今回は一刀君に少し進展がある模様。
ではどうぞ~
人が大地を埋め尽くそうとしていた。
「「「「「「「「「「さあ祝おう!!!日輪が出づる時を!!!」」」」」」」」」」
とりあえずは目算で数を計ってみる。
……人が七分で、大地が三分。それぐらいしかわからない。馬鹿らしくなって数えるのをやめた。
「「「「「「「「「「さあ歌おう!!!天に向かって勝利の歌を!!!」」」」」」」」」」
整然と並んで進軍する袁紹軍。
その全員の大合唱が耳を震わせていた。
「……どうやら私が見た五万の軍はこのひとかけらだったようですね。
馬鹿は馬鹿でもここまで突き抜けるといっそ清々しい」
夏侯惇将軍はふーむと静かに感心している。
「まあ、馬鹿と無能は違うものということだな。その点で袁術よりもだいぶましだろう。
それに理に適ってはいる。圧倒的大軍でただ前進する。その規模が大きければ大きいほどこちらの小細工は通用しにくくなる。
ただ気に入らんのは……」
そこでわなわなと身体を震わせていた曹休が声を荒げた。
「ふざけた楽奏に遠目にもわかる華美な軍装!このゆったりとした進軍。
……これは戦をするための軍ではありません!!」
袁紹軍の大合唱にも掻き消されないほどの大声で叫んでいた。
「軍を撤収させた結果がこれですか!?貴女の本意はわかりませんが……。
義姉上!何故私がこんなものを見なければならないのですか!?」
相当憤慨している様子だ。なるほど、一刀殿の言う通りかなりの真面目君らしい。
「もう充分です!戻りましょう春姉!
この上あの袁紹満悦顔まで見てしまえば頭が怒りで沸いてしまいます!」
ひとりさっさと馬首を返して駆け出してしまった。
夏侯惇将軍と顔を見合わせて苦笑いする。
「華琳の考えを並みの知恵で追いかけるなといったろうに……。
徐晃といったか。北郷が抜擢したのだから間違いはないだろうが、曹操軍は知恵も武勇も並では務まらんぞ。覚悟しておけよ」
やれやれ。全くとんでもない軍に加わってしまったものだ。
そう思いながらも、顔は勝手にほころんでいた。
「「「「「「「「「「万民の歓喜が天下にこだまし!!!」」」」」」」」」」
まさかこれほどの規模でこんな形の進軍をするとは思いもよらなかった。
頭と舌で乱世を生きる軍師にとって冷徹な智は忠や義よりもはるかに重い。まして無闇に熱情をおもてに表さぬものだ。
「「「「「「「「「「九天が王者の道を照らし出す!!!」」」」」」」」」」
この許攸、袁紹殿とは一定の距離を保ち軍師としてあるべき姿を固く守ってきたはずだ。
だが、しかし。この軍勢の熱気を前にしては胸のうちからこみ上げ五体を衝き動かす熱いものを自覚せずにはいられない。それに歓喜を感じる一方で、冷徹な自分がそれに恐怖を感じている。
「許攸殿!」
声を掛けられてようやく伝令兵の存在に気づいた。何十万もの大軍では、歩く音だけでもかなり騒がしくなる。ましてやこの大合唱だ。これでは近づいてきたのが暗殺者でもわからなかったろう。
「密偵の報せによりますと我が軍が渡河を終える前に曹操軍すべてに撤収命令が下されておりました!」
撤収命令。
「敵の本陣は?」
「官渡です」
曹操の狙いはなんだ?
官渡の複雑な地形を考えれば守りの要としては最適ではある。しかしこの大軍勢をしのげるわけでもあるまい。
しかも都の喉元にまで決戦の戦場を退くことは危険極まりない。
いや、だからか?そこにこそ曹操の狙いがあるのか?
…………天子か!!
そうだとすると厄介だ。
伝令兵を下がらせ袁紹殿の下へと向かう。
「袁紹殿!
謹んでご忠言申し上げます!」
王者に相応しい一際華美な軍装に身を包んだ袁紹殿がちらりとこちらを見やった。
「忠言?なんですの許攸さん」
傍には沮授殿が控えている。二枚看板をともに失って以来、沮授殿は袁紹殿の一番のお気に入りだった。
「曹操は我が軍の進軍の前に本営を官渡に移しております!
