Tail of Twin 作:グラコ口
*プロローグが短いので、二話連続更新となっております。
桜川尊は神堂家に仕えるメイドである、彼氏はまだない。
しかし視線の先には護衛対象であり敬愛する主である神堂慧理那が笑顔でレジに並んでおり、職務において雑念はない。
土曜日の早朝であるにも関わらず、ゴールデンウィーク直前という熾烈な商戦の時期のために大手ショッピングモールの玩具店のテナントには整理券を持った多くの客が並び。パワーアップアイテムや新ロボットなどの新商品を求めた争奪戦が行われる。そして今回はその中に待望のテイルレッドフィギュアがあるのだとかで、その列は常に無い盛り上がりを見せていた。
そしてまた、このショッピングモールでは独自の店舗購入特典があるために少なく見積もっても慧理那も含んだ客の中の何割かはそれを目当てにしているのだろう。
「買い物なら、私に任せていただければ……」
なにせ、慧理那は今までに何度もアルティメギルに狙われているのだ。玩具を買いに迂闊に出歩くのは危険だろう。今までに何度そう思い、事実そう言ったかわからないが、それでも決まって“自分で買うからこそ愛着が湧く”と返されてしまう。
主人の趣味にとやかく言うつもりはないし、普段から肩肘を張った生活をしなければならない慧理那に夢中になれるものがあるのはいいことだと思う。そして元々ヒーローにあこがれていた慧理那の前に現れた本物のヒーローであるツインテイルズに憧れるのも当然のことだろう。
そして、ツインテイルズは実際に訪れた危機のことごとくを退けてくれた。
しかしその状況を望むあまりに、慧理那は自ら危険を求めているのでは―――という懸念もあり。
そしてそれは明らかではないものの、もう一つの懸念は的中していた。
『メイド長! 今すぐお嬢様をお連れして逃げて下さい!』
すなわち、
耳に付けたレシーバーに受信を告げるノイズがあった時点で即座に臨戦態勢に移行していた尊は瞬時に駆け出し、ちょうど会計を終えた慧理那を抱え上げて脇目をふらずにフロアを駆け抜け、階段へ。
「お嬢様、舌を噛まないようお気をつけ下さい!」
子ども並の体重とはいえ、人を抱えたまま階段を一気に飛び降りる。その超人的な体術をもってその絶技を可能にした尊はそれを都合四度も繰り返して一階に降り立つと、息も見出さずに駆け出して外に出て――――。
「くそ、一歩遅かったか…!」
駐車場には既に、これまでに何度も目にした黒ずくめの不気味な怪人たちが立ちはだかっていた。
「モケー!」
「モケケー!」
そして、現れるのは蟹のような見た目をした怪物。
「ほう、これはなかなかどうしてハイポテンシャルな幼女……。これだけの強力なツインテール属性を持つ以上、“あれ”もさずかし素晴しかろうな!」
「またか、化け物め!」
理屈はわからないものの、この怪物たちが狙っているのは慧理那のツインテールなのは間違いなかった。本来ならば髪型を変えさせるのが最も安全なのだが、歯がゆいことにそうはできない理由がある。
「我が名はクラブギルディ! ツインテール属性と常に共に在る麗しき属性力、
「くっ、いつもいつもお嬢様を狙いおって、もう我慢できん! ツインテイルズに頼らずとも、私が成敗してくれる!」
部下たちに慧理那を任せ、少しでも敵の目を惹きつけるべく果敢に突撃する。油断しているのか、ほとんど棒立ちの怪人の腹部に容赦なく蹴りが叩き込まれ――――呻いたのは尊の方だった。
「うぐ…っ! な、なんだこの硬さは…!?」
その蹴り、主人を守護する一流のメイドに相応しい一撃は一流の格闘家にも通じるだろう熟練のものだった。しかし理不尽なまでの硬さを持った怪人の前には意味がなく。
「きゃー!」
慧理那をかばっていたメイドから戦闘員が強引に慧理那を引き剥がし、尊もそれに動揺した隙をつかれて取り押さえられる。
「お嬢様! お逃げ下さいっ!!」
「大丈夫ですわ、尊。きっと……きっと彼女たちが………」
何の疑いもない、信頼に満ちた慧理那の瞳。
そのことで、尊が慧理那がこの状況を望んでいることを半ば確信してしまったその瞬間。
「ようし、後ろを向かせい!!」
「………そこまで」
頭上から降り注いだ氷の柱。ツララのようなソレが慧理那を捕まえていた戦闘員に突き刺さり、光の粒に変える。
「――――む、何奴だ!?」
「……テイルホワイト、見参」
冷気の残滓を纏った刀を構え、ツインテールを靡かせて頭上から軽やかに降り立つ純白の戦士。これまではなかった薄水色の上着を羽織り、左手におもちゃ屋のレジ袋を下げて、テイルホワイトが―――…さらっと流してしまいそうになったが何故レジ袋!?
