仕事は相変わらず忙しいですが、李岳さんだったり別の外史の荀攸さんだったりがランキングに出てるのを見て一気に書いちゃいました。
今回は孫呉視点です。
ではどうぞ~
黄河のはるか南、長江のほとり。
馬上で水面を見つめるのは主である雪蓮だ。亡き母の軍を受け継ぎ袁術を破ってのち、電光石火の勢いで楊州全域を手中にしようとしている。
孫家の誰もが待ち望んだ飛躍の時。その期待を一身に寄せられているというのに、特に気負いもなく当たり前のようにそれを受け止めていた。
「申し上げます!
白馬津で文醜!延津で顔良!
曹操自ら率いる五千に袁紹の二枚看板が討たれました!」
曹操は勝たないまでも袁紹には大きな傷を与える。そういう意見は早いうちから出てはいた。
しかし――。
「早すぎる。いきなり大将が出てくるのも腑に落ちない。
そんなところかしら?張紘爺」
水面を見つめたまま雪蓮が問うてくる。見てもいないのに心の内をずばり言い当てられた。
「まあ、そうですな。
早いのは構いません。曹操の耳が良いのは今に始まったことではありませんからな。背後から奇襲し機先を制するとのも兵法の常道です」
そう。それだけならば、特に珍しいことではない。
「問題は、その奇襲部隊が僅か五千であること。それを率いたのが総大将である曹操だということに尽きます。ましてや緒戦。倍ではきかぬ大軍相手に君主自らが討ちかかる必要など全くない。
正気の沙汰ではありませぬな」
最後の一言はいくら諫言しても単騎で突撃を繰り返す雪蓮への嫌味でもある。それを察したのか、彼女はこちらへ振り返ると苦笑いしながら頬を掻いた。
「まあ、曹操にもやられはしないっていう確信はあったのよ。兵の中にあの呂布を上手く紛れ込ませてたみたいだし」
呂布。天下無双という言葉がそのまま歩いているかのようなあの存在感。武人ではない自分にもその強さは十二分に伝わってきた。曹操の身を護りきるだけなら五千の兵でも事足りるということか。
「曹操らしいといえばらしいのかもしれませんな。
相当に派手な戦果ではありますが、この一報だけで大戦の帰趨は占えませぬ。兵力ではまだまだ袁紹が上。各地の諸侯の静観の構えも変わりません」
曹操、袁紹とも天下への野心があることは明らかだ。どちらが勝っても、いずれは矛先はこちらのに向く。
袁紹はまだいい。新王朝の樹立という願望が透けて見える。
だが、曹操はその底が見えない。
人一倍野心が有りながら天子を奉じ、民を手厚く保護しながら敵兵は皆殺しにする。
「曹操に隙があるとすれば、許都ね。
あの娘――劉備がどう動かされるのか。それがわかっているから、多少頭の回る関羽から引き離して、政の実務からも軍務からも遠ざけているのでしょうけれど」
劉備。
本人は凡庸そのものだ。だが、まるで何か見えない力が働いているかのように、いつの間にか人が集まり、彼女を押し上げていく。
「動かされる、とは言いえて妙ですな。
ところで伯符殿。その報せは一体どちらの?」
雪蓮の苦笑いが少し軽いものに変わった。
「雪蓮でいいのに。
母様の代わりに私の子守をしてたのは皆知ってるんだから、今更でしょ?」
その通りではある。
自分は雪蓮。張招は蓮華。自然とそうなっていた。
だが――。
「だからこそ、です。
他の家臣に示しがつきませんからな」
「お堅いわねえ。
それで、報せだけど――許都にいる冥琳からよ」
冥琳が許都に?
美周と称されるあの美貌は、潜入には甚だ不向きではなのだろうか。
「袁紹につかれるおつもりで?」
一応は聞いてみる。
そして、予想通りに一笑に付された。
「まさか。
腹の内が見えないなら、実際に会ってみるしかないでしょ。その下準備よ。
一応は正式な書簡も持たせてあるから、もし見つかっても問題ないわ」
曹操と会談しようということか。
自らの半身である冥琳を送り込んだということは、本気なのだろう。王佐の才の眼は、今どのような景色を映しているのだろうか。
遠い地の軍師に思いを馳せ、主と共に空を見上げた。
――同時刻、許都。
大通りは今日も活気に溢れていた。
「おい聞いたか!?
初っ端から殿が連勝だぞ!」
「おう聞いた聞いた!
しかも袁紹の二枚看板を討ち取るとはさすが殿だ!」
通りの中央で職人風の男が二人威勢の良い大声でうなずき合う。
その横を商人が大荷物を背負ったまま駆け抜けて行った。
「急げ急げ!
俺たちががんがん働いて殿に圧勝してもらえば一財産は築けるぞー!」
都全体が素晴らしい活気で沸騰している。
戦とは戦場で起こっていることがすべてではない。曹操が作り上げたこの都はそんな当たり前のことを改めて思い知らせてくれる。
雪蓮よ。曹操は私たちが江南で想像しているより遥かに強いぞ。そして戦場においてはその強さはおそらく私たちの想像を絶するものだろう。
そんなことを考えていると、鍛冶職人たちが今まさに武具を作っている仕事場から景気の良い声が聞こえてきた。
「先生!
