて、解剖でもされたら、男でありながらISを扱える秘密でも判明する可能性がある。
それが公表でもされたら、世間の男たちのISへの反感に一気に火が点き、IS同士の内乱が起こるだろう。
それは日本という国の終焉を表している。織斑一夏、随分と物騒な存在だ。
そしてさらに物騒な存在が、目の前の教卓でもグリズリーのような鋭い視線を送っている初代ブリュンヒルデこと『織斑千冬』だ。
「諸君、私が織斑千冬だ。これから一年間担任することになった。君たちを1年間で使い物になるようにするのが、私の使命だ。私のいうことには従え、逆らってもいいがそれ相応の覚悟と犠牲が必要になることを覚えておけ」
ドイツもびっくり独裁宣言。もし彼女がピストルで自殺したヒトラーのかわりにドイツの政権を握っていたのならヨーロッパはどうなっていただろうか。
クラスもドン引きしているのかと思ったら
「きゃーーーーー!!」
「本物よーーーーーー!」
にぎやかな歓声が教室を包んだ。
相変わらず、その大きな態度と偉そうな口調は変わっていないらしい。
だが、千冬の元を離れて約半年、互いに何も変わっていないとは都合がいい。接し方に困らなくて済む。
「お会いできて光栄ですーーーーーー!!」
「ずっと、憧れていました!!」
「お姉さまのためなら死ねますーーーーー!!!」
すると、織斑千冬はため息をつきながら鬱陶しそうに見渡すと
「やれやれ、毎年毎年飽きもせずに世界中からこんなに馬鹿どもを集めてくるもんだ」
そう本心を暴露する。これは照れ隠しなどではなく、本当に本音から言ったような様子だった。
ここは本心ではそう思っていなくても社交辞令として『ありがとう』と言っておく場面ではないだろうか。年下相手だから言って無礼や不躾な発言をしていいなんてことはないはずだ。
「素敵なお言葉をありがとうございますーーー!!!」
「そのお言葉、一生忘れませんーーー!!!」
瑠奈のどうでもいい考えを他所に、クラスから黄色い歓声が上がっていく。どうでもいいが今の言葉のどこが素敵なお言葉なのだろうか・・・・
「それではSHRを続ける。織斑さっさと席に戻れ」
「はい・・・」
そそくさと一夏は席に戻っていった。
姉より優れた弟はいないというが、あんなに暴力的な姉に勝ったところで、恐ろしい報復が待っていそうだ。
「姉ね・・・」
それからしばらくして
「小倉瑠奈さん、自己紹介をしてください」
「はい」
自分の名前を呼ばれたため、席を立ち黒板の前に立ち自己紹介を始めた。
「どうも初めまして、小倉瑠奈といいます」
「・・・・え、終わりですか」
「終わりです」
想像以上の短く簡潔な自己紹介に担任の真耶やクラスメイトが戸惑った表情を浮かべる。
「あのぉ・・・名前だけでなくもう少し小倉さんについて聞きたいというか・・・・」
「お見合いじゃないんだ。聞きたいことがあるなら直接私の席に来て質問したほうが効率がいい」
少し変わった人間である瑠奈が軽い自己紹介を終えたがクラスメイトは無反応だった。
聞いてなかったのではなく、クラスメイト全員が瑠奈の容姿に見とれていのだ。
身長は160㎝ほどで女子の中では高くもなければ低くもないが、腰まで伸びた黒くてきれいな髪に加え中性的な容姿のためにクラスメイトからは『お城の王子様』を想像させた。
織斑千冬のときは黄色い歓声が飛んでいたが、瑠奈の場合は歓声を出す余裕がないほどクラスメイトたちは見とれてしまっていた。そして、そのまま誰1人瑠奈の容姿を忘れることができないままSHRは終了した。
「なぜ、お前がここにいる」
SHRが終わって休み時間が始まったとたんに瑠奈は千冬に職員室に呼ばれ質問という名の尋問を受けていた。まぁ、教室で目があった時からこうなるとは薄々予想していたが。
「・・・・・」
ここで下手に情報を漏らしても瑠奈には得がないため、黙秘権を行使する。
