随分とお待たせしてしまいました。(待ってた人いる?)
タイトルでわかる人もいるかもしれませんが、私はココア閣下を敬愛しております。
今回で緒戦は終了。本格的に大戦の幕が開きます。
ではどうぞ~
「顔良将軍!
敵の行軍の跡です!曹操をとらえました!」
確かに地面に無数の馬の蹄の跡が見える。このまま何の問題もなければすぐに曹操さんに追いつけるだろう。
「これより先は隊列を整え粛々と追ってください!
如何に曹操さんが戦上手といっても私たち先陣五千のすぐ後ろには二万の大軍です!さらに相手は兵も馬も疲労しているはず!」
変え馬を用意しているとしても、その前に討ちかかれるはずだ。
「曹操です!
逃げる曹操の砂塵が見えました!」
白馬津の兵から息絶える前に聞いた話では、文ちゃんは関羽さんに斬られてそのまま河に落ちて行方知れずになったそうだ。
おそらく、生きてはいない。
文ちゃんの仇は、私がとる。
手綱をあらん限りの力で握り締めた時、副官さんが声を上げた。
「顔良将軍!敵の馬速が上がりました!」
見ると、縮まっていた距離が再び少しずつ離されていく。
「奴らがへばるのを待つことはありません!
ここは一気に追い討ちましょう!」
普通ならそれでいい。文ちゃんなら躊躇わずそうしただろう。
だけど――。
「曹操さんという人を即断してはいけません。
敵の速さに合わせてじわじわと距離を詰めましょう」
兵馬の相当な疲労にもかかわらず曹操さんが速度を上げてきたのは、私の五千を後続の二万から切り離そうという狙いのはずだ。けれどこの軍は五千で一軍。最初から後ろの大軍なんて当てにしていない。というよりも、予備の大軍を当てにするような軍略では曹操さんには敵いっこない。
曹操さんを討つにはあらゆる予断を捨てて、天気、地形から兵馬の呼吸まで全てを頭に入れて考慮したうえで確実に勝機を見極めなければいけない。
――どんな些細な動きも見逃さない。
目を見開く。数の上で勝っていようと、油断など微塵もない。
「顔良将軍!
敵の一部が本隊から離れていきます!」
数は――百ほどだろうか。
ついに動き始めた。
曹操さんは昔から小回りのきく小さな軍を好む。自らの才を十全に承知していて、その才を存分に活かそうとするからだ。
しかもあの百騎の行く手には伏兵を配置しやすそうな林が広がっている。あまりにも曹操さん好みの状況だ。
けれど、あのまるで曹操はここだぞと言わんばかりの小軍は、だからこそ私を誘い込む囮とも考えられる。何れにせよこの位置からの見極めは不可能だ。
なら――無理をせず確実な手を打つ。
「利火羅さん!
千を率いてあの百騎を追い討ってください!」
ここは千だ。
たとえあれが囮でなく曹操さん本人が率いていても千であれば討てるはずだ。
「こちらも馬速を上げます!
距離を徐々に縮めていきますよ!」
曹操さんが兵を割った意図はまだ判断できない。
ひとつだけはっきりしていることは、曹操さんが自分の存在を餌にして私を撹乱しようとしているということだ。
距離を隔てながらのこの戦いは、おそらくは曹操さんであろう敵の指揮官と私との心理戦になる。
「顔良将軍!またです!」
前を往く曹操さんの軍から再び小軍が離れていく。数は先ほどと同じく百程度。ということは、さっきの百にはやはり曹操さんはいなかったということか。
そして今度の百に曹操さんがいる可能性はさっきより高い。しかもますますあの百に曹操さんが潜んでいそうな気配がある。けれど私がそういう心理になればなるほどあの残りの本隊に曹操さんがいる可能性も同様に高くなる。
ここも千だ。躊躇あるときは最も理にかなった策をうつ。沮授さんもそう言っていた。再び千で追撃させる。すると、それを確認したかのように前の本隊がさらに速度を上げた。
これで決まった。間違いなく曹操さんはあの中に残っている。
ここに来て馬の疲労をかえりみないあの速さは曹操さんの戦意の表れだ。そうだとすると、狙いは数。後続を含め約三万のこちらからまずは私の五千を誘い出し、今本隊三千に対し相手は二千八百。
大丈夫だ。私は間違ってはいない。曹操さんは理にかなった選択をさせながらもここまで兵力差を詰めさせた。これが曹操さんの用兵だ。
けれど――もしここで曹操さんが再び二百を切り離したら?
