真恋姫的一刀転生譚 魏伝   作:minmin

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今回は結構書いてて楽しかったです。
やっぱり戦闘シーンより拠点フェイズの方が好きだなあ。
あ、自分は伊東も好きですが丸大も好きです。
ではどうぞ~


執務室での日常

 

「失礼する……これまた凄いなこりゃ」

 

 執務室の扉を開けると、なんというか、凄いとしか言いようが無い光景が広がっていた。

 本来ならば大人数を集めて会議をするための部屋なのだろう。かなりの広さがある。その部屋を、曹操軍の軍師たち六人で使っている。

 綺麗に並べられた机の上のあちこちに竹簡の山、山、山。部屋には仕切りも何もない。各々が自由に動き回り、竹簡を手にとっては読みふけり、或いは処理していく。曹操軍に身を寄せてからは驚かされてばかりだが、それは部屋一つとっても同じらしい。

 この部屋に来るように言われたわけだが、軍師たちはそれぞれの仕事に没頭していて自分に気づく様子はない。とりあえず笑顔で扉のすぐ横に立っていることにした。こういう時はこれが正しい礼儀だったはずだ。

 

「ああ、白珪殿でしたか。

 どうぞこちらへ。騒がしくて申し訳ありません」

 

 そう待たずに荀攸が気づいて声を掛けてくれた。招かれるままに手近な椅子を引いて座る。

 腰を下ろすと、もう一度辺りを見回す余裕ができた。

 荀攸の年上の姪だという荀彧。元董卓軍の軍師であった賈クに陳宮。最近加入したばかりだという郭嘉に程イク。何れも天下に聞こえる才媛ばかりだ。その彼女らが頻繁に互いの机を行き来し、声を掛け合い、時には大声で怒鳴りあいながら仕事をしている。

 

「気になりますか?」

 

 気づくと荀攸が軽く笑いながらこちらを見ていた。

 

「気になる、というか。

 普通は政務って個人個人の部屋でもっと静かにやるものだろ?こんなのは初めて見たよ」

 

 荀攸はもありなんとうなずいた。

 

「最初はそうしてたんですけどね。ご主君から命じられる仕事の種類があまりに多岐にわたるものですから。一々お互いの部屋を行き来するのも面倒ですし、いっそ全員同じ部屋にしてしまえ、となりまして」

 

 なるほど、合理的ではある。

 

「機密とかは大丈夫なのか?外に漏らせないものだってあるだろう」

 

「防諜は私の担当ですから、備えはしてあります。

 貴女も見たでしょうが、入り口には季衣がいます。まず招かれざる客が入ることはありませんよ。季衣なら何を聞かれても問題ありませんしね」

 

 季衣。確か許チョの真名だったか。

 あの小さな身体で、自分の身の丈よりも遥かに大きい鉄球を軽々振り回すという。

 確かにあの娘がいれば、まず誰かが押し通るなんてことはないだろう。

 

「随分信頼されてるんだな、許チョは」

 

 正直、すこし羨ましい。

 

「ええ、信頼していますよ。

 腕も、頭も」

 

 ん?

 

「頭も?」

 

 疑問がついそのまま口に出た。

 

「ええ、頭もです。

 季衣ならば、もし機密を聞かれても半分も理解できないでしょうから」

 

 なんて大真面目にうなずいている。

 

「お前、意外と容赦ないのな」

 

「いえいえ。これも信頼の表れです」

 

 沈黙。

 

 堪え切れずに笑い出したのは、二人同時にだった。

 ひとしきり笑った後、仕切り直しというように荀攸が言う。

 

「その後体調のほうは如何ですか」

 

「とりあえず普通に動く分には問題ない。戦に出るとなると、どうかな」

 

 麗羽の策にまるで気づけず無様に敗走した自分を曹操軍はすんなりと受け入れてくれた。最初は桃香がいるからかと思ったが、どうもそうではないらしい。一部の幹部からは桃香よりも歓迎されていたりする。後は中立、悪く言ってもあまり関心が無いかのどちらかだ。少なくとも悪意や敵意は持たれていない。

 当の桃香は自分に向けられた負の感情に気づいているのかいないのか、いつも通りのままだった。最近は頻繁に皇帝陛下に謁見しているという。今では陛下のお気に入り、だそうだ。

