真恋姫的一刀転生譚 魏伝   作:minmin

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どうにかきちんと桃香さんのお話になりました。今回は結構難産だったかも。
今回は恋姫公式で名前だけ登場、女の子だと明言されているキャラが男になってます。そういうのが受け付けない方はブラウザバック&スルーお願いします。
ではどうぞ~


劉備の決断

 

 都ほど近くにある大池。

 酒で満たされた大甕を横においてのんびりと釣竿を垂れる。とはいえ全くあたりはないのだけれど。時たま上げて餌を確認しても、齧られている様子もない。

 

「桃香お姉ちゃん。この池には本当に魚がいるのだ?」

 

 横で同じように竿を構えている鈴々ちゃんは、じっとしているのがたえられないようでさっきからずっと身体をもじもじ動かしていた。

 

「焦っちゃだめだよ鈴々ちゃん。鈴々ちゃんの焦りやいらいらなんて、お魚さんにはみーんなお見通しなんだから」

 

 そう、焦ってはだめだ。

 釣り手の焦りや苛立ちが、竿や糸を通して水中へと伝わるように。私のほんのわずかな動きも、そこらじゅうに潜んでいる密偵にすぐ伝わる。

 

「そういうものなのだ?」

 

「そういうものなの」

 

 今はじっと待つ。相手が焦れに焦れるまで。その時こそ、人の本性が最もよく視える時だ。

 

「そうなのかー。

 じゃあ、桃香お姉ちゃんはそんな大きい竿でどんな大きいお魚を釣るつもりなのだ?」

 

 今私が持っている竿は鈴々ちゃんが持っている竿の倍はある。本当は力持ちの鈴々ちゃんが持つほうが似合っているのだろうけど――。

 

「これは小ものを釣らないための大竿だよ」

 

 そう言った次の瞬間、ゆっくりと近づいてきていた釣り人が声を掛けてきた。

 

「はっはっは。

 この池にはそんな大魚はおりませんよ」

 

 継ぎ接ぎだらけ、汚れが目立つ服。どこからどう見てもただの農民にしか見えない。

 

「そうかな?

 甕の中にはもっと大きな針を持っているんですけれど」

 

 その一言で釣り人が一瞬言葉に詰まる。

 つば広の帽子からこぼれ見える額には汗が浮いていた。

 

「これはこれは。

 貴女様も随分のんびりしておられます故、まだ甕の中にお気づきでないのかと思っておりました」

 

 あたりだ。ようやく魚がよってきた。

 どれだけ見た目を誤魔化しても、身に染み付いた動きだけは自然と漏れてしまうものだ。あの歩き方は、常日頃から礼服を着慣れている人のそれだった。

 

「こうしていたほうが近づきやすいでしょう?」

 

「恐れ入ります。

 私は孔融殿の同志、王子服と申します」

 

 つばを持ち上げ顔を見せてから隣に腰を下ろす。とりあえずはまともに話す気はあるらしい。

 

「狙っている魚はまだ官渡水の中にいるような気がしますよ」

 

 子服さんもまた釣り糸を垂らす。

 

「もうすぐ年に二度の朝議ですからな。節句の宴もあります。大魚も都が恋しくて戻ってくるそうですよ。

 まあ、戦況がどうにもならなくて投げ出したというところではないでしょうか」

 

 そんなことはない。

 確かに曹操さんは無駄を無駄と知りながらそれを愉しむことができる人だ。けれど、こと戦においてそれはない。その行動のひとつひとつに全て意味がある。

 

「その節句の宴では、左将軍が剣舞を披露されるご予定だとか。曹司空もたいそう楽しみにしておられるようですよ」

 

 節句の宴で、剣舞。

 

「それは、陛下や曹司空の御前で、ということですか?」

 

「そうなりますな。

 逆賊が許都に潜伏しているという噂が流れている故、本来ならば剣舞といえど陛下の御前に刃物を持ち込むことなど許されないのですが……陛下は劉皇叔の舞が是非見たいと特別にお許しになられたそうです。

