真恋姫的一刀転生譚 魏伝   作:minmin

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今回は久しぶりに皇帝陛下が登場。最近一番書いてて楽しいのは実はオリジナルキャラの劉協君だったりします。
ではどうぞ~


幕間 特等席

 

 延津、曹操軍の砦。

 

 顔良軍を殲滅させ自らの天幕に戻った華琳様が腰を下ろそうとしたその時、見張りの兵の一人が天幕の奥から文字通り山積みになった大量の竹簡を押し出してきた。

 

「殿!お疲れのところ恐れ入ります!

 許都の荀彧殿よりこれらの案件につき至急ご承諾いただきたいとの事でございます!」

 

 兵は忠実に与えられた任務を果たしているだけなのだろうが、さすがの華琳様もこれには苦笑いだった。

 

「袁紹殿と戦をしつつ先陣でこれだけの都の執政をこなさなければならないとは。

 これではお体がいくつあってもたりませんね」

 

「まあ、桂花なら私がいないならいないで上手くやるわ。

 金切り声をあげているのは詠でしょうね」

 

 華琳様が山の頂上の竹簡を手に取りながら言う。腰を下ろしながらそれを広げ、ざっと目を通したかと思うとすぐに丸めて後ろに放り投げた。背後に立っていた兵が慌てて受け止める。

 

「いつも思いますが、華琳様は書を読むのが速いですね」

 

 それでいて重要な点はきっちり把握している。ちらりと流し読みしているようにしか見えないのに不思議なことだ。

 

「俯瞰的に斜め読みして重要な単語だけを拾っているのよ。

 『速読』というそうだけど、訓練しだいでは誰でもある程度は身に付けることができるそうよ。

 貴女も試してみたら?」

 

 速読。なるほど、言い得て妙だ。

 

「それも一刀殿が?」

 

「ええ。

 教えてすぐに桂花や詠、私にも追い越されて落ち込んでいたけれどね」

 

 本人の資質もある。それは仕方のないことだろう。

 一刀殿を軍師として鍛えたのは桂花だというし、詠も彼女に負けず劣らずの頭脳の持ち主だ。そして、華琳様ほど多くの才に恵まれた人を私は知らない。

 しかし、その『速読』という技術を独力で編み出し、訓練さえすれば誰もがある程度は身に付けられるまでに体系化した一刀殿も異様だ。最近では、彼と会話をする度に驚かされてばかりいる。

 

「そこの二人。稟、貴女も。

 一人一つ竹簡を私に見えるよう広げてもらえるかしら」

 

 そう言うと華琳様は自分の手にある竹簡も含めて四件を同時に処理し始めた。

 つい先刻まであれほど激しい戦をしていたというのに、この人の精気は尽きることはないのだろうか。

 竹簡の処理速度は格段に上がっていた。そろそろ山の中腹に差し掛かろうというところで、入り口の方からどたばたと誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。

 

「聞きましたぞ!

 ねねが命令された通りにたてた水も漏らさぬ作戦を退屈しのぎでころりと変えたそうですな!」

 

 怒り心頭に発した声に一人を除いて天幕の中にいる全員が振り返った。

 

「この上また厄介なのが現れたわね」

 

 華琳様だけは一瞬ちらりと視線を向けた後、涼しい顔で竹簡を読み続けている。

 

「厄介なのは誰なのです!

 そんな思いつきで戦略を変えられたのでは――」

 

「百年かかっても勝てるわけがない、かしら?」

 

 ずばり言い当てられて陳宮が絶句している。華琳様の方を向いていて助かった。笑いを堪えるのに必死な顔を見られすむ。

 しかしその笑いは、華琳様の次の一言で何処かへ飛んで消えてしまった。

 

「ねえ陳宮。

 ついでにもう少し戦略を変えてみましょうか」

 

「なんですと!?」

 

 あまりの言葉に身体の力が抜ける。手からずり落ちそうになった竹簡を慌てて持ち直した。

 

「貴女がたてた作戦によれば麗羽を次々と陽動し振り回したあげく最後は官渡だったわね」

 

 華琳様の視線は竹簡に向いたままだ。普段通りの顔をしたまま政務をこなしながらとんでもないことを平然と言っている。

 

「ああそうですな!

 ただ誰かさんが文醜、顔良軍を皆殺しにしてしまったおかげで、袁紹の後続は警戒して追撃を止めてしまったのです!」

 

 ずっと下に向いていた華琳様の視線がようやく上がった。手にしている竹簡を纏めると、身体ごとこちらに向き直る。

 

「この際一気にその官渡まで退くというのはどうかしら?

