真恋姫的一刀転生譚 魏伝   作:minmin

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原作キャラの半オリキャラ化、原作キャラの死、若干のアンチがあります。
それらが許せないというかたはお戻りください。


金剛爆斧、主が為に死域に入る 神速、真名託するも応え返らず

 汜水関にて張遼――霞は兵に檄を飛ばしていた。

 

「皆気張りーや!

 もうちょいで日が暮れや!そしたら攻撃も一旦止まる!

 ここが踏ん張りどころやで!」

 

 周りの兵が一斉に応、と声を上げる。

 元より数が違うのだ。兵は疲労の極みにあり、休む暇など数えるほどしかない。

 だというのに、士気は開戦当初から高いまま維持されている。

 

 これも月っちの人徳やな。

 

 口の中だけでそう呟く。

 涼州から付き従ってきた兵の一人一人が皆知っているのだ。

 己の主が、董卓という人が、どれだけ慈愛に満ちた人であるか。

 檄文に記されているような奸雄ではないことを。

 洛陽での新参兵の振る舞いを容認するような悪逆非道の人物ではないことを。

 武に秀でているわけではない。

 優れた智謀の持ち主でもない。

 だが、何故か力を尽くそうと思える主なのだ。

 人徳という点では、連合にいる劉備とやらも相当らしいが、霞は月とは別物だと思う。

 劉備に従う人間は、皆彼女に心酔しているという。夢や酒に酔うように、劉備によっているのだと。

 酒は飲んでも、飲まれるものではない。

 月は、肯定も否定も全てを受け入れる。

 来る者は拒まないが、去る者も追わない。あるがままの自分を受け入れてくる。

 そんな月が、霞は好きだった。

 

「張遼!」

 

 横から掛けられた声に顔を向けると、華雄がこちらに近づいてきていた。

 あちらの攻撃もかなり激しかったのだろう。普段は日の光を反射して美しく輝く銀髪が、今は埃で曇っていた。

 

「袁紹の軍がまた動きだしたようだ。今のうちに石を集めておくぞ」

 

 見ると、確かに袁紹の軍が大木を槍にして、車に載せたものを引っ張り出そうとしている。

 

「またかいな。何度も何度もこりんやっちゃな」

 

「だが厄介ではある。攻城兵器は誰が使っても効果は同じだからな。

 愚直に繰り返す、という言葉もある。ひょっとしたら、馬鹿の袁紹が使った方が効果的かもしれんぞ」

 

 なるほどそうかもしれない。2人で薄く笑いあって、迎撃のための準備を始める。

 

「石落としよるのは一旦引きーや!弓兵は穴埋めに入り!」

 

 霞の声に反応して兵が即座に動く。

 練度は高い。この戦に向けて、激しい調練を重ねてきたのだ。

 月を人質にとられ、李儒の子飼いの兵以外はほとんどが洛陽の外に追いやられた。その時間を利用して調練を行った。

 反董卓連合軍との戦を想定して、だ。

 調練の計画は細部まで緻密に練られていた。

 連合に参加する主な人物。その配下の武将、軍師。

 連合軍がとるであろう作戦。

 それら全てが想定され、そしてほぼ全てが的中している。

 詠のように、優れた智謀の持ち主なら、敵の戦略、戦術を予想できるかもしれない。

 名士は皆、独自の人脈を持っている。荀家ほど顔が広ければ、各地の人材を把握できるかもしれない。

 だが、荀攸という男は、月が相国の位に就く遥か以前から全てを見通していたのだ。まるで、未来が見えていたかのように。

 面白い。こんなに面白い男は初めてだ。見ていて飽きない、と笑っていた王允の気持ちがよくわかる。

 

「楽しそうだな、張遼」

 

 華雄が含み笑いをしながらこちらを見ていた。

 

「せやな。楽しいわ。楽しませてくれるやつがおるからな」

 

「ほう。男か?」

 

「確かに男やけど……って、そんなんとはちゃうで?」

 

「そうかそうか」

 

 信じていない。顔は戻ったが、目が笑っている。

 

 まあ、嫌いではないけど……どうなんやろなあ。

 

 攻城兵器が進み始めた。迎撃の指示をだす。

 

「ええか!うちの声に合わせて石落とし!……今や!」

 

 小難しいことを考えるのは後にして、霞は指揮に集中した。

 どうやらこの攻撃が、今日最後の波になりそうだった。

 

 

 

