戦闘シーンはどこで切ろうか迷うんですよね。下手だし、色々な場所で事態が同時進行するし。
実は長編を書くのはこれでまだ二作目なのでまだまだ初心者な作者です。少しは大目に見てもらえません……か?笑
ではどうぞ~
「おもしろい。おもしろくない。おもしろい。おもしろくない」
曇りがちの空の下、見事な庭の一角。
止める者など誰もいないから、と好き勝手に自ら造り上げた庭。その庭石の一つに、主である曹孟徳が座っている。
手元から、こつこつと竹簡を筆で叩く音が響く。
どうやら花びらを一つずつちぎっていく花占いを竹簡でやっているようだ。
「風」
竹簡を叩いていた音が止まる。結果はどうでたのか。
「はい~」
「貴女は、戦にはおもしろい戦とおもしろくない戦があると思う?」
閉じていた目を開ける。さて、どう答えるか。
「……戦とは結局殺し合いですから。それにおもしろいもおもしろくないもないと風は思うのです」
今度は、とくとくと酒を杯に注ぐ音。
「では、戦をする人は?
戦をおもしろいと感じた方が勝つのかしら?それともおもしろくないと感じた方が勝つのかしら?」
先程の問いとは似ているようで微妙に違う。そうなれば、自分の答えも変わってくる。
「風は……軍師として、戦におもしろさを求めてはならないと考えます」
「なるほどね」
そう言って酒を一口。
「稟や詠が言うのならまだしも、空に心を浮遊させ、宝譿と心遊ばせる風がそのような思いを抱いているとはね。
曹操と袁紹の戦いとは、そんなに大変なものなのかしら」
杯を傾けながらくつくつと笑う。これからあの黄巾を超える大軍と戦をしようとしている人物にはまるで見えない。
「稟ちゃんはなんと言っていましたか~?」
そう問うと、咳払いをした後にこめかみを指で押さえて話し始めた。
「 『袁紹との決戦は、未だこの天下にはびこる旧体制の打倒!
名門袁家の傘下で漢帝国の利権にありつことする四百年の濁った慣行を根絶やしにすることです!
すなわち、敵は袁紹という一個の人間ではなく、袁紹のもとで生き長らえようとする悪政、悪弊の権化の如き巨獣でしょう!』
……だそうよ」
声色、仕草までそっくりだった。あの指は眼鏡を持ち上げる真似だったらしい。
「稟ちゃんらしいですね~」
「そうね、そして危ういわ」
こっちへ、と手招きされる。
言われるがままに近づき、隣の手ごろな石に座った。庭石としては普通なのだろうが、小柄な自分には少し大きくて座りにくい。
丁度良い場所はないものかともぞもぞしていると、その間に酒で満ちた杯を渡された。
「あの娘は麗羽との戦いを恐れるというよりも苛立っているわね。
麗羽のようにおもしろ味のない者と戦うことが妙に苛立たしく、よもや負けるのではあるまいか、なんてことにばかり考えを巡らせているのよ」
「稟ちゃんは、真面目ですから」
主にならって酒を口に含む。
芳香が口の中いっぱいに広がった。旨みがしっかりと感じられる。そんな酒だ。
「人は、このお酒と同じなのですよ」
そう言うと、大袈裟に驚いた顔をされた。
「人は酒と同じ。おもしろいわね。
程イク先生の考えをお聞かせ願おうかしら」
その目は、まるで英雄譚に憧れる子どものように輝いていた。時たま見せるこの無邪気な顔が、劉備とはまた違ったかたちで人を惹きつける。
「人は誰しも心に負の部分を、心の闇を抱えているのです。
自分の武を戦場で振るいたいという気持ち。
自分の軍略を試したいという気持ち。
突き詰めれば人を殺したいと思っているのと同じだとわかっていても、どうしても捨てられない。心の何処かにいつまでも残っている」
そしてそれは自分の中にもある。厄介な軍師の性だ。
「それを負とも闇とも思っていない者もいるけれどね。
春蘭がそうだし、陳宮がそうでしょう」
その通りだ。一つうなずいて同意する。
「稟ちゃんはそれをなるべく遠ざけたいと思っているのですよ。
ですが、清濁合わさってこその人間だと風は思うのです。この酒と同じように、僅かな雑味がなければ旨みもないのですよ。
風の中には、戦におもしろさを求めてはならないと思う風と、軍略を十全に試すことのできる戦を楽しみする風と、二人の風がいるのです」
あの生真面目な親友も、そのことに気づいてはいる。自覚しているからこそ、それを遠ざけようとしているのだ。
「それでこそ人間、それでこそこの曹孟徳の臣よ。
人が正のみで、善のみでできているなんて思い込んでる者にはわからないでしょうけどね」
そう言って立ち上がる。
その目には、強い光が宿っていた。
「魔天を開けるわよ」
戦が、始まる。
黄河北岸渡河点、袁紹軍本軍。
今まさに黄河を渡り攻め込まんとする袁紹軍の前に、一人の老人が身一つで向き合っていた。
「この田豊!袁紹殿の渡河だけはお諫め申す!」
両手に松明。船の上で、火をつける寸前の状態だった。
「曹操との決戦は策でござる!