 とはいえ、謁見の間の周囲には近衛兵が配置されるようようですが」

 

 なるほど。仕込は万端というわけか。

 そしてその仕込は、そのまま私を始末するためでもある。

 陛下の御前を血で汚し、漢王朝再興の尽力者曹操を殺した大罪人、劉備。その場で斬り殺されても誰も文句は言わないだろう。

 後はそのまま袁紹さんに降伏する。というよりは迎え入れるつもりか。帝位を禅譲するとかなんとか言って呼び出し、これまた誅殺してしまうつもりかもしれない。

 

「では、私はこれで」

 

 子服さんが去っていく。言うべきことは言った、ということだろう。

 

「と、桃香お姉ちゃん!」

 

 鈴々ちゃんの声がする。

 自分の竿を見ると、今まで見たことがないような大魚が餌に喰らいついていた。

 

 そろそろ、決めなくてはいけない。

 

 この魚を釣り上げてどうするのか。

 上げてみたら思ったより小さいってこともある。煮る釜があるのか?焼く火があるのか?それとも腐らせてしまって私が笑いものになるのか。

 

「……今日は上げちゃいけない日みたいだね」

 

 大魚が餌を食いちぎって池の中に消える。

 

「帰ろう、鈴々ちゃん」

 

 

 

 帰りの道中の馬上。前に乗る鈴々ちゃんの頭の上に胸を乗せて考える。

 曹操さんを暗殺し、その後許都に上がってくる袁紹さんを誅殺すれば確かに漢帝国は一発逆転だ。

 でもそれは何かが違う。巨大な奸雄はいなくなるかもしれないが、乱世はより一層激しくなるだろう。大勢力が居ない分、今以上に細かく国が割れるかもしれない。いや、英雄という意味では孫策さんがいるのか……。

 何れにせよ、そこに私の居場所はない。

 

「桃香お姉ちゃん。

 鈴々は今日みたお魚のことは誰にも話さないのだ」

 

 突然胸の下からぶすっとした声がした。

 

「んー?どうしてなのかな?

 鈴々ちゃんならこんなお魚見たーっていっぱい自慢すると思ってたけど」

 

「もし嘘だって言われたら嫌なのだ!

 桃香お姉ちゃんが釣ってたら鈴々だって自慢したのだ……」

 

 一転してしょんぼりとした声。これは少し悪いことをしてしまったのかもしれない。

 けど――。

 

「鈴々ちゃん!ほら吹きって言われて生きるのも悪くないよ!

 地と人は手にはいらなくても空はいくらでも手に入る!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蝶花による楽奏に引き続き~~」

 

 謁見の間に朗々とした声が響く。

 

「左将軍劉玄徳殿による剣舞~~。

 演目は屈原作『国ショウ』~~」

 

 私は袋だ。

 民の声を、希望を。恨みもつらみも。

 すべてを飲み込んで天下へと拡げる袋だ。

 

 曹操さんが機嫌よく歌っている。

 

 だけどその袋は愛紗ちゃんと鈴々ちゃんの二人だけで満たされてもいる。その私が、この勅のことを愛紗ちゃんには伝えなかった。

 

 孔融さんが暗い目で嗤っている。

 

 これはきっと天意が足りないっていうことだ。今はまだその時じゃないっていうことだ。

 

 陛下。

 貴方はこの勅を発してはいないのでしょう。けれど、止めようともしていない。

 貴方には、曹操さんという雄の活躍を眺める余裕がある。漢王朝など滅びてもいいという諦観がある。それは、私の思い描く漢には無用の長物です。

 

 剣の切っ先が曹操さんへと向く。

 そして――そのまま孔融さんへ。

 

 孔融さん。

 貴方から受け取った曹操さん誅殺の勅はこの大袋の中で封印します。

 だけど、曹操さんっていうあの物凄い人が私の袋に入りきらないときは――。

 他の誰にでもない、私に下された天意として。

 正々堂々と、戦の場で。

 この許都で。あの書庫で語り合った時から、貴女もそう感じていたでしょう?