 日が暮れてしばらくして、連合軍の攻撃はひとまず静まった。

 霞も、華雄と焚火を囲んで僅かな休息を取る。

 炙った干し肉を一口の水で流し込み、大きく息をはいた。

 向かいの華雄も同じように食事を終え、腕を組んで目を閉じている。

 

「なあ華雄」

 

「なんだ?」

 

 華雄はいつでも実直だ。道理を強く好み、無駄を嫌う。

 返事はしても目を閉じたまま微動だにしないのは、少しでも体力の回復に努めようとしているからだ。

 自分とは正反対の性格だが、何故か不思議と馬が合った。

 

「アンタ、真名はしゃーないとしても、月っち以外誰一人字でも呼ばへんよな。

 うちらのこと嫌っとるってわけでもなさそうやし、なんでや?」

 

「……私が董卓軍に加わった理由を知っているか?」

 

 以前聞いたことはある。確か……。

 

「恋に負けたから、やったか?」

 

 華雄は目を開けて軽くうなずいた。

 

「完膚なきまでに叩きのめされた。それも死なないように手加減されて、な」

 

 仕方がないことだと思う。万全の状態の恋の強さは、最早別格だ。

 

「それが?」

 

「私は武人だ。初めて武器を手にして以来、常に最強でありたいと思っている。

 それは今でも変わることはない。生涯を懸けて腕を磨き続け、いつか呂布に勝つ。

 それが私の今の目標だ。勝負の結果、たとえどちらかが死のうとも、な」

 

「情が移らんように、ってことかいな」

 

「ああ」

 

 なるほど。理解できなくもない。

 

「月っちだけ別なんは?」

 

 聞くと、口だけで薄く笑った。戦闘中とは違う、柔らかい笑みだ。

 

「呂布に敗れたとき、これ以上の屈辱はないと思った。

 なまじどれだけ手加減されたかが解ってしまっただけにな。

 このまま自害してしまいたい、と思うほどに」

 

「それを止めたのが月っちってわけか」

 

「ああ。今は敵わなくとも、いつか再戦すればいい、とな。

 月様は、私の命の恩人なのだ」

 

 なるほどなあ、と霞は思う。同時に、やっぱり真面目すぎるのはあかんな、とも。

 こら、近いうちに華雄と真名交わさなあかんなあ。

 そう決めて、霞も休むために目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝の連合軍の攻撃は、少し様子が違っていた。

 先鋒の軍の中から、一騎がゆっくりと前に出てくる。

 得物は青龍偃月刀。腰まで届く見事な黒髪が美しい。

 

「汜水関に籠る臆病者の敵将に告ぐ!

 我が名は関雲長!漢帝国再興の大義に生きる劉玄徳の腹心なり!」

 

 そのままこちらを挑発して誘き出そうとしている。一騎打ちで相手になる、とも。

 勿論、相手にする者はいなかった。汜水関ではとにかく守備に徹し、連合軍を消耗させる。兵でも、物資でもだ。

 ある程度時間を稼いだら、虎牢関に撤退し同じ作戦を取る。

 連合軍が消耗しきったところで恋の軍が突撃する。

 それが、詠と荀攸の示した基本的な作戦だった。

 空気が変わったのは、挑発の言葉が月の誹謗中傷に移ったころだ。

 中々出てこないこちらに業を煮やしたらしい。かなり激しい口調で罵っている。

 それが暫く続いて―昨夜と同じように目を閉じて腕を組み、壁にもたれかかっていた華雄が突然前にでた。

 

「出る」

 

 それだけ言って、門へと歩いていく。

 

「ちょ、待ちいや華雄!詠っちから言われたこと忘れたんか!?」

 

 どれだけ挑発されてもうって出るな。将が出ると、兵もつられてしまい統率がとれなくなる、と。

 すると華雄は前を向いたまま答えた。

 

「覚えているさ。私が出たらすぐに門を閉じろ。

 お望み通りの一騎打ちだ。それなら問題ないだろう」

 

「せやかて……」

 

 関羽は強い。ここから見ただけでそれがわかるほどに。

 自分や華雄といえど、確実に勝てるとは断言できない。

 

「止めてくれるな、張遼」

 

「霞や」

 

「何?」

 

 華雄が初めて振り返った。

 

「聞いたことあるやろ。うちの真名や。アンタのも教えてもらうで」

 

 華雄が声をあげて笑った。

 

