真恋姫的一刀転生譚 魏伝   作:minmin

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第二部開始です。
第二部は、曹操陣営の大きな転換期となるので、なるべく濃く書いていきたいと思います。

12月28日追記 感想で蒼天航路そのままの展開と台詞だという指摘を受けました。
       一応次回以降は恋姫キャラの関係でオリジナルな展開になる予定です。
       お気に召しそうにないという方はブラウザバックお願いします。


陳留への帰還、その道中で

 主となった曹操に付き従って本拠地の陳留に帰還する道中。

 一刀は遠慮なく背中に突き刺さる視線に苦笑いした。

 視線の主は陳宮だ。今にも噛みつきそうな顔でがるると唸っている。

 洛陽を出発した時からずっとこのままだ。

 それを見かねてか、隣を往く桂花が声を潜めて話しかけてきた。

 

「ちょっと。大丈夫なんでしょうね、あれ」

 

「問題を起こさない程度の分別はあるだろう。

 送り出した恋の顔に泥を塗ることになるし。

 まあ、好き嫌いは別なようだけど」

 

 同じく一刀も陳宮に聞こえないよう声を潜める。

 自然と顔を寄せ合うかたちになった。

 桂花の白い頬が、ほんのり赤く染まる。

 

「連れてくるって決めたのはあんたなんだから、しっかり監督しなさいよ。

 もし流血沙汰になんてなったら、私の面目も丸潰れじゃない」

 

「あんまり心配せんでも大丈夫やと思うで」

 

 いつの間にか、反対側に霞の馬が並んでいた。

 気配も音も全くしなかった。並足であることを差し引いても、驚くべき馬術だ。

 

「あんなんでも、最低限の筋は通す奴や。

 何かあっても、精々一刀が蹴られるくらいで済むやろ」

 

「それはそれで嫌だな」

 

 再び苦笑いしながら、一刀はこうなった原因を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけたことを言うのもいい加減にするのです!

 どうしてねねがお前なんかに付いて往かねばならいのですか!」

 

 暖かな日差しが差し込む昼下がり、王允の屋敷に陳宮の大声が響いた。

 怒りで目が吊り上がっている。

 一方、怒鳴られた一刀はいつも通りの涼しい顔のままだ。

 

「その方が恋と公台殿、双方の為になるからです。

 特に公台殿、貴女は危うい」

 

「なんですと!」

 

 再び陳宮が激昂する。

 陳宮の剣幕に、上座の月は一刀と陳宮の顔の交互に見つめておろおろしている。

 呆れ顔の者、面白がる者、表情を変えない者。反応は様々だ。

 

「貴女は行動のほぼ全てが恋の存在を前提としています。

 恋に依存しきっていると言っていい。

 いずれその重さが、恋を押し潰してしまうかもしれない」

 

「そ、そんなことはないのです!」

 

 少し言葉に詰まった。

 どうやら自覚が全くないわけではないらしい。

 

「それに。

 もし、恋を失ってしまったとしたら。

 貴女は、自分の足でしっかりと立つことができますか?」

 

「れ、恋殿が死ぬなど、絶対にあるはずがないのです!」

 

 既に若干涙声になっている。

 想像しただけでこれだ。もし、が現実になったら、どうなってしまうのか。

 

「この世に『絶対』はありません。

 以前話したように、如何なる武人でも、死ぬ時は死にます。

 覇王項羽の如しと称された孫文台も、あのように亡くなるとは誰も想像しなかったでしょう」

 

 陳宮の目尻から涙が溢れる。

 すると、恋が口を開いた。

 

「一刀」

 

「何ですか?恋」

 

「一刀に付いて行くと、音々音の為になる?」

 

 恋の言葉に、一刀ははっきりうなずいた。

 

「必ず。人を成長させることにおいて、曹孟徳に並ぶ者はいないでしょう」

 

 恋もまた、こくんとうなずく。

 

「わかった。音々音を、お願い」

 

「任されました」

 

 一礼する。恋も包拳礼を返した。

 

「れ、恋殿~……」

 

 陳宮が情けない声を上げるも、恋は首を振った。

 

