『私メリーさん。今あなたの家から51メートルの所にいるの』
日曜の夜、突如ケータイにかかってきた非通知の電話から始まるメリーさんと電話口の青年のお話。小説家になろう様でも掲載しています。

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メリーさんの電話

『私メリーさん。今あなたの家から51メートルの所にいるの』

 

日曜日の夜7時過ぎだった。

 

 

 

 

 

 

日曜の夜に見る国民的アニメといえばサザエさんである。

しかし最近ではサザエさんを見てしまうと「ああ、明日は会社か……」と憂鬱になる現象も流行っているらしく、土曜に父親が一日中家にいると日曜と勘違してしまうのと同じレベルの社会現象を巻き起こしている。

 

今日もまた来週予告後のジャンケンをしたのち、「明日は月曜か」などと内心でボヤきながらチャンネルを変えていく。

よほど興味のある番組が無い限り大河ドラマが始まるまで特別何か観るものがあるわけではない。

大抵は撮り溜めしてあった深夜アニメを観賞する。

 

今日は死の一週間が始まる前夜の余興として、先週観るのを忘れたソード・アート・オフラインを観ようとブルーレイレコーダーの電源を入れたときだった。

 

Prrrrr!Prrrrr!

 

テーブルの上に置いてあったケータイが鳴った。

手を伸ばしてなんとかテーブルのケータイを手に取ろうとするが、あいにくコタツの座椅子からは届きそうにない。

面倒なので無視しようとするも、かれこれ20秒くらいずっと鳴りっぱなしなので流石に根負けして立ち上がってケータイを手にする。

 

画面には非通知とだけ表示されていた。

 

「もしもし」

『私メリーさん。今あなたの家から51メートルの所にいるの』

 

電話はそこで切られた。

5秒にも満たない一瞬のできごとである。

間違い電話や冷やかしの一種か何かかと思いつつ、四捨五入せず的確な数字を伝えてきたところに電話主のマメさを感じる。

 

どうせ悪ガキの悪戯か何かだろう。

そう決めつけ、ケータイをテーブルに置く。

 

Prrrrr!Prrrrr!Prrrrr!

 

また電話がかかってきた。思った通り非通知だ。

 

「はい」

『私メリーさん。今あなたの家から5.1メートルのところにいるの』

 

やはり電話はそこで切れた。

しつこい迷惑電話だな、と思いつつ、さっきの電話から距離が10分の1に縮まっていることに気付いた。

 

いま家には自分一人だけだし、そこは少し気になるが所詮はイタズラ電話。

面倒だし正直怖いし、こんど同じ人からかかってきたら拒否ってやろうと心に決め、ひたすらケータイの暗い画面を睨む。

 

すると、まもなく画面がパッと明るくなって非通知の画面が表示された。

 

Prrrrr!Prrrピッ

 

「はい」

『私メリーさん。今あなたの家の前にいr』

 

ブツッ……プープープー

Prrrrr!Prrrrr!

 

『私メr』

 

ブツッ。プープー

Prrrrr!Prrrrr!ピッ

 

『わたs』

 

ブツッ。プープープー

Prrrrr!Prrrrr!Prrrrr!ピッ

 

『ちょっ、私メリーさn』

 

ブツッ。プープー

Prrrrr!Prrrrr!ピッ

 

『さ、最後まで聞きなさ――』

 

ブチッ。プープー

Prrrrr!Prrピッ

 

『切るなーッ!!!』

「はあ」

『何!?あなた私に恨みでもあるの!?』

「無いッスけど」

『じゃあ切らないでくださる!?いい?私メリーさん!分かってくださった!?』

「知ってます」

『私ね、今あなたの家の前にいるの!』

「さいですか。外寒いんで路面凍結とか気を付けてお帰り下さい」

『あら、お気遣いありがとう』

「では失礼します」

『はーい』

 

プー、プー、プー……。

Prrrrr!Prrピッ

 

「今度は何スか」

『何さりげなく電話切ってんのよ!!!』

「先に切ったのはメリーさんでしょ」

『う、うるさい!こっちは東京から5時間かけて来てマイナス15度の中ずっと立ってるのよ!!』

「だから本州の人は冬の北海道に来るなとあれほど」

『もう一度言うわ!私メリーさん!今あなたの家の前にいるの!』

「それ聞きました」

『いや、中に入れなさいよ!!私を凍死させる気!?』

「うちは家族とサンタさん以外入れない主義なんで」

『――じゃあ私サンタさん!』

 

大胆なサンタさんだ。

 

『今あなたの家の前でプレゼントを持って立ってるの!』

「ぶほっ」

『だから中に入れてちょうだいな!』

 

まじスか。てか、流れが完全にグリム童話の『オオカミと7匹の子ヤギ』じゃん。

となると、外にいるメリーさんがオオカミなら、家の中でヌクヌクしている僕はさながら子羊……。

恐らくここで家のドアを開けてしまったが最期。きっとマイナス15度の冷気と共にヤツが飛び込んでくるに違いないッ。

 

「無理です」

『なんで!?サンタさんなら入れて下さるんじゃないの!?』

「いやいや、あなたメリーさんでしょ」

『……いつから私がメリーさんだと錯覚していた?』

「ファッ!?」

『私サンタさん。今あなたの家の前で凍えてるの』

「そのテには乗りませんから、不審者メリーさん」

『もうメリーでもメイサでも良いからドアを開けなさいよ!!』

「厚かましいなオイ!!」

 

どこの馬の骨かも知らぬ輩が名女優の名を語るとは……!