と、慧理那も同じことに気づいたのか思わずと言った様子で声をかける。
「テ、テイルホワイトさん、それはもしや…!?」
「……ぉー」
うっかり「仕舞い忘れてた」とでも言うかのように少し驚いた様子で自分の腕から下げたレジ袋を見たホワイトはきょろきょろと周囲を見渡し、置ける場所がないと気づいたのか刀を鞘に収めてからテトテトと慧理那の前まで来て小さく頭を下げて言った。
「……ごめん、お願い」
「は、はいっ!」
宝物でも受け取るかのように仰々しく受け取った慧理那がその袋を覗くと、入っているのは間違いなく今しがた発売されたテイルレッドのフィギュア。……まさかとは思うが、普通に並んでいたのだろうか…?
記憶を掘り返してみてもそれらしい人物がいなかったことに首を捻る尊の前で、何事もなかったかのようにテイルホワイトは怪人と向き合い、そして野次馬も形成されつつあった。
「――――ほう、貴様が噂のツインテイルズ……その一角か! うなじを隠すような位置にツインテールがあるのはいただけんが…」
いや、確かにちょっと普通のツインテールより後ろ寄りではあるもののうなじは全く隠れていないと思うのだが。……毎度のことながらあの怪人たちの拘りは謎である。
「……このツインテールは、わたしの求めた
そしてこちらも拘りがあったようで。珍しく底冷えするような怒気を放ったホワイトに怪人は僅かに気圧され、それから不敵な笑みを浮かべた。
「―――ならば見せてもらうぞ! その答え―――そしてうなじを!」
「――――っ!」
―――――疾い!
一流のメイドとして持ち合わせた動体視力をもってしても残像しか見えないような、それほどの動きで怪人が動いた。クラブギルディは瞬時に、と言っていいだろう速度でテイルホワイトの背後に現れ―――――。
「――――…む」
「………ぐ、こ、これはッ!?」
一閃。鞘走る動きさえ見せずに放たれた雷光の如き抜き打ち――――居合い斬りが背後に回り込んだクラブギルディを超人的な反応で迎え撃ち、激しい音とともに両者が弾かれて距離を取る。そして、その思わず息を呑むような攻防をした両者は。
「――――なんということだ……ツインテールの合間から僅かに覗くうなじ! これほどの境地があるとは……ッ! 感謝するぞ、テイルホワイト! 俺は今日、ツインテールとうなじの新たな世界を垣間見た!」
「……どういたしまして?」
感激のあまり涙でも流しそうな怪人と、まんざらでもなさそうなテイルホワイト。混沌とした状況がそこにあった。
そしてそれと同じくらいその周囲も混沌としていた。
「う、おおおっ!? ホワイトたんに上着が増えてるぅぅぅ! 露出が減ったぁぁ!」
「馬鹿、落ち着け! 見ろ、袖が余ってるぞ!」
「……萌え袖、だと……かはっ」
「ぁああ、連写したのにホワイトたんの居合い斬りがちゃんと取れなかったぁぁぁっ!? くそっ、怪人め! 背後に回りこむなんて卑怯だぞ!」
「待て、あの幼女にホワイトたんが預けたのは……あの袋! テイルレッドたんのフィギュアじゃないのかっ!?」
………大体の一般人は狙われない他人事とはいえ、これは酷い。
と、また真面目っぽい空気を取り戻しつつクラブギルディが口を開く。
「俺は相手の背後をとることに関しては隊長たちを上回ると自負している。……が、その
「……
再びクラブギルディが背後をおろうと動き出したその瞬間、テイルホワイトの刀から放たれた白い煙が駐車場を覆い隠すように広がる。しかしそれでもクラブギルディの動きを、情熱を止めることはできなかった。
「――――俺は! 例え前が見えなくとも背後を取る! そしてうなじを見る!」
取った! そんな叫びとともにクラブギルディは刀を地面に突き刺したテイルホワイトの背後に回り。その純白のツインテールの合間から覗く、透き通った無垢なうなじを堪能し――――――その足が滑った。