この意図を推るに曹操は我が大軍を都の近くに引き込んだ上で、殿を『都を脅かす逆賊と見なせ』と天子に勅を発させることが予想されます!」
袁紹殿はもうこちらを見ない。
ただ、目が少し不快気に細まった。
「許攸さん。
この進軍の真っ只中に身を置きながらまだ陰気に頭をめぐらせているんですの?」
それきり一言も発さない。代わりに口を開いたのは沮授殿だった。
「許攸殿。
この華麗で優雅な進軍を見聞きし誰がこれを逆賊のものと見なすというのですか?」
いつも通りの笑顔だ。
だが、今はその笑顔を薄ら寒く感じるのは何故なのか。
「この華々しくゆるやかで巨大なる進軍のことが世に伝われば天下の声は一斉に殿を後押しするでしょう。そしてその風評と大軍勢の圧力はまず曹操軍の底辺である兵卒揺り動かさざるを得ない状況に追い込むでしょう」
袁紹殿が沮授殿を熱い眼差しで見つめていた。そこにあるのは、陶酔だ。
「大軍勢の武力に頼ることなく曹操を内より崩しすべてを投げ出させた上で、許都に向かって再びこの大進軍を繰り出す。
その時満天下は祝福の声に満ち溢れているでしょう。そしてそれは帝位禅譲へと続く真の王道なのです」
その口から漏れる言葉は理に適ってはいる。それなに、湧き上がった不安はいつまでも消えなかった。
「……ということらしい」
一刀曰く、『深夜食堂』の二階。
深夜ではなく真昼間なのだけれど、裏口から店主に通され食事を取りながら一刀の話を聴いていた。
二階には裏口からしか入れない。そして裏口から入ろうとすれば必ず店主が気づく。二階には一瞬で店の裏側に滑り降りられる坂がついている。完全に密談のための部屋だった。ちなみに店主の寝床は一階だ。
「中々わかりやすい報告書ね。
騎兵は全員無事、歩兵も流民に化かして全員逃がしたみたいだし、良い人材じゃないの。
何より逃げる負けるを全く厭わないのが良いわね」
前例のない大抜擢だ。元々の境遇もあって一刀への忠誠心は揺ぎ無い。そういう意味でも良い将になるだろう。
「そうだな。
孔明を探してたら公明に当たるとは思ってもみなかった。本当に良い拾いものだったよ」
……ひょっとしてそれは洒落のつもりで言っているのだろうか。
「まあ、前半はそれでいいわ。
問題は後半よ。どうしてあんたが袁紹軍の内情をそんなに詳しく知っているのかしら」
そう問いただしても一刀は曖昧に笑うだけだ。
無理をしている。
青州兵の一部を草に使っていることは知っている。それが、おそらく通常の草の活動に留まらないことも。それに華琳様は草の必要性は認めていても暗殺といった卑怯な手段は嫌う。それも心労の一因だろう。
剣を習い、初めて人を殺めた日の夜もこんな顔をしていた。一刀は昔から人の生死に関することには敏感に反応した。産まれたばかりの子どもやその母親が亡くなるのはよくあることだ。旅の道中での賊との殺し合いも。このご時勢、死とはいつでも身近なものだ。
そうした死に直面する度、一刀は今でも泣きそうな子どものような表情をする。十日ほど全く眠れず吐き続けた時から比べれば、少しはましにはなっているのだろうけれど。
「一刀。こっち来なさい」
「え?」
「いいから。口答え禁止」
戸惑ったまま立ち上がり、中腰のままこちらへ歩いてくる。
近づいたところで、襟を掴んで無理やり引き倒した。
「うわっ」
そのままぽすっと頭が膝の上に着地する。仰向けにして、指で髪を梳いてやった。
最初は驚いていたようだが、すぐに身体の力が抜けていくのがわかった。
「……昔はよくこうしてもらったな」
暫く無言のまま身を任せていた一刀がぽつりと言う。
「そうね。
あんたの頭抱えて同じ寝所で眠ったこともあったわ」
「そうだな。
……今はもうできないだろうけど」
確かに、自宅の庭ではないのだから、誰に見られるかわかったものではない。
けれど――。
「別に来てもいいわよ?私の寝所」
一刀が固まる。
額に当てていた手にも、緊張が伝わってきた。
「いいのか?
昔と違って、ただ寝るだけじゃ済まないぞ?」
なるべく冗談めかして言っているが、声が震えているのが丸わかりだ。
「いいわよ。
一刀だから。ううん、一刀がいいの」
静寂。
「……そうだな。
俺も、桂花がいい。桂花が、好きだから」
「私もよ。
一刀がいい。一刀が好き」
少しずつ、頭が下がっていく。
唇が、自然と重なった。
今はまだその時ではないけれど。一刀なら、絶対に後悔はしない。
そう、思った。
如何でしたでしょうか?
ようやく二人がはっきり口に出しました。一線を越えるのはまだまだ先になりそうですが。
一応言っておきますが一刀君はまだ誰にも手を出してませんよ?笑
次回はまた桃香さんのお話の予定です。
感想お待ちしております。
なろうの初投稿から見てた自分としてはヘスティア様の人気がとても嬉しい今日この頃です。