これまで通り二百を二千で追わせる?そうすると敵の二千六百に対して千しか残らない。
そこには、如何なる選択にも理は残されていない。
一体どうしてこうなった?
「……というようなことを今顔良は考えているでしょうね」
なるほど。なんというか、実に華琳様らしい人を喰ったような用兵だ。
「しかし、華琳様は再び軍を割るつもりはないのでしょう?」
確かに主はそう言った。
ここで三百を切り離せば顔良は打つ手に窮しその考えは全て瓦解するはずだ。そうすれば我が軍は俄然有利に戦を運べる。
そう思い、実際に主にも進言してみたのだが――。
「普通はそうだけどね。
戦闘に勝つことと戦争に勝つことは別よ、稟。
曹操と袁紹の戦争。今この戦闘をあくまでもその一部として考えてみなさい。そうすると、顔良が討つべき手がひとつ見えてくる」
戦闘と戦争。
曹操と袁紹の戦争。
双方の勝利条件とは――。
「この戦に私の勝ちはないわ」
華琳様がぽつりと言う。
「なるほど。
華琳様にとっては、ここで顔良とその軍五千を殲滅したとしてもそんなものは袁紹殿に対する勝利ではない。
顔良にとってはたとえ全軍が滅びて戦闘に負けようともただ華琳様お一人を討てばそれは顔良の勝利であり袁紹殿の勝利である。
……そういうことでしょうか」
華琳様が笑う。場違いに華やかな笑みだ。
「その通りよ。よく気づいたわね。
どちらかというと桂花や一刀、詠の領分だけれど、大局を見る目も軍師には必要よ。
……陳宮は大喜びで顔良軍を壊滅させる策を練りそうだけれど」
ありうる。目を輝かせて死地に入りそうだ。
「では、軍師曹孟徳の次の策は?」
そう問うと、華琳様は空馬に飛び移った。
「稟。とりあえずは三百で一旦私から離れなさい。
顔良が崩壊するならそれでよし。貴女の思うままに軍を動かし殲滅しなさい。その可能性は低いでしょうけどね。
手堅い策を捨て大博打に出てきたら、すぐに本隊に再合流。それを見れば、顔良は勢いのままに攻め寄せてくるでしょう。
そうなると、一刀が用意させたものが役に立つわ」
「一刀殿が用意させたもの、ですか?」
私は聞いていない。一体何を用意させたのか。
「あら、稟は知らないの?てっきり風から聞いているかと思ったけれど。
なら楽しみにしておきなさい。一刀と風、二人で練り合わせた策よ。面白さは保障するわ。私も内容聞いた時は笑ったもの」
今度は一転して子どものように。こんなにも笑みの質がころころ変わる人を他には知らない。
きっと華琳様は生きていることそのものを心の底から楽しんでいるのだろう。そう思った。
駆ける。駆ける。駆ける。
曹操さんとの距離は徐々に縮まっていく。だというのに、私の心は未だに定まっていない。
――取り乱すな。
このような時は、敵を一度頭の中からたたき出す。そして問うのだ。
何故私は逃げる敵に追い詰められている?
私の心理的不利はどこからくる?
「顔良将軍!
今度は三百です!敵の三百が再び切り離されました!」
曹操さんと私では立場が違う。私がいくらの数の敵軍を討ったところで曹操さん一人に逃げられたらそれは勝利じゃない。だからこそ、見えない曹操さんのために十倍もの兵を割かなくてはいけなかった。
では、逆に曹操さんのこの戦場での勝利とはなんだろうか。
私を討ち取ること?
