実際の袁紹は結構すごかったんですよということが少しでも伝わってくれれば。。
前回の華琳様の蛮勇の根拠も少し。。
ではどうぞ~
「文ちゃん!」
「おう、斗詩。元気そうだなー」
帰ってきた親友が無傷であったことにとりあえずは安堵する。
奇襲を受けたという一報が入った時には正直かなり心配した。何せ相手はあの曹操さんなのだ。何があっても不思議ではない。
「文醜将軍が戻って来られたぞ」
「やはり曹操の七騎に襲撃されたという噂は本当か?」
周りの兵がひそひそと話している。その中から、一人の男が進み出てきた。そのまま文ちゃんに向かって一直線に歩いてくる。
「どの面さげて戻ってきた、文醜」
「淳于将軍」
淳于瓊さんが文ちゃんを正面から睨みつけていた。物凄い形相だ。
私だったら震え上がっているだろうが、文ちゃんはいつも通りの呑気な顔のままだ。
「どの面さげてって……なんかまずいことでもあんのか?おっちゃん」
淳于瓊さんの顔がますます険しくなる。
「わずか七騎で陣のど真ん中に乗り込んできた曹操をみすみす取り逃がしたのだろう?しかもその上袁紹殿に言伝を頼まれただと?大失態もいいところだな」
「うーん、それなー」
文ちゃんががしがしと頭を書く。
「あたいは武人だからさ、言葉であれやこれや言われてもなあ。馬鹿だから上手いこと言い返せないし。しかも麗羽様への言葉だろ?ならあたいの出る幕じゃないじゃんか」
正直、少し驚いた。
この親友は呑気に構えていたのではなく、決してぶれない軸を持っていたのだ。
「道を開けてくれよおっちゃん。
早いとこあたいたちの戦を始めようぜ」
「この私がからかい尽くされて必ず敗れる……まあ、華琳さんらしいですわね」
文ちゃんの報告を聞いた麗羽様は意外に冷静だった。沮授さんが来た頃から、何処か貫禄が増したような気がする。
「どうします?麗羽様ー。
あたいとしては早速河渡って攻め込みたいかなあ」
「そうですわね……」
麗羽様が頬杖をついて思案していると、兵が大声を上げながら駆け込んできた。
「青州より急報でございまする!」
全員が何事かと入り口の方に振り返る。
「徐州北部に駐屯していた曹操軍が青州に侵入!
斉、北海、東海の諸郡を攻めて占領した後大部分の部隊はあっという間に撤収いたしました!」
撤収した?
「袁紹殿!これらは明らかに曹操の挑発でございます!
周辺に不安定な状況を作り出し、我が軍の注意を散漫にさせようとの策です!」
居並ぶ軍師の一人が声を張り上げる。それを呼び水に、諸官が次々と発言し始めた。
「挑発などどうでもよい!
問題は曹操の方から宣戦を布告したという一点にある!すなわち天子のおわする許都に向けて進軍する名分ができたのだ!
ここはまるごと踏み潰すが如く全軍で正面から攻めるのが王道!」
「違う!違う!!違う!!!
曹操は単に黄河をこちらから先に渡らせんと狙っておるのだ!」
「然り然り!王道だの何だのはまだ先の話だ!」
まずい。
気がついているのは自分と文ちゃんだけのようだが、麗羽様の機嫌が急速に悪くなってきている。
「何もわかっとらん!
殿が求めておられるのは敵の狙いなど意に介さない圧倒的な勝利だ!」
「曹操を侮るな!こういう議論こそ曹操の思う壺だということがわからんのか!?」
「曹操曹操と敵を中心に据えて考えれば殿の天下を小さくするぞ!」
その時だ。
議論をずっと黙したまま眺めていた一人の男が、突然手を打って大きな音を出した。
静寂。
誰もが突然響いた大音に気を取られている。
「文醜将軍が伝えてくれたのは、曹孟徳から袁本初への宣戦布告でしょう?ならばまずは我らが主のご意志をお聞きしないことには始まりません。そうではありませんか?」
沮授さんの言葉に皆がばつが悪そうに黙り込む。麗羽様をおいて議論が白熱し過ぎたのは確かだ。
「如何でしょう?殿のお考えをお聞かせ願えませんか?」
そう言って中指で眼鏡を持ち上げてみせる。思わず見とれてしまうほどに優雅な動作だ。額の刺青を相まってどこか神秘的にさえ見える。
「あまり気にしなくてもかまいませんわ。
華琳さんは昔からどこか外れたところを持っている人。不安定を好み不安定に強い。奇策に奇策を重ねて大きくなる。天子を奉戴したことはその良い例ですわね。
今回の宣戦布告だって、案外本当にこちらの様子を見に来ただけかもしれませんわよ?」
なるほど。確かに曹操さんは、常識の枠を軽々と飛び越えるようなところがある。
「……この前は沮授さんの策通りに上手くいきましたわね。
けれど、やはり私には似合いませんわ」
それは、意外なほど小さな声だった。
麗羽様が立ち上がる。
「この袁本初は、曹孟徳との戦においておもしろいことは求めませんわ。
小よく大を制するような奇計をとらない。
制覇は当然の如く成すべし!それが王者の戦いというものです!」
これだ。これこそが麗羽様だ。
心が、身体が熱くなってくる。
「ふむ。なれば……。
私は審配殿の意見を支持します。
曹操という乱世の元凶とも言うべき人物を討つ時は、覇道に王道を交える必要があります。曹操には都、天子をはじめ全てを投げ出し殿の足もとにひれ伏すように敗れてもらうのがよろしいでしょう」
自分の意見を具申しつつ、さりげなく先輩である審配さんの顔を立ててみせる。本当に卒が無い人だ。
「審配さん!軍備は!?」
「調練、武具甲冑、食料、全て万全に整っております!」
審配さんがすぐさま答える。
「ならば、今この時を以って開戦しますわよ!