「ぬ、おおおぉぉぉぉぉああああああああああああああああああ」
つるっ、そんなコミカルな効果音で表現してはいけないのではと躊躇うほどに見事にクラブギルディはホワイトアークで凍りついた地面に滑り、転び、その速度のままにどこまでも滑っていった。
「……あ」
いけないやり過ぎた。そんな風情のテイルホワイトの呟きとともに、クラブギルディは凍った地面を抜け。アスファルトの上でもゴリゴリと嫌な音を立てて減速しながら進み続ける。そして野次馬が必死に道を開け、青色の壁に激突してようやくその動きを止めた。
「……ぐ、ちょうどいいところに壁が……ぇえい、やってくれたなテイルホワイト! この借り、貴様のうなじに返してもら――――…ん、なんだと?」
遠くの方で、テイルホワイトがぶんぶん横に首を振っている。それどころか、両腕でバツ印を作ってクラブギルディの方を指さす。なんだ、タイムの合図か? と思って首を捻るクラブギルディは、背後に強烈な殺気を感じた――――。
(――――振り返れば、俺は死ぬ)
そんな天啓を感じ取ってしまうほどの、うなじがピリピリと悲鳴をあげるほどの恐ろしい威圧感。
「……へぇ。誰が壁ですって……?」
壁。なるほど確かに壁だった。壁は壁でも断崖絶壁。胸も、そしてクラブギルディの今の命も絶壁の縁にあった。
その、青色の悪魔の名は――――。
「げぇっ、テイルブルー!? ま、待て、違う。ちょうどぶつかって止まり、それが平らだったから壁だと……」
「―――――うがあああああああああ!」
情けとかいらないよね? とばかりに叩き込まれる右ストレートがクラブギルディの顔面を抉り、思い切り吹き飛ばす。そしてちょうどそれが慧理那の方に飛んできたものの、ホワイトは何かに気づいたのか、ただ慧理那の横に立って呟いた。
「――――…ん、まかせる。オーラピラー?」
「グランドブレイザ―――――ッ!」
ホワイトが若干自信なさげにオーラピラーを展開し、見事なタイミングで飛び込んできたレッドのグランドブレイザーが、飛んできたクラブギルディをジャストミート。真っ二つにして爆散させた。
それは一見すると情け容赦ない攻撃にも思えたが……なんとなく、放っておいたらブルーによるもっと激しく凄惨な殺戮現場が展開される――――周囲の人間を含めてそう思わせる何かが、そこにはあった。
「よし、やったなホワイト!」
「ん」
レッドとホワイトは悪鬼の如き表情でクラブギルディが消えた辺りを見ていたテイルブルーを見て、何も見なかったことにすることを決めたらしい。二人で勢い良くハイタッチすると、露骨にブルーから目を逸らし。そして足を押さえる尊とその隣の慧理那の方を向いて言った。
「メイドさんは大丈夫ですか?」
「……ああ、問題はない。君たちのお陰だ」
尊が頷き、慧理那も嬉しそうに礼を言う。
「また、助けていただきましたわね……あ、そうでした! お返しいたしますわ、テイルホワイトさん」
「ん」
ホワイトは慧理那が仰々しく返却したテイルレッドフィギュア入りのレジ袋を受け取り、それを見たレッドが目を見開いて驚く。
「ホ、ホワイト……ど、どうしたんだそれ!?」
「……? 売ってた」
それはそうだろう。
そんなことよりなぜ自分のフィギュアを、と頭を抱えたそうなレッドに、ホワイトは笑顔とともに言った。
「………いいツインテール。……フォクスギルディを思い出す」
「い、いや。あんまり思い出したくないけど……あ、ありがとう?」
一瞬だけ微妙な顔になったレッドだが、やはり(ツインテールを)褒められて満更でもないのか釣られたように笑顔になり。戦闘が終わったために押し寄せつつある野次馬とシャッターのフラッシュを横目に、よくやく落ち着いたのか、ややバツの悪そうなブルーに声をかける。