 義妹の愛紗は一目でわかるほどに調子がよろしくない。原因はわからないが、どうも何かに悩んでいるようだ。鈴々は相変わらずの元気娘だった。

 そんなことを考えている間に、荀攸が竹簡の山からお目当ての物を抜き出していた。

 それを広げて眺めながら話を続ける。

 

「では、やはり暫くは兵の調練をお願いします。担当するのは騎馬隊ですね。いずれは張遼軍に合流させる予定ですのでそのつもりで」

 

 身が引き締まった。紺碧の遊撃隊の噂は聞いている。その軍に加わる兵を育てるのか。

 

「責任重大だな。

 新参の私をそんな大事な任に就けていいのか?」

 

「問題ありません。

 唯才があれば用いる。それが曹陣営の方針ですから」

 

 唯才。曹操が出した布告、求賢令。

 改めてとんでもない所に来てしまったという思いと、自分の才が認められて嬉しいという思いの両方がある。腕を組んでうーんと唸ってしまった。

 

「それに、心配もしていません。貴女は人が良いですから」

 

 おやっと思う。

 洛陽で顔を合わせたことはあるが、会ったのはその一度きり。以降はまともに会話をしたこともなかったはずだ。それにしては、なんというか好印象だ。

 

「そうなのかなあ。

 人が良いのは桃香――劉備だろ?あいつ、だれにでも優しいし」

 

 面と向かって男に人が良いなんて言われるのは初めてだ。照れくさくなって桃香を引き合いに出すと、何故か荀攸の目つきが少し険しくなった。

 

「人が良いのと優しいのは別ですよ。

 それに……」

 

「それに?」

 

 何かを言おうとしたのだが、いえ、とだけ言ってやめてしまった。

 

「白珪殿は、人に何かを頼まれると断りにくい方でしょう?」

 

 今度はずばり聞いてきた。

 

「う。ま、まあそうかな」

 

「で、一度引き受けるとその後も頼まれごとが積み重なって」

 

「う」

 

「気がついた時には自分だけがが損している」

 

「え、ええと……」

 

「それでも、満面の笑みで『ありがとう!』なんて言われたら仕方ないかな、なんて許してしまう」

 

 容赦がない。しかも当たっているから否定できない。

 実は私と桃香のこと監視してたんじゃないだろうな?

 

「優しい人とは、その損を承知の上で被り、その責任を取れる人のことをいうのです。そういう意味で、貴女はただ人が良いだけですね」

 

 ……あんまりいい意味じゃなかったわけか。

 

「ですが、貴女はそれでいいと思いますよ。

 ……優しいだけでは、為政者としては長くやっていくことはできません」

 

 そう言って口を閉ざした荀攸の顔は、何故だかとても悲しそうに見えた。

 

 

 

 

 

「では、この竹簡を持って調練中の張遼軍に合流してください」

 

「ああ」

 

 公孫賛が竹簡を受け取って部屋を出る。

 扉が完全に閉まるのを確認してから口を開いた。

 

「お人好し以外の何物でもないわね」

 

「桂花もそう思うか?」

 

 一刀が苦笑いしながら再び席に座る。

 

「色々苦労を抱え込んで、最後に貧乏くじを引かされる手合いね。

 乱世に生き残れない種類の生き物でしょ、あれは」

 

「見るからに苦労人だよなあ……」

 

 そんなことを話していると、先程公孫賛が出て行った扉から、今度は月が入って来た。

 

「皆さん、お茶が入りましたよー。

 少し休憩しませんか?」

 

 月の声に真っ先に反応したのはやはりというか詠だった。それに釣られて残りの面々も竹簡を放り投げて集まってくる。最初は口うるさく注意していた稟も同様だ。順調に毒されてきている。

 

「珍しく一刀さんがお仕事の手を止めてましたけど、何の話をされていたんですか?」

 

 月が皆にお茶を配りながら問う。仕事の手を止めていたという言葉に、稟と陳宮がじと目になっていた。

 

「ちょっとね。

 白珪殿は、お人好しで苦労人だって話」

 

 一刀が答えると、自分以外の全員がああ、という顔をした。どうやら公孫賛の性格は既に共通認識だったようだ。

 

「これからは少しは楽になるんじゃないですか~?

