今回から本格的に戦闘シーンが続く予定です。華琳様が格好良いシーンでもありますね。
ではどうぞ~
「曹操さん、大丈夫ですかねえ」
向かい合って座る劉備が茶を抱えながら言う。
最近は、こうして共に茶を飲むのが日課になっていた。
「関羽ではなく、曹操の心配なのだな」
同じく茶を啜りながら問うてみる。
すると、劉備はにっこり笑った。
「愛沙ちゃんのことは、信じてますから」
「……そうか」
それだけしか返せなかった。
皆が口を揃えていう通りだ。本当に、この根拠のない自信は一体何処からくるのか。さっぱりわからない。何の曇りもない笑顔を向けられては、何も言葉がなかった。
劉備には、邪気というものが一切ない。色で言うならば、真っ白だ。邪気や負の感情が全くない人間は、返って恐ろしく感じる。
純粋に皇帝である自分と漢王朝の行く末を案じている劉備に恐れを感じ、漢王朝を滅ぼすかもしれないと明言している曹操に安堵する。これも自分を利用しようとする欲に塗れた人間と日々接する皇帝という身分の弊害だろうか。
そんなことを考えながら劉備の顔を見つめていると、にぱーとでも音がつきそうな顔で見つめ返された。
「陛下は曹操さんが心配じゃないんですか?」
満面の笑みのまま問いかけてくる。
この笑顔にほだされる民が多いというのもうなずける。庇護欲をそそる、という言葉はこういう者に使うのだろう。
「さて。
心配か、と問われると……しておらんな」
そう。心配など、全くしていない。
「特にこれといった理由はないのだがな。
朕には、曹操が袁紹に負ける様がどうしても想像できぬのだよ」
それを聞いて、劉備はあははと笑った。
「なんとなくわかる気がします。
曹操さん、何でも当たり前みたいにやっちゃいますからねえ」
腕を組んでうんうんうなずく。
皇帝の前で腕を組む。人一倍漢王朝に敬服していながら、そんなことを平然とやってのける。
やはり、量れない。
――曹操よ。そなたの言う通り、この娘、化けるやもしれぬな。
話しているうちに温くなってしまった茶を啜りながら、自ら最前線へと出向いた曹操に心の中で声を掛けた。
「――さて、貴女の曹操軍の将としての初仕事よ、関羽。
遠慮はいらないわ。その武、存分に振るってきなさい」
大将が関羽に声を掛ける。
「はい。
敵は皇帝を僭称し漢朝を滅ぼそうとする賊軍です。もとより遠慮などするつもりはありません」
ここ最近ずっと浮かない顔をしていた関羽だが、さすがに戦となると表情が切り替わった。迷いや不安は置いてくる。それができないようでは、将足り得ない。
「それは当然だけどね。
私の言う遠慮とは、味方に対してもよ」
味方に遠慮するな。
一体どういう意味なのか。顔を向けると、関羽も同様に大将を見ていた。
「貴女軍は、と言うよりも劉備軍は元々義勇軍でしょう?そして最近では飢民が多く合流してきていた。貴女の将器や張飛の武で補っていたけれども、軍としての錬度は限界があるわ」
確かにそうだ。いくら豪傑の二人がいようとも、それだけでは軍がいきなり精強になったりはしない。
まあ、恋という例外もいるにはいるのだが。
「曹操軍の錬度は四海随一よ。将から末端の兵の一人一人にいたるまで、ね。
この軍には、貴女の将器を存分に活かし、貴女の思い描く用兵をそのままに実現し得る兵が揃っている。
一切の遠慮なく、ただ将であることに徹しなさい」
「……はっ」
そして今関羽は曹操軍の将として戦場を縦横無尽に駆け回っている。
一人突出して敵兵を蹴散らしたかと思えば、次の瞬間には集団の中央にいて指示を出している。関羽とそれに付き従う兵が通り過ぎる度、まるで大きな鎌を振るっているかのように文醜軍が刈り取られていく。
「さすがね。
瞬く間に敵の猛攻がずたずたになったわよ」
「劉延殿もそれに呼応して城内から兵を出していますね。これで挟撃のかたちになりました」
大将と稟が口々に感想を述べる。
確かに見事ではある。それは認める。
しかし、これだけ味方が優勢になっていても心が沸き立たない。
やはり、自分は関羽が嫌いなのだ。
「どけどけどけー!あたいの道を開けろー!」
一方的に兵が蹂躙されることに我慢できなくなったのか、文醜が関羽に向かって突っ込んでいく。
「お前らは近づくなよー!