 曹操さん。

 

 

 節句の宴は何事もなく終わった。

 潜入の噂があった逆賊も、結局現れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 節句の宴が終わった夜。

 鈴々ちゃんと二人、得物を抱えて椅子に座っていた。堪え性のない人ならば、今日すぐに来るはずだ。

 お互い一言も発さないまま時が過ぎる。

 そして半刻が過ぎた頃――深夜の邸宅に、招かれざる客の気配がする。

 顔を見合わせてうなずく。得物を構えて立ち上がる。

 窓から入ってきたのは――全身黒ずくめで、手に短剣も持った男だった。

 すぐさま鈴々ちゃんが横から一撃。そのまま中に引きずり込む。

 続けて入ってきた男も私の不意打ちで昏倒。ほっと息をついた時、背後で音がした。

 振り返ると、別の場所から侵入したでであろう同じ装束の男がいる。

 

 まずい。しくじった。

 

 男が短剣を振りかざし、気が抜けて身体に上手く力が入らない私に襲い掛かって――窓の外から飛んできた短剣が胸に刺さって事切れた。

 

「こいつらは囮ですよ。

 相変わらず詰めが甘いんだからもう」

 

 外から軽口が聞こえてくる。

 最後に言葉を交わしたのはそれほど前ではないのに、何故だかとても懐かしく感じた。

 

「お久しぶりです、元直さん」

 

 私の言葉を聞いて鈴々ちゃんも思い出したらしい。強張った身体から力が抜けていく。

 

「誰ですそれはー?

 俺は単福です。た、ん、ふ、く。

 そこのところきちんとわかってます?」

 

 相変わらずの軽口だった。安心してくすくすと笑ってしまう。

 彼はよっこらせ、なんていいながら窓から中に入ってきた。

 

「勿論わかってますよ。

 でも、命を助けてくれたお礼くらいきちんと言いたいじゃないですか」

 

 私がそう言うと、彼――徐庶さんは何故か固まってしまった。

 

「本当にこの人はもう……」

 

 ぶつぶつ言いながら後頭部を帽子越しにがしがしと掻く。ところで、夜なのにその真っ黒な眼鏡は意味があるんだろうか。

 

「まさか昨日の今日で来てくれるとは思ってませんでした」

 

「まあ、可愛い可愛い後輩二人の頼みだしね。法正も絶対連れて来てくれって言ってたし。

 それにそろそろ潮時かなって思って暫く前から許都に潜り込んでましたから」

 

 なるほど。

 やっぱり、軽そうに見えてやることはやってくれる人だ。

 

「それじゃあ行きましょう。愚図愚図している暇はなさそうですし」

 

 鈴々ちゃんが荷物を背負う。

 再び顔を見合わせてうなずき合った。

 

「関羽殿は本当にいいんですか?」

 

 単福さんが一応は、という感じで聞いてくる。

 

「先陣の功労者ですし、殺されることはないと思います。

 生きてさえいればどうにでもなりますから」

 

 そう言って、今できるだけの笑顔を見せる。

 この笑顔は、私の覚悟だ。お別れなんかじゃない。絶対にまた会うんだ。

 

「わかりました。もう何も言いませんよ。

 それじゃあ行きましょうか。いざ蜀へ!」

 

 さあ、新しい空を手に入れに行こう。

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
時系列的に言えば前回から少し時間が飛んでます。華琳様が許都に帰還してますしね。
そして元直さんの登場です。容姿と性格は前回の徐晃同様三極姫そのまま。境遇はオリジナルですけどね。この人の手引きで桃香は蜀に行くことになりました。
次回は華琳様が都に帰ってくるまでの話になるかな?
感想お待ちしております。


今日の一言。 真剣で私に恋しなさい!の直江大和君なら、蘭子ちゃんを軍師的にうまくプロデュースしてくれそう。熊本弁で会話もできるでしょうし。笑

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