Tail of Twin 作:グラコ口
――――――そこに、ツインテールがあった。
俺は、ツインテールと手をつないでスキップしていた。
風に靡き、太陽の光を浴びて輝くツインテール。生命の輝きを宿し、躍動するツインテールほど素晴らしいものがあるだろうか。
しかし、その次の瞬間。唐突にそのツインテールから生命の輝きが消え――――。
――――――青い修羅が、そのツインテールを粉々に打ち砕いた。
「――――――ぎゃぁぁあああ゛あ゛!?」
「……大丈夫、ですか?」
叫び声とともに飛び起きると、目の前には心配そうに覗きこんでくるリィリアの顔。
……夢か。とりあえず大丈夫だと手で示し、リィリアはどこか納得していないような様子を見せながらも台所に向かって歩いて行く。
「………テイルブルー、かぁ」
小柄なリィリアの後ろ姿を見送りながら、聞かれないように呟く。
――――なんだかんだでフォクスギルディを倒してくれたのと、レッドの知り合いのような雰囲気をしていたことから悪い人じゃないのだろう。たぶん。きっと、おそらく。
……それでも、俺に刻みつけられた
「……好意的に解釈すれば、戦士らしい戦士……かなぁ」
ツインテールが好きでもあんなに凄まじい人もいるんだな…。
そんなことを考えながら台所でフライパンを振るうリィリアに目をやると、笑顔と共に返された。
「今日の朝ごはんはホットケーキにしてみました。もう食べますか?」
「……ん」
……あ、変身してる時の癖が。
思わず顔を顰めると、肯定の意だとしっかり理解していたらしいリィリアが苦笑しながらホットケーキをお皿に載せてくれた。
「大変ですね、
「ああ、誰のせいだろうな。っても、まだ3日しか経ってないのかぁ……」
エレメリアンの毎日一体という悪しきテンプレのせいで日数が数えやすいな。全くもって嬉しくないが。
(……そっか、まだ3日しか経ってないんだよなぁ……)
なんとなく、居候3日目な隣の少女を見やる。
「シロップ~♪ たっぷり~♪ ふんふふ~ん~♪」
意外と音感は無かったようだ。
しかしまぁ、満面の笑みでホットケーキにシロップをたっぷりとかけている姿はなんとなく和む。
「そういえばさ、家から出るとこ見たことないけど買いたいものとか大丈夫なのか?」
「…………ぅ。いえ、その……」
服は謎の技術で一着だけでも平気だと言っていたのだが、それでもずっと家にいるのはストレスなのではないだろうか。リィリアはシロップを垂れ流したまま目をそらし、気まずそうに言った。
「……わたし、基本的に方向音痴なのです」
「へー。じゃあ、今日の学校と
「――――い、いいのですかっ!?」
「いや、むしろ今まで気づかなくてスマンって感じなんだが……そんなシロップかけて大丈夫か?」
気が付くと、アトランティスの如くシロップの海に沈んだホットケーキがそこにはあった。紛うことなき大惨事。リィリアは黙ってシロップの容器を置くと、震える手でフォークを持った。
「……だ、だいじょーぶです。問題ありません。わたし、シロップ大好きですから…っ!」
「ま、まさか
ここ3日はエレメリアンのせいでどんな属性があるのか、とかなんとなく考えてしまうようになったという思わぬ影響もあった。
とはいえ、リィリアしかエレメリアンの話をできる相手がいないからなんとなくやってるだけのような気もするが。
「ふっふっふー、残念ですねテイルホワイト。あなたはシロップ属性の真の力、超粘着力によって敗れる運命なのです…っ!」
「な、なんだってー。うわー、叢雲がネバネバして切れないー」
「さあ、無理に攻めればツインテールがベタベタしてしまいますよー」
「じゃあレッドのグランドブレイザーで」
蒸発……するのかな?
シロップを燃やしたことないからイマイチ分からないのだが。
「残念、燃えると固まるすごいシロップなのですー。レッドはネバネバでカチカチです」
「ならホワイトアークで冷凍しよう」
「あ、ああー、新鮮なシロップになんてことをー」
「……ここまでやっといてなんだけど、シロップ属性って何だ?」
これまで出てきた属性はツインテール、
シロップは服じゃないし装飾でもないから、もし属性にするなら……。
と、そこで頑張ってホットケーキを食べようとしたリィリアにシロップが飛び散った。
「ぁぅぅ、べ、ベタベタするのです…っ!?」
「………ヘンタイっぽいな」
「ふぇっ!?」
「あ、すまん。エレメリアンって変態だなって話」
「……ぅ~。なんだか釈然としないですけど。お買い物のこと、忘れないで下さいね!」
「エレメリアンが出ないことを祈っておいてくれ」
そう言ったら出そうな気もするが、言っても言わなくても出そうなので言ってしまう。が、リィリアはちょっと嬉しそうに微笑んだ。
「ふふふっ、もし出てもテイルホワイトがきっとすぐに倒してくれますよね。
そう言ってリィリアがポケットから取り出したのは、首から下げるための鎖とセットになったシンプルなシルバーのリング。リィリアがそれを右手で握ると、その体が光に包まれ――――。
次の瞬間、俺の背後には渾身のドヤ顔で立つリィリアの姿があった。
「――――と、いう感じで有効距離はおよそ30km。わたしの遠隔ナビゲーションで発動できるほか、テイルギアの補助でも大丈夫です。更に、そこのクローゼットをワープカタパルトに改造しておいたので地球上全てカバー可能です!」
「おお~…って、クローゼット!?」
こっそりツインテール本を隠しておいたクローゼットをいつの間に!?