並みのやつは相手にならねえ!」
将としては、判断は間違ってはいない。
だが――。
「貴女の武は、関羽にどこまで通じるかしらね、文醜」
すれ違い様に一撃。青龍方と斬山刀がぶつかり合う。
文醜が顔を歪めて後ろに弾き飛ばされたのに対して、関羽は僅かに馬上で身体が揺らいだだけで涼しい顔だ。
関羽が距離をつめる。実力差は今の一合ではっきり感じ取っただろうが、文醜はそれでも気丈に得物を構えた。
二、三、四合。そして――五合目。
猛攻を受け続けて手が痺れていたのか、下からの切り上げに対応しきれなかった。
肩口を斬られ吹き飛ばされる。勢いのまま馬上から転げ落ち――黄河の中へと消えていった。
それを一瞥した後、関羽は悠々と戻ってくる。
文醜の兵は、それを呆然と見送るだけだ。
「きっちり命令されたことだけこなしよったな。可愛気のないやっちゃで」
聞こえているのか聞こえていないのか、関羽はまっすぐ大将へと向かって進んでいく。
「関羽」
掛けられた声に、関羽の歩みが一瞬止まった。
「劉備の下を離れ、ひとりの将に徹した気分はどうかしら」
馬が再びゆっくりと歩き始める。
「我ながら驚くほどに」
そのまま、すれ違う。
「さらに多くの兵を率い、さらに精強な敵と戦うことを望んでおります」
結局、一度も視線を合わせないまま陣の奥深くへと帰っていった。
「そう……後は霞、貴女の仕事よ」
「あいよ」
得物を掲げ、首を軽くならす。
戦は、やはり見ているだけではつまらない。
「ほな――ええか!
これからの指揮はうち、張遼や!
全軍比翼の陣!敵は一人も逃がすんやないで!」
背中から自分の将器を見定めようとする大将の視線を感じる。
自分が関羽を嫌っていることは知っているだろうに。その自分に関羽と同じ一軍を率いさせ、その指揮ぶりを比べている。
目論見通りだろうが構わない。
武人としても、一個人としても、心が奮い立つ。
「弓兵前に出え!
万の矢でこの河、屍で埋め尽くしたれ!!」
声を張り上げ、敵陣に突っ込んだ。
「殿!対岸の様子が変です!
やけに静かで兵の姿も見えま……!」
物見台から遠方を観察していた兵が声を詰まらせる。
「と、と、殿ーー!か、かか、河べりがーー!!」
一体何があったのか。
その疑問は、すぐに解消された。
河べりが、紅い。
「あ、ああ」
河べりが、屍で埋め尽くされていた。
「か、河面にびっしりと……」
「あの鎧は我が軍……この数では文醜軍は全滅か」
「これでは接岸できん!この津自体しばらく使い物にならんぞ」
皆が次々に呻き声を上げる。
「文ちゃん……」
あのいつでも元気だった親友は、どうなってしまったのか。
そんなことを考えていると、物見の兵が大声を上げた。
「殿!白馬城内より一軍が!」
あれは――曹操さんだ。
「ば、馬鹿な!曹操が何故此処に!?」
「陣を敷いたぞ!」
「此処でいきなり決戦に持ち込むつもりか!?」
予想外の事態の連続に、皆慌てふためいている。
それを収めたのは、麗羽様だった。
「落ち着きなさい!!」
一喝に、皆の動きがぴたりと止まる。
「華琳さんとはそういう人です!
この私に挑もうかという身分になった今も自分でちょろちょろと駆け回らば気がすまない小心者なのです!
これぐらいでうろたえるのは優雅な袁紹軍らしくありませんわよ!」
曹操さんがゆっくりとこっちへ向かってくる。
両脇にいるのは、関羽さんと張遼さんだ。どちらも一騎当千の豪傑だ。
麗羽様と曹操さんの視線が合う。
曹操さんが、にやりと嗤った。
「またえらく大軍を率いて来たものね、麗羽」
そう言うと、人差し指を立ててすうっと自分の右の首筋にあてる。
「この首ひとつに相変わらずごたいそうだこと」
麗羽様が身を乗り出した。掴んでいる船の縁がみしみしと悲鳴を上げている。
「二人とも、ここは逃げましょう!
袁紹さんはやはり数で勝負に出るそうよ!」
そう言って振り返り駆けて往く曹操さんの顔はとても愉快そうで。
「麗羽!
こっちは三千!捕まれば終わりね!」
麗羽様の顔は、これ以上ないほどに引きつっていた。
如何でしたでしょうか?
今回も短めになっちゃいました。うーん。
前回と結合すると文章量的にはそこそこになるんですが、そうするとシーンが切り替わりすぎるんですよねえ……自分の文才のなさが憎い。。
話の感想だけでなく、文章の書き方自体にも意見を寄せてくれたら参考いたしますのでよろしくお願いします。。