外の群雄と結び曹操以上の奇策、奇略存分に駆使せねば決して勝てませぬ!!
袁紹殿自ら何の策弄さず四十万の大軍を率いて渡河するなどもっての他!」
松明が落とされる。火は遠からず船全体に回るだろう。
命を賭しての諫言に、兵がどよめいている。
「おやめなさい田豊殿。
貴方が諫言を呈し続けてこられたのは殿を思うが故ではないですか。
殿はご自分の王道に拘っておられるとしても、今我が軍の気焔はこれ以上ないほどに猛っております。下手に奇策に走ることは、返って兵の士気を損ねることになります」
沮授が田豊を穏やかに説得する。
だが、田豊はちらりと一瞥しただけで黙殺した。
「袁紹殿!貴女には心の闇がない!」
船が徐々に火に包まれていく。
「名門に生を受けた貴女は最上最高の境遇に育ちまさしく王の道を歩んでこられた!それはいわば陽の道!
しかし覇業とは陰惨にして凶虐なるものをたっぷりと懐に抱いておかねば完遂できるものではござらんのです!」
火が、服の裾に移った。
「田豊さん」
その田豊を一言も発さず眺めていた袁紹が、初めて口を開いた。
「私の道は一点の陰りも必要としない陽の道ですわ。
私は天下万民と共に出ずる日輪を祝うが如くこの戦を始め、日輪が大地を照らし恵みをもたらすが如く新王朝の威光でこの大陸を包むのです。
すなわちこの袁本初が火蓋を切ったこの戦は、祝福の声に満ちためでたい戦なのです!」
老軍師が、火に消えて逝く。
「およそ戦とは禍々しい凶事以外の何物でもござらん!
その沮授が殿の傍らにおる限り、貴女に祝福など訪れませんぞ!」
同時刻、黄河南岸渡河点、白馬津。
望み通り先陣を任された文醜軍は怒涛の勢いで城に籠る劉延軍を攻めたてていた。
「おらおらおらおらーー!
遂に来たぜー!大戦の幕開けだー!」
袁紹軍が誇る二枚看板。その名に恥じない強さだ。
「この斬山刀の錆になりたくないやつはさっさと逃げ出せよー!!」
「「「「「おおおおお!!!!」」」」」
新たな王朝。新たな時代。
それを自らの手で切り開くのだという気焔が、兵の末端まで広がっている。
「劉延将軍!城門が破られるのは時間の問題です!」
副官の焦った報告を聞いても、劉延は動じなかった。
「落ち着け!!!心を平静に保ち兎に角防御に徹するのだ!!!」
指揮官の一喝を受けて、周りの兵の動きがぴたりと止まる。
「曹操殿はこの戦況を予想しておられた!そしてそれを覆す援軍をよこすとも!
なれば我らはそれを信じて耐え続けるのみ!よいか!!」
その時。
物見台の兵が、劉延に負けない大声を上げた。
「援軍!援軍です!」
城内が歓声に包まれる。
「旗は……玉碧の関!!紺碧の張!!
そして……深紅の呂です!!!」
歓声が、爆発した。
突如として城内から歓声が沸き上がった。
「文醜将軍!敵の援軍です!」
「あんだって!?」
慌てて振り返ると、味方からも大声が上がる。
「りょ、りょ、りょ、呂布がいるぞー!!!」
呂布。
その名を聞いただけで、全軍が恐怖に包まれた。
虎牢関で正面から攻め込んでいた袁紹軍にとって、呂布という存在は恐怖の象徴だ。
天にも昇る勢いだった士気が、一瞬でどん底まで落ち込んでしまった。
「しかもあの旗……張遼に関羽までいやがる!」
「どっちも化け物じゃねえか!」
不味い。このままだと、軍が軍として働かなくなる。そうなれば、ただの逃げ惑う獲物と同じだ。
「狼狽えるんじゃねえー!
全員迎撃用意!数はこっちの方が上なんだ!陣の中に引きずり込んで始末する!!」
腹の底から出した声に、周りの兵がようやく動き始める。
「敵の攻撃は兎に角受け流せ!本軍が来るまで持ちこたえろよ!!」
流石に四十万もの大軍となれば、呂布も撤退する……はずだ。
「あたいが呂布に狩られるのと、麗羽様が来るの……どっちが先かな」
斬山刀を担ぎなおす。
斗詩の顔が、何故か頭に浮かんだ。
如何でしたでしょうか?
これからの話の展開具合によっては前回か次回と結合するかもしれません。
多分次回は華琳様視点になる予定です。
第二部はこの官渡の戦いが大きな山場になります。そしてこのあたりから彼らの存在、そして造反していない桃香の存在によって少しずつずれていく……予定です。
まだまだ未熟ではありますが、もし楽しみにしてくれている人がいたら嬉しいです。
感想お待ちしております。