「いつも、一緒にいられるわけじゃない。

 恋が護れないときだって、ある。

 音々音も、強くならなくちゃ、だめ」

 

「わかったの、です……」

 

 陳宮ががっくりと肩を落とす。

 それを見て、張遼が膝を叩いた。

 

「よっしゃ、決まりやな。

 音々音が一緒に行くなら、一つ頼みたいことがあるんやけど、ええかな?」

 

「私で了承できることならば。

 場合によっては、主の許可を得なければなりませんが」

 

 一体どんな頼みなのか。

 一刀が首を傾げると、張遼は楽しそうに一刀の前で手を振った。

 

「そない面倒なことやあらへん。

 頼みってのは二つあってな。

 まず一つは――うちも、一緒に付いてってもええかな?」

 

 張遼の口から飛び出したのは、予想外の言葉だった。

 

「優秀な人材が増えるのは、私としては大歓迎ですが……。

 皆さんはよろしいのですか?」

 

「皆にはもう言うてある。

 ……ええかな?」

 

 張遼が上目遣いで見つめてくる。少し潤んでいる瞳がよく見えた。

 こういう時、女性は卑怯だとつくづく思う。

 周りを見渡したが、何れも女性ばかり。しかも、全員が一刀から目を逸らしていた。

 まあ、一刀の一存で了承しても問題はない、はず、だ。

 たぶん。おそらく。きっと。

 出仕して早々、越権行為を犯しているのかもしれないが、仕方ない。

 所詮、男は女の涙には勝てないのだ。

 

「わかりました。

 よろしくお願いします、文遠殿」

 

「霞や」

 

「はい?」

 

「うちの真名は霞っていうねん。

 あ、あと敬語も禁止な?」

 

「……じゃあ、一刀、で。

 よろしく、霞」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……恋殿とねねならば、天下をとることなど容易いというのに……」

 

 現実逃避から戻ってくると、陳宮が何やら聞き捨てならないことを呟いていた。

 馬上から半身だけ振り返る。

 

「それは興味深い。

 参考までに、どのように天下をとるのか聞かせて頂けますか?」

 

 一刀の問いに、陳宮はえっへんとない胸を張った。どうやらお気に入りのポーズらしい。

 

「天子を御護りしている今、大義は恋殿にあるのです。

 連合に参加していた諸侯を恋殿の武とねねの知略で片っ端から潰してゆけば、恋殿は漢帝国再興の英雄なのです!」

 

 先程とは違う種類の苦笑いが零れた。隣の桂花は呆れ顔だ。

 

「なるほど。まあ、実現する可能性はなくもないでしょうが……。

 では公台殿。貴女は、天下を統べて何をしたいのですか?」

 

「何、を……?」

 

 一刀の言葉に、陳宮は固まってしまった。

 

「恋は強い。それは間違いありません。

 貴女の戦術能力も、私などより遥かに上でしょう。

 連合に参加した諸侯の中で、純粋に董卓の専横を止めようとした者は極僅かでしょう。少しばかり謀略を為せば、攻め込む口実は確保できる。

 貴女達二人ならば、或いは天下をとることもできるやもしれません」

 

 横で桂花がそんなわけないでしょ、という顔をしていた。

 

「その先にあるのは、貴女の策のままに大量の血を流した恋と、彼女への怨嗟の声。

 人口が激減し、荒廃した不毛な漢の大地です。

 貴女はその天下で、何を為そうというのですか?」

 

「…………」

 

 陳宮は答えない。答えられない。

 

「この乱世です。天下への野心を持つ軍師は大勢いるでしょう。それを否定するつもりはありません。私とて軍師の端くれですから。

 ですが、貴女の野心には政の視点が、天下をどのように治めるか、中華の大地に住まう億の民をどのように食わせるかという視点が足りません。

 頭の中にあるのは、恋をどのように戦わせるかという軍略だけです」

 

「そ、それのどこが悪いのです!