試作の新しい矛ができてやすぜ!」
声につられて見ると、文官風の優男が矛を掲げる傷だらけの大男に向かってすたすたと歩いていく。
差し出した手に渡された矛を軽く一振り。一つうなずいてからの振り下ろし、そして突き上げ。中々に様になっている。先生と呼ばれていたので文官かと思ったが、どうやら武の心得もあるようだ。
「軽くて折れにくい最高の竹が見つかりやしてね。
十日もありゃあ千振りはできまさあ」
怪しまれない程度、邪魔にならない程度に入り口に近づく。中を覗き見ると、大勢の職人が一心不乱に矛を作っていた。
決して楽な作業ではないだろう。かなりの重量の鎚を、繰り返し繰り返し鉄に向かって振り下ろす。彼らは皆汗だらけだ。だが、どの顔も自らの仕事に対する愛着と誇りが見て取れる。
「先生!
白馬の先陣は関羽将軍と張遼将軍でしたよね!」
「そうですよ!」
職人の一人が鎚を振るいながら矛を見つめる文官に問う。
「あの二人の青龍刀が先陣に揃った様はさぞ壮観だったでしょうね!」
その言葉を聞いて先生がふと何かを思いついたように顔を上げた。
「……親方。今から予定を変更できますか?
矛を千本ではなく、青龍刀を千本作ってもらいたいのですが」
「荀攸先生~~それは無理ってもんでがすよー!
あんな装飾の入ったシロモノをたった十日で千本なってできっこねえっす。
第一ありゃあ誰にでもおいそれと使える重さじゃねえでがしょー!?」
荀攸。
この男があの荀攸なのか。
虎牢関の戦場では、顔をはっきり見定めることができるほどの距離ではなかった。戦後はほとんど皇帝陛下に付いていたので、陪臣の立場である自分は直接会ってはいない。
「遠目に青龍刀に見えればそれでいいんですよ。装飾なんて必要ありません。
柄もこの竹を使えば誰にでも扱えるでしょう」
職人の親方が口をぽかんと開ける。どこの侠者の頭目かと見まがう風貌だが、呆気に取られているその顔は中々愛嬌があった。
「え?つまり偽の青龍刀ってことで?」
「ええ。
先陣の騎兵皆にそれを持たせて張遼将軍と関羽将軍の真似をさせるんです。
さぞや敵兵は凍りつくでしょう。できれば袁紹の目の前でやってやりたいですね」
皆が同時にその光景を想像したのだろう。朗らかな笑い声が一斉に上がった。
天下にその名が聞こえる名軍師が職人たちとあんなに気さくに冗談を交わしている。思えば雪蓮にもそういうところがあった。世の英傑とはそんなもので、案外そういうところから新しい奇策が生み出されるのかもしれない。
暫く荀攸と職人たちの談笑が続く。それを眺めていると、通りの中央から声が掛けられた。
「此処にいたの、一刀。
先陣の華琳様より火急の報せよ」
そういって手にある書簡を差し出すが、決してそれ以上近づこうとはしない。
どういうことかと一瞬考えるが、すぐに原因に思い当たった。荀彧は重度の男嫌いだったはずだ。いかつい男だらけの場所には本来ならば近づきたくもないだろう。
それを悟ったのか、荀攸が苦笑いしながら近づいて書簡を受け取る。その場で広げて目を通すと、苦笑いが更に深くなった。
先陣の曹操からの火急の報せ。何事だろうか。
後ろから覗き込んでいると、荀彧と目が合った。男絡みの時ほどではないにせよ、微妙に嫌な顔をされる。そんな荀彧の反応を見て振り返った荀攸とも目が合った。
「貴女は?」
名乗ろうと口を開きかけたところで、荀彧の声が先に飛んできた。
「周瑜よ。孫策の軍師」
「貴女が」
荀攸の眼がすっと細まった。
すべてを見通すかのようなその瞳に、僅かに喜の色が感じられるのは気のせいだろうか。
「姓は周、名は瑜。字は公瑾と申します。
我が主孫策から、曹操殿への書状をお届けにまいりました」
一礼する。
荀彧。天下にうたわれる王佐の才。
荀攸。反董卓連合を瓦解させ、雪蓮が欲しいと言った男。
乱世の都で、名高い二荀に見つめられている。
らしくもなく、気が昂るのがわかった。
如何でしたでしょうか?
蒼天の周瑜と荀彧の会話は作者の中でも屈指のお気に入りシーンです。
先輩と後輩の雰囲気というか、他球団の新人にアドバイスを送るエースというか。笑
恋姫では華琳や桂花より雪蓮や冥琳のほうが年上に見えますが(発育具合的な意味で)、実際は一世代孫呉の方が下ですからね。
感想お待ちしております。
……おや誰か来たようだ。ってぎゃあああ!