でもまあ女の子を寒空の下で放置プレイするのも如何かと思い、武士の情けというやつでせめてドアくらいは開けてやる。

 

ガチャ

 

「あー寒かった――って何でドアチェーンなんかしてんのよ!!」

「だってドア開けろって言うから」

「こっちは全開かと思ってたわよ!!数センチだけじゃドアを開けたんじゃなくて隙間を作っただけじゃない!!」

 

10センチあまり開いたドアの奥で金髪の美少女がギャーギャーわめいている。

 

非通知で自分の名と位置を知らせてくる人ゆえ、どんな不審者だろうと警戒してドアチェーン対応だが思ったより可愛い。

上にモコモコの黄色いセーターを着ている割に下はこの季節に合わぬスカートで、首元に巻いた黒いマフラーを握りしめながらブルブル震えている。

 

「あなたがなかなか開けてくれないせいで手の感覚が無くなっちゃったじゃない!!」

 

と、メリーさんはドアの持ち手をグイグイ引っ張り、もう片方の手でチェーンを外そうとしてくる。

手の感覚はしっかり残っているようだ。安心した。

 

「何の用ですか?」

「先にドアを開けなさい!!」

「北海道まで冷やかしに来たんですか?」

「寒いから開けなさいよ!!!」

「あの、暖房代もったいないんで用が無いなら閉めますね」

「あっ、ちょっ待――」

 

ガチャン、ガチャガチャ。

 

しっかりと施錠し、温かいリビングに早足で戻る。

 

あー寒かった。

こっちはせっかく落ち着いてテレビ見ようと思ってたのに。やれやれ。

 

メリーさんのせいですっかり冷えた体を温めようとコタツに入ろうとしたそのとき、またケータイが鳴った。

 

Prrrrr!Prrrrr!Prrrピッ

 

「もしもし?」

『……私サンt――メリーさん。今あなたの家の庭にいるの』

 

それだけを言い残すように、電話は向こうから切られた。

一瞬サンタさんと言いかけた感が否めないが、どうも先程とは雰囲気が違う。

なんというか、不気味なほど落ち着いている。

 

Prrrrr!Prrピッ

 

「はい」

『私メリーさん。今あなたの家の裏にいるの』

 

やはり電話は向こうから切られた。

 

そもそも家の庭に面した部屋は2階も含め全て鍵がかかっているし、裏手のドアも施錠されていて外から開けることは不可能。

 

どうせ入って来ることはできないさ。

自分自身にそう言い聞かせ、止めどもなく湧き出てくる動揺を必死に抑えこむ。

 

通話が切れたプー、プーという音だけが鳴り続ける。

 

ほ、本当に入って来たりして……

 

すでに最後の通話が途切れてから2分が経過していた。

時計の秒針が一刻一刻と進んでいくごとにメリーさんがすぐそこまで迫っているんじゃないかという不安が増していく。

 

そのとき。

 

Prrrrr!Prrrrr!Prrrrr!

 

電話が鳴った。

着信はやはり非通知。間違いない。

 

メリーさんだ。

 

「は、はい」

 

おそるおそるケータイの通話表示に触れて返事をする。

しかし中々返事がない。

もしかしたら誰かのイタズラ電話かも、とゆっくり終了を押そうとした時だった。

 

 

 

 

『私メリーさん。今あなたの後ろにいるの』

 

 

 

 

背後に確かな冷気を感じ、手が震えると同時にケータイを床に落としてしまった。

 

どこかで読んだことがある。

たしか本物のメリーさんだと、振り返った瞬間に電話口の相手は殺されてしまうハズ……

 

「私メリーさん。今あなたのすぐ後ろにいるの」

 

こんどは電話越しではなく、右耳の後ろから聞こえた。

 

いる。完全に真後ろにいる!