 大体、軍師なんてものはどうしようもなく戦が好きで、頭の中では常にまだ知らぬ敵とまだ知らぬ激しい戦を戦っているのが本来の姿なのですぞ!」

 

 陳宮の大声に、周りの兵が何事かと振り返る。

 さすがにばつが悪くなったのか、それきり黙りこんでしまった。

 

「確かに危ういわね、あの子。

 戦をどうやって終わらせるか、っていうところから軍略を考えるあんたからすれば、特にね」

 

「能力はあるんだけどな。

 経験を積む前に、恋の武と戦に魅せられ過ぎてしまったんだろう。

 良くも悪くも、な」

 

 会話は終わりにして、馬を御すことに集中する。

 少しずつ、行軍速度が上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 曹操軍は、たとえそれが本拠地へと帰還する最中でも訓練を怠ることはない。

 並足から早足へ。交互に繰り返したあと、早足が続き、行軍速度はさらに上がっていく。

 走りながら食事をとることもする。名士のお嬢様だった桂花には、最初は堪えただろう。

 指揮をとっているのは夏候姉妹だ。曹操はそれを採点しているらしい。

 行軍を観察していると、姉妹それぞれのクセのようなものが視えてくる。

 武将には大別して感覚型と計算型の二種類がいるが、姉が感覚型、妹が計算型のようだ。

 一長一短であり、どちらが優れているというわけではない。

 例えば、感覚型は軍略を細かく考えることはしなくても、相手の軍の動かし方を勘で見破ってしまうときがある。こういう将は、小細工の効きにくい、大群同士の正面からの決戦に強い。

 一方計算型は、何軍にも分かれてあちこちで同時進行する戦に強い。性格な情報と決断の速さが重要だからだ。多数の将を統括する司令官に向いている。

 そして、軍師に桂花。現時点でも、バランスのとれた良い軍だ。

 ここに、神速の騎馬術を誇る張遼、純粋軍師陳宮が加わるとどうなるのか。荀攸となって以来、久しく忘れていたワクワクするという気持ちが湧き上がってきた。

 

「どうかしら?私の軍は。

 荀家の麒麟児の見立てを聞かせてちょうだい」

 

 曹操が馬を寄せて問いかけてくる。

 視界の端に、桂花が頬を膨らませているのがちらっと見えた。

 

「素晴らしいの一言に尽きます。

 兵も、将もそうですが、感嘆すべきは軍紀でしょうか。領地へと帰還している最中にもかかわらず、気に一切の緩みがない。ご主君の人柄が、そのまま軍に出ているのかもしれませんね」

 

「お世辞がうまいのね。他には?」

 

 曹操は楽しそうに笑った。視界の端の桂花の機嫌が急降下する。

 

「馬の脚ですね。

 馬という生き物は、長い間走らせないと身体が縮こまり、本来の脚の速さ、強さを活かせなくなるものです。

 この軍は、並足で行軍している間も、兵が休んでいる間も、常にそれに気を配っていました」

 

 今度の返答には、曹操は少し驚いた顔をした。

 

「よく気が付いたわね。中々そこまで気が回る軍師はいないものよ。

 あれやこれやと理屈を捏ねるばかりで、戦場や兵の実際の姿を知らない自称軍師も多いわ。

 頭の中だけで戦をするなら、誰だって百戦百勝よ」

 

 無理もない。本格的に軍師の需要が高まったのはごく最近のことだ。

 一刀のように、実際に兵に混じって戦を経験した軍師など少数だろう。

 

 それを伝えようと、口を開きかけたところで。

 

「急報!急報です!!」

 

 伝令の兵が大急ぎで駆けて来た。

 曹操の前で馬から飛び降りて膝を付く。

 

「落ち着きなさい。

 冷静に、正確に、何が起こったのかを伝えなさい。いいわね?」

 

「はっ」

 

 伝令兵は、呼吸が落ち着くのを待って話始めた。

 

「エン州に、青州から黄巾賊が攻め込みました!

 その数凡そ三十万!

 エン州刺史劉岱殿は殺害され、配下の鮑信殿が指揮をとり食い止めておられますが、大軍を前に苦戦しております!つきましては、曹操殿に救援を請いたいと!」

 

 騒乱が、始まった。

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
第二部、中原動乱編、最初は青州黄巾賊編です。
勿論あの三姉妹も出てきますよ。
というわけでまずはプロローグ。
感想お待ちしております。

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