私の五千の軍を皆殺しにすること?
違う。曹操さんの勝利はここにはない。
つまり私が曹操さんの存在を見定めた時すべては逆転する。曹操さんの兵馬がどれほどのかずであろうと、私の軍の兵が皆曹操さん一人に殺到してただ一人を切り捨てればいい。
腹は決まった。
「全軍!兵は真っ二つに割れてください!」
あの離れた三百に千五百。残る二千五百に私の率いる千五百。
私も麗羽様の二枚看板の一人だ。武と軍略を十全に発揮すれば、疲労した二千五百は充分千で相手取ることができる!
「どちらにいるにせよ曹操さんは間違いなく先頭にいます!
一般兵は捨て置いて全軍全速で曹操さんただ一人に討ちかかってください!」
「「「「「応!!!!!」」」」
さらに馬速を上げる。ここで一気に畳み掛けるのだ。
すると――。
「顔良将軍!
別れた三百が本隊に戻りました!」
「こちらも別れた兵を合流させていください!
再び隊列を整えます!」
一度分離させた兵をまた戻した。つまり、もう曹操さんの軍には倍する兵を相手に戦える将はいない。
そして、これで一連の用兵策はついえた。曹操さんはもう私と戦わずして逃げることはできない。
曹操さんが突然向きを変えて林の方へと駆けていく。
「全軍戦闘の態勢を整えてください!
敵は逃げ切れないことを悟って最後の戦いに踏み切るつもりです!」
曹操さんの侵入とともに林の鳥が飛び立った。伏兵はいない。
一体曹操さんの狙いは何なのか?この林を抜けた先には何がある?
そんな自問を繰り返しながら林を抜けると――そこには。
綺麗に整えられた錐行の陣と、鮮やかにはためく『呂』の旗があった。
顔良の軍の兵が遠目に見てもわかるほどに乱れた。
虎牢関で直接干戈を交えた――というよりは一方的に蹂躙された袁紹軍だからこそ、恋の強さに対する恐怖は骨の髄まで染みこんでいるはずだ。中には心に傷を負い、身体が癒えても兵として復帰できなかった者を多いと聞く。
「全軍割れなさい!」
華琳様の合図と共に兵が中央から真っ二つに割れる。
これで顔良の目には華琳様の姿がはっきりと映ったはずだ。罠とわかっていても、進まずには居られない。
「二の旗!」
右翼に旗が掲げられる。
華琳様の傍に掲げられているのと同じ、深紅の呂旗。
顔良軍がどよめいた。
「三、四、五!」
続けざまに三棹。呂旗が鮮やかにはためく。
顔良軍の中には、馬から転げ落ちる者も出始めた。
「全軍!
陣を両側から絞り上げ敵の動きを拘束してしまいなさい!」
顔良軍は完全に取り囲まれた。最早逃げ場はない。
同時に残り五棹の呂旗が全て掲げられる。
一刀殿と風が二人で練りだした、十面埋伏の計ならぬ、十旗埋伏の計。
何処にいるのかわからぬ華琳様に翻弄されていた敵兵は、今度は何処にいるのかわからない恋の影に怯えることになる。
そんな中でも顔良はさすがだ。真っ直ぐに華琳様目指して突き進んできている。
だが――。
恋は、華琳様の傍にいる。
文醜軍との戦いでも見せたのは旗だけ、最後の最後のまでその存在を隠していた。
華琳様さえ討ち取れば。そのことに希望を見出していた顔良に付き従う兵も、恋の姿を見てその意志が挫けていく。
一閃。
恋の一撃で顔良が崩れ落ち、戦は決した。
如何でしたでしょうか?
十面埋伏の計ならぬ十面埋棹の計。恋が味方になった時からずっとやってみたかった策の一つです。
恋の存在そのものがトラウマになっている袁紹軍にとっては効果的面ではないでしょうか。
次は久しぶり?の一刀視点になる予定。
投稿予定は未定ですが、なるべく早く更新したいと思っています。
感想お待ちしております。