 

ギギギと油の切れた機械のような動きで恐る恐る背後に視線を移す。

すると右斜め上に金色の髪が垂れているのが見えた。あの背に流れるような長い金髪は間違いない。

さらに視線を上にすると、こちらをじっと覗き込んでいるメリーさんと不意に目が合ってしまった。

 

「うぎゃあ!!!」

「ぐぶぅ!!」

 

声を上げて飛び上がった際にメリーさんの顔面に頭突きを喰らわせてしまい、彼女は盛大に床に突っ伏した。

 

「あわわわわ……」

「なんでイキナリ頭突き喰らわせるのよ!!」

 

ダラダラと鼻血を流すメリーさんが吠える。

どうやら本当に裏口から来たらしく、濡れた足で歩いたせいで足跡のようなものが残っているが今はそんなことどうでもいい。

 

「う、裏口は確かカギかかってたはずなのに!」

「ピッキングして入ったわ。ディンプル鍵なんて私の敵じゃないわね」

「メリーさんがピッキングとはまたシュールな……」

 

今度から裏口のカギは指紋認証型にしておこう。

 

「ていうか不法侵入ですよ!!早く出ていってくれないと通報しますよ!?」

「ふふん、やれるものならやってみなさい」

 

ピッピッピ、Prrrrr!

 

「ちょっ、あなたまさかホントに――」

「もしもし警察ですか?今僕の部屋にメリーさn」

「キャーキャー!!!」

 

 

――閑話休題――

 

 

「で、メリーさんは何の用で?」

 

コーヒーの入ったカップと自分の為に買ってあったバームクーヘンをメリーさんの前に置く。

自分としたことがついメリーさんの侵入を許してしまったうえ、「寒かったんだからお茶かコーヒーくらい淹れなさいよね」とか意味の分からぬことをブーブー言われ従うハメに。

今ではすっかり慣れたらしく、鼻にティッシュを詰めたメリーさんはコタツ布団に包まりながら呑気にあくびしている。

意外に順応が早い。

 

「そもそもあなたが素直にドアを開けていれば1分で済んでいたわ」

「だからなんの用なんですか?」

 

するとメリーさんは自分の脇に置いてあった紙袋から何やら黒い箱を取りだして見せる。

 

「はい」

「何スか、これ」

「挨拶の品のチョコレートクッキーよ。ご近所に配って回ってるの」

「挨拶?」

 

箱を受け取ってもう一度問うと、メリーさんの口から衝撃的な一言が出た。

 

「私、引っ越して来たの」

「どこに!?」

「あなたの家の向かいの筋。4軒向こうの家」

「マジか」

「だから今度私が来たらちゃんとドア開けなさいよね!この無礼者!」

 

びしっと人差し指を向けてくるメリーさん。

人んちにピッキングで上がり込んでおきながら菓子と飲み物を要求している時点でどっちが無礼者だよ。

 

しかし明るいところで改めてメリーさんをよく見て見ると、めちゃくちゃ可愛い。

暗くて見えなかったバストの方ははち切れんばかりの盛り上がりで、黒タイツの美脚はムチムチときた。

 

「な、なにジロジロ見てるのよ!」

 

つい見惚れていると、顔を赤くするメリーさんが恥ずかしそうに吠えてきた。

 

「いや、なんかメリーさんって思ってたより綺麗だなって」

「は、はあ!?いっ、いいいきなり何変なこと言ってんのよ!と、とにかく私はもう失礼するから!」

「あれ、もう帰るんスか?」

「よ、用も済んだしあなたのお望み通り帰るわよ!!」

 

メリーさんは逃げるようにして玄関の方に走り出す。

――が、裏口から入ったことを思い出して廊下でUターン。

 

「チョコクッキーありがとうございました」

「か、勘違いしないでよね!!べ、別にあなたのためとかそんなんじゃないんだから!!単にお近づきの印なんだからね!!」

 

それだけを言い残し、ピッキングで不法侵入した割には律儀に「お邪魔しました!」と言ってメリーさんは帰ってしまった。

 

嵐のようにやってきて嵐のように去って行ったな。

メリーさんが帰った後、そんなことを思いつつコタツに座りながらチョコクッキーを頬張っていた時だった。

 

Prrrrr!Prrrrr!

 

ケータイが鳴った。

またメリーさんか、と思っていたが今度は画面に電話番号が表示されている。

どうやら家電らしい。

 

「もしもし?」

『私メリーさん。いま私の家にいるの』

「無事ご帰還されましたか」

『実はそっちにケータイ忘れたの……』

「はあ」

『私……ケータイが無いと私…もう……』

 

電話越しにメリーさんの悲痛な声が伝わって来る。

何もケータイを忘れたくらいで涙ぐむことはなかろうに。

東京に戻ってから気付いたとかならともかく、家がすぐ近所なんだし別にそこまで悲しまなくても。

 

「メリーさんのケータイって白いやつですか?」

『そう!それをあなたに届けて欲しいの』

 

人の家に忘れ物をしておいて届けろなんて図々しいメリーさんだ。

 

「取りには来ないんですか?」

『だってケータイが無いと、あなたの家の前に来ても「私メリーさん」って電話かけれない』

「Oh……」

 

やっぱりメリーさんは色んな意味で面倒くさかった。

 

 



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