 暫くは前線に出ることはないでしょうし~」

 

 風がいつもと同じのんびり間延びした声で言う。

 

「まあ、正式に加入した以上はしっかり働いてもらいますけどね。

 前線指揮官、軍師としても彼女が加わったことは助かるんじゃないですか?」

 

 稟が眼鏡を持ち上げながら陳宮問う。

 その陳宮は、口いっぱいに胡麻団子をほうばっていて喋れなくなっていた。全員の視線を向けられで驚いたせいなのか、喉につっかえている。

 一刀がお茶を渡すと、一気に流し込んでむせていた。

 

「そうですな。

 能力はそこそこかもしれないですが、あれほど使い勝手の良い将は中々いないので重宝するのです」

 

 自分の失態など何もなかったように話すその精神にはある意味感心するが、口の端にあんこが付いていてはただの子どもが背伸びして話しているようにしか見えない。

 一刀が指でそのあんこを拭ってやり、そのまま口に運ぶと顔を真っ赤にして恨みがましそうに睨んでいた。

 ……ちょっと羨ましかったのは内緒だ。

 

「使い勝手が良い将って、どういうこと?」

 

 月が疑問の声を上げる。

 返事をしたのは当然のように詠だ。

 

「うーん。

 感覚的なものもあるから説明しにくいけど……どんな局面でも使える将、かしら」

 

 どう?と詠が目だけで問うてくる。

 お茶を飲みながらうなずく。概ねそれで間違いないだろう。

 

「戦の規模が大きくなればなるほど、兵の数、将の数も多くなる。これは当然なんだけど、問題はその将の性質なのよ」

 

「将の性質……」

 

 月が親友の言葉を繰り返す。

 その後をついだのは一刀だ。

 

「例えば、そうだな……今回の袁紹との戦に、五人の将が参加するとして。

 その五人全員が春蘭だったらどうなると思う?」

 

 一刀の例えに思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。

 あの脳筋が五人?勝手に湧き出しそうになった想像を頭を振って消し去る。

 

「それは……あんまりうまくいかなそう、かな?」

 

「じゃあ、秋蘭が五人なら?」

 

「それも、良くなさそうかなあ……」

 

 月の答えに、一刀と詠が大きくうなずいた。

 

「つまりはそういうことよ。さっきのは極端な例だけどね。

 軍全体を一つの生き物として動かすには、猛将ばかりでも駄目だし、知将ばかりでもだめなの。

 生き物なんだから、それぞれに役割があるのが当然。頭があって、手があって、胴があって足がある。それぞれ役割が違って、それぞれがその役割をきちんとこなすから色々なことができるの」

 

 その通りだ。

 さっきの例だと、春蘭が五人ならば、それは筋骨隆々の腕が五本あるだけ。それをどのように使うかという頭も、支える足も存在しない。

 

「白珪殿は、どんな局面でも使える将。

 つまり、頭にも、手にも胴にも足にもなれる将、って言えばわかりやすいかな」

 

「なるほど……」

 

 月が尊敬の目で一刀と詠を見ている。

 詠が嬉しそうなのは構わないが、一刀の顔が僅かに赤くなっているのはどういうことか。

 むかついたので、机の下で一刀の脛を蹴ってやる。

 

「つっ!」

 

 一刀がびくっと震える。

 どうしたのかと皆が問うが、何でもないと誤魔化してた。

 ……風だけは、にやにやとこちらを見ていたが。

 

 いつの間にか胡麻団子の殆どが消えていたことに気づいた詠と稟が陳宮に食ってかかり、自分は成長期だ、二人が食べても太るだけだと返され言葉に詰まる。太ってるように見えるか、と詠が上目遣いで一刀に迫り、また脛を蹴って、風は大騒ぎしている間にちゃっかりと残りの団子を食べる。

 恒例となったお茶会は、今日も騒々しい。

 だが、こんな馬鹿騒ぎも嫌いではなかった。

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
彼女たちの日常は大抵こんな感じです。もうすぐ戦時体制に移行しますが。。
ハムの人はこの外史では生き残りました。正直言うと、作者が殺したくなかっただけなんですが。。
感想おまちしております。




 翠が出る頃には英雄譚間に合わないかなあ。妹二人も出したいものですが。。
 そしてきっと三姉妹丼があると信じてる。 笑

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