直ちに本営を黎陽に移し全軍渡河に備えなさい!」
「「「「「御意!!!!!」」」」
居並ぶ全員が跪いていた。
一見静かに見える文武諸官。その内面は、触れれば天まで弾け飛びそうなほどに気に満ちいきり立っている。
「さあ!天地開闢以来の大戦をごろりところがしますわよ!
華琳さんが如何なる謀をめぐらし如何なる策を練ろうと、それは私の覇業の添え物に過ぎないのです!」
「――いらっしゃい」
店に入ると、相変わらずの仏頂面の店主がいた。
軽く手を上げてから席に座る。いつも通り、何も言わなくても酒と蒸し豚が出てきた。
「すまない。また待たせてしまったかな」
隣に座り凪に声を掛ける。
「お気になさらず。待つことが苦痛なようでは、飛爪軍の隊長など務まりませんよ」
それもそうだ。とはいえ、すまないと思っているのは本心だ。詫びの代わりではないが、自分の壷から酒を注いでやる。
「ありがとうございます。
それにしても、こんな場所があったとは驚きました。一刀殿がよく街の大衆食堂へと通われていることは知っていましたが……」
凪が当たりをぐるりと見回す。何人かと目が合ったのか、静かに杯を掲げてみせる客もいた。その全員が曹操軍の兵だ。
「元々は寝ずの番の兵のために大将が差し入れ持って来るだけだったんだけどな。兵の間で美味いって評判になって、おっつかなくなったんだ。
で、それならいっそ店を開いてしまえってことになってね。油と種火は城で負担するかわりに、曹操軍の兵は格安で食事ができるようにしたんだよ。
店を開くのは真夜中から明け方まで。人は、深夜食堂なんて呼んでるよ」
「……うちの店の名前は、ただの『めしや』なんだがな」
大将が包丁を研ぐ手を止めないままぽつりと呟く。当然視線も落としたままだ。
そんな態度だから偶然覗いた客がすぐに逃げ出すことになるのだが、いくら忠告しても一向に直る気配がない。
「良い店だと思います。
一人で居ても、沈黙でも、心地良い。そう感じました」
「……ありがとよ」
大将が一瞬だけ手を止めて礼を言う。
暫く、凪の言う心地良い沈黙が続いた。
深夜、酒を飲み肉を食う音だけが響く。
「首尾は?」
酒のおかわりを注文した後に問う。
「上々です。
第一次入隊の兵、二十五人。滞りなく潜り込みました」
凪もまたこちらを見ないまま答えた。
「素晴らしい。正規軍に潜り込むのは少々難しいかと思ってたんだけどね」
「私もそう思っていましたが……」
言いたいことははっきり言う凪にしては珍しく言い淀んでいる。
「皆様が、その、思ったよりも暴れていたものですから。兵の動揺や混乱も大きかったのです。そのおかげですね。
……その分、兵に紛れながら護衛するのに苦労しましたが」
最後に付け加えられた台詞に苦笑いする。
なるほど。確かにあれは大暴れだった。
「潜り込んでいる人員と連絡は?」
「陣の移動がなければ、三日ごとに。
毎回人も時間も変えるように手配しています」
とりあえずは問題なさそうだ。
とはいえ、潜り込む日数が長引けば長引くほど、ばれる危険性は高まる。
「では、最終目標は打ち合わせ通り兵站線の情報の入手。時間はかかっても構わないが、必ず正確な情報を入手するように。偽の情報を掴ませられることだけは絶対に避けるように」
「わかりました」
追加の酒と肉が運ばれてくる。
その後は、店を出るまで無言だった。
如何でしたでしょうか?
一刀君視点の舞台がああなったのは日曜日に深夜食堂の映画を見てきたからです。。
寿司食って、映画見て、エビフライ食って帰りました。。
感想お待ちしております。。