 官渡を拠点にしたほうが許都に近く朝政を執るのが楽になるわ」

 

 開いた口がふさがらないとはこのことだ。

 この人は楽しそうな笑顔で何を言っているのか。

 

「で、ですが官渡まで退くということはこの延津をはじめ黄河のすべての渡河点をむざむざ袁紹殿に譲り渡すことになります。

 そんな事をすれば袁紹殿はあらゆる津を使い自在に軍を渡らせてくるでしょう」

 

「その通りなのです!

 しかも許都から見れば官渡は最後の守りの要!そんな喉元まで敵を引き入れたのではこちらは危険極まりない戦を強いられるのですぞ!?」

 

 自分と陳宮が口々に進言するも、華琳様の笑顔はまったく崩れなかった。

 

「自在に攻め寄せる袁紹軍四十五万を恐れつつも百年の戦を一年に縮めてみせる。

 曹孟徳の傍に侍ってきたのはそういう軍師たちではないのかしら?」

 

 後ろで陳宮が頭を掻く音が聞こえる。軍略についての誇りは並ぶ者がいないほどの彼女だ。こう言われては反論などできないだろう。

 

「それに、許都ではそろそろ面白いことが起きるわ」

 

 面白いこと?

 

「それは一体何なのです?」

 

 いつの間にか隣まで歩いて来ていた陳宮がどかっと腰を下ろしながら華琳様に問う。もうどうにでもなれと書かれているかのような不機嫌顔だった。

 その不機嫌も、次の言葉で吹き飛んでしまった。

 

「劉協陛下より曹孟徳暗殺の勅が出されるわ」

 

 …………。

 

 

「「はい!?」」

 

 勝手に出ていた大声が陳宮とぴったり重なる。今日は一体何度絶句させられるのだろうか。

 

「上手くいけば、よ。

 一刀と風の手腕に期待して、私たちは官渡で見物させてもらういましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

「では、私はこれで失礼致します」

 

 劉備が一礼する。

 決して優雅ではない。だが、仕草のひとつひとつが何故か人を惹きつける。人間的な魅力もそうだが、自然と色気が立ち上ってもいる。

 

「うむ。

 関羽には後日改めて正式な官位を与えよう」

 

「ありがとうございます。

 きっと愛紗ちゃん大喜びしますね」

 

 満面の笑みを浮かべる劉備。

 曹操や荀彧は時に恐ろしい笑顔になるが、邪気が一切ない笑顔というのも不気味に見えるということを初めて知った。

 再び一礼して部屋を後にする。部屋の扉が音を立ててゆっくりと閉まると、暫くの静寂が訪れた。

 

「あやつは撒餌として役に立っておるのかの」

 

 玉座で頬杖をついたまま虚空に問う。

 振り返りはしない。既に飲み頃の茶を持って近づいてきているということが見なくてもわかる。

 

「順調のようですよ。

 陛下のお呼び出しがない時は清流派の儒者の皆さんの集まりに引っ張りだこです。

 最近では劉皇叔なんて呼ばれているようですね」

 

 答えと共に董承が茶を差し出す。

 最初はぎこちなかった侍女の仕事姿も少しずつ様になってきていた。特に良くなったのは茶の味で、荀攸に淹れ方を教わっているらしい。

 

「ふむ。

 その集まりに参加しておるのはどのような者か?」

 

 茶を一口。今日も旨い。

 温度も、味も、いつも通り素晴らしかった。

 

「孔子の子孫孔融さんをはじめ儒者として名を馳せている方々、漢王朝の名門と言っていい方々がほとんどですね。

 しきりに劉備さんを賞賛し曹操さんへの不満を肴にお酒を酌み交わしているとか」

 

 予想通りだ。

 荀攸や程イクの予想通りであり、期待通りでもある。

 

「曹操の専横を許すまじ、漢王朝を再興させるのは『劉』氏であり、宦官の孫である曹操などではない……そんなところか」

 

「ほとんど毎日集まっているようですが、愚痴っていることは結局それだけですねえ……」

 

 二人して溜息をつく。

 半ば自業自得であることはわかっているが、彼らの行く末を想像して少し哀れみを感じてしまった。

 

「思ったより早くなるかもしれぬな、勅が出るのは」

 

 玉座という特等席で見物する荀攸の策。

 結末は、まだ予想できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
踊らされていることを知らないのは本人だけという話。現実でもよくあることだったりします。
次回は名前だけでてきた孔融さんが出てくるかな?一刀君が黒くなったりする予定でもあります。
感想お待ちしております。








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