慌ててクローゼットに駆け寄って開けてみると、中に特に変わりはなく――――ただ、明かりのスイッチみたいなものが増えていた。
「それを押すことでワープホールを展開してくれます。……ただ、一応安全のためにテイルギアを着用してから使用してくださいね?」
「なんで?」
「ヒーローならワープしてくる瞬間を見られても大丈夫ですけど……」
「ああ、そっか。一般人がワープしたらおかしいよな」
主に正体バレの方の危険か。……重要だな。
「っと、そうだ。天気予報と今日の占い見とくか」
今日は珍しくテレビの電源がついていなかったので、俺はリモコンを手に取り――――。
「あ、ああーっ!? や、やめたほうがっ!」
「へ?」
リィリアの制止の声とほぼ同時に電源スイッチを押し。
テレビ画面に映ったのは、レッドと抱き合って号泣する
『わーん!! もうやだぁぁぁぁっ!』
『……ふぇぇ……っ』
『いやあ、しかし、テイルレッドとホワイトは今日も可愛らしいですねふひひ』
しかも
「ぎゃぁぁぁぁあああっ!? なんてものを放送してるんだぁぁぁっ!!」
「……知って、しまったのですね」
気まずそうに視線をそらすリィリアだが、正直それどころじゃない。
「というか何だ、この各国首脳の『あの少女への支援を惜しまない』ってメッセージはぁぁぁっ!? どこだ、どこで判断した!?」
「……ツインテール、じゃないですか?」
なるほど、それなら仕方ないのかもしれない…。
言いくるめられた感は否めないが、そう言われて納得しないわけにもいかない。
……本当に素晴らしいツインテールだし。
自分の容姿に自信なんてないし、別段どうなりたいという望みもない。
けれども変身したあの姿は――――…あのツインテールだけは、自分のものだと分かっているはずなのに惹かれてしまう。
「それを考えると、本当にレッドは凄いな」
テイルホワイトのツインテールが自分のなりたかったツインテールだと仮定し、俺の感性で見たとしてもテイルレッドのツインテールの素晴らしさは決してそれに劣らない。
俺も精進しないとな、とつぶやいて―――――。
「……リィリア?」
リィリアはどこか寂しそうにレッドのツインテールを見つめていて。
声をかけると笑みを浮かべてお皿に残っていたシロップを飲み干し、席を立った。
「―――――…お買い物、楽しみにしてますからっ!」
「……ああ!」
腑に落ちないものを感じつつも、追求する気にもなれず。ワープで登校してみたい誘惑に駆られながら家を出た。
ちなみに、精神を病みそうな映像を垂れ流すテレビは即消した。
……学校でも精神攻撃が予測されるんだから、せめて家くらいは安らぎたい。
「あ、今テイルレッドが俺に微笑みかけてくれた!」
「俺はホワイトたんの蔑みの視線を感じた!」
「ふん、甘いな……俺なんてトランクスにテイルレッドたんを熱転写してきたぜ! もはや、常に一緒にいないと健康で文化的な最低限度の生活もできねぇ!」
「てめぇ、ホワイトのbot作っただろ! 俺が先に作ったんだぞ!」
残念なことに、学校は校門に辿り着いた時点で想像通りの魔窟だった。
あと二番目のヤツ、半分当たりだ。妙な属性力でも持ってるんじゃなかろうか。というか自分で言うのもなんだがホワイトのbotって何喋るんだ…?
若干気になりつつも、それでも無心でやり過ごし。
どこか疲れたような顔で立ち尽くす総二と津辺さんと合流した。
「なぁ、総二。なんというか、騒ぎが日に日に酷くなってないか…?」
「やめてくれ、気にしないようにしてたんだよ……」
ああ、総二の目が昨日のSAN値直葬されたレッドみたいに…。
「というかテイルホワイトのbotってどんなこと喋るんだろうな……?」
ちょっと常識人の意見が聞いてみたい。
それで意識が混沌な現実から引き戻されたらしい総二は僅かに考え、言った。
「……ツインテール、だけとか?」
「…………ありそうで怖いな」
なんとか別の言葉も話すようにしなければ…。
――――――――――――――――――――――――
夜。葵が寝静まった後、そのマンション一室ではリィリアが廃材から創りあげたノートPCとテイルリングをケーブルで繋ぎ、メンテナンスを行っていた。
「―――…やっぱり、神宮寺さんのツインテール属性は普段、不活性になってるんですね」
PCの画面に表示されるのは、時間ごとの属性力の増減を記録したグラフ。
恐らくは本人が「素晴らしいツインテールを見た時以外は考えないようにしている」と言っていたのが原因だとは思うのだが。
「………」
次いでキーボードを操作し、表示したのはテイルレッドの写真。
そのまま数回クリックし、写真がテイルホワイトのもの、テイルブルーのものと切り替わり、その露出度の高い戦闘服を悲しげに眺めながら、呟く。
「……トゥアール、さん……」
僅かな逡巡の後、表示したのはかつての、“あの世界”が輝いていた頃の写真。
しかし――――そこに映るのはツインテールを持たないツインテールの戦士。
「……わたし、は―――…」
その頬を静かに涙が流れ落ち。
静まり返った部屋に、小さな声が響いた。
「―――――俺が、守るから……」
「―――…っ!?」
慌てて振り返ると、そこにはベッド静かに寝息を立てて寝ている葵の姿。
「……ツイン、テールぅ…」
「………むー」
別に何か期待していたわけではないけれど、なんとなく悔しい。
リィリアはしばらくその寝顔を眺めてからそっと瞑目し。テイルリングを手に取ると、そっとつぶやいた。
「――――…テイル、オン」
その日、葵はまたツインテールの夢を見た。
――――――ちなみに4日連続だが。