「ブルー、頼む!」
「ああ、もう! わかってるわよ……」
「じゃあまたな、ホワイト!」
「……ん、おつかれ」
ブルーが髪紐属性の属性玉を使い、レッドの手を取る。
そして飛び上がる直前、レッドは慧理那に向けて言った。
「――――それじゃあ。貴女がツインテールを愛する限り、俺……私は必ず助けに来ます」
「ツインテールへの、愛……」
ホワイトは、レッドの言葉に慧理那の表情が曇ったのを見逃さず。ブルーに手を引かれてジェット機のように飛び上がってしまったレッドの代わりに言った。
「――――…想い」
「……え?」
「―――――わたしたちが守るのは、篭められた想い。それがどんな想いでも」
あなたのツインテールは、輝いているから。
ちょっとカッコつけようとしたホワイトだったものの、殺到しつつある野次馬を煙幕で撒いて、驚異的な跳躍力で飛び上がったかと思うと、光に包まれてその姿が消える。
「わたくし、は……」
ぼんやりとテイルホワイトが消えた空を見上げる慧理那の顔には、先程までの曇りはなく。ただ、戸惑いがあった。
――――――――――――――――――
「ただいまー」
「……ご苦労様です、葵さん」
というわけで神堂会長を救助して帰宅すると、むすーっとした空気のリィリアに出迎えられた。……ぶっちゃけ怖くないというか微笑ましいが、これで笑ってしまうと怒りのボルテージが上がっていくのは想像に難くないので神妙な表情で問いかける。
「えーと、どうした?」
「どうした、じゃないのですっ! 見てください、これを!」
リィリアが指差す先では、テレビが何やら特番をやっていた。
『テイルレッドフィギュアを買いに、テイルホワイト現る!』と、デカデカとタイトルがつけられ、いつものごとく無駄に仰々しい肩書きの人達が話し合っている。
『やはり、テイルレッドたんとホワイトたんには直接の面識はないのではという意見に信憑性が増したのではないですかね』
『見てください、この嬉しそうなホワイトたんの顔、それに恥ずかしそうなレッドたんもたまりませんね。ええ』
『世論では、早急にテイルホワイトフィギュアを造ってテイルレッドにプレゼントすべき、という意見も高まっており……』
「……えーと、何か問題が?」
「………そもそも問題しかないのですが、葵さん……監視カメラにフィギュアを買うテイルホワイトは映っていないのですよ…?」
「あ」
やばい。そういえば変身する時以外は全く気にしてなかった。
「……そんなわけで、なんとか監視カメラの映像は差し替えておきましたけど」
ありがとうございます!
土下座する勢いでお礼を言うと、リィリアは若干機嫌を直して、呆れたように言う。
「……結局、どうしてフィギュアなのです?」
「いや、ほら。変身も本物もダメらしいからツインテール不足というか…? それにほら、このフィギュアのツインテールは結構出来がいいぞ…?」
フィギュアを取り出して力説するが、リィリアは微妙な表情のままだ。
数秒の沈黙の末、リィリアはなんとも言えない顔で言った。
「……そ、それより…その、わたし、とか……」
「え?」
「………もうっ! とにかく、どこもホワイトとレッドの仲を邪推してて大変なんですからね!」
「……はい」
なんでそれでリィリアが大変になるんだろう……。というのは聞いてはいけないのだろう、きっと。そんなことを考えながら、耳を打つのはテレビで真面目にレッドとホワイトの仲について突拍子もない理論を並べ立てる評論家やらなにやら。
「……ごめん、リィリア。これは聞いてるだけで精神的にキツイな」
「………そうですね。とりあえず晩御飯のお買い物にいきませんか…?」
もしかして学校でも影響があるのかな、と思うとようやく自分が早まったことに気がついたのだった。