だんまりを決め込んでいる瑠奈にはため息がを出すと手探りを入れていく。
「企業のスパイか?それとも組織の使いか?」
「・・・・・・・」
「束の使いか?」
「さあね」
「言葉で強く否定する辺りを見ると、あいつが事の発端か。何を考えているんだか・・・・」
できるだけ無表情を保ったつもりだったが、千冬は僅かな表情の変化を見逃さなかった。
というより、瑠奈の癖を見抜いて独自の読心術で見抜いてくる。
瑠奈はどちらかというと口で語るより、腕で語るほうが得意のためこういうタイプは苦手だ。
「束に何を頼まれた?」
「言えない」
「言えないということは、束に何かを頼まれたということだな?」
「・・・・・・」
思わぬ情報漏れに一瞬、瑠奈の思考が停止した。
これ以上語られるというのなら、入学して早々千冬を消す事も考えなくなるのかもしれない。下手すると返り討ちになるかもしれないが。
「束になにを頼まれた?」
「・・・・・・」
情報漏れの件を反省して、今度は何も話さなくなった。
さすがにこれ以上尋問されたら、めんどくさい事になる可能性が大だ。
(今日は、これ以上聞いても無駄か・・・・)
「瑠奈、教室に戻っていいぞ。教師は生徒のプライベートにずかずかと入るものでもないしな」
これだけプライベートの出来事を尋問しておいて入るものではないとは、随分と都合のよい頭をしている。
そういい、千冬は立ち上がり職員室を出ていった。
残された瑠奈は深いため息をはいた。1日目からIS学園に自分の素性を知る人物が現れてしまった。
「不安だ・・・・」
前途多難な日々が目に見えてくる。そんな予感を薄々感じながら、誰もいない職員室で瑠奈は1人つぶやいた。
泣きたくなる気持ちを抑え込んで職員室からでるために扉を開けると、扉の目の前にいた女子生徒と偶然ぶつかってしまった。どうやら女子生徒は職員室に入ろうとしたところを、偶然、職員室から瑠奈が出てきたためぶつかってしまったようだ。
勢いよくぶつかってしまったため女子生徒を思いっきり尻餅をつき、持っていた書類や文房具などを思いっきり地面に落としてしまった。
「ご、ごめん」
瑠奈は尻餅をついた女子生徒を起こそうと手を伸ばそうとしたときに、相手の顔を見た瞬間凍り付いた。
(この子は更識簪か・・・・?)
詳しくは知らないが、確か暗殺組織である更識家の現当主である更識楯無の妹だったはずだ。
更識家は現在瑠奈が敵に回したくない組織の1つだ。
瑠奈はそこら辺のISや組織が束になっても負けないほどの強さを持っている。しかし、それは正面から戦った場合だ。
更識家のような暗殺組織みたいに24時間狙われた場合は間違いなく隙ができ、そこを突かれ殺される。そのため、今まで暗殺組織を相手に戦ってきたときは、もう組織を立て直すことができないぐらいに徹底的につぶしてきた。
しかし、IS学園に入学した今、下手に行動することができない。だから、現生徒会長である更識楯無や更識簪との暗殺部隊との関わりを持つ人物とは極力、接触しないつもりでいたが、初日から接触してしまった。
ひとまず、ここは怪しまれないように普通に接しておくべきだろう。
「ごめんなさい、いきなり飛び出して」
「こちらこそ、ごめんなさい」
とりあえず、床に落ちた書類を拾い上げて、簪に手渡し素早く瑠奈はその場から去った。
残された簪はとりあえず職員室に書類を置き教室に戻るために廊下を歩いていった。
簪も教室に戻る途中で、先ほどぶつかってしまった女子生徒について考えていた。
長く黒くて綺麗な髪に加え中性的かつ凛々しくて魅力的な顔。
「綺麗なひとだったな・・・・」
そうつぶやくと足を早歩きにして教室に戻っていった。
これが簪と、その姉である楯無にとって運命の出会いであったことにまだ誰も知るよしはなかった。
次の話の投稿を頑張ります・・・・