「風情がないな、霞。私の真名は帰ってきてからだ!」

 

 馬に飛び乗り、開門!と叫びながら駆けてゆく。

 二度と、振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 風を感じる。馬と一体となって駆けるときが、一番風を感じることができる。その瞬間が、華雄は好きだった。

 徐々に足をゆるめて関羽の前へ。彼我の距離が馬躰十頭分ほどで止まる。

 

「董卓軍にも少しは骨のある者がいたか。私は――」

 

 金剛爆斧を一振りして言葉を遮る。

 

「御託はいい。武人なら武で語れ」

 

 顔つきが変わる。

 やはり、強い。

 世は広いものだ。このような豪傑が隠れていようとは。

 

 得物を前にして睨み合う。呼吸を十ほど。同時に前へ。

 切り結ぶ。重い。即座に馬首を返す。関羽も既にこちらを向いている。

 再び得物がぶつかり合う。三合。四合。腕が痺れる。

 

 ――正面からのぶつかり合いは不利か。

 

 渾身の力を込めて一撃を放つ。受け止められるがかまわない。体重をかけ、無理矢理距離を詰める。これで並走することになる。

 

 涼州兵の強みは騎馬隊だ。馬術しかり、馬質しかり。

 このまま攻撃を捌き続ければ、その差がでる。そこをつく。

 関羽もこちらの狙いに気づいているようで、手数と力強さが一合ごとに増していく。一瞬たりとも気が抜けない。

 

 そして―きた。関羽の馬が僅かに遅れる。

 

 再び渾身の力を込めて放つ。関羽が馬ごと後ろにさがった。

 馬首を返し、体制が整わないうちに止めを刺す。

 

 金剛爆斧を大きく振り上げ――何かが通り過ぎた。

 馬が崩れる。地が一瞬で迫ってきた。

 馬が斬られていた。転がりながら受け身をとる。

 身体の向きを変えながら即座に立ち上がると、関羽の馬もまた崩れていた。

 直接傷は負ってはいないものの、こちらの攻撃を受け止めたときの衝撃が伝わり、立てなくなったらしい。

 自らの馬がつぶれる前に、わざと隙を作って誘ったのか。

 己の足で立ち、再び対峙する。仕切り直しだ。

 

 円を描きながらじりじりと近づく。

 馬の差はなくなった。有利な間合いを得るために、牽制に牽制を重ねる。

 しばしの膠着。

 頬を汗が滑り落ちる。関羽も同様だ。

 その雫が、恐ろしくゆっくりと落ちるのを感じ、華雄は確信した。

 

 どうやら入ったな。

 

 過酷な調練をしていると、時折そういう兵が現れる。

 平凡な兵が、突然目を見張るような動きを見せることがあるのだ。

 まるで疲れを感じさせないまま動き続ける。

 一刻なら問題ないが、二刻動き続けるとそのまま死ぬ。

 幼い頃の師は、それを死域と言っていた。

 実際に入ったのは初めてだが、感覚でわかる。間違いない。

 

 間合いを詰める。足元から掬うように切り上げる。

 関羽が下がるのに合わせて、前に突き出す。

 快心の一撃は、回転しながら受け流された。

 口角が上がる。笑みが零れるのが抑えられない。

 これ程の高揚は、呂布との手合せ以来だ。

 

 そのまま追撃をかけようと、振り返る。

 その瞬間、風が身体を通り抜けた。

 

 身体が軽い。どこまでも飛んでいけそうだ。

 かつて、これほど風と一体となったことがあっただろうか。

 風の先に呂布がいる。待っていろ。今追いつく。

 陳宮が、カクが、王允がいる。月の顔が見え、霞のと酒を飲んでいる自分の姿が見えて。

 全てが白くなり、風になった。

 

 

 

 

 全てを、霞は見届けた。

 華雄という忠将の生き様を、全て。

 

「華雄のアホ。帰ってきたら真名教えたるって言うたやないか。

 うちだけに真名あずけさせよって……。

 ほんまに、アホや……」

 

 手の甲に、雫が落ちた。

 1つ。また1つ。

 それは、中々止まらなかった。

 

 

 

 




戦闘シーン初めて書きました。
長さも改善したはず。

わかる人はわかると思いますが、今回は北方謙三先生の作品を意識しました。
華雄の真名が出てこないことから思いついた展開です。

好き嫌いが分かれると思いますが、感想よろしくお願いします。

加筆しました。

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